箒と別れて職員室の千冬姉さんの元に向かう。
パリッとしたスーツに身を包み割り当てられた机に向かって仕事を行う姉の姿を見るのは何となくだが感慨深い気分になる。生活費などはちゃんと入れられていたから細かい職種について聞いてこなかったのだが、立派に社会人をしているのだと安心する気持ちもある。
「――その目は何だ、織斑」
「姉の働いている姿をちゃんと見ておこうかと」
「何だそれは……此方に来い」
後を付いて行くと少し離れた個室に着いた。中にはお茶等もあり来客時の部屋にしては狭いし内装が適当だ、進路指導室か何かだろう。
折角だからとお茶を入れる用意を始めて、合間に常備されているであろうお茶菓子でも探しておく。IS学園は一般的な私立や国立よりも高水準の設備を備えている、お茶菓子も良い物を揃えていることだろう。
「ふぅ……そうだ、返しておくぞ」
「うん、机に置いておいて」
ネクタイを緩めたのか布地が擦れ合う音がして、続けてイヤホンと机が軽くぶつかる音が聞こえる。濃い目にしたお茶を急須から湯呑みに注いでいく。二人分の湯呑みと小山になったお茶菓子をお盆に載せて運ぶ。千冬姉さんはため息を吐いたものの二人きりの今は教師業を休業しているようでお小言はない。
「ちゃんと仕事をしているようで安心した」
「お前は私を何だと思っているんだ」
「だって、あんまり詳しいことは教えてくれなかったし」
「………」
「弟なんだから心配もするよ」
「……すまん」
「ううん、僕も意地悪言ってごめん」
千冬姉さんは色々と僕に知って欲しくないことがあるようだ。僕の本当に幼い頃のこと然り、ISのこと然り。だから自分の職場についても僕に話したくなかったのだろう。
どんな事情があるのかは分からないが深くは聞かないということにしている。育てて貰っているという恩もあるし、姉が伝えない方が良い・伝えたくないという気持ちを尊重したい。千冬姉さんが僕のことを愛して大切に思っていることは十二分に分かっているというのもある、何も意地悪で教えないということはない。
「それにしても」
「ん?」
「お前は変わらないな」
「………?」
「世界で唯一男としてISを動かせるパイロット、付随して女だらけの学園に入学」
「ああ…」
「思春期の男子なら舞い上がったり困惑したりするものではないのか」
言われるように内心では舞い上がっていると思うのだが。
自分はあまり内心が表に出る方ではない所謂鉄仮面の気があるのだから仕方ない。だがちゃんと女の子ばかりの環境に戸惑いを覚えている反面、異性だらけのある意味選び放題が出来なくもない学園生活に何処か楽しみを感じているのも確かだ。家族なので大丈夫だろうと千冬姉さんに思ったことをそのまま伝える。
「またはっきりと言い切ったな……私以外には絶対言うなよ」
「独占欲?」
「何を………はぁ、そういう奴だったなお前は、何処で覚えてきたのやら…」
「さぁ?」
少しの間、千冬姉さんと楽しく会話をして過ごした。
………。
……。
…。
「もうこんな時間か」
「そうだね……千冬姉さんの可愛い所も見れたしそろそろ寮に行くよ」
「………甘い言葉は私ではなく他の女子生徒に言ってやれ、ほどほどにな」
すっかり窓から見える夕日も落ち切ってお茶菓子も空になった所で切り上げる。溜息をつく千冬姉さんから鍵を受け取り二言三言注意事項を教えてもらい部屋を出た。
「ではな、あまり面倒を起こすなよ織斑」
「はい、織斑先生」
別れ際に言葉を交わして別れる。部屋から出た時から既に千冬姉さんは教師で僕は生徒だ、心の中では姉呼びのままだけど。だけど少し位は大丈夫だろうと最後に目を合わせた時に片目を瞑りウィンクをして踵を返した。
説教もお仕置きも飛んで来ないということは許容範囲内ということだろう。範囲の程度をしっかりと心に刻みつつ地図を片手に寮を目指した。
格好いい系の姉に可愛いと言って女の子であることも自覚してねと気にかける湊君。
千冬姉はある意味女癖が悪いことは分かっていますが今まで問題を起こしていないし最低限自重はしている湊君を取り敢えず信用しています。
ただ何時か何か起こしはしないかと不安にも思っています。