ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

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第十二話:赤髪と猛牛

 ……疲れた。それに体中が痛い。

 

 白ずくめの男との死闘に勝利した僕はドカッとその場に座り込んだ。

 ここにくるまでのモンスターの大群、花のモンスターの群れ、そして巨大花と白ずくめの男。相次ぐ連戦による疲労に体は限界を迎えていた。

 

 僕は周囲を見渡す。肉壁から間欠的に生まれる花のモンスター、大主柱に絡みついた巨大花、どちらも動く気配はない。白ずくめの男の指示がなければ行動は起こさないようだ。

 丁度いいとばかりに、僕は休息をとる。そこら中に散らばる極彩色の魔石をオヤツ感覚でポリポリと食べながら、体力を回復させる。

 

 ——さて、これからどうするか……。

 

 この緑肉の迷宮を作っているのが巨大花だと分かった。そして元凶らしき白ずくめの男も始末した。あの男の指示がない限り、巨大花は活動停止しているだろうから、ほっといてもいいかも知れない。

 元々ここに来たのは肉壁がこのまま広がり、僕の生活圏を脅かすんじゃないかと危惧したからだ。でも、指揮官(あたま)を失ったことで巨大花は活動停止。これ以上広がることはないだろう。だったら後は他人事、この気持ち悪い緑肉の迷宮からオサラバしよう。

 

 辺りを見渡しながら今後のことを考えていると——大主柱の根もとにあるモノを見つけた。

 戦闘中は気付かなかった緑色の球体が、取り付いていた。近くに寄り、観察してみると

 

 ——何、これっ……?

 

 僕の片手に収まる大きさの球体。

 緑色の宝玉。薄い透明の膜に包まれているのは液体と——不気味な胎児だ。

 丸まった小さな体に不釣り合いなほど大きな眼球が、僕を見上げている。まるで雌であることを象徴するかのように髪が生えており、頭部の位置から曲線を描く背筋の先端まで伸びていた。謎の幼体は身動ぎせず沈黙を守っでいるものの、ドクンッ、ドクンッ、というかすかな鼓動を打っている。

 

 ——モンスターの……子供? 

 

 一瞬、そんな考えが浮かんだが、それはありえないと頭を振る。

 モンスターは成体で産まれる。生まれてすぐ人間と戦えるために。だから、モンスターに幼体は存在しない。じゃあ、これは何ってことになるけど。

 でも、確信できることが一つ。この緑肉の迷宮も、花のモンスターも、巨大花も、白ずくめの男も、この胎児で何かをしようとしていたんだ。

 改めて見上げる胎児を見る。

 

 ——それにしても、本当に何の反応もしないね、これ。

 

 鼓動を感じるから生きている。僕をハッキリと認識しているから、意識はある。でも、沈黙を続けている。

 人間の赤ん坊なら、目の前にミノタウロスなんてモンスターがいれば泣き叫ぶぞ。いや、どう見ても人間じゃないけどさ。

 あまりにも反応がないので、僕は色々試してみることにした。とりあえず——よし、これでいこう。

 

『イナイイナイ……』

 

 両手を閉じ顔を隠す。阿呆である。あろうことかこの猛牛。不気味な胎児に『いないいないばあ』を実行しようとしている。それとて赤ん坊にすることであって、胎児にすることではない。

 

『——ヴゥオ!』

 

 両手が左右に開かれ、そこには凶悪で、獰猛で、醜悪な牛頭が現れる。しかも掛け声が雄叫びになっており、威嚇しているようにしか見えない。

 

 ——うん。やって思った。こんなこと赤ん坊にしたら泣く。泣き叫ぶに決まっている。

 

 しかし、胎児は無反応。恐怖心もない無感動の瞳で猛牛(ぼく)を見つめ続ける。

 ここまで反応がないと、なにがなんでも反応させてみたくなる。

 変な意地を発揮させ、僕はあの手この手で胎児の興味を引こうとした。花のモンスターのドロップアイテムである『花弁』で数個の小石を包んでガラガラを作ってみたり、ローブの人達の所持物から人形を作ってみたり、とにかく胎児か何か反応しないか試した。

 だから、僕は接近する気配に気付かなかった。

 

「……何をしている?」

 

 背後から呆れた声。僕はビクッとなって振り向いた。

 

 

 そこには呆れた目で僕を見る赤髪の女性がいた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 オリヴァスとミノタウロスの死闘。オリヴァスの敗北を見届けた私は食料庫(パントリー)に向かった。

 

 ——あれだけ啖呵を切っておいて、使えない。

 

 悪態とは裏腹にその歩みは焦りがあった。

 あのミノタウロスが何の目的で来たからわからない。だが、番人がいなくなった以上、『宝玉』が無防備となった。それは危険だと、走る速度は速くなる。

 

 『宝玉』は無事か、ミノタウロスに破壊されていか、ミノタウロスに寄生して暴走していないか、不安を顔色に出さず進むと

 

 

 宝玉を前に珍妙な行動をするミノタウロスがいた。

 

 

「は……?」

 

 こんな光景は予想していなかったのか、レヴィスは開いた口が塞がらない。

 破壊と殺戮の衝動に支配されたモンスターが——彼女はこのミノタウロスが喋るのを知らない——まるで赤ん坊をあやすような行動をしている。そのことを理解するのにレヴィスはたっぷり一分かかった。

 

 ——何だ、あのミノタウロスは⁉︎

 

 侵入した時点で異常に強い個体とは理解していた。しかし、こんな行動をするとは予想外だった。……何となく声をかけずらいが、宝玉に変なことをされては堪らないので止めることにした。

 

「……何をしている?」

 

 突然の問い掛け。ミノタウロスはビクッとなりながら振り返った。

 レヴィスを認識すると、気まずそうな——牛頭だがそんな雰囲気——顔をした。

 その人間らしい仕草に困惑するが、次に表情が驚愕に変わる。

 

『誰?』

「——っ!」

 

 ——喋った! モンスターが⁉︎

 

 それはレヴィスの知らない存在。未知の怪物。怪物と人間の力を持つ怪人(クリーチャー)とは違う、異端の怪物に瞳が驚愕に見開く。

 

『人間ト、怪物ノ、匂イ……サッキノ白イ奴ノ仲間?』

 

 白い奴とは、オリヴァスのことだろう。先程まで死闘をしていた敵の仲間だと分かり、ミノタウロスが警戒する。

 

「アイツと私が同族(なかま)? ——違うな」

 

 オリヴァスはアレを女神だと盲信している。アレを守るのは自分だと勘違いをしている。

 アレはそんな崇高なものである筈がない。アレを守ってきたのは私だ。

 オリヴァスも、そして私も、アレの触手に過ぎん。それに気付きもしない愚か者と一緒にするな!

 

『ソウ……ジャア、コレハ?』

 

 ミノタウロスはレヴィスの言葉をアッサリ信じたのか警戒を解き、宝玉を指差す。

 

「知っても無意味だ。ここで死ぬお前にはな!」

 

 そう言って、レヴィスは地面に片手を突き刺した(・・・・・)。細い腰が曲がり豊かな胸が揺れる中、ズズッ、と水が渦を巻くような音が足もとから発せられる。

 やがて勢いよく手を引き抜くと、赤い液体を散らしながら長い棒状の塊が吐き出された。柄が存在する、紛れもない長剣(・・)

 天然武器(ネイチャーウェポン)。ダンジョンがモンスターのために用意した武器。怪物の異種混成(ハイブリッド)である彼女もその恩恵を受けて、ダンジョンから武器を取り出すことができる。

 レヴィスが取り出したのは、生物から切り取った血肉をそのまま鋳型に流し込んだかのような不気味な外見。鍔を始めとした装飾は一切なく、紅の剣身は全く切れ味がないように見える。傷付けられれば呪われてしまうかのような、そんな禍々しい威圧感のある大剣だ。

 レヴィスは剣を振り、付着した液体を飛ばす。次の瞬間、突撃した。

 赤い髪が血飛沫のような斜線を描きながら、長剣を振り下ろす。

 ミノタウロスは真っ向から受け止め、黒大剣で弾き返した。

 響き渡る鉄塊同士を殴りつけたような鈍い音。レヴィスは凶暴な勢いで立て続けに斬りかかった。空気が悲鳴を上げる大薙ぎの一撃をミノタウロスは難なく躱し、すぐさま斬り上げを放つ。

 レヴィスも紅の長剣で受け止めるが——出鱈目な『力』に体勢を崩すほど、長剣が大きく弾かれる。

 

「なっ⁉︎」

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 動揺する暇も与えず、ミノタウロスは咆哮を上げ、追撃する。

 甚だしい連撃を浴びる女はぎりぎりの防御を積み重ね、次の一撃で堪らず大きく後退した。

 

 残念ながら、レヴィスではこのミノタウロスに勝てない。オリヴァスと戦う前ならまだしもいまのミノタウロスははLv.6。Lv.5相当のレヴィスでは文字通り格が違う。

 

「あぁ、面倒なッ……‼︎」

 

 吐き捨てられた言葉には、苛立ちが滲む出ていた。押されている事実に対する苛立ち、追い込まれている自分への怒りを力に変えるように渾身の振り下ろしを繰り出した。——だが、この時、レヴィスは冷静さに欠けていた。ミノタウロスの背後に『宝玉』があることを。

 怒りに任せた単調な攻撃。ミノタウロスは右に逸れることで難なく回避した。長剣の勢いは止まらず、直線上にあった『宝玉』に振り下ろされた。

 

「しまっ——」

 

 失態に気づいたがもう遅い。彼女自身でさえ長剣の勢いを止めることができない。長剣はそのまま『宝玉』を叩き割る——前に差し込まれた手によって阻まれた。

 

「⁉︎」

 

 渾身の一撃は差し込まれた手に掴まれ、停止。『宝玉』は傷一つないが、代わりに長剣が深く食い込んだ手から大量の血が流れ落ちる。

 レヴィスはゆっくり、手を差し込んだ本人——ミノタウロスを見据える。そして疑問の声を発する。

 

「……何の真似だ?」

『別ニ……タダ宝玉(アレ)ガ気ニナルダケ』

「……」

 

 怪我をしてまで『宝玉』を守った理由が、気になるから(・・・・・・)。その答えにレヴィスは毒気が抜かれたように、紅の長剣を下ろした。ミノタウロスから二、三歩後ろに下がって、口を開く。

 

「お前には関係ないことだ。首を突っ込むな」

『……ワカッタ』

 

 反論の一つでもあるかと思ったが、ミノタウロスはレヴィスの言葉に従い、宝玉から離れ座り込んだ。そして巨大な花弁を何枚も使い、何かを作り始める。

 

 ——『ヴィオラスの花弁』……あんな物で何するつもりだ?

 

 次々と不可解な行動をするミノタウロスにレヴィスは困惑する。彼がすることを黙って見てるしかなかった。

 

 『ヴィオラスの花弁』。

 植物型モンスターゆえに炎や斬撃に弱いが、ダンジョン攻略最前線【ロキ・ファミリア】でさえ到達していない深層域に生息しているモンスターなだけあり、第一級冒険者の打撃が全く効かない頑丈さを持つ。

 

 ミノタウロスは花弁と花弁の端を結び、一つに繋げていく。時折、紐を通す、花弁を重ねる。自分の体に合わせて大きさを調整する。

 ここまでくればレヴィスもミノタウロスが何をしているか理解した。彼は『ヴィオラスの花弁』で戦闘衣(バトル・クロス)を作ろうとしている。

 確かに打撃に対してほぼ無敵の防御力を発揮する食人花の『ドロップアイテム』で作成された防具は一級品だ。……なのだが

 

 ——へ、下手すぎる……。

 

 戦闘衣(バトル・クロス)の出来栄えにレヴィスは自然と口が引きつる。

 ミノタウロスはお世辞にも器用といえない。極太の指が細かいことに向かないのもあるが、本人も大雑把なのだろう。明らかに衣服とも呼べないものを纏って満足気味だ。

「……お前、それは防具のつもりか?」

『? ソウダケド……』

「はぁ……ならば無駄な部分は切れ。動くときに邪魔だ。強引に巻き付けるのもやめろ。体を圧迫して負担になる。——私がやった方が早いな。貸せ、仕立ててやる」

 

 レヴィス自身、何を言ってるのかと思う。見ず知らずの、それもモンスターを相手に、自分がここまでしてやる理由がない。

 ただ、このミノタウロスを相手にしていると、敵意皆無なことや、子供のような雰囲気のせいで毒気が抜かれる。

 彼女も女だ。世話のやける子供のようなミノタウロスに、知らず知らず母性本能が芽生えたのかもしれない。そんな親切心からくる発言だったが

 

『デキルノ?』

 

 ミノタウロスは懐疑的だった。その視線はレヴィスの首から下を、胸もとからつま先まで見ている。

 レヴィスの服装は戦闘衣(バトル・クロス)のみ。あちこちが痛んでおり、長く手入れをされていない。あたかも追い剝ぎしたものをそのまま着ているようだ。端的に言って、仕立てなんてできる人物には見えない。

 

 ブチッ、と何かが切れる音とともに蟀谷に青筋が浮かぶ。純粋な親切心に懐疑的な態度をとられれば誰だって腹は立つ。

 

「いいから、寄越せ!」

『エッ、チョッ——ヴォオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉︎』

 

 レヴィスは戦闘衣(バトル・クロス)を剥ぎ取った。

 剥ぎ取られたミノタウロスが涙目になっていたのが、印象的だった。




オリジナルドロップアイテム
『ヴィオラスの花弁』
 食人花のドロップアイテム。第一級冒険者の打撃も効かない頑丈さを持つ。反面、斬撃には弱い。

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