ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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幕間:『二クスの幽姫、ゼネバスの竜鬼』
幕間:二クスの幽姫、ゼネバスの竜鬼 ①


 ――ZAC2101 7月某日 暗黒大陸ニクス・ニフル湿原にて

 

 

 夜も深まった、ニクスの地。初夏に差し掛かりながら尚寒々とした北方の夜だが、長らくこの暗黒大陸で過ごして来た者にとっては慣れたものであろう。むしろ気に障るのは、密閉された機体格納庫の中にあっても尚香る、湿地特有の水臭さだ、と、コンチョ・キャンサ少尉は胸中でごちながら、葉巻の先へと火を灯す。

 暗黒大陸南西部に広がる、ニフル湿原――大陸を横断するムスペル山脈より流れ出た雪解けの水が集まるそこは、夏は広大な湿地帯に、冬は一面が銀幕に覆われた雪原へと姿を変える。その不安定な風土故極端に人の気が無いここは、コンチョの所属する『特殊部隊』が隠れ蓑とするにうってつけの場所でもあった。

 ちらちらと瞬きする照明のおぼつかない光を便りに、コンチョ少尉は壁伝いのキャットウォークを往く。無精ひげに、肩まで無雑作に伸びた黒髪を掻き上げ、目元はサングラスですっぽりと隠した中年男性――コンチョの姿は、軍規を重んじるガイロス帝国軍の兵らしからぬスボラさだ。それもそのはずで、彼は本土決戦の真っ只中、という危機的状況にある『暗黒帝国』への忠誠など、一片も持ち合わせぬ無法者だったのである。

 元は旧大戦時に建造されたへリック共和国の前線基地。忘れ去られ、朽ちていた遺構を秘密裏に修復し、彼等が拠点として使っている場所で、ガイロス帝国正規軍の中でこの施設を知る者はいない。幻の機甲師団『鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)』の拠点――その名にあやかるのなら、さしづめ『竜の巣』と言った所か。

 

 コンチョ・キャンサ少尉は、その秘密兵団に所属する特殊工作員であった。

 

 

 

「――ほう」

 退屈を持て余し、たばこを吹かしながらそこかしこを歩き回っていたコンチョだったが、ふと目に付いた女性の後ろ姿に、口元を歪めた。おそらく二十代前半くらいの、年若い女性だ。肩口に触れるくらいの長さで揃えた銀髪の中には流星を思わせる蒼のメッシュが射し、微かに見えた首筋の肌は雪のように白い。落下防止の手すりに右手を掛け、眼下で整備を受ける兵団の旗艦――『竜鬼(、、)』と仇名される戦闘機械獣の姿を、一心に見つめている。

 彼女の事は聞いていた。今宵、フル駐屯地に入って来たばかりの女性士官だ、ワザとらしく鉄板の床を踏み鳴らして気を引くと、「お初にお目に掛かる。お前さんが、エーファ・アクロウ中尉だな?」と声を掛ける。

 

 エーファ・アクロウ。

 

 ガイロス帝国軍第三装甲師団・第28独立強襲戦闘大隊に所属していたゾイド乗りであり、帝国軍人の中でその名を知らぬ者は少ない。先の西方大陸エウロペ戦、その第一次全面会戦に置いて、弱冠二十二歳にして三十機以上の共和国軍戦闘機械獣を撃墜したエース・パイロット。加えて雪のような蒼白い肌と銀髪、そして透き通る緋色の瞳を持つ彼女は、二クス人の理想とする美貌を体現した少女士官でもあった。

 

 儚げな麗しさを漂わせる容姿に、天上の実力を兼ね備えた彼女を、人々は『ガイロスの白い戦姫』と讃え、持て囃した。あの日――エウロペでのガイロス帝国敗戦を決定づけた、ZAC2100年9月『赤の砂漠の戦い』までは。

 

 コンチョの声に、エーファ・アクロウ中尉がゆっくりと振り返る。西洋人形のような整った顔立ち、切れ長の目じりから向けられた赤い瞳は、噂に違わぬ美しさを醸し、コンチョもまた見惚れて数秒言葉を失う。が――残る左半貌が露わになると、感動はある種の恐怖へと変わった。鉄製のベルトで幾重にも縛られた彼女の反面、その隙間より覗いた素肌は、まるで熱に侵された蝋人形の如く焼け爛れ、崩れていた。

 『赤の砂漠の戦い』に置いて、へリック共和国軍の決戦兵器《ウルトラザウルス・ザ・デストロイヤー》が撃ち放った一発の砲弾、両国の命運を別つ決戦を唯の一撃で終わらせた、『1200mmウルトラキャノン』。エーファ・アクロウもまた、その一撃を浴びた帝国軍主力機甲師団の一員だった。至高の美と技量を兼ね備え、二クスの戦女神と持て囃された彼女だったが――その栄華は皮肉にも、ゾイド戦とは程遠い『戦略兵器による蹂躙』によって断たれたのである。

「なるほど……美姫と呼ぶには程遠い、そうなってはさしづめ――『二クスの白い幽姫』と言った所か」

 痛々しい半貌の少女士官にゴクリと固唾を呑みながらも、コンチョは精一杯強がり、皮肉を言って見せる。微かに目元を細めたエーファ中尉だったが――それ以上の反応は無かった。コンチョの戯言などまるで意に介していないかのように、また眼下の『龍鬼』へと視線をやる。

 剥き出しのフレームを覆い隠すように、薄紫の装甲を次々と張り付けられていく、ティラノサウルス型の戦闘機械獣。その頭部、黒く歪な素体の顔貌もまた、反面が凹凸の少ない装甲によって包み隠されようとしていた。何か思う事があってか、整備の様子を見下ろしたエーファは、自らの半面――溶け落ちたそれが崩れるのを防ぐかのように、きつく縛り付けられたベルトの縫い目へと手を遣り、指先でなぞった。

 フッ、と、咥え煙草を一吹かししたコンチョは、歩みを進めてエーファの隣に立つと、サングラスを外して、眼下の『竜鬼』を見遣る。

「《バーサークフューラ―》、我ら『鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)』の旗機にして、ガイロス野郎の軍隊には無い――ゼネバス(、、、、)の使徒だけが備えたゾイドだ。コイツに、お前が乗るって言うのかい? アクロウ中尉」

 それまでコンチョ少尉の事をまったく意に掛けていなかったエーファが、初めてその呼びかけに反応した。切れ長の瞳だけを返した彼女は一言、「――ヴォルフ様は、ご自身が使うゾイドと同じ物を、私に与えてくださいました」と、その口角を上げる。

訝しげに眉を顰め、分からねぇな、とごちたコンチョ。

「俺達が何者か、知らぬわけではあるまい、二クスの(、、、、)幽姫サマよ。俺達は『ゼネバス』。へリック共和国だけじゃない、このニクス大陸――ガイロス帝国さえも転覆させんとする、亡国の徒だ。生来の二クス人であるお前さんにとっては、母国に仇為すテロリストって事になる。何故それに従う?」

 怪訝そうに問うたコンチョに、エーファは応えなかった。張り付いた微笑だけを向けた彼女の心が読めず、いらいらと頭を振ったコンチョはさらに続ける。

「ヴォルフ・ムーロア殿下の意図も、俺には分かりかねる。余所者であるお前や、あのカール・ウェンザーに、何故ゼネバスの精神の象徴たる『竜鬼』を託す? 貴様らが裏切り、『竜鬼』をガイロスへと持ち出す可能性が無いと、言い切れるのか」

「ええ――言い切れます」

 当然とでも言うかのように即答したエーファに、「何故――っ!」と声を荒げたコンチョだったが――真っ直ぐに見据え返してきた彼女の紅い隻眼、その光に射竦められて、気勢を削がれる。

「私は、ヴォルフ様に忠誠を誓いました。あの方に命を救っていただいたあの日から、私の全てを、あの方の大望へと捧ぐと決めた」

「全てを? 余所者が口先でのたまうそれを、どうして信じろと言う?」

 彼女の言葉の強さに慄きながらも、どうにか言葉を繋いだコンチョ。エーファは静かに返答を告げる。

 

 

「信じてもらうしか無い、正真の忠誠です。例えば……あのお方がこの場で私に死ねと言うのならば――私は喜んでそうするでしょう」

 

 

 雪のようなエーファの白肌が、微かに紅潮したのに気づいて――コンチョ・キャンサは思わず、それより先の言葉を失った。

 

 張り付いた微笑を崩さず、小さく会釈をした『二クスの幽姫』は、そのままクルと背を向けて、キャットウォークを降って行く。向かう先には、全ての装甲を張り終えた勇猛の竜鬼――《バーサークフューラ―》が、ギラと輝く双眸を湛えて、屹立していた。

 

 

 


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