ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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挽歌絶えぬ争いの星に 葬送の華を捧ぐ
挽歌絶えぬ争いの星に 葬送の華を捧ぐ 


 ――ZAC2104年 四月 西方大陸エウロペ北方・ブロント平地中腹 

 

 

 明朝の冷えた大気の中、射した朝焼けの陽だけが温かく、心地良い。雲一つ無い快晴の空の下、一面の平野が広がる光景は壮大で――澄んだ風が耳元を駆けるや、エリサ・アノンの栗色の髪を、フアとそよがせた。

 

「フフ……来て、ジェイっ」

 

 傍らに駐機させた《ブレードライガー》のコクピットを振り返るや、丁度機体を降りようとしていたジェイ・ベックに呼びかける。

 目が合って、ハハァ、と短く笑ったジェイ。「すぐに行くよ」と、一息にコクピットを飛び降りて――直後、小走りで駆けていったエリサが胸に飛び込んで来るのを、受け止める。勢いに大きくよろめいたジェイは、おっと、と息を呑みながら踏みとどまり、彼女の躰を抱き寄せた。

 

 一見なだらかな平原だが、降り立って見れば足場には砕け散った鉄くずが混じり、おぼつかない。戦傷で右腕の利かないエリサが態勢を崩さぬ様、その肩を抱いて歩き出したジェイは、足元に在る固い感触、辺りに散らばる風化した鉄塊たちへと気を遣った。

 ジェイの視線を追いかけたエリサも、寂しそうに眉を顰めて、荒野で朽ち果てた亡骸達を見遣る。

 雨風と砂塵に晒されて砂色に染まっているが、《レッドホーン》や《イグアン》と言った帝国機甲師団主力ゾイドと、へリックの機体――《ゴルドス》《ゴドス》、果ては《ゾイドゴジュラス》と言った大型機械獣までが、皆一様に荒野の中に骸を埋めていた。おそらく四年前――全ての始まりとなった西方大陸戦争の終局で戦い、果てた物達であろう。

 

「みんな、必死に戦ったんですよね、ジェイ……あの頃の私達と同じように。ツヴァインさんやコンボイ大尉、グロック少尉。相手を害したかった訳じゃない、敗死の先にあるであろう絶望を遠ざけるために……大切なモノを守るために、ただ必死に、戦った」

 

 ジェイの手を放して一人、砕けた機体へと寄ったエリサ。残骸の一角へ寂しそうに触れて、撫でた彼女の言葉に、ああ、と静かに頷いたジェイは、敵も味方も無い、砕けたゾイド達の方へと一様に踵を向けて、目を伏せる。

 

 ――惑星Ziの戦乱は、未だ終わってはいない。

 

 戦乱の舞台は中央大陸デルポイへと移った。ガイロス帝国・へリック共和国を謀り、その国力の大半を削いで、デルポイの地に誕生したネオゼネバス帝国と、長きに渡る戦いによって国家としての体裁さえも失った共和国残党軍が、戦いを続けている。

 

 止めぬ争いが在るのならば、せめて傷つける側ではない、戦いの中で傷つき、虐げられた無垢の人々に――そして戦場で朽ちながらも、それでも自分を、大切なモノを守るために戦い果てて言った魂たちへと、安らぎを与える者になりたい。

 暗黒大陸・セスリムニルでの戦いから三年。混沌の中で軍を離れ、戦争の爪痕の残る二クスの地からこのエウロペまで流れながら、二人は戦火の残滓燻る町を廻り、またこうして忘れ去られた雄達の墓標を見つけては、弔っている。

 

 

 戦いの果てに、贖罪の道を探す――かつてコンボイ小隊長がそう諭した道標への、ジェイの答え。

 

 

 兵士として戦乱の片棒を担ぎ、数多の命を奪って来た自分が執るべき道として、その行いが正解かどうかは、分からなかった。正しさなど無い、単なる偽善かもしれない。それでも――共に戦い、去って行った仲間達は今の彼を、彼が選んだ贖罪の選択を、後押してくれる気がした。

 

 蒼天は、何処までも続く。今は会えぬ仲間達を思って、青空を煽いだジェイは、傍らに寄り添ったエリサの手を、そっと握った。

 

 

 ――※※※――

 

 

 暗黒大陸を出た大型輸送艦《ホエールキング》の格納庫。そこに、共和国の友軍の証として鮮やかなブルーの塗装を施されたガイロス製戦闘機械獣が立ち並ぶ。

 本土決戦で多大な損害を被り、対ネオゼネバス帝国を掲げへリック共和国と同盟を組みながらも、主だって前線に立つ力は残されていなかったガイロス帝国軍だが――この度西方大陸に存在するネオゼネバスの主力戦闘機械獣『完全野生体ベース機』の原型となる野生ゾイドの生息地域を抑えるために、この『ピース・メイカー隊』のエウロペ大陸への派兵が決定した。

 

 

 ガイロス製恐竜型ゾイドの中に、ただ一機だけ四足の猛獣型戦闘機械獣が混じっている。

 他の『ピース・メイカー』の面々と同様にブルーカラーで全身を彩っているそれは、先の暗黒大陸戦争末期にへリック共和国が完成させた狼型の新型ゾイド《ケーニッヒウルフ》、その火力と装甲の増強型・通称《ヘビーアームズ》だ。西方大陸エウロペでの任に際して、土地勘のあろうエウロペ出身の傭兵が同道する事となった。共和国側に長らく従軍していたその男は、先の戦いでの戦果を買われ、軍の最新鋭ゾイドすら任された腕利きのゾイド乗りでもある。

 

「エウロペ出身の傭兵、か。故郷に戻るのは、何年ぶりになる?」

 

 《レブラプター》や《ジェノザウラー》、《レッドホーン》……かつては銃火を向け合う強敵の象徴であったその姿を見上げながら、傭兵は紙巻タバコに火をつけた傭兵は――ふと背後、人の気を感じて、眉を顰める。

 振り返った先に、『ピース・メイカー』の隊長を務める男性士官が立っていた。

 

「焼かれ、傷ついていく故郷を見て来た……その復讐を誓って共和国に組し、故郷を発ち、二クスまで戦い抜いた――そうだな?」

 

 摂政ギュンター・プロイツェンの策謀が噛んでいたとはいえ、西方大陸エウロペでの戦いの発端となったのは、間違いなくガイロスだ。負い目を覚えたのであろう、「ピンとこないのではないか? 途端、我らガイロスが友軍と称されても……今でもお前は我らの背を背後から撃ち抜きたいと、そう願ってるのだろう?」とごちた将校の目は、どこか自嘲的な色を湛えている。

 傭兵は、そんな彼の瞳を数秒見据え返していたが――やがてハッ、と息を吐くや、「うるせぇよ」と頭を振ってそっぽを向く。

「アンタに同情される謂れなんざねぇ。なにより、お前ら軍人への復讐にかまけて、傷ついたエウロペに背を向けたつもりなんて、これっぽっちも無いんだよ。今も昔も、俺は故郷のために俺の出来る事をやっていく……それだけさ。アンタも、少しでもエウロペに贖罪をしてやりたいって言うんなら――俺に憎まれ口を叩くんじゃなくて、お前に出来る事をしてやってくれ」

「……ッ」

 傭兵の言葉に言葉無く目を剥いたガイロスの将校は、やがて静かに瞼を閉じ一言、「すまなかった」と項垂れた。

 

 傭兵は彼にそれ以上の言葉をくれてはやらなかったが、かつてこの男と同じように、彼とエウロペに心を割き、真正面から向き合おうとした青年士官を思い出す。(ドイツもコイツも、軍人てのはおせっかいなヤツばかりだな)と胸中でごちた彼は――懐かしい戦友の顔を脳裏に見て、思わず目を伏せていた。

 

 

 ――※※※――

 

 

 西方大陸エウロペ 赤の砂漠・古の戦場跡にて

 

 

『私の知り得る限り 最高の(、、、)ゾイド乗り(、、、、、) ここに眠る』 

 

 

 全身を金属細胞の異常増殖に蝕まれ、視力も殆んど残っていない。それでも彼女(、、)は、砕け散った鉄塊の一角に刻まれた碑文に触れ、また目を凝らす事で、そこに残された意をはっきりと読み取る事ができた。

 以前にも、ここに訪れた事がある。

 人智を超えた魔物、へリックが凶戦士(バーサーカー)と呼んで恐怖し、ガイロスが超越者(イモータル)と畏れた究極のゾイドへと立ち向かい、討った英雄――それは間違いなく戦場の恐怖すら超越し、人と機獣の心を一体として力を発揮したゾイド乗りの究極であり、この碑の末尾にある通り『全てのゾイド乗りの指針となるべき』物なのであろう。

 

 

 そして――彼女(、、)もまた、そう在りたいのだ。

 

 

 全身が疱瘡に覆われ朽ちていく最中にある今の彼女は、既にゾイドに乗ることなど叶うまい。腐り落ちていく躰を麻布で包み隠し、道行く人々に忌み嫌われながら――尚。彼女(、、)はまだ、それを願い続けている。

 震える指先で懐を弄ると、彼女の手元にただ一つ残された「戦利品」を取り出して、空へと翳した。銀色の認識票(ドックタグ)には、『最高のゾイド乗り』に王手を掛けていたあの日の彼女(、、)に、偶然と確固たる執念を武器にして挑み――土を掛けた兵士の名が刻まれている。刻まれた文字を読み取ることは、遥か前から出来なくなっていたが――視界を失う前から幾度も反芻した名前は、彼女の脳裏にしかと焼き付いている。

 

 

「争いの絶えぬ現世(うつしよ)……それでも、楽しみましょう、ジェイ・ベック少尉――私達、最高のゾイド乗りになるために」

 

 

 うわ言のように囁いた彼女(、、)は、空に翳した認識票(ドックタグ)に舌先を伸ばして――ゆっくりと、己が口内へと含んだ。

 

 

 ――※※※――

 

 

 中央大陸デルポイ、とある山間部。雪深い氷雪の峰、その中腹にネオゼネバスの掃討部隊を逃れて集まった、へリック共和国残党軍の秘密基地が設けられている。

 

 物資の補給もおぼつかず、戦力もまばらなゲリラの拠点。その格納庫内で、レイモンド・リボリーは日々の業務である残存兵力の機体整備に明け暮れていた。

 

 ガイロス帝国との停戦から程無くして共和国軍は崩壊し、レイモンドもまた急場しのぎの再編軍と共にデルポイへと帰還する事となり――食料さえ碌にない困窮状態と過労が相まり、ふくよかだった躰は痩せこけ、似合わぬ無精ひげまで生え放題だ。おぼつかない意識のまま、ただひたすらに手を動かしていた彼だったが――、

 

「――機影確認! 『ミラージュ』だ! 北方より、新たな同士が駆けつけてくれた!」

 

 整備兵の誰かが上げたけたましい叫び。

 

 ギ、と軋んだ鉄製の扉が上がるや、冷えた山風がブアと舞い込んで疲弊に呆けた脳裏を冴えさせる。ビュウと鳴った風の音に戦闘機械獣の轟咆と、重厚な駆動音が混じって――見ると、雪を被った白い獅子の群れが、格納庫内へとなだれ込んできた。歴戦の猛者たる使用痕夥しい《ブレードライガーミラージュ》が十機弱、そして《ミラージュ》同様、パールホワイトとワインレッドという隊のパーソナルカラーをあしらった《ライガーゼロシュナイダー》が、その先頭に立っている。

 ゼロのコクピットが開いて、共和国軍高速ゾイド乗りの雄たる『レオマスター』が一人、ピーター・アイソップが姿を現すと、基地内の士気が急速に高まるのが見て取れた。

「レオマスターが、来てくれた!」

「暗黒大陸で活躍した共和国高速戦闘隊のエース・『ミラージュ高速戦闘隊』……これなら百人力だ!」

 と、活気づいた基地内。喧噪の中、レイモンドもまた人ごみを掻き分けて、立ち並ぶライガーへと駆け寄っていく。

 

 二クスでの総力戦から、3年。レイモンドはずっと、彼が死地へと送り出した()の安否を探していた。戦乱の中、レイモンドにとっても掛け替えのない友人を取り戻すために戦った漢。彼が最後に所属していた部隊こそ『ミラージュ』高速隊であり、3年の時を経てようやっとそれと再会できたのだ。

 

(『ミラージュ』隊……! 青い《ブレードライガー》は、ジェイ・ベック中尉は何処だッ!?)

 

 逸るレイモンドだったが、整備ラックに入って行く《ブレードライガーミラージュ》達の中に、親友の象徴たるアーリータイプ・『ブルー・ブリッツ』の姿は無かった。ピーター・アイソップ、コーネル・ロドニーにタクマ・サンダース……名だたる英雄との合流に沸き立つ基地の中で、レイモンドは胸中に突き刺さった悲壮な予感に涙し、膝を付く。

 

 

 

 ――その時であった。

 

 

「リボリー、さん……?」

 

 おずおずと問うた女性の声が、背に掛かる。

澄んだ鈴の音に似た声色に、どこか懐かしさを覚えて振り返ったレイモンドは――次の瞬間「君か……ッ」と驚愕し、立ち上がった。ボサボサの金髪を乱したまま、虚ろな翡翠色の瞳で視線を寄越す、華奢な体躯の少女士官。見に纏う華美な礼服はあちこちが擦り切れていたが、間違いない。ニクス大陸・エントランス湾の前線基地で、常にジェイの傍らに立っていた若い女性士官の出で立ちだ。ジェイの隣で話込むレイモンドを、不機嫌そうな眼差しで見ていた彼女の姿を、今でも鮮明に覚えている。

 

 取り立てて気心の知れた仲でも無かったレイモンドに、声を掛けた事を後悔したのだろうか。女性は怯えた風に貌を強張らせると、俯いて、口を噤んだ。気まずそうな彼女だったが――対してレイモンドは、先までとは打って変わった胸の透いた想いで、少女へと微笑みかける。()と共に戦い、その選択を間近で見て来たのだろう少女士官との再会は――何故かどこかで、ジェイ・ベックもまた生きているのであろうと、予感させる物であった。

 

 

 ――※※※――

 

 

 穏やかな風が、二人の合間を駆け抜ける。

 

 墓標の如く戦場に残された機獣達の亡骸に、葬送の華を手向け終えたジェイとエリサ。「……行こっか」とはにかんだエリサに頷くと、ジェイは彼女の手を引いて《ブレードライガー》の機体へと乗り込み、終わらぬ旅路へと繰り出していく。

 駆ける機獣が揺籃の如き緩やかな揺れを生んだコクピットの中、心地よさに思わず目を伏せたジェイ。そんな彼の背後、エリサが身を乗り出すと、「ねぇ、ジェイ。私達、どこまで目指すの?」と、横顔に問うた。

 どこまでも、と、ジェイは彼女に振り返り、笑みを見せる。

「エウロペを往ったら、次はデルポイまで。その先にもまだ、俺達が力を必要とする人達が居るのなら、そこにだって……どこまでだって行くんだ。ようやっと見つけた、俺がゾイドに乗って、戦う理由。君が一緒なら、やり切れる気がする。長い道のりになるけれど――まだ傍に居てくれるかい、エリサ」

「うん……一緒に居ます。貴方も私も、そうしてないときっと挫けて、また泣いちゃうから」

 冗談めかして言ったエリサだったが、ジェイにとっては、それが真理だと思えた。

 

「――ありがとう、エリサ」

 

 囁くようにごちたジェイは、心持ちを新たに《ブレードライガー》を扇動する。力強い咆哮を上げた青い機獣は流星の如く疾駆し、果て無く続く地平の先へと、どこまでも駆けて行くのだった。 

                                       


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