ずっと、別作品を投稿していましたすみません!
では。
雪のように白い髪の少女は、鉛色の巨人の肩から飛び降りる。地に立って赤い瞳をきらめかせる少女を見、ギルガメッシュは背後に黄金の波紋を展開した。
「良いのか、ギルガメッシュ。アヴェンジャーを巻き込んでも」
「この程度、防げぬならばそこまでの女だったと言うことよ」
彼らはそう言った。
真実、彼らにとってアヴェンジャーの生命はどうでも良いものだ。それどころか、余興か何かなのだろう。
ただここを生き延びることができたと仮定しても、がんがんとアヴェンジャーの頭の中では警報が鳴っている。
千里眼云々ではない。これは一つの生命体として、己より遥かに強大な者たちに出会ったときの本能的な恐怖だった。
「そら、死に者狂いで踊れよ狂戦士!そこな人形が大切ならば、守ってみせるがよい!」
黄金の波紋から砲弾のように剣が放たれるのと、バーサーカーが咆哮するのは同時だった。
アヴェンジャーへも剣は飛来し、とっさに彼女は横へ転がって避ける。頬を剣が切り裂いて血が飛び散るが、構ってなぞいられなかった。
それは彼女を狙ったものではなく、バーサーカーのついでとばかりに放たれたものだ。
狂い果てているとは言え、バーサーカーはギリシャ最強の大英雄ヘラクレス。
英雄王は彼をすり潰して殺す気だった。
「イリヤ……!」
血の混じった砂煙が、中庭に吹き荒れる。
それが晴れたあとには、幾本もの剣で巨体を刺されたバーサーカーの姿があった。
心臓、首、脳天と凡そ急所はほとんど串刺しにされ、バーサーカーの眼に光はない。
確認せずとも、あれは致命傷だった。
「こんな、こんなことが……」
だが、アヴェンジャーが驚いたのはそこではない。
沈黙していたバーサーカーの眼に再び光が灯り、地鳴りのような声と共に腕を動かしたのだ。
確かに死んだはずの英雄は、蘇ったのだ。再生ではない、蘇生の奇跡にアヴェンジャーも目を見張った。
「わたしのバーサーカーは、こんなことで死なないのよ、アヴェンジャー」
イリヤスフィールはそう言い、腕を刀のように横薙ぎに振るった。
「あいつらを殺して、バーサーカー!」
少女の命令に、狂戦士は獣じみた咆哮で答える。
それでも、あれでは駄目だとアヴェンジャーにはわかる。
―――――理性を備えた、最強の戦士でなければ。
多くの英雄の戦いと、その生き死にを十年も見た。
だから視えずとも、イリヤスフィールの従えたバーサーカーと、言峰神父と共にいるギルガメッシュのどちらが勝つか、アヴェンジャーには予測できた。
「イリヤ!イリヤスフィール!駄目です!バーサーカーを下がらせなさい!その彼では英雄王に勝てません!」
叫んだ声は、確かにイリヤに届いたはずなのに、彼女はそれを無視した。
―――――
多分、そうなのだろう。そもそも、イリヤはバーサーカーを絶対的に信じている。士郎が言ったとしても、聞くとは思えなかった。
ギルガメッシュのアヴェンジャーへ向かう剣弾が厚みを増したのは、そのときだ。
五月蝿く思ったのだろう。バーサーカーへの攻撃の強さはそのまま、アヴェンジャーを取り囲むように四方に波紋が生まれた。
最初に放たれた矢で、魔力障壁が紙のように切り裂かれた。次に飛んだ炎を纏った剣で、目が焼かれそうになった。
「くっ!」
これでは、バーサーカーの援護どころではない。
氷の槍が肩をかすめて、腕が凍りつく。雷を宿す鎌に脚を浅く斬られただけで、全身が痺れた。
「っ……!」
生命を取らず、ただ動きを止めるための計算された攻撃に、ついにアヴェンジャーは倒れた。
倒れた小柄な体の手と脚を鉄の杭が貫いて、地に標本のように縫い止められた。経験したことのないような痛みで、思考が漂白されて、声にならない悲鳴が喉から溢れた。
ギルガメッシュは冷徹に、その様を見下ろした。
「そこで見ているがいい。哀れな女よ。貴様の出番は、今少し先故な」
そうなってはもう、見ているしかできなかった。
バーサーカーは前進する。斧剣を持ち、切り出した岩のような身体で主を庇いながら敵へと歩むが、彼にはそれ以外の戦術が取れない。
背後には、脆く幼いマスター。彼女の方へ、一本でも剣が飛べばそれで終わるからだ。
蘇生は奇跡だが、奇跡は有限だ。
蘇るならば、無限に殺せば良いとばかりにギルガメッシュは攻撃を止めない。
頭と首だけしか自由に動かせないまま、顔を僅かに上げたとき、アヴェンジャーはバーサーカーの赤い瞳が一瞬こちらを見たように思った。
狂気に沈んだはずの眼のはずなのに、そのときだけアヴェンジャーはバーサーカーの眼が何かを訴えていると感じたのだ。
マスターの方を示そうとしたのかもしれない。守ってほしいと、言いたかったのかもしれない。
その赤い眼と、優しい夕焼け色の眼と、紅玉のような眼の、すべてが重なって混ざり合って、アヴェンジャーの頭の中で弾けた。
私の痛みがどうした。
傷付いたことがなんだ。
あの子には、きょうだいがいる。
どちらが姉なのか弟なのか、それもよくわからないくらいすれ違ってしまって、ようやく出会えた家族が、生きているんだから。
―――――こんな間近にいるのに、失わせてはいけないんだから……!
「ぐっ……あ!」
魔力を勢い良く循環させて、杭を体内から抜く。無茶なやり方にまた肉が内側から弾ける。だが、片手は自由になった。
もう片手の杭を、両脚の杭を、アヴェンジャーは抜こうと藻掻く。
だが、彼女が再び立ち上がるより、バーサーカーが空中から出現した鎖で絡め取られるのが速かった。
「バーサーカー、戻って!」
イリヤが叫び、彼女の全身から令呪の光が放たれる。それなのに、バーサーカーには何の変化もなかった。
「どうして……!?わたしの中に還りなさい、バーサーカー!」
「令呪如きで、我の鎖が破れるものか。我が許さぬと言えば、即ち王の裁定である!」
つまり鎖は宝具で、令呪を使おうがバーサーカーは逃げられない。
それを悟ったイリヤの足から力が抜けた。
「さあ、十を超す生命を奪ったぞ!残りが幾つか、その身で持って示すが良い、狂戦士!」
鎖で四肢を絡めとられたバーサーカーの胴を、一際巨大な槍が貫く。槍はそのまま地面に突き刺さり、バーサーカーは完全に沈黙した。
「やだ、やだよ!バーサーカー!」
その巨体に駆け寄って縋り付くイリヤへ、ギルガメッシュは剣をぶらりと片手に下げて近寄る。
イリヤが振り向いた瞬間、彼女の前を白い影が横切った。
温かい血が、イリヤの顔に溢れる。それでも、気づけば彼女は二本の腕で抱えられていた。
「あ、アヴェンジャー……?」
イリヤを片手で抱えたのは、アヴェンジャー。ギルガメッシュの剣で斬られた背中だけでなく、手の甲と足の甲からはどくどくと血が生命と一緒に流れ続けていた。
イリヤを抱えて跳んだ勢いを殺せないまま、砂埃を巻き上げて彼女は倒れそうになる。傷ついた体では、上手く踏ん張りが効かなかった。
それでもアヴェンジャーは膝を付かない。堪えて、耐えて、イリヤの小さな体を守った。
「死に損ないが動いたぞ、ギルガメッシュ」
「全く殊勝なことよ。血の繋がりとやらに、貴様は殊の外弱いのだな。すぐに絆され、道を違える。それ故に、より深い奈落へ落ちて行くのも必定よな」
その人形を置いて行けとギルガメッシュは、アヴェンジャーに命じた。
「……嫌です」
「貴様の意志など、問題ではないのだぞ。アヴェンジャー」
「黙りなさい、異教の司祭。私は、太陽神にも嫌と言ったのですよ。この子はあなた方に奪わせない」
言峰の顔が歪な笑みを浮かべ、ギルガメッシュが片手を無造作に上げた。
宝具の砲門が開き、アヴェンジャーの腕の中でイリヤの体がわなないた。
だが次の瞬間、飛び退ったのはギルガメッシュだった。
生命を絶たれていたはずの巨人の腕が、彼目掛けて振り下ろされたのだ。鎖を引き千切らんばかり勢いで斧剣が投げ付けられ、ギルガメッシュの反応が僅かにそちらへ逸れた。
「死に損ないが!」
何本もの剣が、バーサーカーを再び串刺しにする。
鉛色の巨人は、今度こそ光の粒子となってこの世から去った。そして同時に、復讐者のサーヴァントも機に乗じてその場から去っていた。
「逃げられたか」
「は。日の照らすこの世にいる限り、あの女に逃げ場なぞない。愉しみが少しばかり先になっただけのことよ」
黄金の王はそう、酷薄に薄く嗤った。
「……!」
アインツベルンの城から跳び出したアヴェンジャーは、つんのめりそうな勢いで森の中に突っ込んだ。
枝がイリヤに当たらないように手で庇いながら地面に着地し、そこに先ほどの侍女二人が現れる。
「お嬢様!」
「……大丈夫。怪我はしていません。ですが、バーサーカーはやられました」
駆け寄って来た侍女の一人の腕の中に、イリヤを下ろそうとして、アヴェンジャーは彼女に服の袖を掴まれる。
俯いたイリヤの顔は、銀色の髪に隠れて見えなかった。
「……うそ」
小さく呟かれ、アヴェンジャーは唇を噛んだ。
「うそ!だって、バーサーカーは強いんだもの、誰にも、負けたりなんてしないんだから!
アヴェンジャーは、胸の深いところを氷の手で握られたように感じる。傷ついた手足よりも、イリヤの一言が辛かった。
彼女は、ただイリヤの頬を両手で挟み込んだ。ひんやりとした手で触れられ、イリヤの瞳に灯った熱が一時遠ざかる。
己の血を頬に飛び散らせたまま、アヴェンジャーは淡々と言った。
「嘘ではありません。貴女も見たはずです。……英雄ヘラクレスは、ギルガメッシュに殺されました。貴女が生き延びるように、少しでも逃げる時間を得るためにです。聞き分けなさい、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。逃げるのです」
「うん。イリヤ、逃げなきゃだめ」
斧槍を持ったほうの侍女が、無表情に言う。
「それなら、案内をお願いします。森の出口の方角はどちらですか?」
「……こちらです」
入ったときは自分の魔術の腕でどうにかしたが、今回は一分一秒惜しかったそれに、入るのは簡単でも、出るのには手間がかかる。結界とはそういうものだ。
何よりアヴェンジャーを焦らすのは、士郎が来ていること。確かに近づいている。千里眼故の勘の良さか、サーヴァントとマスターの間の絆によるものか、どちらにしろアヴェンジャーにはわかるのだ。
足の遅いイリヤをセラという名の侍女が抱え、無表情の侍女リーゼリットは、斧槍を構えてアヴェンジャーと並走する。
「アヴェンジャー、マスターはシロウ?」
リーゼリットに唐突に尋ねられ、アヴェンジャーは頷いた。
「アヴェンジャー、イリヤを守った。じゃあ、シロウはイリヤを守る?」
「……理由があってもなくても、女の子を守りたがる人です、私のマスターは。そういう人なんです」
「ん、それなら良い」
人形のように整った顔のままリーゼリットが頷き────その顔をしたままの彼女を、アヴェンジャーは全力で突き飛ばした。
たちまち舞い上がる砂埃。セラが振り返り、歯を食いしばった。
「あのサーヴァント……!」
何かの宝具か、ギルガメッシュは宙に浮いた、黄金の足場の上に立っていた。
アヴェンジャーは反転し、杖を構えて。セラへ向けて飛んだ小さな矢を叩き落とした。
「……行きなさい。その子をシ……私のマスターのところに連れて行ってあげて下さい」
馴染みのある冷たい感情、諦観に心が侵食されかけるのに抗いながら、アヴェンジャーは言った。
セラの腕の中で、イリヤが顔を上げる。口に指を当て、黙っているようにという仕草をして、アヴェンジャーは微笑んだ。
保たせる。決して、ギルガメッシュにイリヤを渡してはならない。
幼い彼女を殺させたくないという感情もそうだが、
「……わかった。行こう、セラ、イリヤ」
リーゼリットが二人を促し、駆け去る。心の中で彼女に感謝して、アヴェンジャーは空を見上げた。
そこには変わらない英雄王と、そのマスターたる黒衣の神父。
逃してもすぐに捕らえられるという自信があるのだろう。彼らは、イリヤたちに何もしなかった。
波紋が己の方に向けられるのを確かめながら、アヴェンジャーは杖を構える。
だが何故か宝具は放たれず、代りに歩み出たのは言峰神父だった。
「アヴェンジャー、お前に問うことがある。ただの問答だが、必ず答えてもらいたい」
「……答えなければ、剣でも槍でも飛ばすのでしょう?それとも、先ほどの泥とやらを使いますか?」
似非神父、という凛の罵倒を思い出しながら、アヴェンジャーは答えた。あれは実に的確だったのだとそんなことを考える。
彼女の挑発じみた言葉を無視し、神父は口を開いた。
「本来、アヴェンジャー───復讐者とは、憎悪の炎に身を焦がす者であるべきだ。この世に存在する安寧、平和、慈しみ。それらに触れて尚、その価値を知っていて尚、止むことのない憎しみと復讐を懐くのが、お前たち復讐者のあるべき姿ではないのか?」
「……」
無言のアヴェンジャーを綺礼は見下ろす。これでは揺らがぬか、と愉しむように呟いた。
「では問いを変えよう。貴様は家族を慈しみ、無辜の民を愛おしむ。嘆きを良しとせず、己の献身を許容できる器もある。統治者ではないが、王族の女としてはさぞ理想的であったのだろう。呪いと戦さえ無ければな」
────王女よ、故に問おう。
「故国の滅亡を、次の世を創るための要素として組み込んだ世界を、お前自身はどう感じるのか。滅びるために繁栄させ、お前たちの家族と民草の生命を礎として、贄として貪り喰らって栄える、この世すべてを憎む心は本当に欠片も無いのか」
────答えよ。違うというならば、この世を憎む心が欠片もないというのならば、何故己が復讐者として現界したのか、説いてみせよ。
その問いを受けて、白銀の杖の先と澄んだ黒曜石の瞳が震えたのだった。
ギルガメッシュからの攻撃より、イリヤに嘘つきと言われたことのほうがダメージの大きいアヴェンジャー。
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