ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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幕間:二クスの幽姫、ゼネバスの竜鬼 ③

「レニーィッ!」

 エーファ・アクロウの上げた悲痛な叫びは、彼方より響く砲声と地鳴りにかき消された。振動が彼女の細枝みたいな躰を、容赦なく揺すり、ひび割れたアスファルトの足場に素足を傷つけられた挙句、よろめいて尻もちを付く。

(レニー……ッ)

 噴煙の上がる空の向こう、徐々に小さくなっていく《ホエールキング》。既に届かぬはずのそれに、呆然と手を伸ばしたエーファだったが――、

失意に耽る間も無い、伽藍の飛行場にけたましい轟咆が重なって、見たことの無い藍色の重戦闘機械獣が、群れを為して結集してくる。

 ガイロス帝国軍が先に完成させた、拠点防衛・要塞攻略用のゾウ型ゾイド《エレファンダー》。完成の噂を聴いてはいたが、目にするのは初めてだった。最新鋭機。だが、ガイロス帝国の主力兵団は、既にこの西方大陸から脱出する手筈を済ませている。その状況で物々しく武装し、敢えて出撃の準備を行う部隊――それで分かった。彼等は本体の撤退が完了するまで殿として戦い、時間を稼ぐ『決死隊』だ。

 崩落した瓦礫の散らばる格納庫から這い出てきた決死隊は、この飛行場で隊列を整えた後、へリック軍へと相対するのだろう。四方から次々と結集する《エレファンダー》の群れ。その数は既に数十機にも及び、尚途切れる気配も無い。総勢はおそらく一個大隊にも及ぼう規模であろう。

 《エレファンダー》達は、足元のエーファに気づく気配も無く、行進を続ける。地鳴りと、戦闘機械獣の雄々しい呼気に耳朶を打たれながら、エーファはヨロと身を起こして、立ち上がった。

 

 ――嫌だ。

 

 裸足を血だらけにしながらも喧噪の飛行場を後にしたエーファは、ボロボロの兵舎棟へと駆け戻った。照明が落ち、もぬけの殻と化したコンクリート造りの廊下に人の気は無く。既にニクシーには、先の《エレファンダー》隊――死を覚悟した殿の兵達しか残っていないのだろう。だが、エーファは違う。今の彼女は死を、それを誘うへリック軍を――彼らが持つ、あの日空より降り注いだ物と同じ白雷の弾(、、、、)を、何よりも怖れていたのだ。

(嫌だ――嫌だ、嫌だ……ッ)

 足は自然と、ゾイド格納庫の方へと向かっていた。何かしらの思惑が在った訳ではない。しかし、身一つでこの状況を生き残れるはずがない事は、本能的に理解していたのであろう。動かせる戦闘ゾイドがまだ残っていれば、まずはそれに乗りこもうと決めていた。

 

 

 轟と砲撃音が爆ぜて、廃墟と化したニクシー基地の天蓋が軋む。次いで、猛獣型戦闘機械獣特有の猛々しい咆哮。へリック共和国軍の先遣隊が閉ざされたニクシーの城門を破ったのだ、おそらくは足の速い高速戦闘大隊による突入が始まったのであろう。

迎え撃つ《エレファンダー》隊は重装甲を備えた最新鋭のゾイドだ。一対一での戦闘なら機動性と白兵戦能力に長けたライガー・ウルフタイプのゾイドとの戦いでも後れを取る事はないだろうが、何しろ相手はへリック全軍である。高機動とパワーを兼ね備えた戦力――例えば《ブレードライガー》級の機体が数の暴力で押して来れば、如何に《エレファンダー》と言えど長くは持つまい。

 

 焦燥したエーファが、薄暗いゾイド格納庫の戸口を潜った時だった。

 

「――何者か!」

 

 緊張の意を孕んだ、硬い声色が、エーファを背後から射すくめる。

 振り返った先には、帝国尉官の軍服を纏った大柄の男性士官が、ホルスターに手を掛けたままこちらを睨み付けていた。年齢は三十代後半か、四十代前半くらいであろうか――隙の無い双眸の男性士官だ。純血のガイロス人ではまず見かけない、黒髪と焦茶色の瞳を持つ男。エーファの顔を訝しげに見定めるや、

純ニクス人(ニクシー)か? 何故、まだこの基地に残っている? 決死隊にガイロスの純血は選ばれないはずだ」

 エーファの銀髪、そして紅い瞳に目を細めた男性士官が、険しい相のままで詰問した。語気の強さに間誤付いた彼女に、やがていらいらと頭を振り近寄って来る。

「ヌ――」

 彼女の包帯で隠された半貌と秒衣服姿に気づいて、その警戒を緩めると、「負傷兵か……逃げ遅れたのだな」と、一人ごちた。年相応の厳めしさと、軍人らしい固い口調の男だが――半貌を失う程の重傷を抱えたエーファに同乗したのだろうか、彼女を見遣るその眼は、どこか物哀しい光を宿している。

呆気に取られたエーファが、ボヤと彼を見上げていると、

 

「帝国機動陸軍、ズィグナー・フォイアー大尉。貴官の所属と、階級を言え」

 

 と、男性士官の硬質な声が射した。

 

 フォイアー大尉。

 耳に馴染まぬ響きだ。茶の瞳と髪、おそらくは二クス由来の血縁ではあるまい。エーファの脳裏に掠めたのは、ガイロス帝国臣民の最下層、大陸の外より連行されたとある亡国の民の存在。半世紀前、中央大陸デルポイの覇権をへリック共和国と争い、敗れ滅びたゼネバス帝国の将兵達。彼等の多くは半ば強制的にガイロスの戦力として吸収され、今日まで飛竜十字の旗の下、戦って来たのだ。

 その境遇に思いを馳せ、押し黙っていたエーファだが、ン、と短い息を吐いて返答を催促したフォイアー大尉に気づいて、「エーファ・アクロウ中尉……所属は、第三装甲師団」と声を返した。

「第三装甲師団……暗黒(ガイロス)国防軍の要か」

 眉を顰めたズィグナー・フォイアー。ガイロス帝国機動陸軍の中でも、第一から第三装甲師団は二クス大陸出身のエリート将校が上席を占有する、いわば精鋭部隊である。壊滅寸前のニクシー基地に残る事を強制(、、)されたズィグナーとその同胞達からすれば、この帝国に根付いた軋轢の象徴とさえ言えた。

 

「フォイアー大尉、助けて。脱出艇はもう無いのですか?」

 

 ズィグナーの心境など知る由も無く、エーファは彼に縋って、問う。

「私、決死隊として残ったんじゃないんです。動かせるゾイドも無い、戦えない。けど、まだ死にたくないんです」 

「――それは、見れば分かる」

 エーファの手を振りほどいて、ズィグナーは格納庫の深奥へと目を遣る。

向かう先には、ガイロス正規軍の物ではない――第二次全面開戦時に本土から派遣されたPK(プロイツェン・ナイツ)師団の《ホエールキング》が待機している。ガイロス帝国上層部の采配によって選別された決死隊の中には、『あの御方』を初めとする、この場で死ぬべきではない同胞も含まれていた。

 彼等を救うための、ゼネバスの艦だ。純ニクス人(ニクシー)を乗せる席があるはず等ない。まして一個大隊にも及ぶ同胞がその命を散らして作る退路を、怨敵たる純ニクス人(ニクシー)が往き、生きながらえる手助けなど、どうしてできよう。

 沈黙の中、数秒目を伏せたズィグナー。その脳裏に、彼の主君たる金髪の青年士官の姿が弾ける。一国の指導者となる運命を背負いながら、危うさすら覚える程純粋で、心優しきその男ならば、この怨敵(ニクシー)をどうするか――。

 

「――脱出艇は、ある。着いて来い」

 

 自らの選択の成否に迷い、その眉間に深い皺を刻みつけたズィグナーが静かに告げた。

 

 

 

 熱砂を巻き上げて離陸する、《ホエールキング》。眼下では、群がる共和国軍の戦闘機械獣と尚必死の戦いを繰り広げる、《エレファンダー》大隊の奮戦が在った。ズィグナー・フォイアーに連れられた一室に設けられた大型スクリーンに、一機、また一機と討ち倒されていく巨象の姿が写り込む。ズィグナーと、もう一人――部屋の深奥に佇む、スラと背の高い金髪の青年将校が、その様を無言で見守っていた。二人の背中をボヤと眺めながら、エーファは招かれた《ホエールキング》の内装が、彼女のそれとはまったく異なる赴きを放っている事に、目を剥く。

 一面が朱色の絨毯で覆われた床、貴族趣味がかったクラシカルな壁沿いに、時代物の美術品がズラと並ぶ。そして何より、その天井に刻まれた黒蛇の紋章は、ガイロスの『飛竜十字』とは異なる亡国の国章であった。

 

「……ニクスの戦姫、エーファ・アクロウ中尉だな?」

 

 澄んだ声色が、エーファを呼んだ。ゆっくりと振り返った金髪の青年、切れ長の瞳が半貌の彼女を見捉えるや、「貴官は知っているか? このガイロスの中でわだかまる、巨大な軋轢の存在を」と、抑揚ない声で問う。

「軋轢……?」

「左様。今我らは、それをこの眼下に見ている……ニクシー基地守備隊の総員五百余名、へリック空軍の追撃を阻止するために出る《レドラー》決死隊。その全てが旧ゼネバス帝国出身兵だ。我々は今、彼等の犠牲の上に立ち、生きながらえている。そして、この采配を振るったのが、貴官と同じ純ニクス人(ニクシー)出身の高官たちだ」

 

 男の、鋭い視線。

 

「え……?」 

 刺すような冷たさのそれは、しかし敵意を孕んだ物ではなく――どこか悲しげだった。不意の発言に戸惑ったエーファに、ゆっくりと頭を振った金髪の男は、「慣習的な事だ。半世紀前、ガイロス帝国にゼネバス帝国の将兵が吸収されて以来、捨て駒(、、、)はゼネバスの役目と決まっている」と、言葉を足す。

「申し訳ありません、殿下。同胞が切り開いた血路を、純ニクス人(ニクシー)に歩ませるなど――」

 青年の前に進み出たズィグナーが膝を付き、頭を垂れる。礼を尽くす彼に対して、「構わんよ、ズィグナー。一度、語り合ってみたいと思っていた。かつての遺恨を知らぬ純ニクス人(ニクシー)と、ガイロスの歩んできた道――そして我らのこれから歩む道、その是非を」と、微笑を浮かべた青年は、改めてエーファに向き直って、告げた。

 

「我が名はヴォルフ・ムーロア、ゼネバスの血を継ぐ者。そなたを歓迎しよう、エーファ・アクロウ。一時ながら我らの往く道が交錯したこの縁に従い、貴官には我らの全て、ガイロスの全てを知ってもらう。そして、その上で考えてもらいたい――この戦争の果てに在るべき、『帝国』の姿を」

 

 

 

 

 

 

 


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