ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

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第十八話:共闘と猛牛

 ——今度は何?

 

 また邪魔が入ったことに内心、溜息をつきながら爆発した壁面に視線を向ける。

 煙からまず姿を見せたのは赤髪の女——レヴィス。

 吹き飛ばされたかのように凄まじい勢いで壁を破壊してきた彼女は、背中から叩きつけられ、ガガガガガガッと地面を削っていく。

 矢のごとく進む彼女の体は、アステリオスの遥か前方で止まった。

 

「ぐッッ……⁉︎」

 

 呻き声を上げ、剣身が折れた紅剣を放り捨てる。

 体中を傷まみれにしながら、消耗を物語るようにその場で片膝をついた。

 

「はっ、はぁッ……⁉︎」

 

 女が粉砕した壁面から次に姿を現したのは、金髪金眼の——冒険者が言うにはアイズという名前——少女だ。

 彼女もまた軽装と全身に裂傷を負いながら、盛大に肩で息をしている。

 

『レヴィス⁉︎』

「アイズさん⁉︎」

 

 アステリオスとレフィーヤが同時に叫んだ。

 銀のサーベルを掲げ大空洞に踏み込んだアイズは、レフィーヤ達の姿に驚いた顔を見せ、倒れたベートに顔色を変え、アステリオスを睨む。

 ここまで激しい交戦を繰り広げたのたろう。傷だらけの両者の体、破損した防具と戦闘衣(バトル・クロス)、滴る大粒の汗。

 お互いに疲弊しているが、武器の性能もあってか、アイズの方がほんの僅かに優勢といったところか。

 紅剣を失って片膝をついているレヴィスを、アイズは油断なく見据えている。

 

 ——僕の見立てではアイズって人よりレヴィスが強いと思ったんだけど……力量を見誤ったかな?

 

 アステリオスが疑問に感じるのも仕方ない。彼の見立てではレヴィスの潜在能力(ポテンシャル)はLv.6相当。対してアイズの能力(ステイタス)はLv.5。魔法(エアリアル)を使用してもレヴィスに軍配が上がるはずだった。だが、いまのアイズは【ランクアップ】したことでLv.6。更にもう一度、剣技を鍛え直した彼女は『魔法』に頼らずともレヴィスと互角以上に戦えるようになっていた。

 

 ——少なくとも黙って見ている訳にはいかないね。加勢しよう。

 

 脚を掴んでいたベートの顔面を蹴り飛ばす。剛脚を解放し、アステリオスは疾走する。片膝をつくレヴィスを素通りし、アイズに斬りかかった。

 黒大剣の振り下ろし。アイズは素早く飛び退いて回避。標的を失った黒大剣は地面に小さなクレーターを作る。

 

「はッッ!」

『ブゥオ!』

 

 反撃の一刀。アステリオスを切り裂くべく繰り出された一閃を、黒大剣で防御。そのまま弾き返す。

 武器を敵に向け、両者は睨み合う。

 

 ——速い。それに前回より数段、重い剣……明らかにパワーアップしてるよ。

 

 僅か数日で激変した少女(てき)に、アステリオスは舌を巻く。

 それでも能力(ステイタス)はアステリオスの方が上だ。だが、それも魔法(かぜ)を使われれば上回れる。彼我の力量は逆転してしまっている。このままでは負けるだろう。——一人で(・・・)戦えば。

 アステリオスは後方へ跳躍。レヴィスと並ぶ地点に着地した。

 

『レヴィス、大丈夫?』

「……手出しするな」

 

 心配するアステリオスを、レヴィスは突き放す。アイズにそこまで執着しているかはわからないが、戦力差を考えると単独で戦わせる訳にはいかない。

 

『アノ剣士、強イ。一人ダト、負ケル。勝ツニハ、協力スル。少女(アレ)ヲ手二入レ、タカッラ、手段ヲ選ブベキ、ジャナイ!』

「……いいだろう。足は引っ張るな」

 

 アステリオスは手を差し伸べながら説得する。レヴィスは渋々でも納得し、彼の手を取り、立ち上がった。

 二人は目の前の敵を見据える。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ——『隻眼のミノタウロス』⁉︎ なんで、ここに!

 

 アイズは驚愕する。謎の黒衣の人物からの冒険者依頼(クエスト)。【ヘルメス・ファミリア】と協力して食料庫(パントリー)を目指していた彼女は分断され、レヴィスと交戦。激しい戦闘をしながらも目的地(パントリー)に辿り着いた。

 しかし、そこで目にしたのは瀕死の【ヘルメス・ファミリア】の面々と、ここにいるはずのない同派閥(レフィーヤ)と地に沈むベート。そしてこの悲惨な光景を作り出したであろう片目のミノタウロス。

 

 ダンジョン5階層。そして26階層で対峙した強化種(バケモノ)。それが、また私の仲間を傷つけている。

 傷つき、死んでいった【ヘルメス・ファミリア】。涙を流すレフィーヤ、血溜まりに沈むベート。心の奥底から激情がこみ上げてくる。

 でも、激情のまま駆け出しそうになるのを堪える。目の前にいるのは『隻眼のミノタウロス』と、先程まで戦っていた赤髪の——ミノタウロスにレヴィスと呼ばれていた——調教師(テイマー)

 信じられないことに両者は協力関係にあるらしい。怪物と人間。相見えることのない存在が手を取り合う。それはアイズには受け入れられない光景だった。

 そして何よりも不味いのが猛牛と赤髪の女。片方だけでも勝てるかわからない相手に共闘されれば、アイズに勝ち目はなくなる。

 

 ——魔法(かぜ)で一気にケリをつける!

 

 長期戦は不利と判断したアイズは短期決戦で片をつけようとする。Lv.6になった後、己に課した『(エアリアル)』の封印。赤髪の調教師(テイマー)との戦闘時でさえ解くこのなかったそれを解禁。詠唱を紡ぐ。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 直後、呼び起こされた風の大渦が周囲の空気を押しのける。

 大主柱に寄生する宝玉の胎児が叫喚する。巻き起こった風の力に反応するように、付着した石英(クオーツ)の表面でもがき始めた。

 見据える先は『隻眼のミノタウロス』。規格外のモンスターに対し、アイズは最大出力の暴風を愛剣(デスペレート)に付与した。

 次には、一閃。

 剣身が纏った風の力、放たれる斬撃の光、咆哮した神風。

 真一文字に迸った風の剣は、超大型モンスターさえ一撃で仕留める威力がある。対してミノタウロスは

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 正面から迎撃した。肩の筋肉を隆起させ、黒大剣の柄を両手で握り締める。

 正真正銘のフルパワー。構えた大黒塊が振り下ろされた。

 風の大斬撃と必殺の剛閃がぶつかり合う。凄まじい力と力の衝突が発生し、気流が暴れ、踏みしめる地面が陥没する中——爆音が巻き起こった。

 地面に叩きつけられた暴風が逃げ場を求めて、大空洞中に吹き荒れる。間近にいたミノタウロスは、全身を殴りつける衝撃波に、桁外れの『耐久』補正で平然と凌ぐ。

 

 ——破られた⁉︎

 

 アイズは驚愕する。いまの暴風は間違いなく全力だった。魔力も温存し、一切の加減もない。

 だが、破れた。純粋な力によって。

 Lv.7に匹敵する『力』がアイズの全力(かぜ)を相殺してみせた。

 

 ——想定以上。前回より遥かに強い!

 

 アイズが強くなったようにミノタウロスも更に強くなっている。純粋な潜在能力(ポテンシャル)はLv.6になった彼女より上だ。

 アイズはまずミノタウロスを倒した後に、レヴィスと一騎打ちに持ち込むつもりだった。だが、それは文字取り打ち破れた。これではミノタウロスとレヴィスを同時に相手にしなければいけない。

 危機感を抱くアイズを他所に、レヴィスは口を開く。

 

「よくやった、アステリオス。畳み掛けるぞ」

『消耗シテルケド、大丈夫? ソレニ、マダ冒険者ガ、残ッテルヨ』

「それなら、私たちが動く必要はない。——巨大花(ヴィスクム)

 

 直後、背後の石英(クオーツ)から発せられる赤光が揺らめいた。

 大主柱に寄生していた二体のモンスター、階層主を超えた超大型モンスターが‘二体同時に蠢いた’。

 咆哮の代わりに鳴り響くのは、大主柱と緑壁に一体化した体をベリベリと引き剥がす、耳を塞ぎたくなるような裂音だった。

 凄まじい死臭を放ちながら、一体がレヴィスのもとへ、もう一体がレフィーヤ達の頭上から、巨大な影が、巨大な長軀が、重力に従って落下する。

 

「——危ない!」

『フゥウウウウウウウウウッ……!』

 

 アイズが声を張り上げ、救援に向かうおうとするが、ミノタウロスが黒大剣を構え、進路を阻む。

 彼女が阻まれている間にも、恐ろしいほどの体積が鉄槌となって地面に叩きつけられ、衝撃が大空洞中を震撼させた。

 地面が粉微塵に弾け緑肉が飛沫となって降りそそぐ中、舞い上がった灰煙の奥でその巨軀は傲然と存在していた。

 まさに絶体絶命。誰もが満身創痍。ベートも瀕死。頼みの綱のアイズの前には強敵が二人も立ちはだかる、彼らにあの巨軀を止める術がない。

 食人花のように首を高くもたげることもできない超重量の体をミミズのごとく蠕動させ、周囲の冒険者にまとめて襲いかかる。

 

「寄越せ、巨大花(ヴィスクム)

 

 一方、レヴィスのもとに来た巨大花は彼女の声に応えるように、巨大な顎を開き、口内にある『魔石』を露出させている。

 超大型な体躯にしてはあまりに小さな握り拳ほどの、しかし、食人花に比べれば巨大な『魔石』。それをレヴィスは無造作にむしり取る。

 『魔石』を失った巨大花が膨大な灰へと果てる。

 

「この程度では大した血肉(たし)にはならんが……食人花(ヴィオラス)よりはマシか」

 

 それを一瞥もせず、レヴィスは『魔石』を口の中に含み、嚙み砕く。

 ぺろり、と紅い舌が唇を舐めた。

 人としてありえない行為にアイズが言葉をなくす中、ぐっっ、と漲る力を確かめるように握り締められるレヴィスの右手。彼女の赤い髪もまた、逆立つようにらざわっと揺れる。

 直後——レヴィスは地面を粉砕し、アイズへ砲弾のごとく爆走した。

 

「っっ⁉︎」

 

 アステリオス——レヴィスが呼んでいたミノタウロスの固有名——の横を駆け抜け、アイズへ剛拳を叩き込む。

 真正面からの拳打にアイズは風が付与された《デスペレート》を構え、防御。次の瞬間には真後ろへ凄まじい勢いで弾き飛ばされた。

 

『ゥウウウウウウウウウウウウウウウッ!』

 

 追従するようにアステリオスも動く。アステリオスとレヴィスの二人ががりでアイズに襲いかかる。

 連携——などと呼べるものはない。もとより出会って数日。共闘など今回が初めてだ。

 だから、ただ攻める。怪物の本能を剥き出しにして、攻め続ける。アステリオスが黒大剣を薙ぐとレヴィスが剛拳を繰り出す。レヴィスが上段蹴りを放つとアステリオスが鉄拳を叩き込む。

 攻撃こそ最大の防御と言わんばかりに、反撃の隙を与えないほど連斬連打を浴びせ続ける。

 

 ——捌ききれない……!

 

 怒涛の猛攻。仲間への配慮さえない。アステリオスとレヴィスは、ただ敵を殲滅しようとする自分勝手な攻撃は予測不能でアイズは防戦一方になる。

 でも、それ以上に気になるのが、レヴィスの変化だ。

 魔法(エアリアル)で強化したアイズに引けをとらないほど能力(ステイタス)が上昇したレヴィス。

 極彩色の『魔石』、灰となった巨大花、吸収された結晶——モンスター。

 レヴィスの正体を掴めていないアイズの脳裏に、叩きつけられた断片的な情報が渦を巻いて錯綜し、やがて一つの解を導く。

 繰り出される上段蹴り。昇格(ランクアップ)した風鎧(エアリアル)に力負けしないその威力。疾風の斬撃を放てば容易に回避し反撃を見舞ってくる。先程までは防御することが精一杯であった筈の彼女は、ことごとくを見切って対応してきた。更に襲いかかるアステリオス。先程とは立場が逆転してアイズは防御することで精一杯になる。

 

 ——『強化種』‼︎

 

 激上した敵の戦闘能力に、アイズは受け入れるしかなかった。

 『魔石』を摂取し力を得るモンスターの理、【ステイタス】を宿す人類と相反する弱肉強食の業。彼女が怪物(ミノタウロス)と協力できるのも納得した。目の前の敵は人の形をした怪物である。

 恐るべききとに、巨大花の『魔石』を喰らったレヴィスの純粋な身体能力はLv.6のアイズと同等か、微かに(・・・)上回る。それだけなら【エアリアル】の力を借りたアイズの勝利は揺るがない。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 もう一匹の怪物がそれを許さない。アイズの攻撃を封じ、馬鹿げた『力』が風鎧(エアリアル)ごと彼女を斬り裂こうとする。アステリオスの存在がアイズを劣勢に追い込む。

 レヴィスは腕を振りかぶり、渾身の一撃を放った。アイズが間一髪後退すると振り下ろされた拳が地面を砕き、円状に陥没させる。レヴィスは手を突き刺した地面の緑肉から、ズズズッ、と音を奏で——次には勢いよく引き抜いた。

 現れる紅の大剣、地面から抜剣された天然武器(ネイチャーウェポン)

 両手に持った大剣とともにレヴィスは突っ込み、アイズもまた応じるように突貫する。

 

「「ッッ‼︎」」

 

 衝撃と轟音を発生させ、風の銀剣と紅の大剣が真っ向からぶつかり合った。

 そこへ、忘れるな、と言わんばかりに黒大剣が振り下ろされ、アイズは瞬時に回避。地面に小さなクレーターを作り上げる。

 後方へ下がるアイズに、レヴィスはアステリオスは互いを押しのけるように追撃を仕掛けた。

 

「——仮面(エイン)‼︎」

 

 レヴィスが声を張り上げ、誰かを呼ぶ。応じるようにどこかに潜んでいたのか、紫の外套(フーデッドローブ)、そして呼び名通りの不気味な紋様の仮面。

 正体を隠した謎の人物は、大主柱の近く、『宝玉』の前にに降り立つ。

 

「完全ではないが、十分に育った、エニュオに持っていけ!」

 

 戦いながら、レヴィスが仮面の人物に向かって声を張り上げた。

 エインと呼ばれた人物は『宝玉』ごと握り締め、アイズの『風』に反応し叫び続ける胎児を黙らせる。そのまま取り付いている大主柱から強引に引き剥がした。

 

『ワカッタ』

 

 エインは様々な肉声が折り重なったような不気味な声で返事をし、直ちにその場から離脱する。

 宝玉を持って数ある大空洞の出入り口の一つに疾走した。

 アスフィ達は止めようとするが、巨大花が巨軀を地面に叩きつけて阻止。エインはそのまま洞窟に姿を消した。

 

 暴れ回る巨大花、逃げ惑う冒険者達。猛攻を続けるアステリオスとレヴィス、追い詰められるアイズ。

 刻一刻と状況はアイズ達の悪い方へ向かっていく。

 


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