ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌― 作:あかいりゅうじ
――月下の平原に、竜鬼は立った。
ガイロス帝国のゾイド達――《アイアンコングGC》、《ジェノザウラー》と《レブラプター》そして《レッドホーン》で構成された帝国国防軍の哨戒分隊は、目の前に現れた未知の機竜・エーファの《バーサークフューラー》を前にして暫し動揺し、立ち尽くす。全身を覆う薄紫色の甲冑でその素性を包み隠した無機の竜は、帝国正規軍の機体に所属する物ではなく――しかしへリック共和国の戦闘機械獣では決してない。背負った大型バックパックに付随するのは、如何にもマスプロダクツ的印象を与える淡泊な外観のスラスターユニットに、用途不明な一対の
戸惑うガイロスの哨戒部隊に対して、エーファもまた静寂を返した。装甲の隙間より覗く、《バーサークフューラー》の紅い眼光を介して見据えた、ガイロスゾイド部隊の姿は、かつて彼女が肩を並べ、共に戦った友軍のモノだ。目の前に現れた未知の機竜、《バーサークフューラー》を前にしてジリと後ずさる彼等の姿に、エーファは微かに眉を顰めると――無意識に、自らの失った半貌を撫でる。
(……どこの隊の者か。所属と階級を応えよ)
長きに渡る沈黙を破って、フューラーのコクピットに通信音声が流れる。哨戒部隊を率いる、《アイアンコングGC》からだ。凛と張った女性士官の声に、エーファは微かに目を剥いた。
呼びかけを無視して、《バーサークフューラー》はゆっくりと歩みを進め、帝国軍へと迫る。シート越し、フューラーの動力機関が、ズンと振動を強めるのを感じた。まるでエーファの動悸をゾイド自身が読み取り、昂っているかのようだった。
(――応答しろ。そのティラノサウルス型ゾイドは通達にない未知の実験機だ……所在を明らかにしなければ敵と見なし、この場で撃墜する!)
一層強い語気で吐き付けられる、警告の言葉。敵意をむき出しにした《アイアンコングGC》のパイロット、ガイロスの女性士官の叫びに、エーファもまた無線を手に取った。モニターの電源を入れてオープン回線を開くと、相対したガイロス軍のリーダー、エーファの知るそれと変わらぬ女傑の顔があって――思わず、口元を綻ばせて、その名を呼ぶ。
――レニィ。
「貴方……ッ!?」
レニィ・シュヴェスターの驚愕を遮るように、バーニアの吹く轟音が爆ぜると、彼女の僚機である量産型《ジェノザウラー》が前に出る。《アイアンコング》を押しのけたジェノは、猛々しい咆哮を上げてエーファを威嚇するや、その咢を剥く。《コング》との通信が繋がったままだ、「シュヴェスター少佐! このゾイドは敵です、排除します!」と、《ジェノザウラー》を狩るパイロットが叫んだのも、はっきりと聞こえた。エーファと同じくらいの年齢であろうか、若い女性士官の声だった。
尾の先から頭部まで――虐殺竜《ジェノザウラー》の全身が水平に伸びて各部放熱フィンが展開すると、口腔からせり出した砲塔に稲妻が爆ぜる。じっくり五秒程の時間を掛けてエネルギーを収束させた後、『収束荷電粒子砲』の閃光が撃ち放たれた。《ジェノザウラー》の主砲、それも最大出力だ。夜闇すら裂く光の奔流が、真っ直ぐエーファの《バーサークフューラー》へと伸びていく。
「……ッ」
虐殺竜の光線の発射とほぼ同時、フューラーのバックパックに備えられた二本の
「愚かな、その槍で荷電粒子を切り裂くつもり?」
逸った《ジェノザウラー》の女性パイロットだったが――次の瞬間、彼女の油断はかき消される。雷霆に相対するように差し出された《バーサークフューラー》の大槍、その刃が花弁如く三つに避け拡がるや、巨大な紫煙色のビーム膜が展開されて、『荷電粒子砲』の奔流を引き裂いたのだ。
「Eシールド? 馬鹿な!」
動揺の叫びを上げた《ジェノザウラー》に、今度はフューラーの反撃が飛ぶ。アームの中心に備えられた『AZ185mmビームキャノン』。大輪の花の如く広がっていた三つの刃が閉じて砲口に添うと、今度はビームを加速させるレールの役目を果たす。超高速で撃ち出されたプラズマの塊に、ジェノの上半身は粉々に吹き飛ばされて、崩れ落ちた。
荷電粒子砲を物ともせずに、虐殺竜《ジェノザウラー》を一蹴。
「――増援を呼んで、早く! 分からないの? コイツが『
レニィ・シュヴェスターの動揺が爆ぜる。部下の《レッドホーン》の影に隠れるよう、慄いて後退する《アイアンコング》。その姿にエーファは怪訝そうに眉を顰めると、アクセルを思い切り踏み込んで《バーサークフューラー》を突貫させた。ホバリングした『竜鬼』の躰は、瞬間的に時速三百キロ強まで加速して滑空すると、強烈な当て身を持って《レッドホーン》を突き飛ばす。
次いで、『クラッシャーホーン』を翳して突貫してきた二機目に身を翻して、前足の『ストライクレーザークロー』を一閃。頸椎部を叩き斬られた《レッドホーン》は火花の血潮をふきながら、糸の切れた傀儡のように崩れ落ちた。『パイルバンカー』を備えた二機の《レブラプター》が飛び上がって同時攻撃を掛けてくるのを、『ストライクスマッシュテイル』でまとめて叩き伏せると――戦場に残るのはエーファと、レニィのゾイドだけになる。
「……ウ、ウワアアア! ワアアアア!」
絶叫と共に、レニィの《アイアンコングGC》が、胸の装甲を打ち鳴らしながら疾走を掛けた。『ビームガトリング』をエネルギー切れになるまで乱射した後、大鎚の如き威圧感を秘めた拳『アイアンハンマーナックル』を振り上げる。
「――ッ」
剛腕を紙一重で避けたエーファは、再び背部の武装ユニットを展開した。荷電粒子さえ寄せ付けぬ『Eシールド』、大型ゾイドを一撃で打ちのめす『バスターライフル』……それだけではない。《バーサークフューラー》に与えられたこの複合兵装『バスタークロー』の用途は格闘戦にもあって、三本の刃を束ね、マグネッサー技術による超高速回転を加える事で機能する大型ドリル『マグネーザー』へと変形するのだ。
甲高いモーター音を上げて超高速回転する『マグネーザー』が、節足動物の足にも似た大型の稼働アームによって複雑な挙動を見せる。まるで背中から二本の腕が生えているかのような《バーサークフューラー》の異様は、所見で感じ得た無機的印象とは打って変わり――その名の通り狂戦士染みたプレッシャーを放っていた。
「ウ――ワアアアア! ウワアアアア……!」
レニィの発狂は、《バーサークフューラー》の獰猛な雄叫びにかき消される。
『マグネーザー』の一撃で、重装甲を誇るはずの《コング》の両腕が千切れ飛ぶ。大きくよろめいた《アイアンコング》の無防備な胸部目がけて、二撃目。ゴリラ型野生体の特性を加味し、ドラミング時の音響効果を持たされたコングの装甲は、『バスタークロー』による破砕音を一層凄惨なモノと錯覚させた。内腑を掻き出され、オイルと火花を散らした《アイアンコング》。ゾイド
――やがてボロ雑巾のようにうな垂れて、崩れ堕ちた。
「……見事だ。エーファ・アクロウ少佐、伝え聞いた通りの実力です」
グレム・ダンカン中尉から、通信が入る。隊の副官機である彼の《ディロフォース》が、いつの間にかエーファの《バーサークフューラー》の傍らに寄り添っていた。
ボロボロに撃ち捨てられたガイロスの哨戒部隊。大破し、動けなくなった彼らに、方々から這い出たエーファの部隊、《ディマンティス》、《マッカーチス》達が群がり、止めを刺していく。
その光景を一瞥しながら、エーファはまた失った自らの半貌を撫でた。
西方大陸での大敗しこの傷を負って以来、実戦でゾイドを動かしたのは初めてだったが――『二クスの戦姫』と呼ばれたかつての力の大半を、エーファは取り戻している。《バーサークフューラー》とのマッチングも良い。『バスタークロー』を初めとする各種複合兵装の複雑な管制をエーファは存分にこなし、さらに野生ゾイドそのものの獰猛さを持つフューラーが、どちらかと言えば思慮深く、その分決断力に欠ける彼女を引っ張ってくれる。結果機体は、その機能の十全を持って戦闘に当たっていた。
「エ……エーファ……貴、方……何故――」
通信機越し、ノイズ交じりの音声が流れて、エーファの気を引き戻す。《アイアンコング》の残骸、その通信システムが、まだ生きているらしい。息も絶え絶えのレニィ・シュヴェスター少佐の声が聞こえた。
ダンカン中尉の《ディロフォース》がそれ気づいて、《アイアンコング》に止めを見舞おうとするが――エーファ・アクロウはそれを制した。ゆっくりと《バーサークフューラー》の機首を向け、レニィ機へと迫る。
《バーサークフューラー》の脚部アンカーが降りて、尾部に備えられた『荷電粒子ジェネレーター』が展開する。全身を水平に引き延ばしたフューラーの口腔よりバレルが伸びると、バチバチと稲妻が爆ぜて、光球を形勢し始めた。
先に虐殺竜《ジェノザウラー》が見せたのと同様のシークエンスを踏まえた、『荷電粒子砲』の発射形態――だが、それだけではない。バックパックに格納されていた稼働アームがグンと持ち上がって、二機の『バスタークロー』ユニットが三たび展開される。三つ刃を花弁の如く拡げ、中枢に備えられたビーム砲の照準をコングの残骸へと合わせるや、そのいずれにも、口腔に湛えた雷球とよく似たエネルギー体が形成されていく。
背部複合兵装の、最後の用途――尾部に備えた『荷電粒子ジェネレーター』の余剰エネルギーを同期させる事で、口腔部主砲とほぼ同等の威力・射程を誇る副砲『プラズマキャノン』として機能する。そして、完全野生体のゾイド
触腕を拡げ、その砲塔から切っ先、口腔内に至るまでを爆ぜるプラズマで満たした《バーサークフューラー》の姿は、まるで巨大な巣を張りめぐらせて獲物を待ちかまえた蜘蛛のようにも見えた。「何故……エーファ、何故……ッ!」と咽び泣いたレニィ。問いかけに応えず、エーファが発射トリガーを引こうとした時だった。不意に、センサーから警告音が鳴って、彼女の意識を引き戻す。
視線を地平線へとやると、疾走を掛けるガイロス帝国軍の機獣達が粉塵を上げて迫っていた。先にレニィの指示した救援要請を拾ったのであろう、《セイバータイガー》《ヘルキャット》《ライトニングサイクス》からなる高速戦闘中隊だ。「少佐、退き時です」と告げるグレム・ダンカン中尉に頷いて、エーファは配下達に撤退の合図を送ると、フューラ―の機首を噴煙巻き上がる地平へと向ける。そして――
――轟、と閃光が爆ぜて、三つの雷霆が撃ち放たれた。
莫大な規模の衝撃波をまき散らして放たれた《バーサークフューラー》の『荷電粒子砲』は、レニィ達哨戒部隊の機体を誘爆で爆散させながら、彼方の帝国増援軍へと伸び――突き刺さった。一点の閃光からブクブクと膨れた光球は、やがて地平の彼方、駆ける帝国中隊の機影全てを飲み込んだ後、大爆発を巻き起こす。
大出力『荷電粒子砲』発射の反動に触れたコクピットの中で、立ち昇ったキノコ雲を見遣ったエーファは、焼き払われた半貌が疼いた気がして――もう一度ゆっくりと、その傷跡を撫でていた。