第52話 空白の七年
「――…っ!………!!」
誰かの声で、彼の意識が覚醒を始める。眠っていた前の記憶が曖昧だった。仲間と共に戦っていたのは覚えている。が、最後のあの黒き竜――アクノロギアの咆哮が放たれた直後の記憶がない。
「ゴーシュ、しっかりして!!」
「んっ………?アルザックさんと、ビスカさん?」
彼――ゴーシュが目を開けると、そこには二人のガンマンがいた。ゴーシュはそこで戸惑う。まずどうして天狼島にこの二人がいるのか、そして気になったのは二人の容姿だ。ビスカはそれほど変化していないが、アルザックの方は髪が短くなっている。雰囲気も大分変わったように見えた。
「良かった…無事なのね!」
「君も無事だったんだね」
「………他の皆は?」
アクノロギアの咆哮を何とか防げたということを結果論で把握したゴーシュは、他の皆の無事を確認しなければと二人に尋ねる。二人はある方向を見るようにゴーシュに促す。
「まだ全員じゃないけど、何人かは見つけてるよ」
ナツ、ハッピー、グレイ、エルザ、ルーシィ、ガジル、レビィの姿を確認できた。いや、まだ他にも人はいて、今のゴーシュには誰なのか分からない人もいたが…後で教えてもらった方がいいかと、ナツ達の騒ぎようを見てそう思った。しかしまだ、ウェンディが見つかっていないということで不安が残る。全員が無事という確証はない。
「あの、ウェンディって…」
「え?」
「え?……あ」
こっちの質問に対してビスカが疑問を浮かべたことで、何か変なことを言っただろうかとゴーシュが思ったその時だった。すぐ真後ろに、ウェンディがシャルルを抱えて眠りについているのに気づいた。
「すぅ……」
「……ははっ」
「どうしたんだい?」
「いや…気持ち良さそうに寝てるなって」
彼女達の寝顔を見ながらそう言うゴーシュ。そこで彼はふと、頭の上に着けているゴーグル型のデジヴァイスへと意識を向ける。頭から外し、まだ扱い方が分からないのでとりあえず適当にいじって中にいるはずの新しい仲間達の無事を確認しようとする。すると――
「ふぁ~…」
「あれ、パタモンだけ?」
「うん。まだ二人とも寝てるよ~」
パタモンが自分の特等席であるゴーシュの頭の上へと乗る。その光景に、初めてデジモンが飛び出す瞬間を目にしたアルザックとビスカは呆然とした。
「あ、二人とも。こいつらのことは皆が集まった時に説明するんで、もう少し待っていてもらえますか」
「あ、ああ」
ちゃんと説明してくれるならそれでいいかと、二人も今はそれ以上聞かないことにした。
「それじゃ、他の皆を探しに行こう」
「だったら手分けした方が早いんじゃ…」
「いや、案内人がいるからね」
アルザックがナツ達のいる方向とは違う方向を指さす。そこには、白い服を着た裸足の少女がいた。少女は視線に気づくと、森の中へと進んでいく。ゴーシュには一瞬、少女の姿がブレたように見えた。
「あの人が、案内人?」
「ええ…あの子、自分のことをメイビス=ヴァーミリオンと名乗っていたの」
「メイビス…って初代と同じ名前じゃ?」
「本当かは分からない。でも、彼女について行ったらナツや君が倒れている場所に着いたんだよ」
(あの人が、初代マスター……)
薄らとだが、彼女の姿には見覚えがあった。そういえば物語の中で、何年かタイムスリップのようなことが起きていたなと今頃になって思い出す。もうほとんど覚えていない原作知識だが、大きな出来事は印象に残っている。
メイビスの姿が見えなくなって行くのに気づいて、そんなことを気にしている場合じゃないと考え事を中断し、ウェンディとシャルルの方を向く。アルザックとビスカはナツ達の方へと声をかけに行った。
「ウェンディ、シャルル。起きてよ、二人とも!」
「ん……んん……」
「ちょっと、早く起きないと行っちゃうって」
「ん…ゴーシュ……?」
「シャルル、起きた?」
「え、ええ…あの後、どうなったの…?」
「何とか無事みたいだよ。まだ全員見つかっていないから、探しに行きたいんだけど…」
「…そう。よく無事だったわね、あの化け物から…ほら、ウェンディ。起きなさい」
シャルルが目を覚まし、事情を簡単に説明する。そうして二人がかりでウェンディを起こそうとするが、なぜか起きない。
「なんで起きないんだろう…」
「多分、魔法の使いすぎね。この子、あの黒い竜が来る前に調子に乗って魔法をずっと使ってたから…疲れが溜まってたんじゃないかしら」
「だから無茶するなって言ったのに…仕方ない、背負っていこう」
実はS級魔導士昇格試験の準備期間の一週間、ウェンディが、修行が上手くいかないのは自分のせいだと言ってほとんど寝ていないということを、シャルルは伏せておくことにした。二人の連携が上手くいかなかったのはゴーシュがウェンディの気持ちを偶然知ってしまった為だったのだが、まだウェンディとシャルルはそのことを知らない。
この際しばらく休んでいてもらおうと思ったゴーシュは、出来るだけ起こさないよう慎重にウェンディを背負い、先に行ったナツ達を追いかける。パタモンはデジヴァイスの中にいる二人の様子を確認してくると言ってデジヴァイスへと戻っていった。頭に乗ったままだとバランスを取りづらいのでどいてくれたのだろう。ゴーシュはパタモンが気の利く子なのだと認識した。多分パタモンが一番しっかりしている…のんきだから分かりづらかったりもするが。
「さ、行きましょ」
「うん」
他の皆が無事であることを祈りながら、ゴーシュは振動を与えない程度に小走りで進む。
☆
少女――メイビスの導きに従い、一人また一人と仲間達と合流していく。最後にマスター・マカロフと合流した所で、メイビスはこれまでのような遠目から眺める位置ではなく、すぐ目の前の空中に姿を現した。そして、この天狼島で起こったことについて語った。
「私は皆の絆と信じ合う心、その全てを魔力へと変換させました。皆の思いが、妖精三大魔法の一つ、
「何と……初代が我らを守ってくれたのか…!」
「いいえ。私は幽体…皆の力を魔力に変換させるので精一杯でした。揺るぎない信念と強い絆は、奇跡さえも味方につける…良いギルドになりましたね、三代目!」
そしてメイビスは伝えるべきことを伝えた後、何処かへと消えていってしまった。
☆
「と、まあ…そういうわけじゃ」
マスター達が説明し終わった時、ナツのすぐ傍に一人の少年が歩み寄る。同じように、ゴーシュの傍にも。彼らは何かを言いたそうな顔をしているが、上手く話すことが出来ずにいた。そんな彼らに、二人は声をかける。
「…大きくなったなぁ、ロメオ!」
「えっと……ただいま、イーロン」
「……お帰り…ナツ兄、皆」
「兄貴――っ!!」
ロメオは涙を流しながら笑ってそう言い、イーロンはゴーシュへと突撃していった。
それからは、皆は七年の時を埋めるかのように、宴会を始めた。
☆
「着いたッスよ!」
一旦家に帰ることにしたゴーシュは、ウェンディ、シャルル、イーロンと共に自宅へと向かった。ちなみにウェンディとシャルルも一度フェアリーヒルズへと帰って着替えやシャワーを浴びようとしていたのだが、その前にイーロンは彼女達にも来てほしいと言ったのだ。イーロンは天狼島でのゴーシュとウェンディの関係が進んだという話を聞いて、今使っている家、正確にはゴーシュの家の現在を見てほしくなったのだと言う。デジモン達は紹介も兼ねてギルドに置いてきている。
「やっぱり、何にも変わってないね」
「手入れは欠かさなかったッスから!」
イーロンはいつでもゴーシュ達天狼組が戻ってきても良いように、また自分も魔導士として一人前になる為、修行だけでなく家事なども全てこなしていた。出来るだけ修行の方に専念出来るように頑張った結果、彼の家事をこなす速さは異常な位に速くなっている。
「どうぞ、入って下さいッス!」
「分かったって…」
「お邪魔しまー…す?」
ゴーシュは不思議に思っていた。なぜウェンディとシャルルも一緒にこの家に連れてきたかったのか。しかも、彼女に一緒に来てくれと言ったのは、ゴーシュとウェンディの関係が進展したという話を聞いてからだ。その時点で、ゴーシュには嫌な予感を感じていた。そしてそれは的中することになる。
「イーロン?ちょっと聞きたいんだけど…」
「はい?」
「なんで私達の荷物があるのよ!?」
そう、なぜか大きな見覚えのある鞄が、今はまだ使われていない部屋の一室に置かれていたのだ。その鞄を見て、ウェンディとシャルルはどういうことかとイーロンに詰め寄った。
「それは兄貴達が帰って来なくなって一年位の話になるッス。フェアリーヒルズって、一月10万Jの家賃があるじゃないッスか?まだギルドに入って間もない姉御とシャルルの姉さん達には、一年分の家賃を払わせるのは酷なんじゃないかって話が出たんス。そこで、俺は一時的に荷物をお預かりして、それ以上家賃が増えるのを回避したッス!」
ビスカやラキに手伝ってもらったらしい。敢えて言わなかったが、最早天狼島に行く前の時点で端から見れば恋人レベルの関係だったので、この件で二人の仲を進展させようということも考慮しての行動だった。当事者からすれば、大きなお世話だが。
「良かったね二人とも、払わなきゃならない家賃が一年分だけになったよ」
「勝手に荷物まとめるとか、犯罪みたいなものじゃない!」
「…それに関しては、申し訳ないッス。でも俺もまとめられた荷物を開けたりはしてないッス。衣服や道具の管理はビスカ姉さんとラキ姉さんにお任せしてたッス」
「そういう問題じゃなーい!」
「………」
確かに問題はあるが、おかげで七年分の家賃が一年分だけになったのは嬉しいことではないかとウェンディは思い始める。それに、自分たちが同棲まで関係が進むのは何年先になるのかと考えていたウェンディにとっては――
「ウェンディ?」
「っ!だ、大丈夫!そ、それでイーロン君!私達の元いた部屋はもう使えないってこと?」
「まだ誰もお二人が使っていた部屋は埋まってないッス…なんせ、人がいなくなる一方だったもので…」
イーロンが目に見えて落ち込み始め、ウェンディも何か考え始めた所で、ゴーシュはふと思った。
(あれ、エルザさんも家賃七年たまってるんだよね…確か五部屋繋げているって聞いたけど…10万×5×12×7だから…4200万J!?)
そこまで考えて、ゴーシュは顔を青くし現実から目をそらすように思考を止めた。もしエルザが困っていることがあったら助けるようにしようとだけ考えることにした。
「で、ウェンディとシャルルはどうする?」
「私は…」
「……そうね。しばらく厄介になっても良いかしら?」
「シャルル?」
「…あんた達の関係が進んだのなら、悩むことないでしょ」
最後の一言はウェンディにだけ聞こえるようにシャルルはそう言って、そっぽを向いた。
(ありがとう、シャルル)
親友からの後押しを受けたウェンディは、決心した。
「…ゴーシュ!」
「…ん?」
「えっと、その……不束者ですが、よろしくお願いします」
「………こちらこそ、よろしく」
顔を真っ赤にさせ、少し困ったような、だけどうれしさも混ざったような笑顔を見せながらそう言ったウェンディの表情を見て、ゴーシュもまた顔を真っ赤にさせてそっぽを向きながらも、ウェンディのその手を取っていた。そこでイーロンはまだ言ってなかったと、この二人にとっての爆弾発言を投下した。
「あ、俺はすぐ傍にある小屋で寝るんで、この家は皆さんで使って下さいッス!」
「「え!?」」
元々、彼の魔法の
イーロンの発言を聞いて驚いて固まる二人と、あることを思いついた白猫が一匹。
「…私もそっちに行った方がいいかしら?」
「「行かなくていいから!!」」
「ふふ、冗談よ」
まだ顔を真っ赤にして少し変な汗もかいている二人が、シャルルを必死に止める。シャルルにとっては、これからの毎日が楽しみに思えた。もちろん親友がその恋人と同棲を始めたのも嬉しいことだが。主にからかうネタが尽きないという意味で。
(どうしてこうなったんだ…)
(なんでこうなったんだろう…)
とりあえずウェンディとシャルルは荷物を整理し始め、その間にゴーシュは着替えも兼ねてシャワーを浴びに、イーロンはミラやキナナから頼まれていた買い物を済ませるため家を出た。
その頃のギルド。
「お、俺の攻撃が…効かない!?」
「どうした?それで終わりか?ギヒッ」
「くっ…まだまだぁ!」
「頑張れ~」
「人の頭の上で寝んなよ…」
「小動物を頭に乗せたグレイ様…!!!」
「あ、こら!あまり走り回ると危ないわよ!」
「へっちゃらだも~ん!」
「賑やかになったね~」
「俺も混ぜろ~!!」
「ナツ兄!?」
みたいなことを思いついたり。どれが誰のセリフかとかはご想像にお任せです。
次回はデジモン達のお話になります。