懐かしい記憶掘り起こしながら書いたのでキャラぶれあるかも……。
目の前に聳えるは2mを優に超す鋼鉄の塊であった。
規則正しく吐き出される蒸気はまるで呼吸のようであり、下手なモンスターよりも大きく、強固で、逞しいその姿は正に文明技術の集大成と言えた。
その日、ハセヲは『機人』と遇う。
ハセヲはいつものようにネットゲーム『TheWorld』にログインしていた。
もはや日課なりつつあるそれを勉強の息抜きと称しているのはきっと小うるさい彼女に対しいつも言い訳がましく口にしていた所為であろう。
ネット社会を揺るがす大きな事件があり、その当事者として解決に死力を尽くしてからも彼はこの世界によく来る。
たかがネットゲーム。そう思う人はいるだろうが彼にとって『TheWorld』とは思い出の場所であり、自分を人として成長させてくれた大事な所なのだ。
そして何よりも此処には仲間がいる。その何人かは都内から離れた場所で暮らしている者も多く、リアルでは気軽に会えることもないが、ネット上であれば関係ない。
素直ではない為本人は中々認めないだろうが、極稀に寂しいと思うこともあり、そういった時もよく来る。今では会えなくなった者も少なからずいるが、それでもハセヲ同様居続ける者もいる。
そういった事情、経緯などはあるが今回は本当にただの息抜き。
だから少しフィールドでも歩いて帰ろうとしたのだが……。
「げ」
ログイン終了後、自動で転移されられる町『マク・アヌ』で彼を待ち構えていたのはよく見知ったPCだった。
すらっとした華奢なボディ、頭には呪癒士特有の白い帽子。翠と白の配色がより一層可愛らしさを際立たせている。
可愛らしい。そんな表現が相応しい彼女の顔はしかし、今大層に膨れていた。
「ハセヲさん」
ジトっとした目を向けられた彼の心情は今冷や汗物だ。
「やっぱりサボってきたんですね」
「サボりじゃねぇ! ただの息抜きだ!」
内心を見透かされたように発せられた言葉に思わず声を荒げての反論。
その姿はまるで悪戯がバレた子どものようだった。
「期末テスト……来週ですよね?」
ぐ……。思わず声が漏れた。
そうハセヲ――リアルの彼は絶賛学生の身であり、時期的に彼の学校はそろそろ期末テストなのだ。
訳あって一時期リアルを疎かにしていたことがあり、結果最近成績が芳しくないハセヲ。ネット上の彼の言動からは信じられないだろうが、実はこれでも元は優等生なのだ。
そして今その事情のせいで下がった成績を巻き返そうとしている最中なのだ。……なのだが、思うように行かず結果こうして息抜きにやってきているのだ。
そう、息抜き、息抜きなのだ。ただ「もう少し」という甘い誘惑に負け、時間がオーバーしてしまうことが多々あっただけで決して逃げている訳では……。
「ていうか何でお前はいるんだよ? お前のところだってもう少しでテストだろ?」
せめてもの抵抗としてそう言ったハセヲに彼女――アトリは「私の方はまだ二週間も余裕がありますから」と胸を張って返した。
いや、だからといってそっちも疎かにしていいのか? という疑問をハセヲが口にする前に
「それに、そろそろハセヲさんが抜け出してくる頃かと思いまして」
屈託のない笑顔でアトリはそう言った。
……やばい、行動パターンが見抜かれている。この女いつもトロい癖に何でこういう時だけ鋭くなるんだよ。
内心恐怖を感じたハセヲ。反論しようにも下手に突いて蛇が出るのは勘弁したい。
「……やっぱり、私今度そっちに行きますか?」
「は?」
億劫になっていると何故かアトリはそんなことを言ってきた。
突拍子もないことでハセヲが固まっているとアトリはもじもじしながら。
「ですから、今度の休みは一緒にお勉強した方が捗るかと思いまして……それにほら! 私、性のつくもの作りますし」
デートをすっ飛ばしての自宅訪問宣言。
ちなみにハセヲのリアルの住所は都内、アトリは千葉である。いけない距離ではないしリアルでも何度か会っている為比較的他の仲間よりは交友があるが、わざわざ自宅に来なくても何処かの図書館やらカフェやらでいいだろうに、今までもそうしていたのだから今更そんな面倒なことをしなくても……。
まず第一に――
「お前牛丼しか作れねぇじゃねーか」
アトリのレパートリーはそんなに多くない……わけではないが、好物の牛丼をやたら作るので辟易していた。
確かに彼女の作る牛丼は美味いが、毎度会う度に食べていればいい加減飽きもくるというものだ。
それしか出来ないと思われたことが心外なのか、むっと頬を膨らませる。
「失礼ですね、ちゃんと豚汁やお浸しも作れますよ」
「それ牛丼屋の添え物じゃねーか!」
牛丼から少しは離れろ!
まったく。これ以上は付き合えないと言わんばかりに踵を反し、トランスポートに向かう。
そんなハセヲに「待ってください」と呼び止めるアトリ。そして同時にパーティーに誘う。
「行くなら『Δ人知れぬ 蒸気機関の 栄華』に行きましょう」
「は? 何でまた?」
「なんでもBBSで変な噂が立っているようで……実は、今日はハセヲさんに会ったら一緒についてきて貰おうと思ってたんです」
噂?
そういえば最近はBBSを覗いていなかったなと思いながらもアトリをパーティーに入れる。
その辺りについてはおいおい行きながら訊くとしよう。幸い推定されたレベルもそんなに高くない、二人だけのパーティーでも問題ないだろう。
そう思いハセヲは『Δ人知れぬ 蒸気機関の 栄華』に向かった。
「それで、噂ってのは一体何なんだ?」
『Δ人知れぬ 蒸気機関の 栄華』はボス討伐型のダンジョンだった。
道中に現れるモンスターは予想通りレベル差がありあっさり倒せてしまえる。それこそ呪癒士のアトリの出番がなく、ハセヲ一人でも大丈夫なほどに。
余裕があるからか片手間で薙ぎ倒しながらハセヲはアトリに訊いた。
「はい。実は此処、ボス討伐がクリア目的のダンジョンなんですが、どうやらそのボスに辿り着くことが出来ないみたいなんです」
「あ? どういうことだ?」
体感した感じ敵はそんなに強くなく、推定レベル通りだろう。初心者ならともかく、ある程度のレベルのものが苦戦するとは思えない。
「なんでもボスの間の前に見たことのないモンスターがいて通ることができないみたいで」
「強いのか?」
意地は悪いがよくあることじゃないか、そう思ったのも束の間。
「いえ、それが全く何もしないそうで……」
「は?」
予想外の答えが返ってきた。
曰く、そのモンスターはボスの間に繋がる通路の前に鎮座しているらしい。まるで門番のようにがっしりと構えており避けて通ることができない。だからといっていくら攻撃しても倒せる気配がまるでなく、その為このダンジョンをクリアするのは出来ないのだそうだ。
以前はそんなことがなかったらしいが、どうやら昨晩からそれは現れたらしく、以来誰も攻略できていないのだとか。
それで気になって様子を見にきたということらしい。
AIDAに関する事件は終わりを告げたが、それでも「もしかしたら」という可能性を捨てきれない。
お人好しのアトリのことだ、一人でも調査したかもしれない。
流石にあり得ない自体だとは思うが、そう考えたらハセヲが今日来たのは正解だったかもしれない。何かあってからでは遅いから。
「そろそろか……ん?」
最終フロア。幾分か歩き、そろそろボスのいるエリアに入るかという頃。
彼らの前に例のモンスターと思わしきものが姿を現した。
それは巨大な鎧だった。2mを優に超える鋼鉄の塊、手に携えた大剣は杖のように地面に突き刺している。呼吸をするかのように一定の間隔で蒸気を噴出しており、顔に当たる部分には赤く光る
それの姿は正に――
「すごいですハセヲさん! ロボットですよ! ロボット!」
そうロボットだった。
蒸気機械とでも言うべきか、明らかに通常モンスターとは一線を画すヴィジュアル。
いるだけでも威圧感が凄いそれが、微動だにせず鎮座していた。
「……………………」
洞窟ダンジョンでのあまりの場違い感に絶句しているハセヲを後目に、何故かテンションが上がっているアトリは特に警戒もせずロボットのあちこちを触っている。
メカグランディという小型のグランディ型ロボットなら目にしたことならあるが、此処まで迫力があるものは今まで見たことがなかった。
好奇心と興奮が高まり、軽く我を忘れているアトリ。
対して我に返ったハセヲはそんなアトリを何とか止め、改めて件のロボットを見た。
これが問題の倒せないモンスターなのだろうか?
半信半疑。とりあえずとして軽く双剣で小突いてみる。
その瞬間。
一際大きなフシュー!という蒸気を噴出す音と共に、赤く光る
「我を目覚めさせたのは誰だ」
くぐもった渋い声が聞こえた。
「こいつ……喋るぞ!」
驚いて少し後退ってしまったハセヲ。彼に赤い単眼は向けられた。
「そうか、貴様か」
ゆっくりと大剣を引き抜き、近づいてくる。
自身の倍はありそうな巨体。アレに圧し潰されればひとたまりもないだろう。
実際どれほどのレベルなのかは分からないが、数多のプレイヤーが倒すことを断念した程だ。少なくてもこのエリアの推定レベルは超えているだろう。
そう警戒し、双剣を構え直した――
「迷惑をかけた」
と同時に頭(頭部?)を下げた。
いきなりのことで面を食らっているハセヲ達にロボットは続けて言う。
「今時間を確認したのだが、どうやら一晩中此処に居座ってしまったらしい。他のプレイヤーにも大変迷惑をかけたであろう」
「あ、ああ……」
実際彼がいることでこのエリアはクリア不可能になっていた。正直、そこまでのレアアイテム等があるわけではない為言う程の被害はないのだろう。強いて言うならBBSで噂になった程度だ。
だからこうして仰々しくされると反ってこちらの方が困ってしまう。
「大丈夫ですよ、ロボットさん。せいぜい噂が立った程度ですから」
「そ、そうか」
そんな中空気を読んでか読まずかアトリがさらっと言った言葉に、ロボットは少し唸る。どんな噂か気になったのだろう。
「このままではまた迷惑をかけるかもしれん。我は先に行くとしよう」
というか先程から薄々気付いていたが、どうやら彼はNPCではなくれっきとしたPCのようだ。
あんなロボット染みたPCがあるのか甚だ疑問は尽きないが、話をした限りはちゃんとした人間のようだ。言葉使いはやたら仰々しいが。
ここまでインパクトがあるPCはぴろし3を除けば彼が初めてだろう。
色んな意味で衝撃を受けたハセヲを更なる衝撃が襲うことになる。
「さらばだ」
ハセヲとアトリに向けそう言い放った次の瞬間、足や背面にあるスラスターと思わしきところから勢いよく蒸気が噴出。その力を使い、あろうことかあのPC飛んでいってしまった。それも数秒もしない内に姿が見えなくなる程の速さで。
「……アレ、本当にPCか?」
「さ、さぁ……?」
残されたハセヲはそんな疑問を口にし、アトリはただ微笑を浮かべることしか出来なかった。
「我が名はバベッジ! 蒸気王バベッジである!」
マク・アヌに帰ってきた二人を出迎えたのは先程のロボット――バベッジと名乗るPCだった。
「先程は名乗らずにいたこと、謝罪する。せめてもの礼として必要な時に力になると誓おう」
そう言ってハセヲとアトリにメンバーアドレスを渡した後今度こそバベッジは彼らの前から
「何だったんだ、アイツ」
微妙な空気になった二人は、結局そのまま解散する流れとなった。
その後、彼とはそこそこ深い付き合いになることをハセヲはまだ知らない。
ステータス
PC名 バベッジ
職業 撃剣士
レベル135
「蒸気王」の異名を持っている。気に入っているのか自称もしている。チャールズ・バベッジに憧れた何処かの誰か、PCは気づいた時にはああなっていたらしい。
よく寝落ちするらしい。
G.U.の『TheWorld』の世界観は確か蒸気文明が発達した世界だったはずなので「バベッジ歓喜するんじゃねーの?」とか思ったらこんな毒電波拾ってました、ごめんなさい。
G.U.リメイク嬉しいけどハードないよ……。