残照の巫女   作:はたけのなすび

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感想、評価、誤字報告下さった方、ありがとうございます。

日刊ランキングにも上がっていて、筆者の心臓が跳ねました。

では。


act-10

 

 

 

 

 

「ライダー陣営の恨みを一番買っているのは、どう考えても私たちです。だから誘い出せという話でしょう?」

 

 学校が終わった後、凛と共に家へ帰還した士郎を出迎えたアヴェンジャーは言った。

 衛宮家へ帰った彼らを出迎えたのは、衛宮家の敷地にある道場の真ん中に座る、背筋を伸ばしたアヴェンジャーだった。

 

「さすがに予言者ね。わたしの言うコト、みんな分かる訳?」

「みんな分かるなら、最初っから苦労なんてありません。恐らくは、という程度です」

 

 囮になることは構いません、とアヴェンジャーは頷いた。

 身構えていた士郎がこけるほど、あっさりとしたものだった。

 

「ただ、囮は私ひとりでやります。マスターには後方にいてほしいのです」

「んー、まあそうよね。慎二の性格からだと衛宮くんがいれば確実に出てくると思うんだけど、仕方ないか」

 

 こくりとアヴェンジャーは首を上下に動かした。

 アヴェンジャーがライダーを誘い出して、アーチャーが狙撃で仕留めるというのが凛から聞かされた作戦だった。しかし中身はそっくり校舎での戦いの焼き直しなので、もうひと押し何かをやらなければ仕留められない。

 

「誘い出して罠を仕掛けます。そのために魔術の準備もしましたから」

 

 と、アヴェンジャーは言った。

 衛宮士郎は戦いの場に出せないと言ったのと同じ断固とした口調だった。

 

「……一人でやるのか?」

「そうです。私ではマスターがいる状態のまま、ライダーと戦うのは難しいからです」

「でもそれじゃ、アヴェンジャーは一対ニじゃないか」

 

 露骨にアヴェンジャーの顔がしかめられた。

 

「あんな軟なのは、いてもいなくても同じです」

「軟でもへっぴり腰でも慎二はマスターだろ。令呪を使われたらどうするんだ!?」

「そのときはそのときです!シロウを庇いながら戦うのは最初から無理だと分かっています!」

「ちょっとちょっと。あなたたち二人とも落ち着きなさいよ!」

 

 凛が割って入り、互いに身を乗り出していたアヴェンジャーと士郎は我に返って離れた。

 

「もう、いきなり何なのよ。衛宮くんはともかく、あなたそんなに頭に血が上りやすかった?」

「……すみません。昨日少しありまして。でも私は譲りませんから」

 

 アヴェンジャーが膝の上に揃えた白い手には薄っすらと血管が浮き出ていた。

 凛は額に手を当ててやれやれと首を振った。

 

「衛宮くん、これはアヴェンジャーが正解よ。ガラスも自分の体も治せないあなたじゃ、良い的になっちゃうわ」

「だけど……」

「では貴様は、昨日の戦いに僅かでもついて行けたというのか?」

 

 道場に、それまで霊体化して沈黙していたアーチャーの姿が現れる。腕組みをする弓の騎士は冷たい目で士郎を睨んでいた。

 それでも士郎の頑なな顔には納得しきれなさがありありと顔に出ている。アーチャーはため息をついた。

 

「小僧、それなら試してみればいい。サーヴァントの速さというものをな」

「え、ちょっとアーチャー?」

「当然、相手はお前がするのだろう、アヴェンジャー」

 

 話を振られて、アヴェンジャーはひとつ頷き立ち上がった。彼女は道場の真ん中に滑るように進み出ると、士郎を手招きする。

 戸惑っている凛の視線を感じつつ、士郎は立ち上がった。

 無手のまま、だらりと両腕を体の脇に下げているアヴェンジャーは、向き合うとやはり士郎より頭一つは小さく華奢だった。

 黒いスカートに覆われたアヴェンジャーの右足がぴくりと動いた、と士郎の目が捉える。

 瞬間、彼の全身はふわりと浮いていた。

 浮遊感と共に天地がぐるりとひっくり返る。

 仰向けになった士郎の視界に、道場の天井が目に入った。喉元と肩は押さえつけられ、体が動かせなかった。

 目だけを動かすと、横にはアヴェンジャーがいて、手刀を士郎の喉に突き付け、片膝で彼の肩を押さえている。

 磨き抜かれた黒曜石のような黒い瞳を覗き込んだ士郎の息が詰まった。

 アヴェンジャーは全く腕と脚に力を込めてはいないのに、士郎の体は全く動かなかった。大きな岩にのしかかられているようだった。それでいて痛む所は全くない。

 

「……終わりよ、衛宮くん。あなた今、二回は殺されたわ」

 

 凛の声でアヴェンジャーは立ち上がると士郎を助け起こした。彼にも、たった今自分が懐に飛び込んできた彼女に凄まじく綺麗に投げられたことも、自分がそれに全く反応できなかったことも分かった。

 唇を噛んで、士郎は元の場所に戻る。その背中に冷えた声が浴びせられた。

 

「理解したか?お前では巫女の動きすら捉えられん。まして神話の怪物の前に出るには脆すぎる」

 

 アーチャーは言って、今度は短い双剣を虚空から掴み取ると、アヴェンジャーの前に進み出る。それに合わせるように、瞳の色を赤と青へ変えた彼女も手に杖を持つ。装束は変わらなかった。

 

「ちょうど良い。サーヴァント同士の戦いも間近で見ておけ。構えろ、アヴェンジャー」

「承知しました。あなたの戦い方も知りたかったところです」

 

 あっさりとサーヴァントたちは一触即発になった。マスター二人は腰を浮かしかけたが、弓兵も復讐者も全く譲る気配がなく、そして殺気も無かった。

 

「二人とも、いい?ここを壊しちゃダメよ。直せるって言ったって目立つのは無しだからね」

 

 乱暴に頭をかいた凛は言って、審判者のように右手を手を振り上げた。

 彼女が目を閉じて、開き、手を振り下ろす。

 途端、サーヴァントたちの踏み込みにより道場の中で風が吹き荒れた。

 そのまま暴風のような勢いで、二騎は打ち合いを始める。

 交差したアーチャーの二振りの双剣が上から叩き付けられたアヴェンジャーの杖を受け止めた。

 双剣で杖が抑えられたとみるや、アヴェンジャーは一歩引いて低い蹴りを放った。

 宙に跳んでそれを避けたアーチャーは、手から短剣を投擲する。

 

「―――――ッ」

 

 アヴェンジャーの動きが士郎の目に捉えられた。ほんの僅か鈍ったのだ。

 躊躇いは一瞬のうちで、彼女はくるりと杖を回転させ、二振りの短剣を叩き落とした。

 夕日を照り返して宙を舞った一本は天井に突き刺さり、一本は士郎と凛の膝先に突き立った。磨かれて夕日を照り返す床に木屑が撒き散らされる。

 ぶるぶると震える黒い短剣に、士郎の目が吸い寄せられた。

 

「衛宮くん、ちゃんと見てなさい!」

 

 沈みかけた士郎の意識が引き上げられる。

 ()()()()()()()()()()()を手にしたアーチャーは、短剣を弾き飛ばしたまま、体勢が揺らいでいるアヴェンジャーに襲い掛かった。

 杖を横にしてアヴェンジャーは受け止める。みしりと床から音がして、アヴェンジャーの顔が歪んだ。片足が床を踏み抜き、木片が四方に飛び散った。蜘蛛の巣のようなひび割れが士郎と凛の足元にまで広がる。

 

「そこまで!そこまでよ二人とも!道場を壊す気!?」

 

 アーチャーとアヴェンジャーの動きは、そこでようやく止まった。

 アーチャーは剣を粒子にして消す。天井の剣も床に刺さった剣も同じようにかき消えた。

 アヴェンジャーの瞳の色も、赤と青の二色から黒へ戻る。

 辺りを見回し、罰が悪そうに目尻を下げたアヴェンジャーは、杖の石突で軽く床を叩いた。

 それだけで、割れていた床も穴の開いた天井も傷一つない状態になった。

 

「思ったよりやるものだな。巫女」

「……」

 

 アヴェンジャーは他の何かに気を取られたように答えず、目を細めてアーチャーの顔を仰ぎ見た。

 

「あなた、本当に誰なんですか?」

「なに、ただのしがない弓兵さ」

「しがない弓兵が、次々剣を召喚する魔術を使いますか?」

「世は広い。探せばそんな輩もいるだろう。君とてこれまで見知った英雄のすべてを覚えているわけではあるまい」

 

 押し黙るアヴェンジャーに皮肉げな笑みを残して、アーチャーは姿を消した。

 道場の張り詰めた空気が、それでようやく収まる。士郎は傍らの凛が息を深く吐き出すのを聞いた。

 

「アレがアヴェンジャーの眼ね。衛宮くん、ああなったあの子でもやっぱりあなたは平気なの?」

「……平気に決まってるだろ。特に変わったところは無いんだから。遠坂は違うのか?」

 

 黒い短剣の突き刺さっていた床の跡を見ていた士郎は、顔を上げて答えた。

 凛は二の腕を擦りながら頷く。

 

「わたしは……ダメね。あの子の眼がああなったら鳥肌が立ったわ。今より十倍くらい気配が性悪になった綺礼といきなり夜道で出会っちゃった気分。あれじゃ、あの子が何を言ったって信じられない訳よ」

 

 頭では凛にも分かる。

 カッサンドラは嘘をつかない。アヴェンジャーは善に属する。

 それでも天敵に遭遇したかのように、凛は怖気が立った。それまで特に当たり障りのない平凡なものだったアヴェンジャーの気配が禍々しいものへ切り替わったのだ。

 彼女の言うことは何であれ、頭ごなしに否定したくなった。仮に口を開いていたなら、()()()()()と言わずにはいられなかっただろう。

 凛からすればのほほんとしていて、何も変わった所なんて無いと宣う士郎が信じられなかった。

 同時に腹も立った。

 遠坂凛(わたし)の心を歪める呪いなんて、許せない。神に仕掛けられたものだろうが、この悪寒にはどこまでも逆らってやる、と凛は決めた。

 しかし全く、マスターもサーヴァントも揃ってなんて面倒な奴らなんだろうと凛は頭を振った。これではますます放っておいたら後味が悪くなりそうだった。

 その主従は目の前で会話を始めていた。

 

「どうでしたか?」

「……全然見えなかった。見えたのはお前の動きが止まったときだけだ」

 

 宙に投げられたアーチャーの短剣を弾くか避けるか。それをアヴェンジャーは迷った。

 背後にマスターがいたから短剣を避けずに弾き、それで彼女は姿勢を崩したのだ。

 マスターが弱点になるということを痛感する士郎を、アヴェンジャーはしげしげと下から覗き込んだ。

 

「シロウ、ちょっとすみません。顔を触ってもいいですか?」

「は?」

 

 何を、と戸惑う士郎はアヴェンジャーの真剣な眼に押されてつい頷く。

 アヴェンジャーの白い手が伸ばされ、頬に触れる。ひやりとして柔らかい手の感触に、士郎は固まった。

 アヴェンジャーは赤くなる士郎にも全く気付かない様子で彼の赤銅色の髪をかき上げ、露わになった顔を黒い瞳でじっと見つめる。白い琺瑯のような顔の動きに合わせて細かく揺れる、黒い絹糸の髪がやけに目に付いた。

 こんな間近に、士郎はアヴェンジャーの顔を感じたことがない。そのことに今更気が付いた。

 

「な、い、いきなり何なんだよ。顔、近いだろ!」

 

 つい手を振り払ってしまった士郎に驚いたように、アヴェンジャーはきょとんと目を瞬いた。

 空っぽになった手をしばらく眺めた後、アヴェンジャーは虫を追うように首を振った。

 

「ちょぉっと衛宮くん。よくよく分かったかしら?サーヴァントとそんなに仲が良いなら、その子を迂闊に危険に晒したくないでしょ」

「と、遠坂!?」

 

 がしりと尋常でない力で肩を掴まれて、士郎の声が裏返る。

 振り返るとにっこりとした笑顔の凛がいた。

 例によって目だけが笑っていない、最もおっかない遠坂凛が道場に現れていた。

 

「あなたはわたしと待機。さっさとライダーと慎二を止めるわよ。あいつらが魔力欲しさに誰かを襲う前に冬木から消し去るの。いいわね?」

 

 アヴェンジャーは力強く頷く。

 士郎はまだ熱い頬をなんとか鎮めて頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやって誘き出すんだ、と夜の街に出る直前、士郎はアヴェンジャーに聞いた。

 慎二は確かにライダーの宝具を台無しにしたアヴェンジャーに怒っていた。だが、同時に彼女を雑魚と見下してもいた。

 多分彼の怒りの矛先が向かうなら、自分だろうと士郎は思っていた。

 凛に聞いたことだが、間桐家は今は魔術師としての血が絶えてしまい、魔術を扱えない家なのだという。

 聖杯戦争御三家だと言うのに、間桐慎二は衛宮士郎のように魔術を扱うことは決してできない。だから凛も、最初彼を見逃してしまったのだ。

 友人として慎二のプライドの高さを知る士郎にしてみれば、それに彼が耐えられなかったことは想像できた。聖杯にかける願いもその類だろうと凛は腹立たしげに言った。

 魔術のための回路があったって、心構えがなければ魔術師になんてなれっこにないと凛は切り捨てた。

 その点で言えば魔術使いの士郎の方がまだできていて、それもあって凛は慎二と手を組まずに士郎とアヴェンジャーの組を選んだと言う。

 そういう経緯はともかく、どうやってライダーを誘い出すのかと言うと、アヴェンジャーは杖の一振りで士郎そっくりの幻を生み出した。

 そして今、凛が呆れる程に出来がいいそれを伴ってアヴェンジャーは冬木の街を川辺の公園へと歩いている。誘い出すのは人気がなく、広さがあって遮蔽物がない場所だ。

 アヴェンジャーの瞳の色は未来と過去を見透かす赤と青に変わっている。呪いから来る禍々しい気配を、隠しもせず流れるがままにしていた。

 

「まあ、あれだけ嫌な気配を出したまま歩き回れば慎二も出て来るでしょうね。それにアヴェンジャーのスキルもあるし」

「スキルって……《復讐者》か」

「そう。あの瞳と集めた敵意を力に変換するっていう《復讐者》スキルって、組み合わせるとよくよく的になりやすいわね。敵意を集め過ぎよ」

 

 凛と士郎は海辺を見下ろすビルの屋上に立っている。二人とも視力を強化しているので、小さなアヴェンジャーの姿も士郎の幻の姿もはっきり見えていた。

 アーチャーも何処かに待機はしているというが、士郎には気配は捉えられなかった。

 風になびく黒髪を細い指先で耳にかけながら、凛は尋ねる。

 

「そう言えば衛宮くん、あなた魔力パスがろくに繋がってないってコトは、《自己回復》と《復讐者》、それに召喚されたときの魔力でアヴェンジャーは動いてるんでしょ」

 

 士郎の返事を待たないで凛は続けた。

 

「前も言ったかもしれないけれど、アヴェンジャーが大事なら、魔力パスをなんとかした方が良いわ。補充しないとあの子、消えるわよ。今は大したコトなくても、宝具を使ったらその限りじゃない。一回打てばそれまでなんて場合もあるのよ」

「……消える?」

「そう。別に珍しい話じゃないわ。例えばバーサーカーのマスターなんてのは、魔力が切れて自滅する危険といつも隣り合わせよ。まあ、アヴェンジャーとの間にパスがそもそも無いのなら、魔力を吸われ過ぎてあなたが自滅するコトはないんだろうけど」

 

 それから今回のイリヤはアテにしないで、あの子が規格外なだけだからと凛は言った。

 そもそもアヴェンジャーの宝具が何なのかすら知らず、黙る士郎に素知らぬ顔をしながら、有無を言わせない口調で凛は続ける。

 

「これが済んだらちょっとマスターと魔術師についての講義をするわよ、いい?」

「それは確かに助かるけどさ、何で遠坂はそこまでしてくれるんだ?」

「理由なんていいでしょ。同盟相手が自滅なんて許せないだけ。ヘラクレスの相手をするのに味方は多くいた方がいいの」

「そりゃそうだ。……でもありがとう、遠坂」

 

 ふん、と凛は横を向いて鼻を鳴らし、何かに気付いたかのように目を細めた。

 

「話は終わり。今はライダーを乗り越えるコトに集中よ。……アーチャーから通信。引っかかったみたい」

 

 ぼんやりとした黄色の光で照らされる公園の中、紫の髪の女怪が黒髪の少女の前に進み出て行くところだった。

 

 

 

 

 

 




マスターをぶん投げ、顔をよく確認した話。

以下は与太です。




息抜きに少しだけ、FGOにこのカッサンドラが入ったところを想像しました。
しましたが、オケアノスでカルデア側について船の上から「兄さんのばか!」と叫んでいる姿くらいしか想像できませんでした。

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