そこは樹海の遥か下方。上層とは違い、樹木に鮮やかな色合いは無く、むしろさらに下方にある液体にこそ虹色を放っていた。
横たわるのは重傷の二人の勇者。そして側に一人の勇者と英霊が立っていた。
「動けるのはアタシとギルっちだけか。」
須美と園子は敵の二度の攻撃に満身創痍、動くどころか意識を保つことすら叶わない。戦力は単純計算で二分の一。これまでの猛勢から一転、一気に劣勢となった。
「ギルっち、須美と園子をすぐに回復させるすごいやつある?」
それに対してアーチャーは愉悦を絵に書いたような笑顔をもって答える。
「そのような物など
ここでギルガメッシュは一つの嘘を口にした。
「そうか。じゃあ仕方ない。ここは怖くとも頑張り時でしょ!それにギルっちもいるし。」
「ああ。我の力を以てすれば十二分に倒すことが可能だろう。存分に己の力を振るうがいい。」
気高き花は自身の
この戦い、どう揺れ動くか。
進行を続けるバーテックスをよそに銀とアーチャーが跳躍を交え、追い付きに行く。
一人は素早く、小さい跳躍を。
もう一人は堂々と、大きな跳躍を。
やっと追い付いた時にはバーテックスは分け御霊が多い、いわゆる最終ステージに到達していた。
「ほう。我らが幾分か時間を取っていたにしてもよくもここまで進めたものだな。さあ、どうする、銀!」
「わかってるさ。ここから先は一歩も通さない!」
その宣言こそ戦いの始まりを告げるものだった。
銀は双斧を両手に突撃を行い、アーチャーはそれを援護するように王の財宝から武器を射出する。
鋏を持つバーテックスが盾状の武器で攻撃、しかし銀は避ける。
大量の矢が放たれるも、斧で防ぐ。
針を直接刺しにいこうと針が迫るも、今度は王の財宝の射出によって阻まれる。
「ハアッ!」
気合いと共に銀は鋏を持つバーテックスに自身の斧を投げつけ、その斧が投げられた部位に跳躍を行った。
銀は追撃を行うも、盾によって落とされ、矢による追加の攻撃がされるも、
「魔物ごときがこの我を無視するとは、万死に値する!」
そう口にしたアーチャーの後ろに現れるのはおよそ千程の黄金の門。そして数多の宝具。それらがマシンガン程の速さで連続掃射、数多の矢を迎撃。さらに本体にも射出を行う。樹海が傷付くのもいとわず、放たれた宝具は地面に突き刺さる。
アーチャーの援護もあって銀は鋏を持つバーテックスに再び接近する。
しかし、針を持つバーテックスがそれを止める。自身の針を振りかざし、建て直しにかかる。
針を自在に、いや異様に振り回しながら勇者を確実に仕留めに行く。しかし、
「さっき見たよ!それ!」
銀は園子が防御に徹したことによって得られた経験を元に華麗に避け、顔のような板に一撃を加える。
そのまま彼女は鋏を持つバーテックスにまた再び接近を図る。
彼女は思う。大切にしている友人を。
彼女は願う。安寧の日常を
故に彼女は勇んで戦う。願いを阻む存在を倒すために。
「ワタシの身勝手な夢だけど、邪魔をするやつはみんな出ていけ!!」
彼女が抱くは常に純粋で当たり前の願望。だが、それは完璧に無垢な訳ではない。
そこには意地汚さがあり、我欲があり、そして銀が言った通り身勝手な部分もある。
双斧に炎を灯す。
しかし、それこそが人の性であり、それらの合計は人々が生み出す奇跡の結晶であり、尊い物であった。
故に彼女は純粋さと意地汚さの両方を持ち合わせるという、本来不可能なことを成し遂げられる。
これこそ、英雄王が彼女を、彼女らを気に入った理由のひとつなのだ。
気合いをもって全力で斧を連打していく。
故に英雄王は一つの嘘をついた。
すなわち、“即時に対象を回復させる宝具”を持たないということ。
森羅万象、古今東西のありとあらゆる伝説における宝具のなかには勿論前述の効果を持つ宝具は存在する。しかし、ギルガメッシュは敢えてその存在を隠匿した。
理由は簡単。単に銀に花を持たせたいから。
鋏を持つバーテックスはうめき声をあげる。
須美と園子とも一緒に戦えば勝利は確実だろう。撤退はあくまでも奇襲によってのダメージによる物であって、建て直せれば勝機は見える。
しかし、敢えて銀のみを連れていくことによって、銀が大きな戦果を挙げることができる。
アーチャーはあくまでアーチャー。援護を主体とするクラスである以上、戦力はそこまでではないと思わせる。現に銀は傷を負っていながら全力で戦っているが、アーチャーは慢心をしながら無傷で立ち続ける。。
銀は更なる連撃に向かう。
人は極限まで追い込めば進化をする。
ならば、残るのは三体のバーテックスを倒すという前代未聞の記録である。
背後の空間が僅かに歪む。
バーテックスの力量を見誤らなければ。
現れたのは槍
放ったのは矢を放つバーテックス。
短い空間転移。
その魔術には気配がほとんどなく、気付くことはない。
見ようとしなければ、千里眼をもってしても当然見ることはできない。
狙いは心臓。まさしく必中不可避。
気高き花は奈落に落ちる
ついでとばかりに針を持つバーテックスが地面に叩きつける。
全てはバーテックスの思う壺か。
「銀!」
英雄王が落ちる花を拾う。
しかし、落ちた花は死に絶える運命。
銀は虫の息。
胸には大きく穴が空き、血はすぐさま全て出てしまったようだ。
紅蓮の花を背負う己をなお、朱に染め上げる。
英雄王は王の財宝から回復宝具を取り出し、治療を開始する。須美の時とは違い、出し惜しみはしない。
しかし、回復は進まない。勇者に灯る炎は小さくなるばかり。
「ば、ばかな。」
自身の宝具をもってすれば回復否、蘇生すらも可能。ならばと、それを妨害するものを千里眼で見るもギルガメッシュは驚愕と憤怒に襲われる。
すなわち、呪いと憎悪。人間に対する圧倒的嫌悪。まさしく、人の全てを否定したいかの如くであった。
魔物ごときがなぜと疑問に思う。
自身の楽しみを失う不安にかられる。
出し抜かれたことに圧倒的怒りを膨れ上がらせる。
しかし
「ギルっち。」
その一声が全てをかき消す。
「銀!よいぞ、この我に進言を許す。何事でも言うがいい。」
英雄王は言葉を口に出す。
全神経は全て銀に向く。
バーテックスなど眼中にない。
そして銀は答える。
「それなら...ギルっち...ワタシと...約束して...須美と園子を...世界を...日常を...助けて...くれよ...」
それはあまりにも銀らしくない言葉。全てを投げ出し、諦める言葉。本来ならば英雄王が聞き遂げるものではないが、
バーテックスが回復終える最中、ギルガメッシュは悩んでいた。
銀をここまで追い込んだのは自身の責任。ならば前述は拒否する理由にならない。
彼が気にしていたのは、裁定者としての立場。
人類の行く末を見届け、それを愉悦とするのが彼の役目。神代がとうに終わった時代に口出しなどもっての他。
だというのに、世界を、人を守るなどあり得ない。
しかし、ギルガメッシュは何故か拒絶することはできなかった。
だから、ギルガメッシュは自身の信念を守り通すために、その迷いを断ち切るために銀を再び見るが、
銀は笑顔を浮かべていた。
きっと約束をしてくれると信じていたのだろう。
あまりにも激しい痛みに意識を保つことすら難しいというのに。
笑顔を保つことなど到底不可能なはずなのに。
しかし、銀は笑顔を浮かべていた。
そして、その刹那の時でギルガメッシュは決断した。その笑顔のみで決めた。
「よい。許す。この我との約定、結ぼうではないか..」
この時、薔薇の令呪が光り、消える。
そして、ギルガメッシュは気付く。
そもそも三ノ輪銀が自身にとっていったい何か。
雑種?無論、否。
道化?否。そのようなくだらないものではない。
友人?否。友は、いついかなる時も一人。
ならばギルガメッシュにとって三ノ輪銀とは一体。
それは、仲間である。
共に過ごし、共に生きる。それが仲間だ。
人生の一時を共有し、喜びも悲しみも分かち合う。
それこそがギルガメッシュにとっての三ノ輪銀であり、その関係である。
ギルガメッシュは立ち上がる。そこに怒りはなく、悲しげな表情を残すのみ。
銀は微笑みを残したまま、横たわる。
見上げるはバーテックス。
「貴様らなど、この我が手をかけることすらわずわらしい。しかし、約定がある以上...万死絶刑に値する!」
見下ろすはバーテックス。
英雄王とバーテックスの戦いが始まった。
須美と園子は歩く。己の友人を求めて。
「銀ー!」
「ミノさん〜!」
その声に応えるものはない。しかし、樹海の中で光りを見つける。ここまで眩しいものはただ一つのみだった。
足早に近づいていく。
「ギルギル、お疲れ〜。ミノさんは〜?」
近づいていく。
「ねぇ、英雄王さん、銀はどこかしら?」
近づいていく。
「ミノさんは〜...!」
遅めに近づく。
「...」
近づく
「...」
近づく
「...」
近づく
「...」
近づく
「...」
そしてたどり着く。
一人の気高き、散った勇者に。
「その勇姿はこの我が目に焼き付けた。あれはまさしく勇者であった..」
英雄王は呟く。
須美と園子は膝を落とす。大粒の涙を流す。それが絶えることはない。悲しみで胸が裂ける。一人の親友の永遠の別れ、今知る。
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