残照の巫女   作:はたけのなすび

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大変長らくお待たせしました。

この話が書けないスランプに陥っていました。

では。


act-23

 

 

 

 

 

 あいつのことが好きなのか、ともしも一番上の兄に尋ねられたら、どう答えたろう。

 はい、と答えたのならばきっと、じゃあどういうふうに好きなのか、なんて言い出すに決まっている。

 

 あの人はそういう人だった。

 飄々としているけれど、ふとしたときに見せる冷静さは、まさに長子の鏡で、だからお兄様が、私たちの護国の盾となるのも至極当然の話だった。

 本当は、お義姉様とあの子と一緒に、のんびりしているのが何より似合う人だったのに。

 

 私たち王族は、仲が良かった。

 きょうだい同士で相食むことが、決して珍しくない王家において、私たち一族がそうであったのは、稀有な例だった。

 

 私は妹のことも、弟のことも、もちろん兄のことも愛していた。

 そう思えるように育ててくれたお父様とお母様、国と民のことを愛していた。

 豊かな国土を持ち、優しい王家が守る恵まれた国。

 あの国は、そういう所だった。

 

 ただ、一つだけ。

 私たち王族には一つだけ、決して拭えぬ傷があった。

 赤子の頃に、滅亡の原因となると予言された王子の一人、私にとっては弟にあたる彼を、捨てていたのだ。

 国と家族の情を天秤にかけて、お父様とお母様は国を取った。

 だから、その兄は捨てられた。何の罪も犯していなかったのに、ただそう予言されたからという理由だけで。

 

 お母様はとりわけ、彼を忘れることができなかった。

 無邪気に遊び、健やかに成長していく私たちを見て、嗚呼、どうしてあの子はここにいないのか、と一人ひそかに涙を拭っていた。

 

 私はそれを、知っていた。

 だって私は、とても眼が良かったのだから。

 隠されたこと、隠していたいことでも、千里を見通す(まなこ)の前には、曝け出される。

 

 そう、だからこそ、時が経ち、その災いの子が、兄として立派な姿で現れたとき、私にはこれから起こることだって見えていた。

 

 お父様とお母様は、この人を家族に迎え入れるだろう。

 優しくはあるけれど、他を切り捨てて何かを守るということができない、この甘い人を、息子と認めるだろう。

 だって、一度捨てたはずの、愛しい、可愛い我が子が戻ってきたのだ。

 そこにあるのは、当たり前の家族の情だった。

 視えていたのに、私には強く止められなかった。

 何故かって私もまた、家族を愛していたから、人前では決して見せない母の涙を知ってしまっていたから。

 

 詰まる所、私たちの情が、愛が、災いを国に招くことになった。

 

 私の愛する人々、私の愛する国は、皆滅んだ。業火と謀略と欲と、神々の思惑によって、焼き払われた。

 私たち家族の、あたたかい愛情ゆえに。

 優しくも愚かだった、ひとりの息子を、弟を、兄を、見捨てることができなかった故に。

 

 私も、その愚かしくも彼を愛してしまった一族の一人。

 

 だからね、お兄様、とそっと呼び掛ける。

 

 私は、あの人を愛しているなんて言えないの。慕わしいとは言わないの。

 大切なのは本当、マスターとして守ると言ったのも本当。

 お前を信じると言われたことが、胸が震えるくらい嬉しかったのも、皆本当のことだけれど。

 私は嘘つきではないから、嘘は言わないけれど。

 

 それでも、ね。

 

 そうと認めることが怖いの。

 だって、私の愛した人たちは、死んでしまった。

 惨たらしくも、殺されてしまった。

 

─────兄様。あなただって、そうだったでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況は限りなく最悪で、だからこそ何をすべきかとなったとき、まず頭に浮かんだのは食べることだった。

 腹が減っては戦はできぬ。

 かのイリオスが、アカイアに十年包囲されて尚落ちなかったのも、兵糧となる畑や家畜を、きっちりと壁の中に囲んでいたからである、らしい。

 

 

「士郎にしては良いこと言うわね。そんなところも、あの子の影響?」

「いいだろ、別に」

 

 

 衛宮邸まで帰り着き、居間に落ち着いた士郎は、凛の軽口に肩をすくめた。

 ここに帰って来られたのは、士郎に凛、アーチャー、そしてイリヤと、彼女のお付きであるホムンクルスの女性二人。

 アヴェンジャーは、つい数時間前までここにいた少女は、いない。

 

 

「なんにしても、士郎に賛成。でも私が軽く作るから、あんたはじっとしてなさい」

 

 

 遠坂凛はそう言って、キッチンに立った。

 イリヤはどこか、呆然としている。彼女のバーサーカーは、既にないのだ。

 士郎の令呪は、まだ手の甲に刻まれている。

 

 

「ほら、できたわよ」

 

 

 結局、凛が料理を手に戻ってくるまで、誰も口を利かなかった。

 あたたかいものが腹に入ったところで、ようやく動けるようになる。

 

 

 

「遠坂、ギルガメッシュと言峰は一体何がしたいんだ?何のためにアヴェンジャーを連れて行ったんだ?」

「わたしにもわからないわよ。っていうか、イリヤ。ギルガメッシュは最初、あなたを狙って来たのよね」

「ええ、あの英霊はお嬢様を狙っていました。バーサーカーを数多の宝具で何度も殺し……それからお嬢様を」

 

 

 攫うか、殺そうとした。そこにアヴェンジャーが飛び込み、逃がした。

 あれだけヘラクレスを恐れていたのに、そのヘラクレスを苦も無く殺せる敵を相手にした。

 それは、アヴェンジャーが、カッサンドラが、イリヤを助けてくれという士郎の願いを汲んだからだ。

 

 

「あいつらはね、わたしの心臓を狙ってたのよ」

「心臓?」

「お嬢様、それは……!」

「もういいの。だって、バーサーカーはやられちゃって、アヴェンジャーも連れて行かれたわ。これ以上隠していても、意味はないもの」

 

 

 何か言おうとしたセラを遮り、イリヤは口を開いた。

 

 

「わたしの心臓は、聖杯の器なの。あいつらはそれがほしかった。ねぇ、アヴェンジャーもそれを知っていたから、わたしを助けようとしたの?」

「違う!あいつはイリヤが俺の家族だって知ってて、それで……!」

「そう。わかったわ。シロウが知らないのに、アヴェンジャーが知ってるわけもないわね」

 

 

 イリヤは途中で興味を失ったように言葉を切り捨てたが、それはない、と士郎は思った。

 アヴェンジャーは、士郎の知らないことを知っている。本当にたくさんのことを視ているのだから。

 机の上に布に包まれて置いた、白銀の杖が目に入った。

 あの杖の正しい持ち主は、いない。戻らない。

 

 拳を握りしめ、そして士郎は気がついた。

 この武装はアヴェンジャーの魔力で顕現していた。

 彼女が魔力を流せば顕現し、断ち切れば復活する。攫われてからかなり時間が経っているのに、これはまだここに在り続けている。

 

「遠坂、ギルガメッシュはアヴェンジャーを受肉させたって言ってたよな。それってつまり、どういうことだ?」

「どういうことって霊体のサーヴァントに肉の体を与える……なんて、基本が聞きたいわけじゃないのよね」

 

 第一、あの子は霊体化できないイレギュラーだったし、と凛は続けた。

 

「一体何がしたいんだ、あいつらは?バーサーカーは……殺したのにアヴェンジャーは受肉させて、イリヤの心臓を狙ってるなんて」

「どっちにしてもロクなことじゃないでしょうね。霊基の格で言うなら、あの子はヘラクレスほど高くない。手駒としての戦闘能力だって高くないし、逸話もよく知られたものしかないあの子をわざわざ受肉させるなんて手間、どうしてかけたのかしら?」

 

 部屋の中に満ちた静けさを破ったのは、小さな呟きである。

 

「彼女は、一体どこの英霊だったのでしょうか……」

 

 思わずと言ったふうの言葉が、イリヤに従っているメイドの一人から漏れた。

 確か、セラと名乗っていたほうの生真面目そうな女性だ。

 

「アヴェンジャーの名前は、カッサンドラだ。知ってるだろ。トロイア戦争のときに生きてたっていう予言者」

「ちょっと士郎!?」

「いいだろ。今更真名を隠す意味も何もないんだから」

 

 イリヤも凛も、アヴェンジャーの真名は既に知っているんだから、と言うと、イリヤは口を開いた。

 バーサーカーを失ったからなのか、彼女の眼はひどく虚ろに見えた。

 

「コトミネとギルガメッシュは、アヴェンジャーを反転させるって言ってたわ」

「イリヤ?」

「少しだけだけれど、アヴェンジャーとギルガメッシュの話が聞こえたの。神にも靡かず、誰も恨まなかったアヴェンジャーを反転させて世界を呪わせたら、面白いことになるだろうってあいつらは言っていたわ」

 

 胸を焦がしかけた怒りを、士郎は抑えた。

 アヴェンジャーは、いつも静かだった。

 どれだけ追い詰められても、打ちのめされても、アヴェンジャーは折れることがなかった。

 心の何処かには常に、凪いで堅い空間があるようで、その静けさと静謐さに救われていた。

 彼女を助けたいならば、誰よりもマスターである士郎が、冷静にならなければならなかった。

 

「世界を呪うったって、アヴェンジャーはそんなことしやしないだろ」

「だから、反転させるんでしょう。シロウだって見たじゃない。アヴェンジャーが飲まされた黒い泥。あれはね、聖杯の中身よ」

 

 絶句したのは、士郎ではなく凛のほうだった。

 アヴェンジャーの外見が染められ、まったく別のモノへと作り変えられる様を、彼女も見ていた。

 無色の魔力であるはずの聖杯の中身を飲まされただけで、ああはならない。

 あれは、悪性の呪いでに蝕まれた姿なのだ。

 太陽神の甘言をはねつけ、呪いを受けても自我を守り通した神代の英霊を別種に塗り替えるものが、聖杯の中身だったなどと、信じられる話ではなかった。

 自分をすぐに取り戻したのは、士郎のほうである。

 元々の知識に乏しく、ただアヴェンジャーが無理やりに変質させられたという結果だけを見た士郎は、凛よりも理屈が目に入っていない分、自分を取り戻すのも早かった。

 

「シロウ、リン、もう聖杯戦争本来の仕組みは崩壊したとみなして、あなたたちに話すべきことがあります」

 

 つき従う二人のメイドの方にちらりと視線を寄越して、イリヤは居住まいを正した。

 不思議に空虚な瞳で、雪の少女は語り始める。

 

 よどみなく語り続けられるその物語に、士郎は聞き入った。

 そこにあるのは、第三魔法という奇跡を求め続けた人々の、果てのない彷徨。

 聖杯という術式をくみ上げ、英霊という規格外の魂を求め、彼らを聖杯へ捧げることで、世界の『外側』への道を開こうと言う、アインツベルンの試み。

 本来ならば、サーヴァントとマスターが殺し合う必要すらなく、ただ英霊の魂だけを捧げればよかったのだという話は、まぁ薄々予想していなかったわけではない。

 七騎のサーヴァント、七人のマスターが組み、戦うことで聖杯を手にするにふさわしいマスターを選ぶ。

 それだけならば、まだ話は分かる。

 しかし、脱落したサーヴァントの魂が聖杯へと留め置かれると聞いて、疑問は生まれていたのだ。

 サーヴァントが、聖杯を手にするにふさわしい人間を選定するための道具であるのならば、何故聖杯に留め置かれねばならないのだろう。

 マスターを選定する役目を終えたならば、彼らは時の流れから隔絶された『座』へと帰還していてしかるべきだ。

 

「聖杯戦争が求めてるのは、戦争で選ばれた勝者じゃなく……サーヴァントの魂のほうだったんだな」

「ええ。そういうこと。七騎の英霊の魂さえそろってしまえば、マスターなんていつ死んでもらっても構わないのよ」

 

 七騎の英霊が持つ、七つの魂。

 それを揃えることで、アインツベルンは世界の『外側』へ、根源の渦へと繋がる道を開けようとした。

 英霊たちの魂が『座』へと還るときに開く穴を、使おうとしたのだ。

 淡々と語り続けるイリヤの話を、そこで士郎は一度遮った。

 

「……イリヤ、その仕組みだけどさ、もうこんなことになる前に破綻してないか?」

「どういうこと?」

「アヴェンジャーだよ。あいつはまだ、死んでない。死ぬ直前の状態で召喚されているだけで、『座』には至ってない。『座』へ還る道なんて知らないと思うぞ。あいつは……もし、脱落したとしたら、自分は死ぬ直前の時間へと引き戻されるだけだって言ってたから」

「じゃあ、アヴェンジャーをシロウが召喚してた時点で、もう大聖杯が完成する道は絶たれていたわね。世界の内側の願いだけならばともかく、外側へアクセスするためには七つの魂が揃わないと不可能だもの」

 

 アヴェンジャーに、そういった認識は欠片もなかっただろうけれど、とイリヤは一度言葉を切った。

 

「ここまではね、聖杯戦争のただの仕組み。シロウやリンに関係してくるのは、ここから先の話よ」

 

 そうなのだ。

 聖杯戦争本来のシステムや目的、どう変貌していったかなどはどうでもいい。

 問題なのは。ギルガメッシュが手にし、アヴェンジャーの霊基を染めた黒い泥。

 知りたいのは、あれの正体だった。

 

 イリヤの語りは続いた。

 話は、二つ前の聖杯戦争へと遡る。

 第三次聖杯戦争において、アインツベルンが召喚したのは、とある殺人に特化した英霊だったという。

 

「そのサーヴァントの名は、アンリマユ。クラスは……『復讐者(アヴェンジャー)』」

 

 手のひらに、痛みを感じる。 

 気がつけば、拳を強く握りしめていた。

 

「アヴェンジャーは……今回もいるわね。だけど、第四次聖杯戦争では確認できなかったはず」

「ええ。アヴェンジャーの名を冠するサーヴァントと言っても、すべてが殺人行為……復讐のための殺人に憑りつかれている、とかそういうわけではないのよね。だって、誰を恨んでいたっておかしくないカッサンドラですらああだもの。シロウ、一体あの英霊はどこの側面を切り取られて復讐者になったっていうの?」

 

 問いかけられても、答えられない。

 カッサンドラは、誰を恨むべきだったのだろう。誰を恨めば、それは正しい復讐だと言えるのだろう。

 自分に祝福と呪いを与え、人生を歪めた神か。

 自分の言葉を信じず、破滅へと突き進んだ、故郷の人々か。

 自分を捕らえ、故郷を滅ぼした、アカイアの軍勢か。

 

 自分の人生に現れたすべてを恨む理由を持つ少女は、未だ訪れない死を迎えたその先でいずれ英霊へと至る少女は、誰も恨まず、ただ生き残った僅かな人々を助けたいと願って召喚された。

 そこに、なんの意味があっただろうか。

 

 イリヤの語る話は、しかしまだ、終わりではなかった。

 

「シロウのアヴェンジャーに与えられたのは、聖杯の魔力。だけれどあれは、アンリマユによって汚染されているわ。同じクラスであるから、もしかしたらまだ耐えられているかもしれないけれど、彼女の本質が善である以上、本来の霊基を保てなくなるのは時間の問題よ」

 

 アンリマユとは、拝火教の邪神の名だ。

 サーヴァントとしては本来召喚されるはずのない悪霊で、まっとうな英霊、まっとうなサーヴァントになり得ることすらない。

 敗北を重ね、焦ったアインツベルンが呼び出したのは、単にアンリマユの名を被せられただけの『人間』だったのだ。

 その『人間』は、周りの人々によって悪の形代とされた。

 すべての、この世すべての悪を背負わせることで、自分たちは清く真っ当に生きていけるのだと安心するためだけの、生贄とされたのだ。

 必然、彼は死んだ。

 死に、最早人格すら失くし、ただ人々に『悪であれ』と請われた呪いだけを背負って、『座』へ登録された。

 

 アインツベルンは、『この世すべての悪であれ』という人間の願いそのものを、召喚してしまったに等しい。

 何ら特別な力も持たないかつてのアヴェンジャーは、当たり前のように脱落し、その魂に刻まれた悪性の呪いで以て、大聖杯を染めた。

 以来、冬木の大聖杯の中には、アンリマユが潜んでいる。

 前回の聖杯戦争では、それに気づいた衛宮切嗣が小聖杯を破壊することでアンリマユの受肉を防いだ。

 が、大本のアンリマユはこの世に留まり続け、今も生まれるときを待っている。

 『悪であれ』と、かつてかけられた呪いを、この世に体現するべく、生まれ出るときを待っているのだ。

 

 イリヤは語り終え、凛は額を押さえて机に肘をついた。

 

「士郎のアヴェンジャーでも、耐えられないわけね。悪意の深さも、呪いも、桁違いだもの。善であればあるほど耐えられない、悪性そのものね」

「……まだあいつが、耐えられなくなったって決まったわけじゃない」

 

 アヴェンジャーは完全に反転には至っていない。

 ぎりぎりで踏みとどまったと、あの黄金の英霊自らが言っていた。髪と瞳にも、まだ本来の色を残していた。

 彼女の武器もまだ、汚されていない銀の光を放ち、ここにある。

 持ち主とこの武器が同調しているのかも士郎にはわからないが、それでもただ、ここに残された輝きに、祈るような望みをかけるしかなかった。

 

「イリヤ、話してくれてありがとう」

「どういたしまして。わたしにはもう、必要がなくなったことだもの」

 

 ヘラクレスは脱落し、アインツベルンの城すら破壊された。

 イリヤには既に、聖杯戦争を戦う意志はないのだった。

 

「わたしのサーヴァントは、バーサーカーだけだもの」

 

 理由はと言えば、そうぽつりと口にするだけだった。

 

「でもね、シロウ。あなたはどうしたいの?」

「俺は、アヴェンジャーを取り返す」

 

 言うと思った、と凛が肩をすくめた。

 

「あのね、言うは易く行うは難しよ。敵はランサーとギルガメッシュに、言峰綺礼。それに士郎、反転したサーヴァントを一体どうするつもり?霊基の汚染からサーヴァントを解放するには、脱落させるしかないんじゃないかしら」

 

 黒いアンリマユの呪いに犯されたならば、殺すしかないと、遠坂凛は告げた。

 アヴェンジャーは、脱落すれば死の直前へと引き戻され、聖杯には取り込まれない。アンリマユを肥大化させる結果には、ならないはずである。

 

「……だからと言ってさ、ギルガメッシュなんてのが冬木で得体の知れないコト企んでるってんなら、遠坂は捨て置けないんじゃいないのか?」

 

 たった数日で知った遠坂凛の気性ならば、彼らを放っておくというのはあり得ない。

 大聖杯は冬木の霊脈に深く根差している。知ってしまった以上、悪性の呪いを放置し、その上で何食わぬ顔をして目を背けて暮らすなど、遠坂凛は決して選ばない。

 立ち向かい、自分の領域から排除しようとする。士郎には、その確信があった。

 

「俺は諦めない。アヴェンジャーも諦めてないんなら、俺が諦めるわけにはいかない。俺はあいつのマスターなんだから」

「ねぇシロウ、あの子が諦めてないって、どうしてわかるの?」

 

 どこか虚ろなまま、やり取りを見守っていたイリヤが問う。

 そのルビーのような瞳をきっかりと見据え、士郎は答えた。

 

「勘、だ」

「……勘」

「それだけじゃないぞ。そりゃ俺は、数日しかあいつのことを知らないけど、でも諦めたりなんかしないヤツだってことは、わかってるつもりだ」

 

 折られても、願いを踏みつぶされても、それでも杖を握り、大地を踏みしめ、太陽に照らされた道を歩き続ける。

 衛宮士郎が知ったカッサンドラは、そういう少女なのだ。

 

「ってワケだ。遠坂。俺はアヴェンジャーを取り戻せないか考える。一つ、試したいことだってあるし」

「何よそれ」

 

 これだ、と士郎は折れた杖を取った。

 ずしりと重い神代の杖。それは使い込まれた武器であり、アヴェンジャーの側に長くあった神秘の塊でもあった。

 

「投影魔術。俺に何かができるとしたら、それだけだ。これはあいつの欠片だから、ここに何かがあるんじゃないかって思う」

「……ねえ士郎、あなた段々あの子に似てきてない?その妙な確信みたいな勘、なんだかそっくりよ」

 

 呆れ顔をしつつも、凛は止めなかった。

 やれるならばやってみせろ、ただしできないならば即置いて行くから、とそう宣言した。

 

「あいつらを放っておくつもりはさらさらないわよ、勿論。ここはわたしの土地なんだから」

 

 英雄王の相手をする意味がわかっていないわけもないはずなのに、遠坂凛はそう勝気にほほ笑み、士郎は深く頷いた。

 まだ何もかも終わったわけではないのだと、そう誓う夜は、徐々に更けていった。

 

 

 

 

 

 




書けていない間に、パリスが実装されていました。
ひっくり返りました。
パリス男の娘化はともかくとしても、アポロンがセットで羊毛でふわふわになってるなぞ……。

もしかしたら、結構な確率で次の章でカッサンドラも実装されるかもしれませんが(される気しかしてませんが)、そのときはそのときだと厚顔にも開き直って続きを書きました。

こちらの不徳で長らく開けてしまい、申し訳ありませんでした。


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