ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

10 / 29
第十話:怪花と猛牛

10怪花と猛牛

 

「レヴィス、侵入者だ」

 

 赤光に照らされる不気味な大空洞で、男の警告がもたらされる。

 

「モンスターか?」

「ああ、それも珍しいことにミノタウロスだ」

 

 興味の欠片も示していなかった赤髪の女、レヴィスが白づくめの男の言葉に肉壁の一部、月の表面を思わせる蒼白い水膜を一瞥した。そこには食人花と交戦する一匹の猛牛が映し出されていた。

 彼女が興味を示したのは侵入者がミノタウロス(・・・・・・)だからだ。

 ミノタウロスの出現階層は15階層から。モンスターの階層間の移動は度々あるが、それも精々上下2階層までというのが一般見解だ。つまりミノタウロスが現れるのは13〜18階層まで。『大樹の迷宮』と呼ばれる19〜24階層に姿を現わすことはない。ましてここは中層最奥部の24階層。ミノタウロスが現れることそのものが『異常事態(イレギュラー)』だ。

 だが、それだけならミノタウロスが迷い込んだで済ませられる。ミノタウロスの潜在能力(ポテンシャル)はLv.2相当。Lv.3相当の食人花は物量で押せば第二級冒険者でさえ圧殺できる。ミノタウロス程度なら瞬殺だ。そう水膜を見ていたレヴィス達は判断したが

 

「——強いな」

「そのようだ。通常種とは比べものにならん」

 

 水膜の向こうに映し出されていたのは食人花が猛牛を食い荒らす光景ではなく、猛牛が食人花の群れを一方的蹂躙(ワンサイドゲーム)する光景だった。

 

 猛牛の跳び蹴りが炸裂する。硬質な蹄が食人花の頭部を粉砕。そのまま食人花を踏み台に宙へ。二方向から襲おうとした食人花を黒大剣で両断した。

 落下中にも更に二匹の食人花を切り捨てる。地面に着地。着地の隙についた食人花が必殺(たいあたり)をするが猛牛はあろうことか片手で受け止める。歴然たる『力』の差をまざまざと見せつけた。

 

「……Lv.5以上か」

食人花(ヴィオラス)だけでは歯が立たん。間違いなく『強化種』だ」

 

 白づくめの男は「あんなものがいま来るとは」と憎々しげに呟く。

 レヴィスは興味をなくしたのか、水膜から視線を外し、再び地面に座り込んだ。

 

「放っておいていいのか、レヴィス?」

「ああ、私は動かん。たまにはお前が動け」

「……わかった」

 

 白づくめの男は背を向けて、大空洞から動き出す。侵入した猛牛を抹殺するために。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ——数が多過ぎる⁉︎

 

 

 花のモンスターを倒して進んだと思ったら別の群れに襲われ、また倒して進んだら別の群れが襲ってきた。数えていないがそろそろ百に達しそうだ。

 

 斬っても斬っても湧いて出る花のモンスターにため息を吐くと、また前方から花のモンスターが押し寄せてくる。

 

 ——ああもう、しつこい!

 

 悪態をつきながらも敵の体躯と体躯の隙間をすり抜け、すれ違いざまに斬りつける。長駆を深く、鋭く斬り込まれた花のモンスターは絶命。すぐさま別のモンスターに斬りかかり、頭部を叩き割った。

 その場で跳躍し、頭上に控えていた花のモンスターを両断。しかし、別の個体が大口を開け、強襲する。

 落下中で避けることができない僕は花のモンスターに食われるが、片腕で上顎を、両脚で下顎を、押し広げることで口を閉じられないようにする。そのまま空いている腕に持っていた黒大剣を弱点(ませき)に突き立て、砕いた。急所を破壊された花のモンスターは灰と化す。

 

 ——しまった。せっかくの魔石を砕いてしまった。

 

 何度目とも知れない花のモンスターの強襲をはね返し、最後の一匹を仕留めた時。

 長く続いている通路の先から、血の色のような赤い光が漏れ出ているのを僕は視認した。

 

 ——通路の灯りと違う。あれがゴールかな?

 

 そもそもこの先に何があるのか知らない。でも、他とは比べものにならない濃い腐臭からあそこに原因があると直感した。

 そう思った僕は緑壁の迷宮を駆け抜ける。

 

 ——あ、『ドロップアイテム』らしい『花弁』は回収していこう。斬撃には弱いけど僕の打撃に耐える固さだ。良い防具になりそう。

 

 腐臭が濃くなっていく中を突き進み、赤い光が滲む通路の出口へ飛び込んだ。最奥の大空洞へ、足を踏み入れる。

 

『——』

 

 視界が一気に開けた直後、僕は絶句した。——違う。ここに来たことない。だから、この光景が正しいのかは知らない。でも、この光景が‘ありえないくらい異常(・・)なのは肌で感じ取れる。

 ここまでの道のりと同じように緑の肉壁に侵食された広大な空間。大きさが異なった無数の蕾が至る場所から垂れ下がっており、何よりも視線と意識が向かうのが中央にある神秘的な光を放つ水晶の大主柱には寄生する巨大なモンスター(・・・・・・・・)だった。

 

 

 ……あれは、宿り木(・・・)

 

 

 計三体、先程まで戦った花のモンスターに酷似しているが、高さ三十メートルはある赤水晶の大主柱に絡みついている。

 毒々しい極彩色の花頭を三輪咲かせた超大型は、全長も、体躯の太さも、花のモンスターの十倍はくだらない。大長駆から派生した蔦に似た触手を大主柱の表面にくまなく行き届かせている。

 ドクンッ、という間隔の長い鼓動音の度に、何かを吸い上げるかのような奇音は、まるで大主柱から養分を吸っているようだ。いや実際にそうなのだろう。巨大花は水晶から滲み出す液体を片っ端から吸収していた。

 

 ——あれがこの気持ち悪い肉壁を作っている原因で間違いなさそうだね。

 

 巨大花の触手や根は大主柱だけにとどまらず、そのまま大空洞全域に伸びて緑色の肉壁を作り上げていた。大主柱から溢れ出る養分を無限に吸収し、体の組成を爆発的に拡大させるモンスターが、この緑色の迷宮の正体だ。……で、あそこで殺気立ってるのがこの巨大花で何かを企ててる人達か。

 

 僕の視線の先、上半身を隠す大型のローブに、口もとまで覆う頭巾、額当て。顔を素性を隠したいかにも怪しい人です、と言わんばかりの格好をした謎の集団がいた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「ここまで来たか」

 

 猛牛がこちらを見ていたように男も猛牛に対して身構えていた。

 大主柱の根もとの側で待機する全身白ずくめの男は、白骨(ドロップアイテム)から作られた鎧兜から侵入したミノタウロスを睨む。

 

「何をやっているっ、どうしてたかがミノタウロス一匹にここまでの侵入を許した⁉︎」

「あのミノタウロスは強化種だ。食人花(ヴィオラス)だけでは歯が立たん」

 

 白ずくめの男がミノタウロスを見据えていると、一人のヒューマンが彼に非難する。男は感情を押し殺した声音で返した。

 

「仕事をしろ、闇派閥(イヴィルス)の残党ども。『彼女』を守る礎となれ」

「ッ……言われなくとも!」

 

 ローブの男は目もとを歪めながら踵を返す。続くように闇派閥(イヴィルス)の残党と呼ばれた集団は次々と白刃を抜き放った。

 

「殺せ‼︎」

 

 周囲とは色違いのローブを纏った男——指揮を預かる頭目らしきヒューマンの一声に、大空洞にいるローブの者達は呼応した。獲物を掲げ、ミノタウロスのもとに押し寄せる。

 

 猛牛は黒大剣を握り直し、開戦。怪物と人の集団の激しい争いが巻き起こる。

 ローブの集団は三十人以上の人数を誇り、中には上級冒険者級の動きを見せる敵も複数いる。だが、そんなものは『隻眼のミノタウロス』の前には無意味だった。

 

 繰り出される剣と槍、敵後衛が放つ矢。その全てがまとめて無力。ミノタウロスは一切の防御をしていない。

 彼のぶ厚い筋繊維は第一級冒険者のアイズの斬撃さえ通さない。そんな彼の体に第三級冒険者程度しかない者達の攻撃が通るはずがない。そして彼が繰り出す攻撃は全てが敵にとって必殺となる。

 

 剣で防ごうとしても剣もろとも胴体を両断される。槍で受け流そうとしても問答無用で叩き割られる。回避しようとしてもそれさえ許されず斬り捨てられる。

 数の差も小細工も圧倒的な力の前には無意味とばかりに猛攻は止まらない。

 

「神よ、盟約に沿って、捧げます……」

 

 だが、敵もただで終わらない。脚を折られ、狩られるのを待つだけの男の口もとから、くぐもった声が漏れる。

 男が意を決したように眦を切り裂き、勢いよく腰に手を回すと——その反動でローブの中身があらわになる。

 彼の上半身に巻き付いていたのは、炎を封じ込めたかのような、真っ赤な紅玉だった。

 

『ブォ?』

 

 猛牛はその正体を知らず、首をかしげる。ゆえにかしげるだけでそのまま斬り捨てようと黒大剣を振り上げる。男はその隙に手を動かした。

 導火線が繋がる腰の小箱——発火装置から伸びた紐を勢いよく引く。

 

「この命、イリスのもとにぃ——————‼︎」

 

 叫んだ瞬間、火箱を点火させた男の体は、爆散した。

 

『ブゥオッ⁉︎』

 

 予想外の反撃。防御姿勢もとれなかったミノタウロスは、巻き起こった大爆発に呑まれた。

 

 彼が知らないことだが、紅玉の正体は『火炎石』。

 深層域に生息するモンスター『フレイムロック』から入手できる『ドロップアイテム』。加工されていない怪物の肉体の一部は強い発火性と爆発性を持つ。

 男の体に巻き付けられた火炎石は入手できる『ドロップアイテム』の中でも殊更巨大なものであり、それも数珠のようにいくつも繋がっている。

 

 それが間近で起爆すれば第一級冒険者でもタダではすまない。倒せぬねらば道連れにしても殺す。文字通り、決死の覚悟で実行された自爆(・・)

 

「——愚かなるこの身に祝福をぉ‼︎」

 

 そして男に続くように次々とローブの者達が爆煙に飛び込み、自爆を行う。あの強大なミノタウロスを殺し切るには一つ二つの命では足りないと言わんばかりに。

 ミノタウロスのいた場所が激しい光に包まれる。耳をつんざく轟音とともに炎の塊が、飛び散り、大空洞を煌々と照らし出す。

 

 ——彼等は死兵(・・)だ。使命のために全てをなげうった者達。最も性質(・・)の悪い、死をも覚悟した一団。

 本能のおもむくまま殺意を剥き出しに襲いかかる怪物。狂気に促されるまま命さえ爆弾に変えて襲いかかる死兵。果たしてバケモノはどちらなのか。

 答えは人によって違うだろう。だが、今回は

 

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 

 ——前者である、と断言できる。

 爆炎からミノタウロスが姿をあらわす。彼の体は傷ついてはいる。大爆発によって焼け焦げた胴体は、しかしそれだけだ。深手にはほど遠い。

 更に、ミノタウロスの皮それ自体は耐熱耐寒効果を持つ。強化種である彼の皮は耐性が極めて高くなっており、『水精霊の護布(ウンディーネ・クロス)』と組み合わさることで、幾度もの大爆発を間近で食らおうと健在なほどの火耐性を獲得していた。

 戦闘に支障がないことを確認したミノタウロスは再び蹂躙を開始した。ローブの者達が自爆するのも気にせず襲いかかる。

 

「やはり、神に縛られる愚者どもは役に立たん——食人花(ヴィオラス)

 

 白ずくめの男が口を開いた瞬間、大空洞中のモンスターが一斉に首をもたげた。まるで一つの意思のもと統率されたように、沈黙を破って凄まじい勢いで行動を開始する。周辺から蛇行して、猛牛のもとに殺到した。

 食人花は数え切れない触手と巨大な牙で襲いかかり、必殺(たいあたり)を繰り出す。

 手当たり次第な攻撃は敵味方見境なしに蹂躙を働くが

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 それがどうしたとばかりに彼の『咆哮(ハウル)』が轟く。食人花も、ローブの者達も、強制停止(リストレイト)に追い込む。ミノタウロスは硬直しているモンスターの中で一番近くにいた食人花の大口に手を突き入れ、魔石を引き抜く。急所(ませき)を抜かれた食人花は灰となった。

 握られた魔石を猛牛はそのまま口に持っていきパクリ、とオヤツ感覚で食べてしまった。そして未だ硬直するモンスターと人間に襲いかかった。

 

食人花(ヴィオラス)では餌になるだけか……私が出るしかないな」

 

 ただ一人、彼の『咆哮(ハウル)』を浴びて一切の硬直を見せなかった白ずくめの男が、鎧兜の奥から覗く両眼を細めた。

 

 

 




補足
巨大花=ヴィスクム
白ずくめの男=オリヴァス・アクト

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。