ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑧ 強襲 ―グラム湖畔― (前編)

――ZAC2099年十一月 某日未明 ミューズ森林地帯

 

 夜も更けかけたミューズの森。本来は早朝の静けさだけがあるべき時と場所。

 

 しかし、この日はそうではなかった。朝焼けも昇りきらぬ薄明りの中――戦闘機械獣達の巨影が、ズラと立ち並ぶ。木々のざわめきをかき消すほどの轟音。ジェネレーターの駆動音、木々を踏み砕く足音――そして、機獣達の吐く獰猛な呼気が、幾重にも重なっている。目指す先は、森の西。森林地帯と荒野の境――そこに築かれた、帝国の前線基地である。

 

「各隊、配置に着いたか……用意はどうか、応答せよ」

 

 今作戦のために設定されたオープン回線の通信に、指揮を取るマクシミリオン・ペガサス中佐の声が流れた。

 ペガサス中佐はロブ基地の副指令官であり、エウロペ大陸派遣軍・総司令部の末席に名を連ねる要人だ、本来ならばこのような最前線で、成功の見込みも高いとは言えない奇襲作戦に出張る必要はない。しかし、グラム駐屯地の制圧――へリック共和国最終防衛線の存亡が掛かった作戦の指揮を、中佐は自ら執ると言って譲らなかった。この戦いに西方大陸戦争の命運がかかっている事を、彼自身理解していたのであろう。歴戦の将であるペガサスが総指揮を執る事に、兵達の異論は無かった。

 歓迎されたのは、彼自身の有能さだけではない。ペガサスの乗機はへリック共和国軍の象徴であり、現行の機体で最強の戦闘力を誇る巨大恐竜型ゾイド《ゾイドゴジュラス》――しかも旧大戦・中央大陸戦争での就役から現在に至るまで、へリック共和国機甲師団の中核として軍を支え続けた『Mk‐Ⅱ』、ゴジュラスキャノンと称される二門の長距離砲を背負ったタイプである。

 先の天変地異以来個体数を減らした《ゾイドゴジュラス》の配備数は、決して多くはない。今戦争で強襲戦闘隊に配備された機体数は200にも満たず、その内の一機が指揮官機として同じ戦場に立つという事は、今作戦に参加する者達の士気を高めるに、十分すぎる物だった。

 

 マクシミリオン・ペガサス中佐の呼びかけに、各隊の指揮を執る隊長の応答が返る。

 

「強行偵察隊、ダスト・バインド大尉以下、配置完了」

「奇襲工作隊……シニアン・レイン中尉以下、配置完了しました」

「高速戦闘隊――スターク・コンボイ大尉、以下……配置、完了した」

 

 各隊の指揮を執る上級士官達の通信に、「よし」と頷いたペガサス中佐は、再びレシーバーを取ると、力強く宣言した。

 

 

「……重砲隊の配置も完了した。これより、グラム駐屯地制圧作戦を開始――各員の奮闘を期待する!」

 

 

 グラム湖畔が目視できる、ミューズ森林の外れ――その草薮の中、ジェイ・ベックの《シールドライガー》はアイドリング状態で待機していた。僚機は《コマンドウルフ》が二機。マーチン軍曹が欠けた穴埋めに、傭兵ツヴァインの機体が加わっている。

 

 作戦は至極単純で、各部隊による波状攻撃だ。まずはペガサス中佐の指揮の元、強襲戦闘隊・重砲隊による長距離砲撃、陽動が行われる。これによって基地送電施設の破壊と、敵戦力――特に地上戦力に対して脅威となり得る《サイカーチス》部隊の数を減らせば、後は高速隊・奇襲隊が混乱に乗じて接近――残存戦力を殲滅する、という筋書きだ。

 絶対数で不利にある共和国軍としては、密林という地形的有利を捨てて主力部隊敵陣に送り込む、危険度の高い作戦である。すぐ向こうには帝国の防衛線が展開されているのだ、そこからの救援が到着する前に、なるべく大きな打撃を与えなければならない。

 作戦遂行可能時間は、長く見積もっても二時間はあるまい。主力の強襲戦闘隊にリスキーな戦いを強いるには行かず、実際に基地へと突入するのは、機動力に優れる特殊工作師団の機体に限られている。だからジェイ達は、いつ敵の探知機に引っかかるとも知れない、最前線で待機しているのだ。戦域に《ゴルドス》の部隊を展開しているのは、味方通信網の整理・敵通信傍受のためだけではない。敵レーダーの感度を低下させ、主力部隊接近を感づかれないようにするためだ。

 ペガサス中佐が下したミッション開始の号令は、ジェイの機体も滞りなく傍受している。再び始まる実戦――それも、先にジェイが経験したそれが小競り合いに思える程の、大規模作戦だ。操縦桿を握る手がジワと汗ばみ、緊張にジェイの呼気は乱れていく。

 

(……ベック少尉)

 

 通信機から、エリサ・アノンの声が聞こえた。作戦行動中の無断通信は基本的に禁止されているのだが、別回線で入電してきたらしい。「……どうかした? アノン少尉」と、恐る恐る返答を返したジェイ。

(一緒に戦うんですね……私達。少尉もどうか、お気をつけて)

 それだけ言って――エリサの通信は途切れた。

 

 

 

「――っ放てィッ!」 

 

 《ゴルドス》部隊の全天候レーダーより送られたデータを元に、森林奥地で待機していた重砲隊へと砲撃命令が下される。主力となるのは小型のカメ型ゾイド《カノントータス》一個小隊で、同サイズの機体が備えるには最大級の火器『液冷式荷電粒子ビーム砲』を主砲としている。それが、一斉に火を吹いた。

 そしてもう一隊――ペガサス中佐の《ゴジュラスMk‐Ⅱ》と、両の腕に積載限界量ギリギリの長距離砲を接続した改造小型機《ゴドスキャノン》で構成された部隊も、それに同調して砲撃を開始する。

 

 総計二十機にも及ぶゾイド部隊が撃ち放った砲撃――星の雨とも見紛う光が、アーチを描いて夜明け前の空を横断する。ミューズの上空を越えてゆっくりと落ちていく流星群に、前線で待機していたジェイ達も、思わず目を奪われた。

 

 ――閃光。そして爆発。落雷でも落ちたかと思われる轟音が、ミューズの森に木霊する。微かに伝わってくる振動に揺すられながら、

「《ゴルドス》隊、着弾状況は? データをすぐに返せ、追撃の必要性を把握したい!」

 と、ペガサス中佐が叫んだ。元より目標の目視が叶わぬ、射程ギリギリでの長距離射撃だ。重砲隊の目は、《ゴルドス》達から送信されてくるレーダーサイトしかない。

 着弾状況を把握したペガサスが、「全機前進――第二射を掛けるぞ」と、次の指示を出す。排気口から余熱を吹いた重砲ゾイド達が、ゆっくりと機体を進ませて、100メートル程前進する。

「液冷式荷電粒子ビーム砲、冷却終了。――リロードします……ッ」

 《カノントータス》隊の一人として砲撃に参加したエリサ・アノン少尉も、コントロールパネルを操作して、再度照準を合わせる。受信した目標座標に合わせて、カノントータスの砲座がゆっくりと持ち上がり――ゴッ、と反動に機体が揺れて、エリサの躰を揺すると、再び光の柱が空を往った。

 

 

 大規模な電子ゾイド部隊を展開して行った長距離射撃は、概ね作戦通りの成果を発揮したといっていい。光の雨の大半が『グラム駐屯地の敷地内』に降り注ぎ、コンクリート詰めの地面を抉る。

 まず、屋外で停留していた《サイカーチス》達の大半が砲撃の余波で損傷、うち数機は直撃、爆発四散した。格納庫内の機体への被害は把握できなかったが、少なくとも第二射までで建物の半分が崩落。起動できる機体も、そう簡単には出撃できまい。即座に動けるのは、哨戒任務に当たっていた《レッドホーン》《イグアン》《モルガ》の混成小隊ぐらいだ。

 施設への被害も甚大だった。管制塔のブリッジにも液冷式荷電粒子のビームが注がれる。長距離攻撃で幾分威力が減退したとはいえ――非装甲目標に対しては、尚十分すぎる威力がある砲撃。幾重にも交わった光の奔流に撃ちぬかれて、管制塔は音を立ててへし折れると、瓦礫の雨となって基地内に散らばる。

 非常事態を知らせるサイレンが鳴り響く中、第三射が着弾する。実弾・ビームの入り混じる砲撃の雨は、ここに来て最大の攻撃目標――基地送電施設を破壊した。

 

 

 最前で待機していたジェイ達『特殊工作隊』の面々にも、決定打が入ったのが見て取れた。紅蓮の炎に照らされたグラム駐屯基地の証明がダウンし、基地システムが停止。

 すぐにフリーマン軍曹の《コマンドウルフ》から、通信が入る。

「《ゴルドス》隊より入電、敵基地システムのダウンを確認しました!」

「把握している――コンボイ隊長!」

 隊内通信に切り替えて、ジェイは小隊長の指示を仰いだ。

「第一段階は恙無く進んだか――高速戦闘隊、全機前へ……先行して、グラム駐屯地に侵入するっ! 」

 コンボイ大尉の判断は早かった。そして、各人員の指揮も高い。敗北続きの共和国軍にとって、この戦いはいわば、背水の陣でもある。決死の覚悟が追い風となったかのごとく、作戦は順調に進んでいるのだから、士気が高まるのも道理であろう。

 無線越し、「ッシャアオラッ!」と気迫を叫ぶグロックの声が響いた。

 《シールドライガー》が、《コマンドウルフ》が――次々と密林を飛び出して、疾走を掛ける。荒野の中を一直線、共和国軍の砲撃で不夜城の如く照らされた、『グラム湖』湖畔の前線基地だ。ただでさえ建造途中で、満足に数もそろえていなかったのだろう迎撃用トーチカは、送電系がやられて完全に沈黙している。往く手を遮る物は、何も無かった。

 

 全力疾走を掛けるコンボイの(アルファ)分隊・グロックの(ブラボー)分隊に微かに遅れて、ジェイの(チャーリー)分隊が続く。昂る仲間達の背を追うジェイの士気は、決して低い物ではなかったが――やはり、心のどこかで曇った物がある。それが、《シールドライガー》の歩速にも現れているのだろう。

「おいおい、どうした『ブルー・ブリッツ』。トイレでも我慢してるのか?」

 並走したツヴァインの《コマンドウルフ》から、通信が入る。相も変らぬ、傭兵の人を喰ったような態度にジェイは眉を顰めると、「無駄口はいい。目の前の戦いに集中しろ」と吐き捨て、即座にそれを切断した。

 

 

 


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