残照の巫女   作:はたけのなすび

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では。


act-14

 

 

「時間が無いわ。士郎、あなたがアヴェンジャーを喚んだ場所はどこなの?」

 

 アーチャーの腕から飛び降りた凛は、バーサーカーの肩からアヴェンジャーを抱えたまま滑り降りた士郎に指示を飛ばした。

 凛に言われ士郎は記憶を辿る。

 

「庭の土蔵だ。隅にあるやつ」

「じゃあそこで再契約よ。アヴェンジャーにとって霊的に安定できる場所のはずだから」

 

 凛と士郎が庭の隅にある土蔵の扉を開けると、闇の中に埃が舞った。

 床に転がっている鍛錬用のガラクタや修理しかけのストーブを退け、布の上にアヴェンジャーを横たえた。

 目を閉じて眠っているような表情は変わらないが、顔色は紙のように白く、気のせいか輪郭が薄れ始めているようだった。

 ざっとアヴェンジャーの体を見た凛は唇を噛んだ。

 

「いい、士郎?よく聞いて。今のアヴェンジャーは契約が切れてる。この世に繋ぎ止めるには契約を結び直すしかないの」

「分かった。俺はどうすればいい?」

 

 その意気よ、と凛は頷いた。

 

「あんたの魔術回路は今かなり勢いよく励起してるみたいだからそれは良い。同調は―――――」

 

 凛の目がアヴェンジャーの手と士郎の手の傷に走る。

 

「あんたまさか、サーヴァントの血液を取り込んだの?体は何ともないワケ?」

「ああ。アヴェンジャーは精神同調のためにって言ってたけど、どうかしたか?」

「……どうかしたどころじゃないわよ。でもいいわ。そのラインが途切れないうちに契約する。時間との勝負よ。だけど、まずアヴェンジャーを起こさなきゃ」

 

 今のアヴェンジャーは魔力節約のために休眠状態に陥っていた。

 元から士郎からの魔力供給に頼れず、自分のスキルだけで生存し続けていたアヴェンジャーでは、抑えていても魔力が尽きるのは時間の問題である。

 かと言ってサーヴァントの休眠を覚ますのはどうすれば良いのだろう。

 

「ふぅん、要は起こせばいいのね」

 

 そんな声と共に、するりと小さな人影が土蔵に滑り込んだ。

 士郎の隣に収まったイリヤスフィールは、アヴェンジャーの額に手を当てると何かを呟いた。

 魔力が起こした冷たい風が埃を巻き上げて土蔵の中を吹き渡り、アヴェンジャーの瞼が震えながら開き、一度大きく咳き込む。

 

「はい、これで起きたわ。あとは何とかするのよ、シロウ」

 

 入ったときと同じようにイリヤスフィールは猫のように足音も立てずに出て行くと、土蔵の前で跪いているバーサーカーの膝の上にちょこんと腰掛けた。

 その横ではアーチャーが腕組みをして佇んでいる。

 

「さっさとやれ、未熟者。ここまでやらせておいて、呆ける暇があるのか?」

 

 言われなくとも、と士郎はアヴェンジャーに視線を戻した。

 

「士郎、あんたとアヴェンジャーの間には繋がりがある。それを意識しながら、わたしのあとに続いて呪文を唱えて。一回でも失敗したらとっちめるてやるからね」

「分かってる、絶対失敗しないから」

 

 凛は小さく笑ってアヴェンジャーを揺すった。

 

「アヴェンジャー、あなたも聞こえてるんでしょう?契約のやり方、サーヴァントのあなたなら分かるはず。辛いだろうけどしっかりしなさい」

「……」

 

 体の横に落ちていたアヴェンジャーの手がゆっくり伸ばされる。

 今の力では持ち上げるだけが限界なのだろう。手は、蜉蝣の羽のように細かく震えていた。

 乾いた血がこびり付いた手を、士郎はしっかり握った。

 頷いた士郎を見て、凛は声を張り上げた。

 

「―――――告げる。汝の身は我が元に。我が運命は汝の剣に」

 

 朗々とした凛の呪文のあとを、士郎はなぞる。それに合わせて、士郎の手の甲に徐々に赤い刻印が現れて来た。

 呪文が後半に差し掛かると、アヴェンジャーの口が開いた。

 

「我が名に……誓い、契約を、結びます。……シロウ」

 

 唱え終わった瞬間、赤い光が一瞬だけ土蔵を満たし、士郎と凛の目が眩む。

 それが止んだ後には、目に見えて血色の良くなったアヴェンジャーがいた。

 大きく息をついて、凛は土蔵の棚に背中をもたせかけると、額に貼り付いた黒髪を手で梳いた。

 

「終わりよ。一応これでラインは繋げたわ。消耗が激しいからアヴェンジャーはまだ起きられないだろうけど、すぐ目が覚めるわ」

 

 全身の力がどっと抜け、士郎はへたり込んだ。

 

「あ、ありがとう。遠坂。それにイリヤにアーチャーに、バーサーカー。……ホント、助かった」

「別に良いわよ。でも結構大変だったんだから、ちゃんと元を取らせてね。……あんまり心配、かけさせるんじゃないわよ」

 

 ごめん、と苦笑しかけて、不意に士郎は体に力が入らないことに気づいた。

 唐突に、全身が金槌で叩かれたように痛み出し、視界が黒く染まり始める。

 凛の声もどこか遠くから聞こえてくるようで、彼女が何と言っているのか分からなかった。

 

―――――あ、不味い。

 

 くらり、と体を支えられなくなって、士郎は土蔵の床に倒れ込んだ。

 それでも、横向きになった視界には穏やかなアヴェンジャーの横顔があって、繋ぎ直された令呪の光にぼんやり白い顔が照らされている。

 それに安堵しながら、士郎の意識はまた途絶えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 士郎が意識を取り戻したのは、翌日の昼だった。

 彼が目を開けて最初に目に入ったのは、見慣れた自室の天井。手を目の前にかざすと、きっちりと白い包帯が巻かれていた。

 その傷を見て、士郎の頭の中を記憶が次々通り過ぎた。

 

「アヴェンジャー!?」

 

 叫んで跳ね起きて、士郎は両肩と左腕に痛みを感じて呻いた。

 

「―――――ッ」

 

 体を起こすと頭がじんと痛む。

 額を押さえて立ち上がると、士郎の寝床のすぐ横に布団が敷かれているのに気付いた。

 その上には黒髪を散らした少女が一人、布団を胸の辺りまできっちりかけられた状態で眠っている。

 

「う、わ、どわっ!?」

 

 思いがけない近さに驚いて、士郎は後ろに大きく後退った。背中から障子にぶち当たり、そのまま廊下に仰向けに倒れ込んでしまう。

 見上げた空は高く青く、涙が出そうなほど澄み切っていた。

 そのとき、逆さになった視界に赤と黒の服が翻る。

 

「あれ、士郎。起きたんだ」

「……」

 

 冬の太陽より眩しい笑顔で衛宮士郎を見下ろしているのは、遠坂凛だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士郎たちがキャスターに攫われてから、丸一昼夜は過ぎていたらしい。

 正直、士郎の死体を回収することになる覚悟は凛もしていたそうだ。

 士郎が気絶し目覚めたのは昼前なので、今はライダーと戦った日の翌々日ということになる。

 優れた地脈を持つ柳洞寺が怪しいとは凛も元々睨んでいたのだが、陣を作ることに優れたキャスターの砦に踏み込むには躊躇われた。

 そこにふらりと現れたのがイリヤスフィールだったと言う。彼女も士郎たちが攫われたことは知っていて、協力してもいいと申し出たそうだ。

 

「だってあのままなんてつまらないんだもの。シロウはわたし以外の人に殺されたらダメなんだからね」

 

 聖杯戦争がもう少し佳境になるまで城から出るつもりがなく、暇にあかせて士郎たちを遠見で見ていたというイリヤスフィールはそう言った。

 彼女はまだ衛宮邸にいた。卓袱台の上に頬杖をついている。

 助けられたお礼と、体が上手く動くか試すのも兼ねて昼食を作っている士郎は微妙に顔を引きつらせるしかなかった。

 

「あんたたちが攫われてる間に分かったこともあるのよ。イリヤスフィールに頼む前に、わたしとアーチャーはランサーのマスターにも会いに行ったの」

 

 ランサーのマスターは魔術協会から派遣された者だから、凛は手を組めるかとも思ったのだそうだ。

 ただし結果は無惨だった。

 

「ランサーのマスターの拠点にあったのは、()()()()()()()。とっくにやられちゃってたのよ」

「え、じゃあ俺を襲ったときのランサーは?」

「別のマスターと契約してたんでしょう。じゃなきゃ、宝具なんて早々撃とうとしないもの。仮にそれがマスターを襲った人間でも、令呪を握られちゃランサーは従うしかないわ」

 

 わたしから言えることはそれくらいだけれど、逆にあんたがわたしたちに言うことがあるでしょう、と手伝いをしてくれている凛は卵を叩き割りながら言った。

 

「一体、どうやってキャスターの結界を中から壊したの?アヴェンジャーがやったの?そうじゃなきゃ、あんなにアヴェンジャーが消耗しないわ」

「いや……あれは俺がアヴェンジャーに手伝ってもらって、ドゥリンダナを投影して―――――」

 

 言いかけた途端、凛の手が滑ってかき混ぜていた卵が飛び散り、テレビを見ていたイリヤスフィールがぐるんと士郎の方を見た。

 

「って、何すんだよ?」

「何すんだよ、じゃない!投影!?ドゥリンダナって言ったら、あのヘクトールの武器でしょう!?トロイア戦争の!英雄の!何でアヴェンジャーのお兄さんの武器をあんたが使えたの!?」

 

 野菜を切るための包丁を持ったままの凛に詰め寄られ、士郎は引いた。

 

「待て、ちょっと待ってくれ遠坂!手に持った包丁を下ろしてくれ!……俺ができたのはアヴェンジャーに手伝ってもらったからだよ。あいつができるって言ったから、信じてやったら……どうしてだかできたんだ」

 

 答えになってないわよ、と凛は頭を抱えた。

 

「……でもそれならアヴェンジャーがまだ起きないのも分かるわ」

 

 言われて士郎の頭にまだ彼の部屋で眠っているアヴェンジャーの姿が浮かんだ。

 

「普通なら、宝具の投影なんて無茶をあんたみたいなへっぽこがやってただで済むわけ無いでしょう。半身が使い物にならなくなってもおかしくないのよ。それに、サーヴァントの血液だなんて劇物を取り込んで普通に動けているのだって変。普通なら、魂が霊的に強すぎる血液に汚染されるわ。アヴェンジャーから言われなかったの?」

「……」

 

 士郎は無言で頷き、凛はやっぱりね、とため息をついた。

 

「昨日調べたコトだけど、アヴェンジャーが使ってたのは、精神同調だけじゃない。一方通行の生体リンクもよ」

 

 魔力に乏しく宝具を暴走させられた後の状態で、士郎の負担をすべて引き受けたから、アヴェンジャーはまだ起きないのだ。

 そうでないならもう起きているはずだ。

 

「まあそれでも、今日中には起きるでしょう。あの子も神代……というかキャスターと同じ古代ギリシャの魔術師だもの。回復力は尋常じゃないわ」

 

 あの子に何か言うコトがあっても、起きてからにしなさいと凛は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食が終わり、士郎はまた自室にいた。

 学校には欠席の連絡も入れた。さすがにこうなってしまうと、事が終わるまで学校に行く気にはなれなかった。

 最近の疲れが出たと言って今は衛宮家の離れて休んでいる凛も同じだった。休む前の彼女に、士郎はサーヴァントの面倒を見て来なさいよ馬鹿、と蹴り飛ばされている。

 屋敷の中の二騎のサーヴァント、バーサーカーとアーチャーも屋敷の中にはいるはずだが、彼らの気配はよく分からない。

 そして、この屋敷にいる三騎目のサーヴァントは士郎の目の前にいた。

 布団の上に横たわるアヴェンジャーの呼吸は浅く短く、声をかければすぐに目覚めそうだった。

 

「シロウ」

 

 背中からかけられた声に振り向く。

 イリヤスフィールは小さく手を振って部屋に入ると、士郎の隣に座った。

 

「なによ、びっくりした顔しちゃって」

「ああ、悪い。アヴェンジャーとイリヤが俺の名前を呼ぶときの言い方がさ、よく似てるんだよ。それで驚いただけだ」

「そうなの?」

 

 首を傾げたイリヤスフィールはアヴェンジャーの顔を覗き込んだ。

 傾きかけの太陽の光が、白銀の髪をちらちらと煌めかせている。その様子を見ていて、ふと士郎は心に浮かんだことを口にした。

 

「なぁ、イリヤは今でも俺を殺したいか?」

 

 イリヤスフィールはゆっくりと、水仙の花が萎れるように俯いた。

 

「……分かんない。でもここ、居心地がいいの。暖かいし人はいるし。わたしのお城は広いけど寒いもの。大違いね」

「お城って、アインツベルン城か?」

「うん。昔はね、キリツグも住んでたんだよ。お母様とわたしと、キリツグ。……でも、お母様とキリツグは、この町に行ったっきりになっちゃった」

 

 この街に来たなら、十年間父親が大切にしていた弟に出会ったなら、それを叩き付けてやろうと思ったのに。

 

「シロウのサーヴァントは弱過ぎたんだもの。戦う意味がないくらい。それなのにわたしのコトを気遣うし、おかげでやりにくくなっちゃって、何でだか助けちゃった。……あとでセラたちにお小言と言われちゃうわね」

 

 セラが誰かはさておき、イリヤスフィールが言っているのはほんの数日前に士郎の家に来たときだろう。アヴェンジャーと彼女が二人だけで話したのは、あのときだけだ。

 

「アヴェンジャーが、お前のコトを?」

「うん。きょうだいがいなくなるのは、とっても、とっても悲しくて寂しいんだって。涙も出なくなっちゃうくらいに。……でも、それだけよ。アヴェンジャーから私に言った言葉はそれだけ」

 

 胸を突かれた気がして、士郎はアヴェンジャーを見た。

 今までずっと、考えていなかった。

 トロイアが落ちたとき、アヴェンジャーの家族はどうなったのだろう。

 ヘクトールはトロイア陥落の前に、アカイア側のアキレウスに殺された。それを、恐らくアヴェンジャーは見たのだ。

 彼だけでない。他の家族や故郷の人々の最期も彼女は視て、ずっとそれを覚えている。

 

―――――それはきっと、士郎の、赤い火事の夢と同じだ。

 

 瞼の奥にちらつく赤い幻を追い払うために目を擦って、士郎は何とか笑顔を作った。

 

「……アヴェンジャーには結構たくさん妹がいるみたいだしなぁ。イリヤが誰かに似てたんじゃないのか?」

 

 少し調べたけれど、確かカッサンドラは、トロイアのプリアモス王の長女だった。兄や弟だけでなく、妹もいたはずだ。

 士郎がそう言うと、イリヤスフィールは頬を膨らませた。

 

「なによ。わたし、シロウのお姉ちゃんなのに」

「あ……悪い。……そっか、よく考えたらそうなんだよな。イリヤは俺の姉さんか」

「そうよ。だからアヴェンジャーにとっても、シロウなんて弟みたいなものなんじゃない?」

「む。何で俺が弟なんだよ。俺、アヴェンジャーより背は高いぞ」

「それだって、ちょっと高いだけじゃない」

 

 アヴェンジャーから弟扱いされていると思うと、士郎は妙に腹の底が落ち着かない感じがした。膝に頬杖をつく士郎に向けて、ふふん、とイリヤスフィールは胸を張った。

 張ってから、またアヴェンジャーの顔を覗き込んで顔にかかった髪を整えた。

 その横顔ははっとするほどの寂しさをたたえていた。

 

「……アヴェンジャーが早く起きればいいのにね。そうすればまた―――――」

 

 イリヤスフィールは言葉を切って、ぼんやりと窓の外へ視線を向けた。

 また、何なのだろう。

 また聖杯戦争ができるとでも言うのだろうか。

 聞かなければいけないだろうに、士郎は口を開くことができなった。

 血の繋がらない姉と弟は、眠る少女を前にして黙り込む。

 そのとき、アヴェンジャーの目がぱちりと開いた。

 大きな黒い瞳の中に、士郎とイリヤスフィールの姿が並んで映る。ややあって、アヴェンジャーはどこか戸惑うように口を開いた。

 

「……おはよう、ございます」

 

 変わらない挨拶に、士郎は肩の力が抜けた。

 

 

 

 

 

 




健全な再契約とほのぼのした話。

色々突っ込み所やら何やらはあると思いますが回収していきますのでお待ち下さい。

それと、こんな速さで更新できるのはこれっきりです。たまたまの、単なる珍事だったとお考え下さい。

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