ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑦ 再起

 ジェイ達『307小隊』が帝国陸軍機甲中隊と交戦している間――ツヴァインはミューズ森林地帯の西端まで単機で進出し、帝国の動向を探っていた。完全な命令違反だが、コンボイはそれを咎めなかった。彼の持ち帰った映像を凝視し、ただその眉を顰める。

 森林地帯が途切れてすぐ、『グラム湖』の湖畔に作られた建造物の影。

 その麓にズラと並んだゾイド部隊は、先に小隊が交戦した帝国機甲軍と同じ、《レッドホーン》《イグアン》、そしてイモムシ型量産機《モルガ》を加えた混成部隊に、奇襲・陽動で力を発揮する中型機・水陸両用のイグアナ型ゾイド・《ヘルディガンナー》、陸戦ゾイド部隊に対して絶対的優位性を持つ帝国軍の小型戦闘ヘリ・カブトムシ型の《サイカーチス》――。

 解像度は低く朧げながら――確認できる機影たちは、明らかにミューズの森のゲリラ部隊を掃討するための機体たちだ。それが、最前線にほど近いグラム湖畔に作られた駐屯地に集結している。数は現段階で六十機弱。駐屯地のキャパシティにはまだ余裕があるようにも見え、おそらくは大隊規模の運用を視野に入れているのだろう。基地はそれらを効率良く運用するための中継地であり、急速な領土拡大で伸び切った補給線を補い、大攻勢をかける為の物だ。

 本格的に機能すれば、先に307小隊が遭遇した規模の部隊が、絶え間なく送り込まれる事となる。そうなれば、間違いなく共和国の防衛線は瓦解する。

 

「……独断専行は、褒められたことではないがな」

 

 ツヴァインに軽く釘を刺した後、コンボイは直ぐに、その情報を共和国軍本部に電信した。

 

 

 ――二日後。

 最前線の上級士官達に、召集が掛かった。ミューズ森林の東端に作られた、共和国最終防衛ラインの中枢『バラーヌ基地』。そこで、帝国軍グラム駐屯地を攻略するための、緊急ブリーフィングが行われる。先の第一次全面開戦、続くオリンポス攻略のための大反攻作戦で大幅な犠牲を出した共和国軍だ。現状、大規模作戦を遂行する余力は無いのだが――それでもこのグラム駐屯地だけは、何としてでも破壊しなければならなかった。

 前線でゲリラを行う奇襲工作隊・高速戦闘隊、ロブ平野を死守する共和国強襲戦闘隊・重砲隊から、各部隊長級の士官が集められる。307小隊のスターク・コンボイ大尉も、前線のゲリラ部隊の指揮官を代表して、この作戦会議に出席する事となった。

「――ベック少尉。君も同行したまえ」

 不意に掛けられたコンボイの声に、目を剥いたジェイ。「――自分も、ですか?」と反芻した彼に、コンボイは頷いて、

「前線に来て間もない君は、別部隊との連携も加味した、初めての大規模作戦になる。ブリーフィングに参加しておいた方が、都合の良い事もあろう」

 数秒考えて、ジェイは彼の提案を受け入れた。《シールドライガー》の機体も十分に回復し、手持ち無沙汰だったというのもあるが――何より、先の一件以来グロック・ソードソール少尉との関係に軋轢があった。隊内ブリ―フィングでは、コンボイが上手く取り持っていてくれていたものの、彼が出向してしまった後には、次いで階級の高いジェイとグロックの二人が、隊の留守を預かる事となる。それが、今のジェイには億劫だったのである。

 隊に来て日の浅いジェイに、気を許せる仲間はまだいない――分隊行動時にジェイの指揮下に入ったフリーマン軍曹は、あくまで上官と部下の関係を崩す気はないらしいし、傭兵ツヴァインの掴み所のない性格は、ジェイをむしろ気疲れさせるくらいだ。結局の所、コンボイ大尉と同伴するのが、一番気楽な選択だった。

 

 

 

 ガイロス帝国の西方大陸進出を察知して、慌てて軍を派遣した共和国軍だ、その進軍は帝国以上に急進的で、真っ当に前線基地の建立もできないまま開戦と相成った。この『バラーヌ基地』も、その大仰な名前に反して簡素な作りであり、言ってしまえばあばら屋のようながらんどうの格納庫と、プレハブと見紛うこじんまりとした司令部が置かれた領地を鉄条網で囲んだだけだ。そこに共和国前線を支える、十数人の将校が集まる事となっている。

 空調も整っていない作戦室で、扇風機の回る音だけが鳴っていた。到着早々、「司令官に挨拶を済ませてくる」とコンボイ大尉は席を外してしまい、一人ポツンと残されたジェイ。時間にはまだ余裕があり、他の隊の者も到着してないらしい。

 ムアと熱い会議室のデスクに腰掛けて、ジェイは一人呆けていた。

 

「――あの……ジェイ・ベック少尉、ですよね?」

 

 ギ、と戸口が軋んで、澄んだ女性の声がした。

 退屈に目を伏せていたジェイが、名を呼ばれたのに気づいて顔を上げると――数日前格納庫で会った、栗毛の女性士官が立っていた。覚えのある顔に、「アッ……」と息を呑んだジェイ。慌てて立ち上がると、「確か――」と、彼女の名前を思い出す。

「エリサ・アノン少尉です。……覚えてますか?」

 女性士官が、遠慮がちに問うた。

 無論、彼女の事は覚えていた。頷いたジェイが、「アノン少尉も、今回の作戦に?」と首を傾げると、エリサは困ったような微笑を作って、

「今回の作戦、重砲隊も参加します。人手不足ですし……私みたいなへっぽこでも、いないよりはマシだ、って」

 隣いいですか、と確認して、ジェイの横の席に着いたエリサ。埃っぽい作戦室の空気の中に、彼女の女性らしい柔らかな香りが混じり、鼻孔を擽る甘いそれが、訳も無くジェイを緊張させる。

 

 沈黙が続いた。

 

 一人呆けているのも退屈だったが、これはこれでやり辛い。仕方なく、デスクに置かれた今作戦のレジュメに目を遣ったが――案の状、碌に頭に入ってこなかった。こうしているうちに、何分立っただろう。まだ他の隊の人員も、コンボイ大尉も戻ってこない。

「ベック少尉……もしかして、もう実戦に出られました?」

 不意に、エリサが問うた。クリと大きいエリサの瞳が、ジッとジェイの顔を見つめていた。彼女の問いかけに目を向けたジェイは、それを真正面から見つめてしまい、気恥ずかしくなる。

「……なんで分かる?」

「少尉……疲れた顔をしているから。違ったらすみません」

 エリサは微かに表情を曇らせ、自信なさげにごちた。

「私がこっちに来た時、一緒にエウロペに渡って来た士官がいらっしゃって……少尉と同じ、高速戦闘隊でした」

 エリサがエウロペに来た頃――ちょうどへリック共和国の大反攻作戦が実施された頃だ。当時最前線に赴いたのは、独立第二高速戦闘大隊。オリンポスの山頂を巡る攻防で、全滅したと聞いている。

 

「その人は、生きて帰ってこれたんです。部隊が全滅した中、ただ一人救援隊に救われました。でも――同僚も上官も、みんな失って帰ってきた彼の目は……何となく、今の少尉に似ていて」

 

 エリサが言わんとしている事――それはおそらく、『人の死』に触れて来た者の目なのだろう。

 ミューズの森で帝国軍と遭遇戦を行ったジェイは目の前でマーチン軍曹を失い、自分もまた死にかけた。オリンポスの大山から生還したその士官とは、比べるべくもない当たり前の戦場かもしれない。それでも、ジェイもまたあの時『死んでいた』かもしれないのだ。

「アノン少尉……初めての実戦で、隊の人が死んでしまったんだ。俺の指揮下に入った部下が、あっさり死んだ。そして、俺も死にかけた」

 

 彼女の言葉が、ここ数日ジェイを苛み――そして彼が、必死にこらえていた不安を、氾濫させる。

 

「生き残れたのは偶然のおかげさ。でも……この戦争が終わるまでに、俺達は後何回実戦に出る? その全てを、今回みたいな偶然で生き残らなきゃいけないのか? ――無理だ。そう考えると俺、やるせなくなったよ」

 自分も、隊の仲間も――終戦まで生きている可能性は、限りなく低い。そう予感したジェイは、戦うためのモチベーションを見いだせなくなっていた。不安がどす黒い霧のように湧き上がり、ジェイの胸を穢していく。

 ほとんど無意識に、ジェイは――隣に座る少女のような女性士官に「助けてくれ」と懇願していた。

「これ以上は、戦えない。俺の下す判断で、俺が――俺の隊の人間が死んでいくかもしれないんだ。その重さに、俺は耐えられない。助けてくれ、アノン少尉」

「ベック少尉……」

 ジェイの告白に、エリサ・アノンは戸惑っていた。

 ジェイ自身、情けない事を言っているのは分かっている。唯、口に出さずにはいられなかったのだ。この重圧を誰かに聞き入れて欲しかった。叶うのならば――「もう戦わなくていい」と、言って欲しかった。

「……ベック少尉。後方支援しかしていない私は、少尉達の戦ってる戦場を知りません。だから、ベック少尉がどんな悲しみを背負って戦う事になるのかも、まだ、分からないんです」

 暫しの間の後、エリサはそう言って、ジェイの独白を拒絶した。

 当然だろう――彼の言ってる事は、母国を守ると誓って入隊した士官としてあるまじき発言である。あどけない少女の風貌を遺す女性士官でも、それに手放し同意する程、甘ちゃんではないのだ。

 

 落胆したジェイ。だが――「……でも」と、エリサは続けて、

 

「少尉が感じている悲しみや怖れは、この戦いに従軍する上で――ゾイドに乗る上で、とても大事な事だって思うんです。だから、何があっても自分を責めないで。少尉が守りたいって思ったモノを守るために、戦っていいんです。みんなを死なせたくないって思って少尉がした行動なら、どんな結果になっても――それはきっと、間違いじゃないから」

 

「俺の守りたいモノのために……」

 エリサは、ジェイの弱音を肯定してはくれなかった。

 それでも、彼女の言葉は曇ったジェイの心に、少しだけ安らぎをくれた。悪しき微睡から覚めたかのように、ジェイは顔を上げる。エリサ・アノンは、微かに潤みを帯びた瞳でジェイを見つめると、「ごめんなさい。私なんかが、説教がましかったですよね」と頭を下げた。

 

 

「アノン少尉――」

 ありがとう、とジェイが礼を伝えようとした時だった。ギッ、と戸口が開いて、コンボイ大尉や他の隊の士官達が、作戦室に入ってくる。その中には、このバラーヌ基地の指令官や、ロブ基地の副指令を務めていた、あのマクシミリオン・ペガサス中佐の姿もあった。

 二人の会話は、そこで途切れた。士官達が次々と席についていくと、最前のデスクに立ったペガサス中佐が、皆の面持ちを眺めまわす。

 

 

「――全員集まっているようだな。これより、『グラム駐屯地制圧作戦』のブリ―フィングを始めるぞ」

 

 

 


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