残照の巫女   作:はたけのなすび

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では。


act-20

 

 

 

 

 サーヴァントたちは言うに及ばす、凛も程なく異変を察知した。

 柳洞寺からの揺れに反応して目が覚め、借りていた離れから飛び出た凛の前に、屋根の上からアヴェンジャーが降り立った。

 

「アヴェンジャー、今のは何?」

「柳洞寺が襲撃されたようです。アーチャーの眼によれば襲ったのはギルガメッシュ。山門のアサシンは武具の雨によってすり潰されたようです」

「じゃあ、キャスターもそんなに保たないわね。あいつら、速攻であそこを乗っ取るつもりって訳ね」

 

 アヴェンジャーは頷いて、本館、士郎が眠っている方へ向かう。

 一瞬障子の前で躊躇い、彼女が開ける前に障子が向こうから開かれた。

 立っていたのは士郎だった。

 

「アヴェンジャー、今、何かあったのか?」

「……柳洞寺が、ギルガメッシュに襲撃されました。アサシンは陥落。キャスターもすぐに落ちるでしょう」

 

 さっと士郎の顔から血の気が引いた。

 

「一成……柳洞寺の人たちは?」

「……恐らく皆無事です。事前に空にしたようです」

 

 柳洞寺から煙が上がってすぐ、アヴェンジャーは使い魔を飛ばした。

 共有した視界から見えたのは、寺の周りに止まっている何台もの救急車と、蒼白な顔で車に乗せられている何人もの一般人たちの光景だったのである。

 彼らは寺からの爆発音を聞くと、一辺にどこへか走り去って行った。

 キャスター側か、ギルガメッシュ側か、どちらかは分からないが事前に聖杯戦争と無関係な者たちだけは寺の外へ急病人という形を取って出したらしい。

 やり方からして、監視役だという言峰神父が絡んでいる気がしたが確かめる術はない。

 ともあれ、それを伝えると強張っていた士郎の顔はやや緩んだ。

 

「良かった……」

 

 呟く彼に、アヴェンジャーもほんのわずかの間顔を緩める。

 だがすぐに、軽い足音と共に凛が飛び込んできた。

 

「士郎、起きてるのかしら?アヴェンジャーから事情は聞いた?」

 

 士郎がああ、と頷くと、凛は額に手を当てた。

 

「あいつら、柳洞寺を陣地にするつもりよ。あそこは聖杯の降臨だってできるような一級の霊地だもの」

「じゃああいつら、聖杯を本格的に降臨させる気か!?」

 

 しかし、聖杯降臨には聖杯の器が必要である。

 士郎の脳裏にイリヤスフィールの顔がすぐ浮かび上がった。

 凛は士郎の様子に気づいたのか眉をひそめた。

 

「何、どうしたっていうの?」

「……イリヤが危ないんだ。あいつらは次にイリヤを狙う」

 

 凛は顎に手を当てて一瞬考えこんだようだが、すぐに顔を上げ、アヴェンジャーと士郎を見た。

 

「聖杯の器ね。……士郎、アヴェンジャー、今すぐアインツベルンの森へ行くわよ。あいつらにあの子を奪われるわけにはいかないわ」

 

 アヴェンジャーは一瞬士郎の方を見た。

 士郎の目の中に何を読み取ったのか、アヴェンジャーは頷くとすぐに跳び上がった。

 

「アヴェンジャー、あなた、アインツベルンの場所、分かってるの!?アーチャーが先行しているんだけど!」

「地図は頭にあります!」

 

 叫び返して、少女は民家の屋根を飛び移りながら姿を消した。

 マスターたちが共にいるより、サーヴァントが単騎で先行した方が余程速いのだ。

 アヴェンジャーは何時だったか、冬木の地図をすべて読んで頭に叩き込んでいたから、案内も不要だった。

 

「士郎、私たちも行くわよ」

「ああ!」

 

 イリヤスフィールの笑顔と飛び出していったアヴェンジャーの強張った顔が、思い出される。

 どうしようもなく嫌な予感がして、胸が悪くなりそうだった。

 それでもそれを押さえつけて、士郎は凛に続いて衛宮の家を飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 アインツベルンの城は、町はずれの深い森の奥にある。

 森には防犯のための幻術が仕掛けられ、悪霊が何体も放たれていたが、腐ってもアヴェンジャーは神代の魔術師である。

 防壁用の魔術をすぐに解析し、逆の術式をぶつけて切り抜ける。

 アヴェンジャーでこれができるのなら、ありとあらゆる宝物を手に入れたと言われている英雄王相手ならアインツベルンの防壁など藁の楯以下だ。

 

「間に合うと思うかね」

「間に合わせます、アーチャー」

 

 森の中を風のような速さで駆け抜けながら、アヴェンジャーはアーチャーに言い返した。

 

「間に合って、それでどうするか考えているのかね」

「……最も良いのはイリヤスフィールが衛宮邸に来ることです。民家の建っている所なら、まだ英雄王が正面からやって来る確率は下がります」

 

 それができたとしても、その場しのぎでしかない。

 聖杯戦争はサーヴァントの魂が器にくべられるまで終わらない。膠着状態は続けられないのだ。十年もの籠城戦とは訳が違う。

 柳洞寺を本陣としたのは、英雄王と言峰神父、それにランサー。アーチャー、アヴェンジャー、バーサーカーが連合して対抗したとしても、英雄王に対しては心もとないとアヴェンジャーは感じていた。

 ギルガメッシュは英雄相手に無類の強さを発揮するだろう、とアヴェンジャーは察していた。

 彼はとかくに底が見えない英雄だ。

 断言できるが、正気ならばともかくヘラクレスが狂っていて、かつマスターを庇っていては勝てる相手ではないのだ。英雄王に直接相対して、それがよく分かった。

 

「無謀だな」

「知っていますよ。でもイリヤスフィールを死なせないというのなら、これが最善でしょう」

「……君は君の勝ちを諦めるつもりかね?未熟なマスターへの情に負けたか」

 

 アヴェンジャーは何も答えなかった。

 それでもさらに足を速めようとした瞬間、二騎のサーヴァントは同時に気配に気付き、その場から左右に跳んだ。

 彼らの間に着弾したのは、一本の朱色の槍である。

 槍の投擲で地面は抉れ跳び、生木が悲鳴のような音を立てて倒れる。倒れる木に巻き込まれかけて、アヴェンジャーは危うく避けた。

 土煙を見透かし、アーチャーとアヴェンジャーは頭上を見上げた。

 大木の枝に降り立ったのは、青い衣を纏った男だった。

 

「ランサー……!」

「応よ。二度目だな、アーチャー。それにお前もいたのか、イレギュラーのアヴェンジャー」

 

 木の上に降り立ったのは、青い装束を纏った槍兵だった。

 

「ランサー、何故あなたが……」

「マスターの命令ってやつだ。ここを通るサーヴァントの足止めをしろって話でな。だが、お前さんたちのどちらかが残るなら片方は通ってよい、という話だぜ」

 

 そうは言うものの鋭い視線は、アヴェンジャーではなくアーチャーに向けられている。

 アーチャーは忌々し気に舌打ちをすると、白と黒の双剣を投影し構えた。

 

「早く行け、アヴェンジャー。時間が無くなるぞ」

「そうさな。あのバーサーカーのマスターの命が惜しいってんなら、とっとと行った方が良いぜ。アヴェンジャー。それとこっちのマスターはあんたのクラスにご執心だ。覚えときな」

 

 アヴェンジャーはランサーとアーチャーの間で視線をさ迷わせた。

 アーチャーは行け、というように腕を振る。

 それに押されるように、アヴェンジャーは走り出した。

 背後から金属音が断続的に響く。

 光の御子、クー・フーリン相手に、アーチャーである衛宮士郎の可能性の一つが勝てるのか。

 正面切って戦うならば旗色は後者に悪いと、アヴェンジャーは認識していた。

戻って手助けする、という選択肢が頭の中に浮かんだ途端、道の先に尖塔を頂く城が見えた。

 アヴェンジャーからすれば見慣れない形の城だが、あれがアインツベルンの、イリヤスフィールの本拠地だろう。

 その城の上空に、黄金の波紋が浮いているのを彼女の眼は捉えた。

 

「速い……!」

 

 ぎり、と歯を食いしばってアヴェンジャーは一層足を速めた。魔力を両脚に叩き込んで強化する。

 自分一人が行って、何ができるのか。

そんなことは視えなかった。

 それでもここで退いたら、イリヤスフィールは確実に生命を落とすだろう予感はした。

 彼女は士郎の家族だ。多分彼女がいなくなれば、いよいよ彼には致命的な何かの取り返しがつかなくなると思った。

 そしてアヴェンジャーの予感は、こういうときは外れた試しが無い。

 予感と感情で突き動かされるアヴェンジャーにとって、確かなのは、ひとつだけ。

 士郎が苦しむのは、嫌だった。

 嫌なのだ、どうしても、どうしても。

 

 焦る心のまま、森を抜ける。

 壮麗な城は、まだ壊されてはいなかった。

 砂埃を巻き上げて、城の門手前でアヴェンジャーはつんのめるように急停止した。

 

―――――いる。

 

 城の内部にはすでに、はっきりと感じ取れる大きな気配が二つ。

 片方はギルガメッシュだとして、もう片方はバーサーカー、ヘラクレスだろう。

 

 次に出会うなら生命は無い、と英雄王に言われた言葉が過ぎった。過ぎったが、後戻りする気はさらさらなかった。

 杖を右手に握り締め、魔力を収束。

 跳び上がりつつ城の防壁を杖の先端の刃で無理に切り裂き、アヴェンジャーは城に侵入した。

 真っ先に見えたのは、整えられた庭園に立つ人影が二つ。

 それから、現代風の衣装に身を包んだ金髪赤眼の青年。気怠げに腕組みをして城の屋根に佇む彼の背後には、既に黄金の波紋が展開されていた。

 

「な、あなたは―――――!」

「……!」

 

 白髪の女性たちが振り向く。

 イリヤスフィールと似た面差しの、白髪赤眼の女性たちだった。

 目の前の男と、背後から現れた若い女。ニ騎のサーヴァントに挟まれ、彼女らの動きが止まった。

 

「退きなさい、ホムンクルス!」

 

 叫びつつ壁を蹴って跳躍したアヴェンジャーの張った防御障壁は、間一髪で波紋から放たれた剣を弾く。

 剣は庭園の花弁を舞い散らせて地面に突き刺さり、障壁は罅割れて砕け散る。

 押されたアヴェンジャーは、それでも踏み止まって屋根の上に立つ英雄王を見上げた。

 

「またもや貴様か。人形を庇い立てして何とする」

「……」

 

 アヴェンジャーは彼には答えず視線を外すこともしなかった。

 

「あなたはアヴェンジャーのサーヴァント……。何故ここに?」

「救援です。ホムンクルス、前置き無しで聞きなさい。イリヤスフィールを連れてここを出るのです」

「な、何をいきなり……!」

 

 食って掛かろうとする一人を、もう一人が抑えた。

 ハルバードを持ち、表情がやや希薄な彼女は屋根の上を見た。

 

「……セラ。あいつ、すごく強い。敵わない」

「そうです、疾く動きなさい!己の主を死なせるつもりか!」

 

 王女としての有無を言わせぬ激しい声音で、アヴェンジャーはホムンクルスたちを打った。

 ハルバードを持った方は頷き、走り去る。

 その背中にギルガメッシュの放った矢が襲い掛かるが、今度はアヴェンジャーは杖を奮ってそれを叩き落とした。

 

「……小癪な。貴様は、我が裁定すら記憶できぬ凡愚以下か?次に見えれば生命を差し出せと、申し渡したはずだが?」

「どちらでも、無いとお答えしましょう。これは我が主の親族の危機です。なれば、駆けつけない道理はありません」

「は、肉親への情で国を滅ぼした王の娘が、何を抜かす。祖国の滅びを目にして尚、貴様は一切学ばぬのか」

 

 王からの重圧がホムンクルスとアヴェンジャーに向かった。

 蒼白な顔になり動けなくなるホムンクルスの足元に、アヴェンジャーは小さな魔力球を叩きつけ、破裂させた。

 

「速く行きなさい!」

 

 頬を殴られて金縛りが解けたように、ホムンクルスは走り出した。

 ギルガメッシュの前に一人立つアヴェンジャーの背中に視線を送るが、彼女もすぐに城へと消えた。

 

「……ふむ。ここまで見守っていたが、貴様は本当に復讐者か?」

 

 黄金の王の傍らから歩み出たのは、黒衣の聖職者だった。

 

「コトミネ神父……生きていましたか」

「やはり驚かぬか、アヴェンジャー」

 

 気のせいだろうか。

 姿を現した神父は、どこか苛立たしげにも見えた。

 アヴェンジャーを透かし見、その向こうにある何かに苛立っている。そんな気がした。

 

「アヴェンジャーともなれば、アレの器にふさわしいと思ったが、貴様はつまらん。世界に裏切られ続けた王女が、その慟哭のままに顕現したと思いきや貴様は何なのだ。善意で動き、当たり前の情にほだされる」

 

 気のせいではなかった。

 言峰綺礼はアヴェンジャーを苛立たしげに見ていた。

 彼にしか分からない何かを、アヴェンジャーは持ち得ていないという理由で。

 反対にギルガメッシュは、口の端を歪めて笑う。見ていて背筋が寒くなる笑いだった。

 

「失望したか、言峰。だが、我は良いことを思いついたぞ。……この者、反転させれば良かろう」

「……虚ろな復讐者に、泥を用いるつもりか?ギルガメッシュ」

「そうだ。この者は、憎悪を持たぬ訳ではない。ただ自我で私心を抑えているだけだ。神の誘惑も通用せなんだその我の強さだけは、見どころはある。あるいは泥を呑み、新たな存在になるやも知れぬぞ」

 

―――――彼らは、一体全体何を言っているのだろう。

 

 意味が分からなかったが、どう考えてもろくな内容ではなかった。

 反転とはつまり、今の性質を引っ繰り返されることだ。己が己でなくなるなど、恐怖でしかない。

 ギルガメッシュは、迂闊に動けないアヴェンジャーを見下ろし、右手を黄金の波紋の中に突き入れた。

 ぞわり、とアヴェンジャーは項が冷たくなる。

 だが直後、城の壁を突き破って、鉛色の巨人が中庭に姿を現した。

 瓦礫が庭園に降り注いで花々を散らし、アヴェンジャーはその場から飛び退くしかなくなる。

 野獣のような叫びが轟き、彼女の黒髪が千切れ飛びそうなほどはためいた。

 

「……バーサーカー」

 

 肩に白い少女を乗せた狂える英雄の登場に、アヴェンジャーは半ば呆然とその名を呟くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




感情任せに動く話。

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