リトルプリンセス(ああ、無情。外伝)   作:みあ

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第三話:アイアンアント

 勇者はいくら死んでも、何度でもよみがえる。 

 これは精霊ルビス様および世界の加護なのだそうだ。 

 まあ、これは勇者としての戦いの中で何度も経験させられたのでわかる。 

 所持金が半額になるのも、生き返る代償と考えるならば安いほうだ。 

 だが、本題はこれから。 

 シアちゃんと旅をしている中で、生き返る先はとりあえず王様なら何でもいいと言う事が判明したのは大きい。 

 でもなルビス様、もう少し考えてくれ。 

 いくらなんでも、首狩り族の族長の前はないだろう。 

 あの時は無事に抜け出すのにどれだけ苦労した事か。 

 とりあえず次からは、名前のある、人間の国の王様に条件をしぼってくれ。 

 今回は自力で何とかするから、本当に頼みます。 

  

 薄暗い洞窟の中、俺は無数のアイアンアントに囲まれながら、そう祈らずにはいられなかった。 

 

 

「……しかしあれだな、所持金をほぼ全額、銀行に預けてきて本当に良かった」 

 

 1000ゴールド単位でないと預かれないと言うのを、無理を言って預けてきたのだ。 

 こういうのを、先見の明があるというのだろう。 

 ……自慢にはならないが。 

 

「いや、ほんと困るよな。まさか、リュックサックが引っ掛かって風のマントが開かないなんて、予想もしてなかったよ」 

 

 話し相手なんていないのはわかっている。 

 辺りから聞こえてくるのは、ギチギチと間接の軋む音、そしてキーキーと喚くような警戒音だけだ。 

 そして、目の前にはこれまた巨大な、ドラゴンにも勝るとも劣らないほど巨大なアリが堂々と立っている。 

 さしずめ、アイアンアントの女王様と言った所だろう。 

 こいつも俺に向かってキーキー鳴いているが、こいつの場合言っている事はわかる。 

 さしずめ、「おお、勇者よ。死んでしまうとは……」のフレーズだろう。 

  

「いい教訓になった。これからはリュックサックはマントの下に背負う事にするよ。それじゃ」 

 

 群れを刺激しないようになるべくフレンドリーに話し掛け、そっと立ち去る。 

 これが今回の作戦の全てだ。 

 少なくとも、首狩り族の時は途中までは上手くいった。 

 だが、やはり浅はかだったようだ。 

 それまで個々に警戒音を上げるだけだったアイアンアントが一斉に威嚇音を上げる。 

 

「のわあああーーーーー!!」 

 

 子供の頃に地面の石を持ち上げたら蟻の大群がいた事があった。 

 子供と言うのは残酷なもので、俺はいつもそこに水を流し込んでは、もがく蟻を見て遊んでいたものだ。 

 これは、その時の蟻の怨念に違いない。 

 あちらこちらから殺到するアイアンアントの大群に、みっともなく悲鳴を上げながらひた走る。 

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! もうあんな事はしません! 無事に出られたら、慰霊碑造りますから!」 

 

 走りながら嘆願するも、当然の事ながら聞き届けてはもらえない。 

 そもそも言葉が通じてないのだ。 

 シアちゃんなら、魔物の言葉が解るのに……。 

 今更ながらに彼女は俺にとって必要なパートナーである事を再認識する。 

 でも、ここにはいない。 

 ここは独りで切り抜けるより他に手は無い。 

 

「腹括ったぜ、畜生め!」 

 

 右手に炎の剣、左手にいかづちの杖を持ち、振り下ろす。 

 噴き出す炎と光に、一瞬動きを止めるアイアンアント。 

 俺はその隙に出口だろうと思われる方向に走り出そうと後ろに振り向こうとした。 

 しかしその瞬間、嫌な気配を感じて岩陰に隠れる。 

 すると、どろどろとした茶色の液体が、今まで俺がいたところに浴びせられた。 

 その途端、じゅわっという音と共に岩肌が溶ける。 

 こ、これはまさか! 

 

「さ、酸だーーーー!!」 

 

 振り向くと、女王アリが口から次々に液体の塊を飛ばしてくる。 

 そんなんありかよ!?  

 

「ルーラ!」 

 

 とりあえず、見える所までルーラで飛ぶ。 

 上を目指していけば地上には出られるだろう、多分。 

 子供の頃に本で見た蟻の巣は一本の大きな通路に枝分かれした幾つもの部屋が連なっていた。 

 それを信じてただひたすらに走る。 

 途中、小さな横道からアイアンアントの群れが現われ、行く手を阻む。 

 

「くそっ! 仕方ねえか!」 

 

 アイアンアントの群れが現われた。 

  

 アイアンアント―――4匹 

 

 勇者の攻撃。 

 勇者は炎の剣を振りかざした。 

 ほとばしる炎が敵1グループを包み込む。 

 

 勇者はアイアンアントを倒した。 

 

「よっしゃ、楽勝!」 

 

 崩れ落ちるアイアンアントの屍を飛び越え、地上へと走る。 

 走り続けていると、またもや行く手にアイアンアントが。 

 

「さあ、来い!」 

 

 アイアンアントの群れが現われた。 

 

 アイアンアント―――2匹 

 アイアンアント―――3匹 

 

「別々に出てくんな!」 

 

 それぞれに炎の剣といかづちの杖を振るう。 

 

 勇者はアイアンアントを倒した。 

 

「むう、巧妙な手を使ってくる……」 

 

 再び、アイアンアントの群れが現われた。 

 

 アイアンアント―――1匹 

 アイアンアント―――1匹 

 アイアンアント―――1匹 

 アイアンアント―――1匹 

 

「それは既に群れじゃないだろ?!」 

 

 俺の突っ込みも、むなしく洞窟内に反響するのみ。 

 仕方ないので、そのまま突っ切る。 

  

「ルーラ!」 

 

 隙間を抜けて、さらに奥へと進む。 

 ん? 奥へと? 

 いつの間にか、下ってんじゃん! 

 道理で出くわす数が増えるわけだ。 

 戦っている間に方向を見失っていたらしい。 

 俺を追いかける群れの中に自分から飛び込んだって訳だ。 

 って、やばいだろうが! 

 行く先は既にアイアンアントの群れに覆われている。 

 後ろも同様のようだ。 

 そして、天井からこちらを狙っている者もいる。 

 絶体絶命のピンチって奴だな、こりゃ。 

 こういう場合、物語の中では仲間が颯爽と現われて窮地を救ってくれるんだよな。 

 さあ来い、仲間。 

 勇者様がピンチだ。 

 俺はお前達が助けに来てくれるのを、心待ちにしてるぞ! 

 しかし、当然のことながら、待てども待てども仲間は現われない。 

 

「わかってる、わかってるんだ。そんなの物語の中だけ、所詮おとぎ話なんだよ」 

 

 アイアンアントは一人ブツブツと呟く俺を警戒しているのか、ある一定の距離から近付こうとしない。 

 だが、やがて均衡が破れる時が来た。 

 1匹のアイアンアントが飛び出したのを皮切りに、一斉に飛び掛ってくる。 

 

「なら、やってやるさ! 勇者の力を見せてやる!」 

 

 

「は、はは、やれば出来るじゃないか。さすが、俺」 

 

 魔法力も尽き、疲れきった体を引きずりながら地上へと歩を進める。 

 シアちゃんとの旅の間、木の実や種を食べ続けた成果がやっと表れたようだ。 

 昔よりは幾分強くなっている事を確信しながら歩き続ける。 

 周りにはアイアンアントの死骸が山のように積もっている。 

 それを掻き分けながら、先に進む。 

 やがて、遥か先に光が見えた。 

 

「やった……。地上の光だ……」 

 

 この洞窟の中にいる間に夜が明けていたのであろう、懐かしい太陽の光が差し込んで来る。 

 シアちゃん、今帰るからね。 

 愛しい妻の姿を思い浮かべながら、出口へと歩く。 

 その時、天井から何かが崩れるような不吉な音が聞こえた。 

 あー、やっぱりか。 

 すんなり帰れる訳が無いんだよな。 

 何となく、自分の人生を悟ってきた俺はその時を待つ。 

 そして、頭に強い衝撃と激痛を感じた瞬間、俺の意識は暗転した。 

 

『ごめんなさい。今回は、自力で頑張ってくださいね』 

 

 意識が回復する前に、そんな声が聞こえたような気がした。 

 目を開けると、山のように大きなアイアンアントの姿。 

  

「ゴール直前で、振り出しに戻るかよ!」 

 

 昔、すごろく場という娯楽施設があったそうだ。 

 シアちゃんが何度か話をしてくれた。 

 ずいぶん楽しそうにしていたので、よく覚えている。 

 今の状況は、その時の話によく似ている。 

 

「まあ、ここまで悪趣味じゃないだろうけどな」 

 

 キーキーと喚く女王アリに剣と杖を突き付ける。  

 コイツを倒せば、また死んでもここからは出られるって訳だな。 

 

「さあ、行くぜ! やるか、やられるか、ルビス様が間に合うか、勝負だ!」 

 

 こうして、再び俺は戦いへと赴くのであった。 

 っていうか、本当に勘弁してくださいよ、ルビス様。 

 次はちゃんと人間の国に出るようにしてください。 

 

『前向きに善処します』 

 

 巨大な脚にはたかれた瞬間、そんな声が聞こえたような気がした。 

 

「そんな言葉、信用できるかーー!!」 

 

 俺の声はむなしく洞窟に響くのみだった。 


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