ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌― 作:あかいりゅうじ
ZAC2101年 七月 暗黒大陸ニクス エントランス湾沿岸地帯
年中を通して日射量の少ない暗黒大陸は、初夏と言えどどこか寒々しい風が吹く。水平線の彼方に間の海域・トライアングルダラスの暗雲が横たわるのを見遣りがら、エーファ・アクロウは一人立ち尽くしていた。
二クス大陸よりダラス海を望む『エントランス海岸』の丘陵地帯。ガイロス帝国本土と、デルポイ、エウロペ以下南方地域を繋ぐ、文字通りの『二クスの出入り口』となるここに、既にへリック共和国軍の先遣部隊が上陸している。無論、それを手をこまねいて見ているだけの、ガイロス軍上層部でもない。海岸線には既に、帝国国防軍によって長大な防衛線が築かれていた。エーファに与えられた役目は、完璧とも言えようその防衛線を、
ブアと吹いた海風にエーファの銀髪がそよぎ、擽る冷気に痛みを覚え、失った半貌を撫でた時だった。背後から緊張の意を孕んだ、男性の声が掛けられる。
「――エーファ・アクロウ少佐。グレム・ダンカン中尉、以下十名到着いたしました。本作戦より、少佐の指揮下に入ります」
振り返った先に立っていたのはエーファと同じか、一つか二つ年下くらいの、若い男性士官。奥には、彼と共にエーファの隊へと配属された兵達が十名、微動だにせずに立ち尽くしている。
グレム・ダンカンと名乗った青年士官、その短く刈り上げた金髪とブラウンの瞳は、あの日《ホエールキング》の中で謁見したヴォルフ・ムーロアや、ズィグナー・フォイアー大尉の特徴に似る。ダンカンという姓もニクス由来の物ではなく、彼が既にない亡国・ゼネバスに纏わる証明ともなろう。
振り返ったエーファの異様――溶け落ちた左半面を鉄製の拘束具で縛り上げた様を目にして、驚いたらしい。ダンカン中尉は少しばかり唇を震わせて視線を逸らす。彼の動揺を余所に、エーファはフ、と息を吐いて近くに依るや、
「……よく、私の部隊に加わってくれました。ありがとう」
と微笑を返した。
深々と頭を下げたエーファに、兵達の相から、少なくない動揺の色が浮かぶ。
――ガイロスの仔、
誰が行ったのかも知れぬ言葉。だが、二クスに住まう者ならば、誰もが一度は耳にしたことのある言葉だ。古代都市トローヤを起源とする覇者ガイロスと、帝国発祥より彼に従った『純血の二クス人』こそが最も優れた生命であると定義し、そもそもニクスの外より移住した存在である『ゼネバスの民』は
『
不意にエーファの見せた礼節に、部下達は刹那呆ける。まるで気の触れた白痴の奇行でも見たかのように貌を見合わせたが――やがてダンカン中尉が仕切り直すように、「……参りましょう。そして始めるのです、我らの戦いを」と促すと、エーファもまた面を上げて、頷いた。
「ええ、始めましょう。私達、
日が落ち――夜が訪れる。
立ち込めた夜霧に月光が映えて、淡い虹色の暈を醸す中――バサと外套を翻したエーファは、既にアイドリング状態にある自らのゾイドを目指す。赴く先に、完成したばかりの彼女の愛機、《バーサークフューラ―》が屹立していた。
惑星Zi人による保護政策によって確保された物ではない、二クス大陸南西部に生息する完全野生体ティラノサウルス型ゾイドをベースに完成した、新型戦闘機械獣。ニクシー基地の秘密工廠で研究・開発されていたこのゾイドこそ、ガイロスの国防軍には配備されていない
鋭角的ながら余計な凹凸を持たない装甲で全身を覆われた姿は、本来戦闘機械獣が醸すべき獰猛さを、完全に包み隠している。完全野生体ゾイドと謳われたその素性とは相反する、無機的な風貌。しかし、全身をフルプレートの甲冑で覆った騎士の如き姿には、同時にどこか気品があった。
エーファには完成して間もない『竜鬼』が、彼女の専用機として与えられている。対して、小隊を構成する部下達の装備は、決して強力とは言えない。秘密結社・
いずれも最新技術の粋とも呼ぶべき代物だが、大型ゾイドを多数保有する機甲師団と正面からやり合うには心許ない装備である。《レブラプター》や《イグアン》と言った小型ゾイドよりもさらに華奢な機体構造で、中には《ディロフォース》のようにコクピットさえ持たず、緊急脱出用のビークルのように剥き出しのシートに跨る操縦方式の機体さえあった。
超小型ゾイドを主力とする同部隊の切り札として、惑星Zi史上初の地底機であり、最新の電子兵装を与えられたモグラ型ゾイド《グランチャー》が存在するが――エーファの隊には配備されていなかった。小隊長たる彼女がゼネバスと縁薄い
「『黒の
ダンカン中尉から送られてきた周辺地図と、帝国軍の部隊配置データーを一瞥したエーファ。「……へリック側の動きは?」と問い返した彼女に、中尉は即答する。
「エントランス海岸を占領し、今は守備を固めています。前線基地を完成させ、補給線を整えるつもりなのでしょう。主力は新型のライオン型高機動ゾイド《ライガーゼロ》です」
《ライガーゼロ》。へリック軍が先のニクシー基地攻略戦の際に鹵獲した、《バーサークフューラ―》の兄弟機から完成させたという新型機だ。共和国軍は機体を解析・量産して、このニクス大陸先遣隊の主力として運用しているというが――その総数は決して多くは無かろう。国防軍の総力を結集して本土侵攻を妨げんとするガイロス軍が、数に物を言わせた波状攻撃を仕掛ければ、如何に強力な機体であろうと、押し切られる。
「私達の役目は帝国守備隊を攻撃し、その鉄壁の防御に微かな綻びを作る事――ガイロスとへリック、両国の力が拮抗し、終わる事の無い殺し合いを続けるように……」
囁くように一人ごちたエーファ。
その様から感慨の念でも聞き取ったのか、「……何か問題でも? 小隊長」と、ダンカンが問質する。エーファへの不信を隠さない、棘のある声色。ゼネバスのためを謳っているも、いざかつての友軍と相対した時、彼女は躊躇するのではないかと――そう訝しんでいる。
ダンカン中尉の懸念を、察してはいた。が、「――いいえ。なんでも」と、エーファは平静のままに応じる。
確かに、エーファ・アクロウは
レーダーに反応が出て、警告のアラーム音が鳴る。大型戦闘機械獣の物であろう熱源反応が、六機。おそらくは守備隊本隊から放たれた斥候・哨戒部隊であろう。向こうもこちらを捕捉しているらしい、高速で距離を詰めてくる光点に、ダンカン達の緊張が強まる中、エーファは言った。
「私が、一人でやります。皆さんは退がっていてください」
配下の者達が意を唱える間もないまま、エーファ・アクロウの《バーサークフューラ―》がバーニアを吹かして跳躍する。
滑空と呼んでも差し支えない程の、滑らかかつ高速のホバリングで、一気に前進したフューラ―。エーファの視界には、既に敵機の姿が写りこんでいた。想定通り、強襲戦闘隊に所属する戦闘機械獣達だ。《レッドホーンGC》、《レブラプター》が各二機、一機は報告に在った通り、国防軍の切り札と言えよう《ジェノザウラー》の量産型。
そして最後が――哨戒分隊の指揮官機であろう、《アイアンコング》。
唯のコングではない。『六連ミサイルランチャー』を撤去し、代わりに中・近距離でのゾイド戦を想定した『ビームガトリング砲』を備えた野戦指揮官仕様――《アイアンコングGC》。一部の装甲はパイロットのパーソナルカラーであろう濃紫に塗り替えられ、肩口には所属部隊の部隊章であろう、『紫色の百合華』がペイントされている。
百合の隊章は、ガイロス帝国国防軍の雄、第一から第七の装甲師団に割り当てられたものだった。そして『紫』は、エーファにとっても馴染みのある――かつて彼女も所属していた、『第三装甲師団』所属機の証だ。
かつての友軍であった、ガイロスの機甲師団。眼前に立ちはだかったそれを、エーファは自らと同期した竜鬼――《バーサークフューラー》の紅い双眸を持って、ギラと睥睨した。