ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑭ どうか終わる事の無き旅を

(こちらは、へリック共和国軍トリム駐屯地司令、ロブ・ハーマン中佐だ。この通信を傍受しているへリック全軍――そして、ガイロス帝国の全将兵に告ぐ。即刻戦闘を中止せよ、繰り返す――直ちに戦闘を中止せよ……)

 

 無線機より一人でに流れ出した通信が、ジェイの意識を深淵より引き戻した。

 半壊した《ブレードライガー》のコクピットの中――ボヤと霞む視界の果てに、早朝の陽と、チラと舞う北方の粉雪が見える。

 どれくらいの時間が流れたのだろう。一夜とも、幾年にも思える曖昧な時間の中を、ずっと微睡んでいたように思えた。

 セスリムニルの街は、静寂に包まれている。

 燻る戦火も消え、立ち込めた噴煙もまた朝の風に吹かれて薙がれる。焼け爛れた傷跡を包み隠すかのように、ただ静かに、二クスの雪が舞い積もるだけ――砲火も、機獣の咆哮も無い。両軍の停戦を訴えかけるノイズ交じりの通信だけが繰り返され、木霊していた。

 

 長きに渡った戦乱が、終わりを告げようとしている。

 

 

 ――コンボイ隊長、グロック、ツヴァイン……。

 

 シートを立ったジェイは、機体を降りようとしてキャノピーに触れた。コントロールパネルが破損して操作できない、ロックを解除し、手動で押し開ける他ないのだが、疲弊した躰にはそれも、思いのほか難しいらしい。重いハッチを微かに浮き上げるだけで精一杯だったが――不意に起動音が響いて、勢い良くキャノピーが持ち上がる。よろけたジェイは、罅だらけのコンソール画面がゆっくりと立ち上がるのに気づいて、目を剥いた。

 不安定ながら、ジェネレーターも起動している。まるで西方大陸戦争従軍以来ずっと連れ添った愛機が、自身の無事を告げ――またジェイを、向かうべき場所へと送り出そうとしているようにも思えた。

 フ、と微笑したジェイは、コンソールを撫でて(のち)、ゆっくりと《ブレードライガー》から這い出る。ふらつき、地べたに打ち付けられながらも立ち上がり――朝霜に覆われた廃墟の街を、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 ――『第二次大陸間戦争』。

 

 西方大陸エウロペ、そして暗黒大陸ニクスにて繰り広げられた、へリック・ガイロスの戦い。

 この戦争で両軍が被った損害は、一説によれば、戦闘機械獣50万機強――兵員に至ってはその四倍とも、五倍とも言われている。

 惑星Zi史に残る空前絶後の大戦争の背景には、ガイロス摂政ギュンター・プロイツェン・ムーロアによる暗躍があった。かつての大陸間戦争で滅亡し、ガイロス帝国へと吸収された中央大陸の帝政国家『ゼネバス』帝国の復興のため、意図的にへリック・ガイロスの双方が疲弊するような戦況を作り出していたという。

 だが、そうした戦場の背景に精通し、大局を覆そうという志の下戦った『英雄』など、両国を合わせて、果たして何人居ようか。多くの兵士はただ我武者羅に、眼前に広がった死線を逃れようと戦った筈だ。もしくは、その死線から大切な何かを守るために――逃げ出したい程の恐怖と苦痛に、抗った。

 

 帝国でも、共和国でも無い――人は、戦闘機械獣達は、二年間にも及ぶ長き間を、凄惨たる『戦乱』と戦い続けたのである。

 

 

(――こちらは、ガイロス帝国機動陸軍第一装甲師団長、カール・L・シュバルツ中佐。この通信を傍受した全軍に告げる。直ちに戦闘を中止せよ。繰り返す……)

 

 

 ――ペガサス中佐、レイモンド主任、エラ……。

 

 廃墟のあちこちに散乱した機獣達の残骸、その通信機器から、停戦を呼びかける士官の声が鳴り続ける。辺りにはジェイと同じように生きながらえ、呆然と立ち尽くした兵士の姿も、チラと見え始めていた。

 途中、瓦礫に躓いて倒れ込みそうになった彼を、近くに居た兵士が駆け寄り、支える。へリックの兵ではない。『飛竜十字』のワッペンを付けた、ガイロス国防軍の若い男性士官。背後には装甲が砕け、コクピットハッチを開け放った死竜《デスザウラー》の残骸が佇んでいる。

 つい先ほどまで、命を掛けて戦っていたのかもしれぬ相手。だが、驚くほど自然に、そのガイロス兵はジェイの肩を抱き留め――また支えられたジェイも、なんの迷いも無く礼を述べた。

 

 

(――この惑星Ziの地に在って、共に生命を育み、終わらぬ旅を続ける同胞達よ)

 

 共和国軍、ロブ・ハーマン中佐と、ガイロス帝国軍カール・シュバルツ中佐の共同声明が、終焉の地にて尚響き渡る。

 

(我々は……へリックとガイロスは、半世紀にも渡る長き時間をいがみ合い、争い、互いの血潮でその身を焦がしてきた。だが、それは何のためだ? 然るべき理由が見つかるまでの間――ほんの少しの間でいい、矛を納めて欲しい。遺恨を忘れて初めて見る事の出来る、真の地平がある。我々が戦うべきは今日目の前に立った互い(、、)ではない。真なる敵は、積年の恩讐に捕らわれし者達の間に巣食う『心の闇』――その野心だ)

 

 

 

 ――サンダース軍曹、アイソップ大尉、シオン。それに……

 

 どれほどの時間が流れたであろう。

 朦朧とした意識の中フラと彷徨ったジェイは、荒廃した戦場の中で、ただ一人の人影を探し続けた。ボロボロの躰の足取りは重い、何度も膝を付き、這うように歩みを進めた挙句――ようやっとたどり着いたのは、一機の死竜を貫いたまま倒れ込む《マッドサンダー》の残骸の足元。砕けた機体のコクピットハッチは、空いている。

 直後、背後より、ザリと大地を踏みしめた音が鳴って――

 

「ジェイ少尉……っ」

 

 と、彼女(、、)の声が耳朶を打った。

 

 振り返った先、エリサ・アノン少尉がそこにいた。

 初めて会った時より少しだけ髪が伸びて――疲れた風貌も相まって、以前より大人っぽく見える。右腕は――怪我の後遺症があるのだろう、肩口から指先まで黒いラバー製のサポーターで覆ったそれを、胸元で不自由そうに固く握った彼女は、今にも泣き出しそうな潤んだ瞳を細めて、微笑した。

 エリサ――と、ずっと焦がれていた姿を前に、ジェイもまた涙を流した。今にも倒れそうだった躰を構わずにけしかけて、彼女の下へと駆けると、

 

「君を、取り戻しに来たんだよ。俺が大切に育んできた絆、仲間達……皆居なくなってしまったけれど、せめて最後――君だけは、失いたくなかったんだよ、エリサ」

 

 涙を堪えて、ジェイは己が心情を叫んだ。

 ふらついたジェイを、自由の利く左の腕で手繰り、抱き留めたエリサ。もう一度「ジェイ少尉」とその名を呼び、頬を撫でる。

 

「もう、会えないと思ってた……私が、弱かったから。でも、少尉は来てくれたんですね。絶望の吹き溜まりに落ちた私を、こんなにもボロボロになってまで、探しに来てくれた……。ありがとう、ジェイ少尉――傍に居ていいですか? 今度こそ、離れないように」

 

 

 へリック共和国とガイロス帝国の戦争は、此処に終結しようとしている。 

 

 戦乱の火が完全に消えたわけではない。帝都ヴァルハラ、そして遥か南方のへリック共和国本土・中央大陸デルポイにおいて、この戦いを影より支配した、一人の男の野望が大成しようとしている。惑星Ziに住まう人々、そしてこの星に生きる機獣達は、これより先も果ての無い戦いの歴史を往き続けるのであろう。

 

 それでも――どうか二人、終わる事の無き旅を。

 

 エリサに寄り添われ、戦いの時間の果てにたどり着いた場所、束の間の平穏の中に立ったジェイの心は穏やかだった。争いの中で幾度と無く取り零したモノ。ジェイはようやっと、それに触れる事が出来る。

 まるで互いの存在を確かめるように、途切れ、消えてしまわぬようにと――ジェノはエリサを手繰りよせ、固い抱擁をした。


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