ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

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第十六話:援軍と猛牛

 

 ——びっくりして外した……。

 

「ぁ、ぁ……」

 

 僕の眼下。眼鏡の女性の頭部を粉砕するはずだった蹄は顔の真横にめり込んでいる。

 雷鳴に驚いて狙いがずれ、彼女は一命を取り留めた。

 原因は何だと振り返ると、見覚えのある狼の青年と——杖を構える二人のエルフが現れた。

 

 ——またああああああああッ⁉︎ 金髪の剣士といい、狼の青年といい、僕って取り憑かれてるの‼︎

 

 アステリオスが嘆くのも仕方ない。出会えば殺し合う関係。それも何度も死にかけた。そんな彼にとって死神のような連中にいい感情を持てる筈がない。

 

 ——狼の青年(あれ)は手加減して勝てる相手じゃない。速すぎて攻撃が当たらないのが厄介だよ。

 

 前回より僕は強くなった。純粋な能力(ステイタス)じゃ僕が勝ってる。でも、凄く戦い慣れてるから苦戦する。それに金髪の剣士のように切り札(まほう)があるかもしれない。油断できない。

 

 先制攻撃を仕掛けようと考え、太股を負傷している——自分でつけた傷だけど——ことを思い出す。

 流石にこの脚であの俊足と競うのは無理と判断し、成り行きを見守る。

 眼鏡の女性は後回し。あの『敏捷(はやさ)』ならこんな距離は一瞬でなくなる。視線を外す訳にはいかない。

 

 狼の青年達を見据えていると、犬人(シアンスロープ)が彼らに駆け寄る。そしてこっちを指差して何か話してる。

 

 ——あ〜、これは僕を倒してくれとか、食料庫(パントリー)がこうなってるのは僕の仕業とか言ってるね。

 

 その予想は正しい。狼の青年は琥珀色の瞳に剣呑な光を宿して僕に向かってきた。

 両手には双剣を装備し、やる気満々だ。僕も黒大剣を構える。

 両者の距離が五M(メドル)を切った時——開戦。

 

「死ねええッッ!」

 

 初手はベート。『敏捷』で勝る彼の攻撃が必然的に先に届く。

 鎌のように放たれた鋭い上段蹴りを、アステリオスの右肩に直撃。それを意にも介さず、アステリオスは黒大剣を振り抜こうとしたが——灰色の毛並みがそれ以上の勢いで一回転した。

 軸足を変え連続で放たれたベートの回し蹴り。顔面を狙った攻撃にアステリオスも左腕を掲げ防御する。

 

 ——やっぱり、滅茶苦茶速いな、この狼!

 

 こちらが攻撃する合間に二度も攻撃を許してしまう速さにアステリオスは驚愕し

 

「ちッ⁉︎」

 

 ベートもまたアステリオスの異常なまでの打たれ強さを再認識し、舌打ちを漏らした。

 

『ヴゥンンンンンンンンンンンン……!』

「牛野郎、アイズをどうした⁉︎」

 

 黒大剣と双剣が交差し、拳砲と蹴撃が繰り出される。激しい戦闘の中、ベートはアイズの安否を問い質す。

 

 ——アイズ? 誰それ?

 

 だが、アステリオスは答えない。正確には答えられない。アステリオスは『アイズ』という名前を知らず、レヴィスも彼女を『アリア』と呼んでいたので、それが自分が幾度も戦った『金髪の剣士』と結びつかなかった。

 だから、狼の青年を無視して猛攻を仕掛ける。

 

「てめえ、だんまりか!」

 

 何も語ろうとしないアステリオスに殺気を膨らませるベート。しかし、徐々に劣勢になるのはベートの方だった。

 速さでは僅かに(・・・)にベートが上を行く。だが、他の能力(ステイタス)、反応速度や初動の速さなどは全てアステリオスが上だ。

 前回の戦いからベートはLv.5のまま。対してアステリオスはLv.6を超えている。たった一段階。されどその差は絶対的だ。

 ベートの攻撃は決定打足りえない。だが、アステリオスの攻撃は全てが必殺。それがベートの速力をもってしても紙一重で躱すしかない速度で放たれる。

 ダンジョン5階層。あそこでアステリオスを仕留められきれなかった時点で、ベートに勝ち目はなかった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ——ベートさんと互角、いえそれ以上⁉︎

 

 猛牛も、ベートも、恐ろしい速度の白兵戦を展開しレフィーヤの捕捉を振り切ってしまう。視認できる分だけでも凄まじい攻撃と反撃の応酬だった。

 次元の違う戦いにレフィーヤの紺碧色の瞳が震えた。

 

 【ロキ・ファミリア】の中でも身体的な速力は随一のベート・ローガと、あのミノタウロスはほぼ拮抗した速力で動き回っている。

 レフィーヤの眼から見て、ベートの方が若干速い、だが、それが何の慰めにもならないほどミノタウロスの膂力は桁違いだ。更に異様とも言える打たれ強さ。

 白銀のメタルブーツが何度も防御を超えて直撃しているにもかかわらず、ミノタウロスは応えた素振りを見せない。それなのにミノタウロスは、レフィーヤの身の丈よりも長大な黒剣を馬鹿げた速度で繰り出す。

 

 ——あれが『隻眼のミノタウロス』!

 

 ティオナさんを不意打ちで殴り飛ばし、【ロキ・ファミリア】の精鋭を振り切り、ベートさんを一騎打ちで撃破した正真正銘の怪物。

 初めて邂逅したのは17階層。ティオナが倒されたあの場に私もいた。その後、逃亡した『隻眼のミノタウロス』を幹部総出で追いかけた時は、楽観していた。

 アイズさん達ならあの化け物を倒してくれると。あの人達が負けるはずがないと。——結果は完敗。『隻眼のミノタウロス』には逃げられ、重傷のベートを背負ったアイズを見た時は気が遠くなった。

 その悪夢が、再び目の前で起ころうとしている。

 

 ベートの劣勢は明らか。双剣はミノタウロスの肉を断てず、蹴撃はミノタウロスに効かない。にもかかわらず、ミノタウロスの黒大剣はベートの戦闘衣(バトル・クロス)を掠めただけで肉を切り裂く。拳砲は戦闘衣(バトル・クロス)を掠めただけで肉を抉る。ベートの傷が目に見えて増えていく。

 

「っ——すいませんフィルヴィスさんっ、護衛を!」

 

 ここまでパーティを組んだ他派閥のエルフ、フィルヴィスの返答を待たず、レフィーヤは杖を構えて詠唱を始める。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹】!」

 

 魔法円(マジックサークル)を広げ、髙々と呪文を唱える。

 当てられる気はしない。いまも防御したかと思えば側面へ回り込み位置が目まぐるしく変わる。狙撃しようとした側から二人の体が逆方向へ転進し、杖の先端がぶれ、照準が定まらない。

 例え、魔法を放とうと空振りに終わるか、ベートを巻き込んでしまう。それでも動かずにはいられなかった。

 だが、レフィーヤの思惑とは別に事態は急変した。

 

『ヴゥモオオオオオオオオオオォ——ッ!』

「なっ、てめえッ⁉︎」

「——退がれ、ウィリディス!」

 

 ベートと戦闘中だったミノタウロスが反転。レフィーヤ目掛けて駆け出した。

 突然の奇行にベートも反応が遅れる。だが、考えてみればこの行動は必然だ。

 『隻眼のミノタウロス』は知能が非常に高い。ならば冒険者の詠唱が魔法が発動する前兆だと理解していても不思議ではない。

 『魔法』は起死回生の切り札。格上さえ倒せる可能性を持つ強力な攻撃。あの怪物はそれを知っているからこそ、レフィーヤを真っ先に潰しにかかった!

 

「……っ、【汝、弓の名手なり】!」

 

 迫りくる脅威(モンスター)に怯えながらもレフィーヤは、詠唱を紡ぎ続ける。

 フィルヴィスも彼女を守るために前へ出た。左手の短杖(ワイド)を前方に突き出す。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手】——」

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】!」

 

 淀みない超短文詠唱でレフィーヤを追い抜き、魔法を完成させる。

 こちらへ真っ直ぐ突進するミノタウロスに——短杖(ワイド)を照準させた。

 

「【ディオ・テュルソス】!」

 

 多大な精神力(マインド)が傾けられた迅雷が撃ち出される。

 射線上の地面を抉り取りながら、黄金の雷がミノタウロスに驀進した。

 フィルヴィスの砲撃。中層出身のモンスターならば一瞬で灰塵にする雷撃にミノタウロスは迷わず突っ込む。

 フィルヴィスの赤緋の瞳が、大きく見開かれた。

 ミノタウロスの突き出した左腕が電流を受け止め、前進に合わせて左右に引き裂く。超短文詠唱とは言えLv.3の砲撃をかき分けて突進してくる出鱈目な相手に、エルフの少女は時を止めてしまった。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 それを見逃すミノタウロスではない。筋肉を引き絞り、黒大剣を振り上げた。渾身の振り下ろしを見舞うとしている。

 

「馬鹿エルフがッ!」

「ぐぁ⁉︎」

 

 ミノタウロスの振り下ろしが叩き込まれる、その寸前だった。

 罵りとともに駆け抜けたベートの足が、フィルヴィスを蹴り飛ばす。少女の体が黒大剣の間合いから大きく弾き出される。

 少女が視界から消えたミノタウロスはフィルヴィスを逃したベートに目標を変更。戦局を決定付ける一撃を放つ。

 レフィーヤの詠唱も今更間に合わない。渾身の一撃にベートが耐えられる道理もない。完璧な詰み。

 眼前に迫りくる必殺の一撃に、ベートは不安定の体勢のまま防御の構えを取った。

 それがどうしたとばかりに、ミノタウロスが渾身の振り下ろしを放とうと——した瞬間、左腕を掲げ防御の構えをした。

 勝利を目前にしての不可解な動きに、えっ、とレフィーヤが胸の中で呟きをこぼしたその瞬間——ミノタウロスの腕なに一線が走り抜け(・・・・・・・・・・)鮮血が噴き出した(・・・・・・・・)

 レフィーヤも、フィルヴィスも、そしてベートも顔を驚きに染める中、匂いか、気配か、見えない何か(・・・・・・)の位置を正確に捉えた怪物が片腕を薙ぐ。

 

『ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッッ‼︎』

 

 横殴りの拳が、鈍い音を発し、何かを捉えた。そして鉄らしき破砕音が鳴り響いた後、突如女性の体が虚空より現れる(・・・・・・・)

 

 ——【万能者(ペルセウス)】‼︎

 

 きらめく水色(アクアブルー)の髪に瞳を映し、レフィーヤは出現した女性の正体を看破した。

 都市に名を馳せる魔道具作製者(アイテムメイカー)。ルルネに救援を求められた【ヘルメス・ファミリア】の団長、アスフィ・アル・アンドロメダその人である。

 『透明状態(インビジビリティ)』——誰にも見えなくなる(・・・・・・・・・)魔道具(マジックアイテム)を装備し、ミノタウロスに不意打ちを仕掛けたのだ。

 装着していた漆黒兜を破壊され——『透明状態(インビジビリティ)』を解除され——黒鉄の破片が散っていく。

 

 ——瀕死だったのに、どうやって⁉︎

 

 レフィーヤが見たときには彼女は瀕死だった。なのにどうやって動けるようになったのか?

 

「——受け取りましたよ。キークス……‼︎」

 

 それは偶然か、必然か。彼がアスフィに届けようとした改良型高等回復薬(ハイ・ポーション)。ミノタウロスに阻まれた回復薬(ポーション)はキークスの手を離れ、彼女の近くに転がっていた。

 一瞬とはいえアスフィに意識を向けたミノタウロスに、血に飢えた凶暴な狼が舌舐めずりを行う。

 ベートは双眼を吊り上げ、逆襲とばかりに襲いかかった。

 

「らあああああああああァッ‼︎」

『——ッ⁉︎』

 

 矢のような前蹴りに、双剣による乱舞。

 嵐のように繰り出される蹴りと斬撃がミノタウロスを連斬連打した。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 だが、ミノタウロスも負けじと押し返す。全身を打ち抜かれようと、顔面に蹴りを決められようと、応えた素振りも見せずに反撃する。

 突き出された双剣を拳砲が叩き折った。繰り出されるメタルブーツを砕かんと黒大剣を振るう。

 先ほどの繰り返しのようにまたもベートは追い詰めれていく。

 

「——【穿て、必中の矢】!」

 

 繰り広げられる一進一退の攻防を前に、レフィーヤはここに来て詠唱を終了させる。矢を番えた弓は引き絞られ、後は弦を解き放つのみだ。

 凄まじい攻撃に何度も身を削られているにもかかわらず向かってくるミノタウロスは——階層主といっても過言でない相手だ。ベートは決定打を欠いており、砲撃(まほう)を放つなら今しかない。

 

 ——どうすれば。

 

 しかし、レフィーヤには迷いが生じていた。第一級冒険者さえ倒す怪物に、単純に撃ち込んでも『魔法』が通用しないのは目に見えている。先程のフィルヴィスと同じように。

 

「迷ってんじゃねえ‼︎」

「!」

 

 そこへ、ベートの声がレフィーヤの肩を掴む。追い詰めれながらも彼は一瞥を寄こした。立ちつくすレフィーヤに向かって、大声で叫びける。

 

「来いっ、撃て‼︎」

 

 琥珀色の瞳と視線を交わし、レフィーヤは覚悟を決める。

 彼女は迷いを振り払い、引き絞った弓から矢を撃ち出した。

 

「【アルクス・レイ】‼︎」

 

 魔法円(マジックサークル)から光が弾け、大光閃が放たれる。

 一直線に伸びる光の柱に、ミノタウロスはやはり反応してのけた。

 

『ヴゥオ!』

 

 左腕を突き出し受け止めようとするが——大光閃は怪物の眼前で曲がった(・・・・)

 

『⁉︎』

 

 直角に折れ曲がった先、飛来してくる光の巨矢に、ベートが白銀の長靴を叩きつける。

 第二等級特殊武装(スペリオルズ)《フロスヴィルト》。精製金属(ミスリル)で作られたメタルブーツの特殊能力は、魔法効果の吸収だ。

 

「上出来だ」

 

 攻撃魔法【アルクス・レイ】は自動追尾の属性を持つ。照準した対象に着弾するまで何度も転進する矢の魔法でレフィーヤが狙ったのは、ミノタウロスではない。味方であるベートだ。

 ミノタウロスの虚を突く形で自分のもとに運ばれた大出力の光弾に——自分の真意わ正しく理解したレフィーヤに、ベートは口端を吊り上げた。

 魔法を喰らった右足のメタルブーツが、眩い光輝を放つ。

 

「死ね」

『ッッ⁉︎』

 

 狙いすました最高速度の肉薄。

 振り向いたミノタウロスにベートは回避の隙を与えない。瞬く間に間合いを零にし、その閃光の一撃を叩き込んだ。

 

『ヴゥンンンンンンンンンンンン……!』

 

 それでもなおミノタウロスは反応した。回避できないと判断すると凄まじい反応速度で鉄拳を繰り出し、迎撃。

 『魔法』の威力とブーツの攻撃力(インパクト)が組み合わさった光の蹴撃と激突する。

 拮抗は一瞬。勝ったのはベートだ。鉄拳を跳ね返し、ミノタウロスの体は巨星のごとき大光華に包み込まれ、凄まじい勢いで後方へ吹き飛んだ。

 背中で緑肉の地面を削り取りながら止まず、巨大花が寄生する大主柱(はしら)の前でようやく止まった。

 

「やったのか……?」

「殺すつもりでブチ抜いてやったがな」

 

 肩を押さえるフィルヴィスにベートは前を見据えたまま返す。彼の《フロスヴィルト》は装弾された魔法の力を全て吐き出し、通常時のブーツに戻っていた。

 人間ならばどんなに『耐久』が高い相手だろうが、あの必殺を受けて無事で済む道理はない。——そう相手が人間(・・)ならば。

 

「——っ」

「化物ですか……」

 

 煙の奥で猛牛の影が浮かび上がり、ゆっくりと歩み出てくる。

 ルルネに肩を貸してもらっているアスフィは目を眇める。

 

 そう敵は『強化種(バケモノ)』。人間の道理など通じるはずもない迷宮に巣食う怪物である。

 あれだけの攻撃を浴びながらミノタウロスは二本の脚で平然と立ち上がった。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 痛みを怒りに変え、咆哮が大空洞に轟いた。

 


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