残照の巫女   作:はたけのなすび

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別の連載にかまけていて、お待たせしました。
感想、評価くださった方、ありがとうございました。

では。


act-17

 

 

 

 

 

 目を開けた瞬間、遠坂凛は鈍痛を感じた。

 原因は分かっている。寝不足と昨晩の魔術行使だけでなく、今も尚魔力が食われ続けていることだ。

 

「分かってたけど、なかなかにしんどいわね」

 

 使っていた離れの寝床から身を起こす。

 数時間眠って少し調子がマシになったとは言え、全快にはほど遠かった。

 というかこれほどきついのに、何であの呑気者の方は普通にサーヴァントと関係を築けたのだろう。

 腹が立ってきて、凛は肩にかかる髪を手で払い除けた。

 

『才能ではあるまい。アレらはたまたまの運命だとでも思っておけば良かろうよ』

「それ、却って落ち着かなくなるわよ。アーチャー」

 

 姿の見えない相棒にそう返して、凛は借りているベッドから起き上がった。

 鈍痛の原因は分かっている。あのアヴェンジャーのスキルにあてられた精神を浄化しようと抵抗したからだ。

 水で汚濁を押し流すように、自分の魔力を全身に流して頭をはっきりさせたのだが無茶にやったせいでいい加減きつかった。

 何故そこまでしたのかと言えば、ただの意地だ。アヴェンジャーに頼まれた訳ではない。凛が仮に貴女を信じられないと告げても、彼女は普通に受け入れるだろう。あなたのせいではないから、と申し訳無さそうに。

 人に信じてもらえない年月の方が長かったのだ。諦観はとうにアヴェンジャーの中に根付いている。

 それが一番、凛には我慢ならないのだ。同情はしないと決めているし、アヴェンジャーだってそんなものを欠片も望んではいない。

 ただ、凛は簡単に諦めることができないだけだ。

 

「本物の神の呪いか。神秘が薄れて信仰心もほとんど無い時代だから、こんな程度で済むんだろうけど。昔はどうだったのかしらね?」

『さあな。だが、神代とはあらゆる場所に神の息吹が感じられたろう。当然呪いが人々の心を侵す勢いも強い。―――――戦争があろうと無かろうと、安らかに生きる道は得られなかったろうさ』

 

 今頃外で見張りに立っている皮肉屋の相棒が肩を竦める様子が見えるようだった。

 大きく伸びをして、閉じていたカーテンを開けると沈みかけた夕日の赤い光が目に刺さった。きっとこういう何気ない光景さえ、神の視線として扱われたのが神代という時代なのだろう。

 

「で、アーチャー。あなたやっぱり、ギリシャとかそこいらの英雄なの?」

『いや、違うな。何故そう思う?』

「時々だけどね。今みたいにあなた、アヴェンジャーを気に掛けてるように見えたからよ。それにあの子、トロイアのお姫様だったんでしょう?あの子が忘れていたとしても、大勢の英雄に会うコトだってあったでしょうよ」

『それは無いな。私の武器をよく見ろ。アレらが神代のモノに見えるかね?それに私が彼女を気に掛けてるように見えたのなら、それは勘違いだ』

「勘違いじゃないわ。本当に気にかけてないなら、アヴェンジャーの事情を想像するコトもしないわ。それにね、あなたの剣が神代のモノに見えないから余計に気になってるんじゃない」

『……』

 

 凛も、まさか本当にアーチャーが神代ギリシャ出身とは思っていない。ただ、何故アーチャーがアヴェンジャーを気にかけるかが分からないだけだ。

 アヴェンジャーと士郎が帰って来たら、本格的に過去視を行ってもらってアーチャーの真名を探るのもやむ無しである。

 というか、凛は元からそのつもりだったのに何のかんのと話が流れ続けているのだ。

 未来の敵に真名を知られるのは業腹だが、このアーチャーは手札の数の多さを鑑みると、真名が直結で弱点に結び付くとは思えない。それこそ、かの有名なアキレウスのように分かりやすい弱点を抱え込んでいるようには見えなかった。

 しばらく沈黙してから、弓兵は返答した。

 

『確かに、私の戻って来た記憶には朧気ながらアヴェンジャーと同じ姿が現れている。故に恐らく、何処かで会ったのだろうさ。……例えば、私が他所の戦いに召喚された折に敵対した、などという場合も考えられるだろう』

「ちょっと待って。サーヴァントはそんな風に他の時代に召喚された記憶を持ち越せるものなの?」

『だから朧だと言っているだろう。それに、私は君のサーヴァントだ。戦うというならば戦う。斬れと言われればそうしてみせよう』

 

 そしてそうなったなら、恐らくアーチャーが勝つ。その確信が凛にはあった。

 アヴェンジャーの宝具が何なのかは依然不明だが、逆に言うと宝具を撃たれさえしなければアーチャーの優勢は揺らがないと、凛は判断していた。

 アヴェンジャーはどこまで言っても元が巫女だ。

 戦う術は身に着けているとは言え、弓兵の敵にはならない。だからこそ、あれこれと凛は気を回してしまうのだとも言えた。

 例えば、アヴェンジャーが消えたら衛宮士郎はどう思うのだろう、とか。

 

「あー、やめやめ!」

 

 凛は頬を叩いて立ち上がった。

 何時までも消えない投影品などという規格外を生み出す異端さだけでも頭痛の種なのに、この上士郎の個人的な感情まで気にしていられない。

 何と言っても、聖杯戦争はまだライダーただ一騎しか脱落していないのだ。

 少なくとも今は、ごちゃごちゃと物を考える場合ではない。

 

「にしてもあいつら、教会まで行っただけだろうにどうしたのかしらね?」

 

 進展があったなら、アヴェンジャーが念話なり何なりで連絡してくるだろう。

 彼らが家を出たのが昼過ぎ。今は夕刻なのだから、戻って来てもいい頃合いだ。

 

「まさか、また何かあったんじゃないでしょうね……」

 

 不吉なほど赤い太陽に照らされる窓の外を見ながら、凛は呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 扉の前に立った男は室内を見渡してから、鷹揚に腕を組んで口を開いた。

 立ち上がる気配は、紛れもなくサーヴァントだった。

 彼は士郎を見ていない。赤い宝石のような瞳は、アヴェンジャーへと向けられていた。

 

「まぁ、そう怯えるな。雑種とは言え、貴様もなかなかに良い眼を持っている。神に逆らった気概もある。尤も、それを持ちながら人に蹂躙された哀れな道化ではあるがな」

「……」

 

 きつく杖を握っていたアヴェンジャーの手にますます力が加わり、関節が白くなる。

 士郎の足が前に出かけた途端、彼女の手が士郎を止めた。

 片手で杖を持ち、アヴェンジャーは男の前に出た。

 

「英雄王。ここに如何なる用がおありですか?」

「ほう。すぐさま我が真名を見抜くだけの力はあるか。神からの授かり物を得て、自我を残しているだけのことはある」

 

 男がアヴェンジャーを見る目は、上機嫌にも見えた。知り合いなのか、と一瞬士郎は思った。

 そうであるなら、この英霊はギリシャの出身になるがアヴェンジャーは彼を英雄王と呼んだ。

 それが真名であるのは、彼は古代ウルクの王ギルガメッシュに他ならない。だが、士郎がそうと悟った瞬間男の目が彼に据えられた。

 男の背後が一瞬光り輝く。

 がきん、と金属同士がぶつかるような耳障りな音がし、うめき声を上げたアヴェンジャーが後退した。

 気付けば床には一振りの見事な造りの剣が突き刺さり、空中では魔力の盾がきらめきながら消えて行くところだった。

 何がしかの手段で男の放った剣をアヴェンジャーの盾が受け止め、だが衝撃を殺しきれなかったのだ。

 英雄王は不満げに鼻を鳴らした。

 

「如何なる主を得たのかと思えば、贋作者とはな。この世において一際目障りな雑種に召喚されるとは、どこまでも不幸な女よ。徒に命を長らえても、貴様は何れ深淵に落ちよう」

 

 ―――――故に貴様は、疾く死ぬがいい。

 

 英雄王の背後に巨大な黄金色の波紋が広がった。

 そのとき、士郎はその波紋の中に剣が一振り収まっているのを見た。彼が指令を出せば、剣は飛び出て弾丸のように士郎とアヴェンジャーへと襲い掛かって来るだろう。

 見もしないはずの幻視を、アヴェンジャーの体が串刺し剣に貫かれる光景を、士郎ははっきりと見た。

 撃鉄が落ちるように、士郎の中で何かが切り替わる。振り返り、何かを叫んでいるアヴェンジャーの肩を士郎は掴んで、後ろへと突き飛ばした。

 

投影(トレース)開始(オン)――――!」

 

 自分の中に眠った記憶を瞬時に掘り起こす。この場で使うべき力はそこに眠っていると、強い確信があった。

 髭面の男のとぼけた顔がふと過る。士郎に突き飛ばされた時のアヴェンジャーのただただ驚いた顔と、あの男の顔が哀しいほどに似ていることに今更気づいた。

 似ていて当たり前なのだ。彼らは兄妹なのだから。

 

―――――何でもいい。アンタの妹を守るための力が、ここに必要なんだ。

 

 そのとき士郎が思い浮かべたのは巨大な盾。ヘクトールの槍を防ぎ切った、偉大なる護りだった。

 

「――――熾天覆う(ロー)――――七つの円環(アイアス)ッ!」

 

 士郎とアヴェンジャーの前に、四枚の花弁が開く。

 黄金の砲台から放たれた宝剣と幻想で編まれた盾が、正面からぶつかり合った。

 後ろに庇ったアヴェンジャーの表情は分からない。士郎には見る余裕などなかった。

一枚、また一枚と盾が硝子の割れるような音と共に砕けていく。その旅、剣はじりじりと向かって来る。

 部屋の家具が、幻想同士のぶつかり合う余波で巻き上げられ、砕け散る。漆喰の塗られた壁が剥がれ落ちて行く。

 

「ぐ、がッ―――!」

「小癪にも耐えるものだな、雑種!」

 

 また一枚、ぱきりと盾が砕け散って虚空へ消える。

 後退しかける士郎の背を、そのとき誰かの手が支えた。前へと伸ばした手に、上から別の手が重ね合わされる。

 

「アヴェ―――」

「……」

 

 アヴェンジャーは歯を食いしばっていた。

 重ねた手から、盾のイメージが補強されていくような感触があった。

 花弁はすでに最後の一枚。遅かれ早かれ、もう保ちはしない。

 

「こん、のッ!」

 

 盾を握る右手に士郎は渾身の力を込めた。

 わずかに盾の向きがずれ、刀身の切っ先が盾の表面を滑って逸らされる。

 そのまま剣は壁に突き刺さり、壁をぶち抜き抉りながら爆発した。

 瓦礫の欠片と爆風が一時に部屋の中を襲う。

 煙幕のような埃が立ち込めて、視界が利かなくなる。焦って辺りを見回した瞬間、こめかみに何かがぶち当たった。

 ぐらりと視界が揺れ、その場に立っていられなくなって士郎は膝を付いた。逃げなければと思うのに、体が上手く動かない。

 床に倒れ込む直前、誰かの手で体を支えられた気がして、士郎の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 瓦礫の欠片がぶつかったこめかみから血を流し、気絶している少年の体を、アヴェンジャーは片腕で抱えた。もう片方の手には魔力を収束させた杖が握られている。

 杖の先端の刃は、風を払い除けて現れた英雄王へ向けられていた。

 英雄王ギルガメッシュ。

 彼女はその真名を知っている。

 同じ時代を生きた事は無くとも、千里眼を通じて存在を感じ取ったことはあったからだ。

 離れた時代、離れた時間に存在した、怖い程の巨大な力を持つ王として彼女は彼を認識していた。

 

 だからこそ己より数段上だとアヴェンジャーは理解できていた。

 ギルガメッシュは生まれながらにして千里眼を持ち、類稀なる魂と神性を宿す者。

 千里眼という能力こそ同じものでも、後付けで力を得、視過ぎると魂に軋みが起きるアヴェンジャーとは魂の格において比べ物にならない。

 

 英雄王はアヴェンジャーの未来を観賞できるが、彼女は英雄王の未来を見通せないのだ。

 サーヴァントとなった今、それは予知が利かないという形を取って顕れていた。

 教会に足を踏み入れてから、眼がおかしくなったのもそのせいなのだろう。

 

 だからこの場では、アヴェンジャーは多少魔術に長けているだけの人間でしかない。

 眼が無ければ、己は英霊ですらないということをアヴェンジャーは噛み締めるしかなかった。

 士郎の肩を抱くアヴェンジャーの手に力が籠もった。

 

「……英雄王、何故あなたが現界しているのですか?此度の聖杯戦争のサーヴァントは、七騎のはず。数が合いません」

「時を稼ぐために分かりきった事柄を問うは不敬と見做すぞ。我がここにいるのが何故か、分からぬ貴様ではあるまい」

 

 看破されてアヴェンジャーは唇を噛んだ。

 確かにそうだ。感じ取れないはずがない。

 英雄王の気配はサーヴァントではあるが、それ以上の何かでもある。

 

「受肉……したのですね。恐らくは前回の戦争の折に」

 

 是、と英雄王は首肯した。

 

「応とも。そして今回は我が契約者の変事を感じ取ってな。教会に足を運んでみればこの様よ」

「監督役が契約者……。では、神父はあなたとランサーというニ騎ものサーヴァントを擁していた訳ですね。……何の為の監督役ですか」

「何の為とはまた矮小なことを尋ねる者よ。彼奴自身の求道の為に決まっておろうが。そも、端から貴様は監督役などという役割自体を信用してはいなかったろう」

 

 押し黙るアヴェンジャーを、英雄王は尊大な目で見下ろした。

 アヴェンジャーが抱えた士郎に赤い瞳が向けられ、それからゆっくりと視線が逸らされる。

 

「本来なら贋作者を庇うことなど許さぬが……。我が宝を凌ぎ切った小癪さ、それに貴様のその眼と、その霊器に免じて見逃そう。この場から主を連れて去るが良い。だが、次に見えたときはそれが貴様の死の時だと心得よ」

 

 本気なのか、ギルガメッシュは外へ通じる扉への道を開けた。

 

「……」

 

 アヴェンジャーの杖から束ねられていた魔力が失せ、杖が虚空に消える。彼女は少年の体を両手で抱えた。

 重い足を動かし、アヴェンジャーは歩む。

 俯いた彼女が横をすり抜ける刹那、ギルガメッシュは再び口を開いた。

 

「聖杯は、人形の小娘の心臓を贄に必ず降臨させる。なれば貴様も、その暁には歪んだ霊器を捧げるが良い。同じ名を冠する器ならば、形代には頃合いだろうさ」

「あなたは、まさかイリヤスフィールを―――――!」

 

 ギルガメッシュを振り仰いだアヴェンジャーの黒い眼にかっと炎のような光が灯る。それを彼は唇の端を歪めて嘲笑った。

 

「何を憤る。貴様とて聖杯を降臨させれば、混ざりモノの小娘がどうなるかなど、理解しておろう。己が願望のため、主にそれを告げぬ欺瞞、如何にするか見物だな」

 

 燃えるようだったアヴェンジャーの目の光がその一言で消え去った。

 彼女はただ、抱えた少年を見つめる。

 彼の額から流れる赤い血を袖で拭って、アヴェンジャーはギルガメッシュを一度だけ見つめ返すと、地を蹴って跳び上がった。

 軽々と屋根に跳び移り、次には教会を囲む木々の枝を伝い、電柱を伝い、跳躍しては人間離れした速度でその場を離れてゆく。

 一度も振り返らないまま、少年を抱えて走る復讐者の表情を見咎める者は誰もいなかった。

 

 

 





タイガー道場には行きませんでした。
しかし鞘がないので、士郎も頭に瓦礫が当たれば脳震盪にもなりますし気絶もします。

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