ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

15 / 29
第十五話:万能と猛牛

 

 阻む者がいなくなったミノタウロスは進撃する。狙うは

小人族(パルゥム)の少女。魔導士である彼女を警戒して最優先に排除しようとしていた。

 腕を伸ばせば手が届く。そんな距離まで迫ったとき

 

「ああああああああああああああああっ!」

『ヴォオッ⁉︎』

 

 背後から小人族(パルゥム)がミノタウロスに飛び付く。そのまま頭部にしがみ付いた。

 

「ポック⁉︎」

「メリル、何してる! 早く逃げろ!」

 

 振り払うと暴れるミノタウロスに必死にしがみ付きながらもポックは叫ぶ。このまま逃げていいかとメリルは思うが、彼の必死な形相を見てすぐにその場から離れた。

 それを見届けたポックは短剣を抜き、突き立てる。

 狙いは眼球。元々片目のミノタウロスがもう片方も失えば盲目となり戦力低下は確実。だが、そんな企みはもろくも崩れ去った。

 ミノタウロスは迫る短剣に頭を動かした。頭部の角が振るわれ、短剣を迎撃。砕いた。

 

 勇者(ブレイバー)を憧れて彼の短剣を真似て作らせたレプリカ。彼の短剣(ゆうき)は呆気なく砕かれた。

 大事な短剣を失い硬直する彼を他所にミノタウロスは次の行動に移る。

 頭部をズラして角を器用にポックの袖に引っかける。そのまま頭部を前に倒す。首の力だけでポックを引っ張り——地面に叩きつけた。

 

「がぁ、ぎぃっ⁉︎」

 

 叩きつけられた衝撃に口から吐血し、痛みで体が動かない。無防備なポックにミノタウロスは片腕を振り上げ、必殺の鉄槌を見舞う。

 目前に迫った死の気配(かいぶつ)。彼には走馬灯のようにある事を思い出していた。

 

「今度、フィンを紹介しようか?」

「いや……今は……まだやればできるってとこみせらんねえし……で、でも……サイン……とかなら、受け取ってやっても……いいぜ」

 

 それは道中、アイズと交わした言葉。素直になれない自分が精一杯引き出した小人族(パルゥム)の英雄への気持ち。

 

「あーぁ……サイン欲しかったな」

 

 爆撃めいた一撃が振り下ろされ——それで終わりだった。ポックは一瞬で潰れた肉塊と化す。

 ミノタウロスは大岩から黒大剣を引き抜き、次の標的を探して首を巡らせる。

 

「——総員、退避! 援護不要、決して近づいてはいけません‼︎」

 

 アスフィは叫ぶ。その表情は苦渋と焦燥に染まっていた。

 

 ——甘かった。格上でも連携すれば勝てるなんて、私は馬鹿ですか⁉︎

 

 アスフィは一緒に冒険してきたファミリアを信頼し、実力も認めている。だからこそ相手が階層主並の怪物でもこの仲間となら勝てる。そう信じ込んでしまった。

 だが、結果はこのザマ。既に重傷者二名、死者は三名も出してしまった。

 これで先の戦闘を合わせて半数以上が脱落。圧倒的な『個』の前には有象無象の『群』など無意味と、まざまざと見せつけられた。

 

 ——これ以上、無駄死にさせる訳にいかない。団長(わたし)が命をかけて奴を仕留める!

 

 決死の特攻。アスフィはミノタウロス目掛けて疾走する。一見、無謀にも見えるがこれはミノタウロスの注意が彼女以外に向かないようにする意味もある。

 

『ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッッ‼︎』

 

 目論見通り。ミノタウロスの意思は彼女に向く。同時に死も迫る。黒大剣を大きく振りかぶる。

 横薙ぎの大斬閃。眼前全てを真っ二つにする必殺が振るわれた。

 それに対してアスフィはしゃがんで回避——と同時に足に装着した(サンダル)を指で撫でだ。

 

 横一閃の攻撃。回避するには上下に動くしかない。だが、上に跳べば空中で身動きが取れなくなり、次の攻撃でやられる。ならば下に逃げるしかないが、その行動が早すぎた。ミノタウロスは軌道を下方修正。地を這うように疾るアスフィに黒大剣が迫る。

 

「っっ!」

 

 アスフィは跳ぶことで間一髪の避ける。あと一歩遅れれば足を持っていかれたほどギリギリの回避。

 しかし、ミノタウロスはつかさず追撃。空いていた左腕で黒大剣を振り回した勢いを利用して鉄拳を繰り出す。

 空中では回避不能。ミノタウロスは勝利を確信した。

 

「『タラリア』」

 

 唇に言葉が乗ったのと同時、彼女の体が宙で更に上昇した(・・・・・・)

 ミノタウロスの双峰が驚愕に見開く。頭上を振り仰ぎ、宙の一点を見る。

 天井まで遥かな高さが存在する大空洞の空中に、アスフィが、(サンダル)に生えた白翼を広げ浮遊していた。

 

 飛翔靴(タラリア)。【万能者(ペルセウス)】が作り出した至上魔道具(マジックアイテム)

 過去、誰よりも空に焦がれていたとある海国の王女(しょうじょ)が生み出した『神秘』の結晶。

 二翼一対、左右合わせて四枚の翼を広げることで。アスフィは二人としていない飛空能力を操ることができる。

 飛行モンスターのお株を奪う空中戦。宙へ躍り出たアスフィは眼鏡を押し上げる。

 

「出し惜しみはしません。完璧に仕留めさせてもらいます」

 

 後の事は考えない。持っている道具(すべて)を使ってあのミノタウロスを倒すと誓い、アスフィはマントの下に手を伸ばした。

 ホルスターを空にする量の爆炸薬(バースト・オイル)予備(スペア)までつぎ込まれた大量——ついでとばかりに悪臭の小瓶も——の小瓶を、ばっと腕を広げ、直下にばらまく。

 眼下でミノタウロスが瞳を見開いた。ばらばらと音を立てて、緋色の液体が詰まった爆発弾が投下される。

 

『ヴゥンンンンンンンンンンンン……⁉︎』

 

 爆撃が始まった。

 凄まじい爆炎の華が咲き乱れ、ミノタウロスを脅かす。周囲一帯を埋めつくす緋色の閃光が四方から迫り、逃げ道は存在しない。

 絨毯爆撃と言って相違ない規模に、大空洞が震える。

 

『……ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』

 

 それでもミノタウロスは健在。耐熱効果を持ち耐久力が高い体皮は多少は焼け焦げているが、それだけだ。更に植物型モンスターゆえに炎に弱い食人花のドロップアイテムを使用したと思われる戦闘衣(バトル・クロス)さえ燃えずに残っている。

 その理由を、アスフィは戦闘衣(バトル・クロス)の所々に編み込まれた薄い蒼色の生地を見て、看破した。

 

 ——『水精霊の護布(ウンディーネ・クロス)』⁉︎ そんなものまで……!

 

 『精霊の護布』によって『火炎』の耐性を得た戦闘衣(バトル・クロス)は爆炎に晒されても燃えない。

 予想外に敵の装備が充実していることに彼女は戦慄するが、その程度はあのミノタウロスならやりかねないと判断し、次の行動に移る。

 ミノタウロスは先程の不意打ちで学習したのか、充満する悪臭に苦しみながらものたうち回らない。それどころかアスフィへの警戒を緩めない。だが、今更彼女を警戒しても遅い。既に次の手は打たれていた。

 

『ヴォ……?』

 

 プスッと肩に蜂にでも刺されたような微かな痛み。何だと思い視線を向ければ混ぜ込んだかのような真紅の針が刺さっていた。

 こんなものが効くわけない、と針を抜こうと手を伸ばすと——変化はすぐに現れた。

 

『ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオォ——⁉︎』

 

 突然、襲ってきた頭痛。理性で沈められていた殺戮と破壊の衝動が蘇る。感情が爆発するような興奮が襲う。

 いままで感じたことのない精神(・・)への攻撃にミノタウロスは悶え苦しむ。

 

 モンスターを興奮状態、凶暴化させる『紅針(クリゼア)』。迷宮探索においては強化する危険性(リスク)を孕みつつも怪物を同士討ちを誘発させる【万物者(ペルセウス)】謹製の魔道具(マジックアイテム)だが、もとより圧倒的な力量差がある。強化されたところで大した問題ではない。

 彼女の狙いは凶暴化による思考力の低下。あのミノタウロスが通常種より遥かに知能が高いのはいままでの行動で明白。だから、隙を突くためにあえて凶暴化させた。

 

 事実、悶え苦しむミノタウロスは無防備。好機と判断したアスフィは降下した。

 重力の助けも借りて、なおも加速。作製者本人である彼女は飛翔靴(タラリア)を自由に使いこなし、上空から獲物を狙う鷹のごとく急接近する。

 苦痛に意識が向いているのに乗じて、敵を強襲した。

 急降下から地面すれすれを滑空し、男の背後へ急迫。

 未だ苦しむ、丸腰のまま敵に必殺を見舞う。

 

 ——もらった!

 

 鋭い短剣の一突が繰り出された。だが

 

「——⁉︎」

 

 剣身を素手で(・・・)捕まれ、止められた。

 

「なっ……⁉︎」

 

 眼前の光景にアスフィは瞠目する。振り向きざま、ミノタウロスの左手が短剣を捉え、阻んだ。

 武器を素手で掴みかかるという無謀な防御にもかかわらず、飛翔靴(タラリア)の最大速度を乗せた刺突を、腕一本で完全に押さえ込む。

 この強化種の防御力が異常なのはわかっていた。それでも剣身を握りこんだ左手は出血をしているものの、指の皮膚以上に刃が食い込まないほどの筋繊維には驚愕を禁じえない。

 それ以上に気になるのはミノタウロスの状態だ。その瞳には理性の光が宿り、殺戮と破壊の衝動に支配されていない。

 何故、と思う前にアスフィの眼前に解答があった。

 ミノタウロスの右手に握られた黒大剣。その剣先が己の‘太股に刺さっていた’。

 

 ——自傷して凶暴化を解除したというのですか⁉︎

 

 ミノタウロスは己を傷付けることで、極度の興奮を激痛で塗り潰した。冒険者でさえ躊躇うだろう行為をこの怪物は迷いなく実行した。

 

『フゥーッ、フゥーッ……!』

 

 凶暴化を解放されたばかりだからか、それとも激痛か、息を荒くしながらもミノタウロスはアスフィを睨む。

 得体の知れない悪寒がアスフィを犯す。

 頭の中で打ち鳴らされる警鐘に、剣を話して退避しようするも、視界の端で敵の足が動いた。

 

「ぐあっ⁉︎」

 

 蹴撃が繰り出され、腹部に蹄が喰い込む。自身の意思とは関係なく体がミノタウロスから離れ、地面を何度も転がる。

 打ちつけられた腹の痛みを歯を食い縛りながら、何とか足を地面に埋め勢いを殺す。すぐに立ち上がろうとしたが——立てない。

 

「うっ、げぇっ……」

 

 胃の中身が逆流し吐瀉物が、そして内臓も潰れたのだろう吐血もしている。

 Lv.6の剛脚。Lv.4——それも女性であるアスフィが耐え切るには無理があった。

 ミノタウロスは動けない彼女に仕留めるために歩み寄った。

 そこに飛来する投擲物。ミノタウロスは片腕を構えて簡単に防ぐ。しかし、腕に触れた途端に弾け、煙がミノタウロスの視界を覆う。目くらましの道具(アイテム)だ。

 

「アスフィさんに近づくんじゃねぇっ‼︎」

「キークス⁉︎ 駄目です。来てはいけません!」

 

 こちらに駆けてくるヒューマンの男性にアスフィが叫ぶ。救援に来たのだろうが彼では強化種(ミノタウロス)を倒せない。ましてアスフィを連れて逃走など不可能だ。

 それはキークスも理解していた。だが、惚れた女を見捨てるなんてできない。例え犬死になろうと彼女のために死ねるのは漢の花道なのだから‼︎

 キークスは懐から試験管を取り出し、投擲の構えをする。

 

「こいつを使ってください‼︎」

 

 それは道中、アスフィを庇って負傷したときに彼女から貰った改良型高等回復薬(ハイ・ポーション)。勿体なくて使うことができなかったが、彼女の命を救えるなら惜しくはない。

 アスフィが手を加えた高等回復薬(ハイ・ポーション)なら、あの重傷も完治する。キークスが高等回復薬(ハイ・ポーション)を届けようとし——ミノタウロスが動いた。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 地面に指を喰い込ませ、巨大な岩塊を引き剥がす。剛腕による投擲。砲弾と化した岩塊がキークスに迫る。

 

「——」

 

 キークスの動体視力を上回る速度。彼は反応もできずに直撃した。

 それはまさに巨人(ゴライオス)の巨拳。グチャッ——とキークスの右半身が潰れた。

 アスフィに惚れた男のあっけない最後だった。

 

「キークス……‼︎」

 

 邪魔者を始末したミノタウロスはアスフィに向き直る。そして片脚を上げた。硬い蹄がアスフィの頭部を狙う。

 

『ヴゥムゥンッ‼︎』

 

 標的を踏み潰さんと脚が落下した。

 だが——次の瞬間、一条の雷鳴が大空洞に轟き渡る。同時に蹄が踏み砕いた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。