残照の巫女   作:はたけのなすび

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オリ鯖はカッサンドラ一人になります。



act-1

 

 

 

今はもう、時の大海の中にゆらゆらと沈んでしまった唄がある。

唄が紡ぐのは、古の大きな戦の物語。

火山の如き怒りも、灼熱の太陽のような憎しみも、篠つく雨のような嘆きも、嵐のような痛みも、今はもう忘れ去られ、果ててしまうほど遠い昔の物語。

一つの国が、数多の王と将によって滅ぼされた。戦の始まりは一人の美しすぎた女と、一人の優し過ぎた王子。

王子は泣く女を見捨てられず、女は王子の手を振り払えず、彼らは逃げた。故国に災いを齎すと知りながら、彼は夫の仕打ちに泣く女の涙を見捨てられなかった。

それが間違いだったと糾弾する言葉を、自分は持たない。

人の正しさから生じた、避けられたかもしれない戦が、始まった。

幼子が一人前の人間になってしまうほどの年月が、戦のためだけに使われた。

その果てに、国が一つ滅びた。

 

しかし、嗚呼、しかし、国が滅びてもそれで何もかもが終わった訳ではない。

焼き払われた大地から生まれる草木があるように、滅亡の後にも残るものはある。例え それが、残照のような一欠片であっても。

 

―――――その残照を求める人間を、自分は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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勝ち戦に沸く、一つの都市があった。

騒ぎ、歌い、勝利を祝う人々とは逆に、真暗に閉ざされた部屋があった。

そこは戦に負け、故国より引き離されて来た女奴隷たちの虜囚部屋。月と星の光だけが 細く射し込む部屋には、女たちの悲しみばかりが満ちていた。

そんな女たちの一人に、まだ少女を終えたばかりの侍女がいた。彼女はかつて王宮で、 貴人に使えていたのだったのだが、今は周りの人々と同じように打ち拉がれていた。

白銀の冷え冷えとした月を、侍女が見上げたそのときのことだ。

 

―――――そうか、私はここで死ぬのね。

 

凪いだ湖より静かな言葉を、一人の侍女は確かに聞いた。

まさか、と思い振り返る。

星の光を黒髪の上に散らし、震えの無い声でそれを言ったのは、紛うことなく侍女の仕える主だった。

その主はまだ少女の面影の残る女だった。艷やかな長い黒髪を胸の前に流し、同じ黒色の瞳は彼女の膝の上に頭を乗せてあどけなく眠る幼子二人に向けられている。

頬に涙のあとをつけ、かすかに口を開けて眠る今しがた寝ついたばかりの子らを見守る 彼女こそ、今は滅びし亡国の王女にして、侍女の仕える主だった。

敵将の一人に辱められても、敵の王に奴隷として捕らえられても尚、仮面のような毅然とした面差しを崩さなかった主に、侍女は慰められていた。

未だ少女だった頃、太陽神の心を射止めたとも言われている王女の凛とした佇まいで、侍女は故国が滅びたという哀しみを、これから先への不満を、理性が耐えられるぎりぎり境界の所で抑えていた。それは、今この部屋に囚われている女たち皆がそうだった。

何を仰せですか、と震える声で侍女が問い掛ければ、王女は闇の中でも黒く輝く黒曜石のような瞳をそっと伏せた。

 

―――――見えたの、()がね。

 

太陽神から授けられたと言う、未来を見る力は、幻視という形で王女に先を示す。

故国の滅びも、この王女はすべて予見していた。だのにそれは何一つ生かされなかった。

それが、太陽神から力を授けられながら、太陽神の愛を拒んだために課せられた罰だった。

幾ら言葉を重ねても、声を枯らしてみても、王女の予言は人々に理解されない。終いには気狂いと言われてしまう。

そういう呪いを、彼女は負わされていた。

現に今王女の言葉を聞いた侍女も、信じることはできなかった。この王女が幾年も前に語った落城の光景を、ほんの十数日前に目の前で見、王女の予言の能力を目の当たりにしたばかりだというのに。

 

或いは、敬愛する主の死を信じたくないという想いからか、ともかく侍女はそんな馬鹿なことがあるはずない、と首を振った。

しかし、寂しげに首を振ってから主は笑った。拍子に、細い首に付けられた鉄の魔力封じの枷は鎖が擦れ合う耳障りな音を立てた。

これまで何があっても、何を見せつけられても、自分を無くさなかった王女の白い顔を陽炎のような儚さが横切った。

 

―――――あなたも、私を信じてはくれないのかしら?

 

そんなことは、と声を詰まらせる少女に主さ再び毅然とした表情を窓の外に向ける。

白い横顔を月の光が縁取り、輝かせた。

 

―――――大丈夫、今しばらくだけだけれど、ここは安全よ。私は()ているから、あなたはお休みなさい。

 

姫さまがお眠りにならないのに休むことなどできない、と反論しかけた侍女を王女は揺るがない瞳で諌めた。

 

―――――あなたはそうしなければならないの。

 

支配者としての力ある言葉に、思わず侍女は従う。

固く冷たい石の床は、とても眠れそうに無かったけれどそれでも身を横たえるとどっと体が重くなった。

故国が亡びたのに、家族も無くしたのに、自分の体は当たり前のように休息を欲している。

兵士だった父と兄は、まだ兵の見習いでしかなかった弟は、この世での安らぎを得ることなく殺されてしまった。母も姉も何処でどうなったのか何一つ分からない。一番幼い 末の妹だけは、今は王女の膝の上で眠っているが自分は他の家族を皆失ってしまったのだ。

それなのに自分一人だけがこうして、主の側で小さな安息を得ていることが、どうしようもなく罪深く思えて侍女は肩を抱いて体を丸めた。

細かく震えるその額に、冷たく乾いた、優しい手が乗せられる。

 

―――――眠りなさい。あなたが目覚めたら、きっと何かが少しだけ善き方へ変わっているはずから。

 

それはどういう意味ですか、という問掛けをする前に、鉛のような疲労に侍女の意識は絡め取られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――眠ったのね。

 

小さく呟き、かつて王女だった何者かは円かな月を見上げた。

異国でも何処でも、月女神の輝きは何も変わらない。昔、城の窓から見上げた月を、今はこうして虜として見ているというのに輝きは何も変わらないのだ。

 

―――――城にいた私と、今ここにいる私は同じなのかしらね。

 

まるで違う人間のように思える。

あの時の私と、今の私。

同じ血と肉でできた器のはずだけれど、故郷の滅びを見てからは、すべてが薄布一枚隔てた向こう側での出来事の様にしか感じられなかった。

それは疲れてしまったから、諦めてしまったからだ。

 

―――――でも、それはだめね。

 

今まで一度だって、彼女は自分から未来を視ようと思って視たことはなかった。

後付けで神から授けられた予言の力。それは何時だって唐突に、乱暴に、彼女の視界を奪い、見たくも無い未来の光景を見せ付けてくる。

大抵は滅びの光景だった。故郷が燃え、子どもたちが泣き叫び、男たちが虚しく廃墟に屍を晒し、女たちが敵国へと引きずられていく落城の時だ。

慣れないうちは、狂乱したこともあった。狂女と扱われるのも無理はないと自分で思える程に、取り乱し方は酷かったと思う。

 

―――――でも私は今、未来を視なければならない。私の意志で。

 

自分の死はもう視た。

それが、避けられないことも分かった。それならそれで、もういい。自分が此処で死ぬべき理由は幾らも見つけられても、これ以上自分が生きなければならない理由は何一つとして見いだせないのだから。

でもこの人々の未来は、簡単に諦めてはいけない。ここにいるのは皆、王族が守るべき最後の民たちだ。

人形のように虚ろになってしまった体と心を叩き起こして、ここに残されてしまった人々が生きる道を探り、見つけ出し、伝えねばならない。

魂を燃やしても、遡って未来を選んで視なければいけない。これまでまともにできた試しはない。が、死に瀕すれば或いは、という想いがあった。

 

―――――それが、この場にいる私という王族に課せられた最後の役目だ。

―――――兄さんがそうだったように。

 

そう決め、彼女は瞳を閉じる。

しかし胸の奥から囁き声がした。

 

―――――何を言ったってどのみち誰にも、信じてなんてもらえないのに?

 

煩い、煩い、と首に付けられた枷を思わず掴んだ。

膝の上の幼子が瞬間むずがって身動きし、彼女は動きを止める。

神にかけられた虚言の呪い。太陽神からの愛を拒んだために付けられた罪人の証。

何度解かれることを祈っただろう。何度呪ったことだろう。

けれど、呪いも祈りも等価だった。神には何も届きはしなかった。

 

―――――一度だけで良い。一度だけでいいから、私の予言を皆が信じてほしい。

 

それができるようになるならば、何もいらない。

 

―――――もう私には私の魂と心以外、何一つ自由にできるものは残っていない。それなら、それをすべて捧げてしまってもいいから。

 

―――――どうかお願い、呪いを解いてほしい。私の言葉を誰か受け取ってほしい。

 

開かれた黒曜石の瞳に、水晶の雫が溜まる。しかし、零れ落ちたのは食い縛った唇から滲み出た赤い血だった。

紅玉のような血の雫は、膝の上の幼子の青白い頬にあたってあたって砕け散った。細い指が血の雫を優しく拭う。

 

―――――そしてその瞬間、彼女の世界が音立てて回った。

がちりと、遥か遠くの存在が歯車を回す音がする。それは彼女の耳にしか届かなかった けれど、確かに聞こえた。

瞳を開き、彼女は唇を開いて呟く。

 

「―――――契約の、とき」

 

白い手が、埃の舞う虚空に伸ばされる。

見えない何かを掴もうとするように彼女は指を動かし、瞳を閉じた。

白銀の月だけが、その光景を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――――そんな、おかしなユメを見た。

 

 小さな体で、小さな意地を張り通そうとしている、そんな人間の夢だ。

 夢の主、正確に言うと夢の物語の主人公は、女の人だったと思う。いや、女の子かもしれない。とにかくそれくらい朧気だった。

 誰よりもモノがよく見えていたのに、正しいコトを、正義を語っていたというのに、結局誰にも、何者にも信じてもらえなかった人。

 そんなのは可笑しいんだと、そんなのは間違っているはずなんだと、夢を思い出して怒りがこみ上げる。

 正しい人間は報われて良いはずだ。救いがあったって、幸せがあったって、良いはずだ。

 

「って、馬鹿か。俺」

 

 疲れているのかと、ふとそんなことを考える。所詮は夢の中の人、映画や小説以下の儚い幻だというのに何でこんなに感情が動くのか分からなかった。元々、自分は夢を見ることも滅多になく、そういう意味ではとても珍しかったのだが肝心の中身が全く意味不明である。

 

「……ホント俺、何であんな夢見たんだろう」

 

 寝転んでいた硬い床から身を起こす。わずかな時間とはいえ、うっかり土蔵の床で眠ってしまったせいで、体の節々が痛い。首の調子を確かめていると、ふと伏せた本が目に付いた。

 古臭くて埃っぽいその本は、中身はただの悲劇である。

 土蔵を漁っているときに転がり落ちてきた、昔々のおとぎ話だ。といっても小さな子どもが目を輝かせて読むようなモノじゃなく、中身ははっきり言って暗い。

 

「トロイアの落城か」

 

 本を振りながら呟く。

 燃える城、勝ち誇る戦士たち、そして泣き喚く人々。これはそういうものでできた物語だ。といっても、これは物語の断片でしかない。

 神代ギリシャのほぼ最後の頃にあった都市国家、トロイアがアカイア勢に攻められて、滅びるまでのお話。

 トロイアはおとぎ話の中だけの存在だと長いこと言われていたが、発掘で掘り出され、今では本当にあった都市だという証明もされているとか何とか、そんな話を歴史の授業で聞いた気もする。

 といっても他の物語を、全部探して読む気はない。そこまで惹かれはしなかったから。

 ただ何となく、その光景と自分の中に繋がるものがあっただけだ。

 それがねじ曲がって、あんな物語みたいなおかしな夢を見ただけだ。そういう事にしておこう。

 燃える街の幻を、頭を振って追い出す。

 全部、変な本を読んだせいだと自分に言い聞かせ、今日の日課を始めよう、と手を握り締める。

 ふと土蔵の床から夜空を見上げると、細い月の光が見える。

 ガラス細工のような月は夢の中のあの女の子が見ていたのと、そっくり同じ色に見えた。

 

―――――ああ、そういえばあの子は、何て名前なのだろう。

 

 たまたま開かれていた本の項目に目を落として、名前を辿る。

 カッサンドラ、とただそれだけの名前が月明かりの中照らされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時はほんの少しばかり移ろう。

 古い本を土蔵の中で見つけた少年は、名を衛宮士郎と言った。三流魔術師を自認し、人を助けることを生き甲斐にして、正義の味方に憧れながら生きている、そんな人間だった。

 彼の運命が永久変わることになったのも、元を正すと人助けが始まりではあった。

 友達と少年が呼んでいる同級生に用事を頼まれ、学校に居残った夜。

 彼は校庭で繰り広げられている人外の戦いを見てしまう。彼には知る由もなかったが、それはサーヴァントと呼ばれる最上級の神秘の具現同士の戦いだった。

 そのサーヴァントに見咎められて、少年は逃げた。だが、ただの人間がサーヴァントから逃げ切れるはずもない。

 この世の神秘は秘匿されなければならず、目撃者は生かしてはおけない。

 故に少年は槍を持つ男に心臓を刺され、廊下に無残にも屍を横たえることになる。

 しかし、少年の運命はそこで終わりはしなかった。

 少年が気が付いて、再び廊下で身を起こしたときには傷が消えていた。血のこびり付いた服と、血の海になっている廊下が残っているきりで、死んだはずだった少年は意識を取り戻したのだ。

 呆然と彼は家へと帰り着く。彼には何がなんだかひたすらに訳が分からず、ただ休みたかった。

 だが、そこにも襲撃者は訪れる。

 

 深夜の衛宮の家に、轟音が響いた。

 土蔵の扉をぶち破って地へと叩き付けられた少年は、襲撃者である青い槍兵を見上げる。

 家に辿り着いて間もなく、彼はまたこの男に襲撃された。何とか逃げ出し庭へと逃れたものの、気付けばこの様だ。

 朱槍を携え青い装束を纏った男は、自分の死を見ても尚折れない目をした少年を見下ろした。

 

「もしや、テメエが七人目だったのかもな」

 

 槍兵の密かな感嘆も、少年にとっては全く訳の分からない呟きにしか聞こえない。

 ただただ、こんな風に人の命を奪ってしまえるヤツに殺されてたまるかと、こんな所で死んではいられないのだと、それだけを思って槍兵を睨み据えた。

 

―――――あなたは、ここで、こんな所では死ねないと言うのね?

 

 ふと、そんな声が少年の耳に届く。

 それが誰なのかも、彼は全く気にならなかった。ただ感情の赴くままに叫んだ。

 

「当たり、前だッ!」

 

―――――ならば契約しましょう。私は、我がすべてをあなたに預ける。因果は細いが、辿って見せようとも。

 

 囁き声が少年の耳に届いた瞬間、土蔵の中に不自然な風が吹き荒れる。槍兵が一撃を走らせるより速く、閃光が走り土蔵の暗闇を蹂躙した。

 

「何ッ!?」

 

 驚愕の声を上げるのは槍兵。

 彼はそのまま質量を持った何者かに弾き飛ばされ、土蔵の外へと吹き飛ばされた。

 同時に、床にへたり込んだままの少年の眼前に、ふわりと人影が降り立った。

 夜空よりも尚深い色合いの黒髪が、黒絹のように風の中で大きく広がる。黒曜石を嵌め込んだような瞳が見開かれ、呆気にとられている少年へぴたりと視線が据えられた。

 

「―――――サーヴァント、アヴェンジャー。此処に召喚を遂げました。あなたが私のマスターに相違ありませんか?」

 

 凛とした声が響く。

 月明かりの中、白い衣と黒い髪を靡かせながら、一人の少女は少年に問うた。

少女の細く華奢な白い腕が持つのは、半月型の刃を先端に付け、白銀と黄金の装飾が施された杖。

 瞳と杖の輝きに少年は言葉を失くす。

 斧槍のようにも見えるそれを片手で持ったまま、アヴェンジャーと名乗った少女はやおら少年を抱え上げた。

 予想していなかった人肌の暖かさと甘い匂いに、少年の頭は一瞬で沸騰する。

 

「はぁっ!?」

「舌を噛まないように。召喚早々、あのような益荒男に殺されては叶いません」

 

 地を蹴って、アヴェンジャーは少年を抱えたままに尋常ではない動きで窓から屋根へと上った。のみならず、更に瓦を蹴ってアヴェンジャーは空へ浮かび上がる。

 眼下に槍兵を収めたまま、アヴェンジャーは斧に似た形の杖を一閃した。

 

「φως!」

 

 少年の耳には聞き取れない言葉をアヴェンジャーは唱え、杖から光球が放たれる。

 放たれた光球は槍兵に向かっていくと炸裂し、辺りを真昼のように照らし出した。

 何て規模の魔術、と少年は驚く。だが、アヴェンジャーの顔色は優れなかった。

 

「ッ!?」

 

 砂埃の中から朱槍が飛来し、アヴェンジャーの頭上から降り落ちてくる。

 

「τοιχος!」

 

 頭の上に掲げたアヴェンジャーの杖先に、半透明な障壁が張られた。片手しか使えないアヴェンジャーの顔が苦しげに歪んだ。

 

「お前、俺を庇うなんて……!」

「当たり前です、あなたは、私のマスターですから!」

 

 障壁を押してくる槍に負け、アヴェンジャーは少年諸共地面に降り立った。

 胴に回していた手を離し、アヴェンジャーは少年を背後に庇って杖を両手で構えた。

 

「七人目のサーヴァントってのはお前のようだな。まさか、その餓鬼が本当にマスターになるとはな。キャスターではないようだが貴様は、何だ?」

「……」

 

 アヴェンジャーは答えない。

 少年には、彼の話の半分も分からない。だがこのアヴェンジャーと名乗る少女が自分を守っていて、彼女の顔色が優れないのだけは理解した。

 

「黙りか。此処でお前たちを殺すのは容易いが、どうやら邪魔者が近づいて来たようだな」

 

 お前の魔術のせいか、と槍兵は杖を構える少女を一瞥すると、飛び退いて姿を消した。

 それを見届け、黒髪の少女はようやく少年に向き直った。黒曜石の瞳が琥珀色の瞳を捉える。

 

「改めて名乗ります。サーヴァント、アヴェンジャー。参上しました。マスター、あなたの名前を教えてくれますか?」

 

 首を僅かに傾けて、少女は問う。

 その瞳の中の光に押され、少年は思わず名乗っていた。

 

「し、士郎。俺は、衛宮士郎だ」

 

 しろう、と少女は唇を動かす。

 

「分かりました。では、私からはあなたをシロウと呼ばせてください。聖杯を手に入れるそのときまで、よろしくお願いします」

 

 首を微かに傾けて、少女は月の光の下、そうして少年に笑顔を向けたのだった。

 

 

 

 


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