残照の巫女   作:はたけのなすび

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では。


act-13

 

 

 

 

 

「どうしてあなたがその名前を?」

 

 アヴェンジャーに尋ねられても、士郎には夢で見たとしか答えられなかった。

 思いつくまま彼は口を開いた。

 

「契約のラインってお互いの記憶が流れるだろ」

「そのはずです」

 

 アヴェンジャーは召喚されてこの方一度も眠っていないので、士郎の記憶を見たことはないが、士郎は何度か見ている。そこからの繋がりで、()()()()宝具になり得そうな武器を見たのだと結論付けた。

 

「理由は今は良い、というか後で考えよう。何にしてもここから出てからだ。俺が見た中でここを壊せそうなのは、お前の兄貴が使ってた武器だ。アヴェンジャー、あれの真名は何だ?」

「……ドゥリンダナです。確かに兄さんはあれを投げ槍にしていました。サーヴァントの宝具に換算すればかなりの威力だと思います」

 

 何せトロイア戦争の大英雄の一人、ヘクトールの槍だ。

 それを投影し真名解放して、この結界を壊す。

 これまでの士郎がやって来た投影など、今からしようとすることと比べれば遊びだ。

 おまけに、今は自分だけなくアヴェンジャーの命もかかっている。

 

「それに機会は一度だけだ。絶対に失敗できない」

 

 キャスターに察知されたら、今度こそ終わりだ。

 それでもアヴェンジャーは躊躇っていた。

 宝具の投影などという技は、彼女の生きていた神代の魔術師ならいざ知らず、この神秘の薄れた現代で士郎のような半端な魔術使いが手を出していい領域の話ではないからだ。

 成功する確率は極めて低く、成功しても士郎がただで済むとは思えない。

 何故なら、魔術の原則とは等価交換だから。

 何かを得たいなら、何かを失わなければならない。目に見える形であれ目に見えない形であれ、士郎は必ず代償を支払わねばならない。

 それでも、今すぐ脱出するのならば他に手がないのも事実だった。

 アヴェンジャーの持ち得る魔力では、この結界を破壊できない。霊核を燃料にすれば別だが、それは士郎が却下した。

 

「馬鹿。お前が死んだら助かったって俺には意味なんてないんだ」

 

 大体、遠坂にどの面下げて会いに行けって言うんだと士郎は言い張って、アヴェンジャーを止めた。

 アヴェンジャーは観念したように瞳を一瞬閉じた。もう一度開いた目には、真剣な光があった。

 

「ではひとつだけ、聞かせてください。今の私は、あなたから見ておかしいですか?―――――私は、嘘つきに見えますか?」

 

 アヴェンジャーの黒い瞳を見つめて、士郎は強く首を振った。

 

「アヴェンジャーは何も変わってやしない。お前は嘘なんてつけない奴だから聞くんだ。俺に、宝具の投影はできるか?」

 

 少しだけ、アヴェンジャーの目元が眩しいものを見たように緩んだ。

 もう一度口を開いたとき、アヴェンジャーが述べたのは神代の魔術師としての冷静な見解だった。

 

「……あなたの魔術回路は、ざっと見たところ確かに剣の投影に特化しています。と言うより、起源・魔術属性共に剣へ大きく傾倒しています」

 

 士郎のような魔術回路はアヴェンジャーも見たことが無いという。

 結論から言えば、確かに宝具の投影もできるだろうとアヴェンジャーは言った。

 しかし、正確な投影にはより強いイメージが必要である。士郎は夢幻としてしかドゥリンダナを見ていない。

 

「分かりました。イメージは私が何とかしましょう。あなたと私の精神を同調させて補います。大した魔術ではありませんから、今の状態でも扱えます」

 

 これまで自然干渉系や結界、探知、人払いなどの魔術しか使っていなかったアヴェンジャーだが、本来彼女は精神感応系の方を修めた魔術師だと言った。

 自分にかけられた神の呪いを研究するうちに身につけたらしいが、理由はともかく都合が良い。

 

「シロウ、ではあなたの血をください。サーヴァント契約のラインは切られてしまったので、血を交換することで接続します」

 

 言って、アヴェンジャーは懐から短剣を取り出すと自分の左の手のひらを浅く斬った。

 士郎も同じように手を浅く斬る。集中しているからか、痛みは然程感じなかった。

 鮮血の流れる手のひらを、士郎とアヴェンジャーは重ね合わせた。

 唄にも聞こえる澄んだ調べが目を閉じたアヴェンジャーの口から漏れ出る。

 低く、高く、ゆったりと調べは流れる。絶え間なく穏やかに打ち寄せる波音のような呪文を聞くうちに、士郎の意識は次第に春の淡雪が水に溶けるように薄れ始めた。

 意識を繋ぎ止めるのは、重ねた手のひらを通して流れ込んで来る血の熱さだけだった。

 温かさが流れ込むたび、士郎の頭の中に何かが形成される。

 ぐるぐると渦を巻く幻覚は、次第に士郎の意識の中で光を放ち始めた。

 

 それは徐々に形を結び、光り輝く幻想の剣を生み出す。

 

投影(トレース)開始(オン)―――――」

 

 魔力回路を励起させ、魔術を発動させた。

 魔術を使う際に、いつもなら感じる痛みや違和感は、体の中を駆け巡る暖かさが癒やしてくれた。

 アヴェンジャーの額にも、士郎の額にも玉のような汗が浮かんだ。

 アヴェンジャーの精神の同調が揺らぐか、士郎の魔術調整がずれるかすれば、互いの命が危険になるのだ。

 血の暖かさを通して繋がっている少女の存在を確かめながら、士郎は魔術を編み出す。

 それはまるで、暗闇の中で手探りに針の穴に糸を通すような作業だった。

 

―――――こんなところで、俺はアヴェンジャーと別れたくなんかない。

 

 目を少しだけ開けて、士郎はアヴェンジャーを見た。

 自分の左手を右手で掴んで支えながら、目を閉じた彼女は真剣な顔でそこにいた。

 この少女は士郎を庇った。

 小さな体を使って、戦った。戦って、そして士郎を庇ってこんなことになった。

 

―――――まだ俺は、こいつに何も返せていないんだから。

 

 奇跡は一度でいい。

 それで必ず成功させてみせる。

 魔力を巡らせ、アヴェンジャーの血に意識を集中した。

 体の中を流れる血には彼女の記憶が混ざり込んでいて、自分のものでない幾つもの光景から士郎は剣のイメージを掻き集めた。

 

 そうして、何時間にも思える時間が過ぎた後。

 

「――――――投影(トレース)完了(オフ)

 

 一際強く魔力の光が輝く。

 目を開けると、士郎の手にはずしりとした重みが乗っていた。

 

「……シロウ」

 

 揺すられて、士郎は意識を取り戻した。

 目を開ければ、確かに剣があった。黒い柄と黄金の刃は、士郎が見たこともないほどの、いっそ息苦しく感じるほどの神秘を溜め込んでいた。

 自分の成したことが信じられないと士郎は呆然となり、アヴェンジャーは刀身を撫でながら呟いた。目に懐かしそうな、痛みを堪えるような光が宿った。

 

「間違いありません。でも信じられない。どうしてこんなに正確に……」

 

 それはお前の記憶が正確だったからだろ、と言いたかったが、士郎は全身を襲う脱力感で口が一瞬利けなかった。

 それでも剣を握ろうとした瞬間、()()()と部屋が揺れた。

 壁と床が軋み、天井が撓んだ。

 アヴェンジャーは剣を握った士郎の上に覆い被さり、二人揃って伏せる。

 揺れは数秒で収まり、アヴェンジャーと士郎は身を起こした。

 

「な、何だ、今の?」

「恐らく、外から何かに攻撃されています!」

 

 敵か味方か、どちらにしろともかくこのままここにいては危険だった。

 剣を構えて、士郎は立ち上がる。切っ先が床を削って乾いた音が鳴った。

 剣を震える腕で持ち上げる士郎の手に、アヴェンジャーの熱を持った手が添えられる。

 記憶が囁く名前を、士郎は口にした。

 

「真名……不毀の極剣(ドゥリンダナ・スパーダ)

 

 足を踏ん張って剣を振り上げ、振り下ろす。

 その動作だけで、剣から放たれた光の斬撃が板壁を飲み込んだ。

 

「伏せて!」

 

 アヴェンジャーは士郎の腕を引き、床に諸共倒れ込んだ。

 その一瞬後に木片が飛び散り、彼らの全身に降り注いだ。幾つかは体に刺さったような気もしたが、構う余裕はなかった。

 跳ね起きて暗がりに目を凝らすと、板戸は無残に砕け、穴の縁は焦げて煙が上がっている。

 片耳の鼓膜が破れたのか、音が奇妙に反響していたが士郎はそれも敢えて無視した。

 

「アヴェンジャー、ここから出るぞ!」

 

 まだ熱を持っている少女の手を引っ張って立ち上がる。

 そのまま、まだ爆発の煙に満たされている廊下に出ようとして、士郎は首筋にぞっとする冷たさを感じた。

 何も考えず、アヴェンジャーの手を掴んだまま前に転がった。

 直後、一瞬前まで士郎の首があったところを黒の魔力弾丸が掠めた。

 

「えっ、士郎なの!?」

 

 戸惑ったような声がして、士郎の前に煙をかき分けて赤い服の少女が現れた。

 

「遠坂、何でここに!?」

「そんなのこっちのセリフ!あんたたちを助けに来たに決まってるでしょ。いいからここを出るわよ!」

 

 言い切った遠坂凛は、けれどすぐ眉を顰めた。

 

「で、アヴェンジャーは一体どうしたのよ?」

 

 言われ、士郎はようやくアヴェンジャーを見た。

 サーヴァントの少女は士郎の傍らで足元をふらつかせていた。繋いでいた手も、異常なまでに熱い。

 ぐらりと体が傾いで彼女は廊下に倒れ込む。体を床に打ち付ける寸前で、凛に抱えられた。

 ひとつ舌打ちし、凛は士郎にアヴェンジャーの体を押し付けた。

 

「その子を連れてついて来て。外に出ればアーチャーが、何とかしてくれるはずだから」

 

 分かったと頷き、士郎は凛に続いた。

 そのまま障子を蹴倒し、凛と士郎は外へ出る。

 外に飛び出した途端、冬の夜の澄んだ空気が肺を満たした。

 思った通り、彼らがいるのは柳洞寺だった。

 ただし、その光景は士郎の知るものとは全く違っていた。

 月光に白刃や鏃を煌めかせているのは、十数体の骸骨だったのだ。歪な骨格は、人のものではない。

 敷かれた小石を踏み締めて耳障りな音を立てながら迫って来る彼らを、凛の手から放たれた弾丸が呆気なく砕いた。

 しかし、見る間にその数は続々と増えだす。

 凛が舌打ちした瞬間、目の前に矢が着弾、爆発して骸骨を吹き飛ばした。

 紅い外套の弓兵は凛の眼前に着地すると、振り返った。

 

「遅くなったか?」

「はいはい!そんなこと無いわよ!気障な言葉はあと!アーチャー、アヴェンジャーが予想通りに不味いわ!」

 

 士郎の抱えたアヴェンジャーに、アーチャーの視線が注がれる。

 ほんの僅かにアーチャーは目を細めると、片手を振る。その手には曲がりくねった刀身を持つ黒と紫の短剣が握られていた。

 間違いなく、それはキャスターのものだった。アヴェンジャーの胸を刺し、契約を断ち切ったあの魔剣だ。

 それを手に持ち、アーチャーは軽い足取りで士郎に近付いた。思わず後退りかける士郎を、アーチャーは薄い色の瞳で睨んだ。

 

「お前、何を―――――」

「黙れ。そのサーヴァントを助けたいのだろう?それなら動くな、未熟者が」

 

 士郎の動きが止まった瞬間、アーチャーの短剣が閃いて、アヴェンジャーの胸に突き刺さった。

 

「――――――破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

 アーチャーが唱え、短剣が胸に刺さった瞬間だけアヴェンジャーの体が大きく反って跳ねた。

 それきり、アヴェンジャーは動かなくなる。しかし呼吸は深くなり、眠っているのかと思えるほど顔が穏やかになった。

 

「これでしばらくは保つ。サーヴァントはしっかり抱えていろ。すぐにここから離れるぞ」

 

 言い捨てたアーチャーの手には、いつの間にか白黒の短剣があった。彼はそれらを手に持つと、また押し寄せて来た骸骨へ向けて振るった。

 骸骨たちは木っ端のように吹き飛ばされる。

 その隙間に向けて、凛と士郎は駆け出した。

 目指すのは出口。山門である。

 アーチャーに先導され辿り着いた門から下を覗き込んだ士郎は、再び驚いた。

 山門から下へ向かって伸びる階段の中腹辺りに、夜目にも見える鉛色の巨大な影があったのだ。

 

「バーサーカー!?」

「一応今は味方なの!行くわよ!」

 

 凛は言って、ほとんど宙を飛ぶ勢いで一気に階段を駆け下った。

 士郎も習って全身を魔術で強化し、人間離れした速度で階段を下る。

 階段の中腹の一際広い石段の上には鉛色の巨人、バーサーカーがいた。彼と相対している長刀を構えた男は、士郎たちの気配に気付いて彼らを振り返った。

 士郎には見覚えのない刀を持った男は、士郎とアヴェンジャー、凛を見ておや、と目を見開いた。

 

「女狐はしてやられたか。まあ、これだけぞろぞろと招かれざる客がいればそうもなるだろうよ」

 

 長刀を肩に担いだ男は、バーサーカーを前にして飄々と笑うとたちまち粒子になって姿を消した。

 

「あっ!逃げたわね、アサシン!」

 

 彼が消えたのと入れ替わるように、バーサーカーの陰から白い少女が現れる。

 その少女、イリヤスフィールは膨れ面だったが士郎たちを見るとその表情を引っ込め、可愛らしく小首を傾げた。

 

「シロウにアヴェンジャーまで、ちゃんと無事に連れてこれたんだ。凄いじゃない」

 

 イリヤスフィールは滑るように士郎に近付くと、アヴェンジャーの頬を突いた。

 それを遮るように凛は首を振った。

 

「士郎はともかく、アヴェンジャーはそんなに無事じゃないのよ。イリヤスフィール。ここから士郎の家まで最速で帰るわ」

「わかったわ。バーサーカー、お願いね」

「お願いって……。―――――えっ!?」

 

 ぐい、と凄まじい力で襟首を掴まれて士郎の体は宙に浮いた。

 気付いたときには彼はバーサーカーの肩に乗せられ、その横にはイリヤスフィールが収まっていた。

 首を捻ると、凛はもうアーチャーに両手で抱えられている。彼女はそのままの体勢で、軍配を振るうように手を大きく横に凪いだ。

 

「目標達成!撤収よ!」

「はーい!シロウ、振り落とされないようにちゃんと掴まっていてね」

 

 どこか楽しげなイリヤスフィールの声が響いた瞬間、士郎の周りの風景は後ろに吹っ飛んでいた。

 気付けば夜空に浮かんでいて、足元には無数の光があった。

 耳元で風が唸り、頭がくらくらする。アヴェンジャーの体が揺れてずり落ち、士郎は慌てて抱え直した。

 その様子を余所に、イリヤスフィールはバーサーカーの肩から乗り出して下に広がる冬木の街を見た。

 うーん、とイリヤスフィールは思い出すように目を細める。それから小さく白い指が街の一角を指さした。

 バーサーカーは電柱を一度蹴ってそちらへ向きを変えた。

 狂戦士に運ばれながら、イリヤスフィールは楽しくて堪らないとばかりの口調で士郎に尋ねた。

 

「ねえ、シロウ、驚いた?」

「……ああ。イリヤに遠坂が来てくれるなんて、全然思ってなかった。……ありがとう、イリヤ」

 

 イリヤスフィールは肩をすくめた。

 

「私だって、シロウたちがキャスターに攫われたときはびっくりしちゃったもの。だからお互いさま、なんじゃない?あと、お礼はリンに言ってね。わたしはこんな簡単にシロウたちが脱落したんじゃつまらないから、やって来ただけだもの」

「……それでも、ありがとう。助かった」

 

 どんどん近付いてくる懐かしい家の姿を目にして、士郎はようやく詰めていた息を吐いた。アヴェンジャーを抱えたまま、安堵しかける彼にイリヤスフィールは気の毒そうな顔を向けた。

 

「違うわ。シロウがそのサーヴァントを助けたいって言うなら、大変なのはここからなのよ」

 

 士郎がその意味を聞き返す前に、バーサーカーとアーチャーは衛宮家の敷地に着地したのだった。

 

 

 

 

 




色々あると思いますが、続きは次回。
ここでの選択肢は√において重要とだけ。

アヴェンジャーの短剣は王族が自害するためです。彼女が自分に使ったことはありませんでしたが。

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