ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

14 / 29
第十四話:脅威と猛牛

 

 ——ふ〜ん。最初の一撃で内部崩壊するかと思ったけど、持ち直したね。

 

 周囲を囲む冒険者を観察する。一定距離に僕の側に近寄ることなく、お互いが補佐し合える円陣を維持している。一人一人の動作にも隙がなく、動きも早い。

 

 ——能力(ステイタス)はLv.3以下。でも高度な連携を考えればLv.以上の戦闘能力と考えるべき。そして眼鏡の女性だけがLv.4かな?

 

 アステリオスは冷静に敵戦力を分析する。そして幾度も上級冒険者と戦ってきた彼は、ほぼ正確に相手のLv.を把握した。

 ちなみに冒険者という呼称やLv.という概念はレヴィスに教えてもらった。アスフィ達がくるまでの数日、やることがなかった彼はレヴィスからダンジョンや冒険者関連のことを色々聞いていた。

 そしてレヴィスの見立てではアステリオスの潜在能力(ポテンシャル)は推定Lv.6相当。小細工せずともアスフィ達を鏖殺できる力がある。

 

 彼我の力量は把握した。負ける要素がないなら——蹂躙するのみ。

 アステリオスは行動を開始すべく一歩踏み出した。

 

「撃——ッ!」

 

 アステリオスの行動を合図にするようにアスフィが号令を上げる。

 弓、投石、鞭、魔剣。即座に放てる遠距離攻撃の嵐が殺到する。前衛・中衛もアステリオスが攻撃してきた迎撃できるように瞬きもせずに動きの一つ一つを凝視する。

 

 ——鬱陶しい。それに距離を詰めさせない気だな。

 

 だが、アステリオスをアスフィ達の警戒を無視するように歩いて前進する。

 無防備な体に矢が、石が、鞭が、雷が当たる。それを蚊にでも刺された程度だというように前進は止まらない。異常なまでの『耐久』補正が、アスフィ達の攻撃を歯牙にもかけない。

 アスフィ達も最も近接戦に秀でた二名が完封されたことで接近されるのは危険だと分かっているのだろう。円陣を維持したアステリオスの前進に合わせて後退していく。

 このままでは埒があかない。アステリオスは前進を止め、その場で黒大剣を振りかぶる。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』

 

 咆哮とともに振り回される黒大剣。真横に振るのではなく地面すれすれを剛閃が振り抜かれた。

 するとどうなるか? 凄まじい『力』はそれだけで風圧を生み、砂煙を巻き上げた。

 アスフィ達の視界は大量の砂煙で塞がれてしまう。

 

「いけない! すぐに砂煙から脱出を! 近くにいる者と固まりなさい!」

 

 眼鏡の女性は瞬時にこちらの狙いに気付いて指示を飛ばす。でも、遅過ぎる。彼女が指示を出したときには僕は獣人の背後に迫る。人間より優れた五感を持つ僕には視覚が潰された状況で敵を探し出すのは造作もなかった。

 

「う、うああああああああああああああああああ‼︎」

 

 背後に迫る脅威に獣人は気付くがもう遅い。黒大剣が振り下ろされ——鮮血が爆せる。

 

「この声っ⁉︎ くそっ、ホセがやられた!」

「馬鹿、ルルネ! 大声を出すな! 居場所を教えるようなものだぞ!」

「セインの方が声デカイだろ⁉︎」

 

 漫才のような声が聞こえる。会話の内容通り、声が聞こえた方に急行。Lv.6の『敏捷(はやさ)』はあっと言う間に距離を詰め、砂煙の中に二つの影を捉えた。

 

「ルルネ、離れろ‼︎」

 

 僕の接近にエルフの青年が犬人(シアンスロープ)の少女を突き飛ばし、攻撃範囲から遠ざける。

 

 ——身を呈して仲間を守る……カッコイイね。でも、さよなら。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

「——ぁ」

 

 振りかぶられた剛腕。繰り出された鉄拳はエルフの青年の頭部に直撃。頭部が弾ける。

 続いて犬人(シアンスロープ)の少女に向こうとすると——複数の小瓶を投げつけられた。

 

『ヴォ……!』

 

 先程、眼鏡の女性が上空に投げだ小瓶と同種のモノと判断したアステリオスは飛び退く。

 次の瞬間、小瓶の一つが炸裂。他の小瓶にも引火し、連鎖爆発を起こす。

 爆炎を警戒してアステリオスが近寄らない間に眼鏡の女性が犬人(シアンスロープ)の少女に駆け寄った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ルルネ、無事ですか!」

「ああ……でも、セインが」

 

 ルルネの視線の先——頭部を失った死体を見て、アスフィも悲痛な顔をする。

 だが、敵を目の前に悲しんでいられないと気持ちを押し殺し、仲間をかき集めて素早く陣形を組み直す。

 

「被害は?」

「死亡三。重傷一。ファルガーさんの戦線復帰は不可能です」

 

 ファルガーを背負う少女の報告を受け、アスフィは次の作戦を考える。

 

「……これ以上長引けば被害が増すだけ。一気にケリをつけます」

「どうやってだ? 攻撃が全然効かないぜ」

「魔石を狙います。どれだけ規格外だろうと相手はミノタウロス。魔石(きゅうしょ)を破壊すれば灰になります」

 

 モンスターが肉体構造上、必ず持つ弱点——魔石。理論上、どれだけ強いモンスターだろうと、階層主でさえ魔石さえ破壊してしまえば倒すことは可能だ。

 彼我の力量差は絶望的。ならアスフィ達が勝つ為には魔石(じゃくてん)を狙うしかない。そしてアスフィの脳内では既に作戦が組み上がっていた。

 窮地を打破するため、アスフィは地面を蹴りつけた。

 

「私が切り込みます! 全員援護に徹しなさい!」

 

 状況やLv.の差から致命的一撃(クリティカルヒット)を『隻眼のミノタウロス』に与えられるのはアスフィのみ。いや彼女でも力不足かもしれないが、他の者では近づけば犬死するだけ。ならば最も可能性のある彼女が最前線に出るのは必然だった。

 まずアスフィは、爆炸薬(バースト・オイル)——ともう一つ小瓶を前方に投げつけた。

 小瓶はミノタウロスに届かず失速。地面に落下し、炸裂。ともに割れた小瓶の中身が爆風に煽られ蔓延する。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ⁉︎』

 

 瞬間、ミノタウロスが鼻を抑えてひっくり返る。地面をごろごろともの凄い勢いでのたうち回る。

 

 あの強大なミノタウロスが苦しんでいる原因は悪臭(・・)爆炸薬(バースト・オイル)とは別の小瓶に入っていた異臭の液体が、ブチまけられたのだ。

 冒険者にとっても有害なその『臭い』は、モンスターにとって毒そのもの。どれだけLv.が高かろうと耐えれない攻撃にミノタウロスは成す術もなく苦しむ。

 

「偶然の産物でしたが、役に立ちましたね」

 

 稀代の魔道具作成者(アイテムメイカー)であるアスフィは様々な道具(アイテム)を作成している。その様々な材料を組み合わせる過程で、彼女は悪臭の液体の開発に成功した。

 ちなみに試しに臭いを嗅いだアスフィも目の前のミノタウロスと同じようにのたうち回っていた。

 

『グゥウウウウウウウウッ……!』

 

 突如、のたうち回っていたミノタウロスは黒大剣を己の足もとに叩きつけた。

 最初は、怒り狂った意味のない行動だと思った。しかし、それは間違いだった。

 叩きつけられた衝撃で地面が爆発し、無数の弾丸となって殺到した。

 

「ぐっ⁉︎」

 

 アスフィは何とか回避に成功する。しかし、Lv.4の彼女ですらギリギリの回避。すなわち

 

「……っっ」

「——ぁっ」

 

 双剣のエルフと鞭使いの獣人の女性二人が、いくつもの石飛礫を浴び、悲鳴が散った。

 ミノタウロスは二度、三度と黒大剣を足もとに叩きつけ、散弾を無差別に撒き散らす。

 

 広範囲の散弾攻撃。悪臭によって敵に集中できない現状。ミノタウロスは広範囲攻撃で牽制し、悪臭を振り払う時間を稼ごうとしていた。

 

「総員、攻撃! 効かなくても構いません! 奴の動きを止めなさい!」

 

 叫びながらアスフィも爆炸薬(バースト・オイル)を投擲。ミノタウロスに命中し、炸裂。全身を紅蓮に包む。

 他の冒険者も投石や魔法で妨害する。——でも、遅過ぎた。

 

『フゥゥ——ッ……!』

 

 ミノタウロスが爆炎を突き破る。『火炎石』の大爆発にも耐え切ったこの肉体。小瓶一つ程度の爆発では怯みもしない。

 悪臭から脱却したミノタウロスが目を向けたのは、小人族(パルゥム)の少女。長文詠唱を謳い、高威力の魔法を放とうとしている。

 彼女の前には覆面の冒険者が大岩を盾のように構えて守っている。あれでは散弾攻撃は無意味。ならば

 

『ヴゥモオオオオオオオオオオォ——ッ!』

 

 黒大剣を引き絞り——投擲。ミノタウロスの怪力で投げられた黒大剣は凄まじい速さで宙を切り裂き、大岩に突き刺さる。

 あまりの勢いに黒大剣は剣身の根もとどころか柄の部分までめり込んだ。

 

「きゃあ⁉︎ ドドンさん大丈夫——」

 

 小人族(パルゥム)の少女の言葉はそこで途切れた。彼女の視線の先、覆面の冒険者は背中から黒色の刃が生えていた(・・・・・・・・・・・・・・)

 刃を中心に赤いシミが広がり、ドドンの体から力がある抜ける。黒大剣が大岩を貫き、ドドンを串刺しにした。貫いた場所は心臓。即死である。

 

 いまので仕留められなかったか、とミノタウロスが小人族(パルゥム)の少女に接近する。

 

「行かせるか!」

「吹き飛べ、化け物‼︎」

 

 窮地を助けに入ったのは同族(パルゥム)の双子。左右からメイスとハンマーが叩きつけられるが——微動だにしない。

 Lv.6相当の『耐久』補正と怪物特有の打たれ強さ。そして第一級冒険者の打撃さえ防ぐヴィオラスの防具が組み合わされば非力な小人族(パルゥム)攻撃(だげき)は意味をなさない。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 邪魔だ、と言わんばりにミノタウロスは剛腕を振り回す。咄嗟に割り込ませた武器は粉砕され、破壊の怪腕が双子を吹き飛ばした。

 

「痛……っ、ポット、早く戻ら——」

 

 素早く立ち上がろうとする彼の目に飛び込んだのは、胸から下が喪失した(・・・・・・・・・)姉の姿。彼が五体満足なのは運が良かっただけだ。たまたま剛腕が武器のみに当たり、体に触れることなく吹き飛んだ。だがポットは微かに剛腕が触れた。それだけで胸部を抉られた。

 Lv.3——それも前衛型のファルガーが一撃で瀕死になる怪力。Lv.2である彼女がその必殺に耐えられる道理はない。

 ミノタウロスに目を向ければ、彼を無視して小人族(パルゥム)の少女へ突き進む。お前など眼中にないと言わんがりに。

 強力な攻撃魔法を使う魔導士(パルゥム)と軽傷も与えられない前衛職(パルゥム)。どちらを優先させるべきかは言うまでもない。その事実に彼は奥歯を噛み締めた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。