ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑬ 機獣達へと捧ぐ挽歌(後)

 夜霧漂う廃墟の中心で、死竜《デスザウラー》が吠えた。

 威迫が大気すら震わせ、礫塊の合間で燻る戦の残り火すら吹き消して見せた。轟と舞った砂塵が周囲の光を奪い、深淵の中で朧と、死竜の紅い無機的な瞳孔だけが浮かび上がる。

 それが戦いの合図と知るや、ジェイもまた力強く機体を扇動した。

 へリック共和国が作成した戦術シミュレーションレポートによれば、《ブレードライガー》が《デスザウラー》と同じ条件の下戦闘を行った場合、約八割の確率で後者が勝利するとされている。ライガーの勝率の二割を担うのは、ただ一筋の戦略――すなわち、最高速を持って《デスザウラー》の懐へと飛び込み、その中枢たる背部の『荷電粒子強制吸入ファン』を破壊する事――そこまでやってようやっと、万に一つしかない勝利の可能性が生まれるのだ。

 状況の不利は、十全に承知している。それでもジェイは、この戦いから背を向ける気など無かった。「さぁ――行くぞ!」と、自らを、そして愛機を鼓舞して、ジェイは最強の死竜へと、果敢に挑みかかった。

 

 

 『二連装ショックカノン』、『パルスレーザーガン』を掃射する。狙うは視認性を確保するため、比較的装甲強度が低いと思われるコクピット周辺。スモークグレーのバイザーで覆われた、《デスザウラー》の頭部に、銃火の嵐を見舞う。咄嗟に両の腕を構えて光弾を捌いた《デスザウラー》。やはり瞬間的な反応速度は、その巨体に見合わぬ機敏さと言っていい。だからこそ、この一瞬――死竜の意識が防御に向いて生まれた『隙』に、ジェイは全てを掛けた。

「今だ、――行けぇぇッ!」

 バーニアを全開にして、最高速の跳躍。《デスザウラー》の小脇を擦り抜けてその背後を取り、『荷電粒子強制吸入ファン』を潰す――ライガーの挙動は、完全に死竜の虚を突いたはずだった。だが、不意グンと、眼前を黒い影が過ぎる。《デスザウラー》の大爪『ハイパーキラークロウ』が翳されて、《ブレードライガー》の進路を遮ったのだ。

凄まじいまでの腕力でライガーの突貫を捌いた《デスザウラー》。乱暴な殴打に跳ね飛ばされて、機体が瓦礫帯の一角に墜落し、礫塊へと塗れる。「グッハ――」と、声にならない悲鳴を上げたのも一瞬、すぐさま《デスザウラー》に増設された『ハイパービームランチャー』が火を吹き、態勢を立て直す間すら与えない。

 倒れ伏した《ブレードライガー》へと、ゆっくりと振り返った《デスザウラー》が、クワとその咢を開いた。バチバチと爆ぜる閃光、背部のファンに不健全な蒼白い稲妻が、急激な勢いを持って吸引されてゆく。『大口径荷電粒子砲』の発射を促すサインだ、と、一目で理解したジェイは、思わず絶叫し、操縦桿を引いた。

 

 殴打と墜落の衝撃で《ブレードライガー》は完全に麻痺している。躱せない――、とジェイが絶望に呑まれかけた時だった。

 

 ――ズン、と、《デスザウラー》の横っ腹に巨獣の影が体当たりを見舞う。

装甲化された東部と、黄土色の装甲――二本の大鋸を背負った異形は、先ほど《デスザウラー》に退けられた《ゴジュラス・ザ・バズソー》だ。白兵戦で撃ち倒されたものの、しぶとく生き残っていたらしい。

 400tもの超重戦闘機械獣たる死竜《デスザウラー》は、《ゴジュラス》級の大型ゾイドによる体当たりを喰らっても転倒する事はない。大きく身を仰け反らせるに留まったものの、『大口径荷電粒子砲』の軌道は大きく逸れて、遥か遠方の廃墟群を消し飛ばした。

 怒りの双眸を向けた《デスザウラー》が、『ビームランチャー』の砲口を改造《ゴジュラス》に向ける。至近距離からの一撃だ、直撃すれば《ゾイドゴジュラス》と言えど耐えられない。

 必殺の間合いで光弾が撃ち放たれるよりも先に、膨大の数の光のシャワーが、《デスザウラー》を飲み込んだ。未だ状況を飲み込めずに立ち尽くしたジェイは、視界の先、『ハイパーローリングキャノン』をフル稼働させた《ガンブラスター》を見つける。(早く立て、《ブレードライガー》!)と怒鳴ったのは、先ほどセスリムニル郊外で援護したパイロットの声だった。

 

 超重装甲を撃ち抜くには至らないが、『ハイマニューバスラスター』と『ビームランチャー』を失った《デスザウラー》は、誘爆に呑まれてヨロヨロと後退した。その隙に機体を立て直したジェイ、《ブレードライガー》を起き上がらせると、《ゴジュラス・ザ・バズソー》と《ガンブラスター》の下へ合流する。

(無茶しやがる。《ブレードライガー》単機で、《デスザウラー》相手に勝てるかよ。死にに来たのか、お前は)

 《ゴジュラス・ザ・バズソー》からの通信だ。次いで《ガンブラスター》のパイロットが(俺も引き止めたんだがな、どうやらソイツは訳ありらしい)と、短く告げて、

(今は、あの《デスザウラー》を潰す事だけ考えよう。どっちみちこのままヤツを野放しにしておけば、共和国の戦線は崩壊するんだ――動ける《マッドサンダー》はいるのか?)

 と、ジェイに問うた。

 

 チラと、エリサの《マッドサンダー》を見遣りながら、――いや、と頭を振ったジェイ。(ならば此処に在る戦力、我々三機でヤツとやるしかあるまい)と、《ガンブラスター》のパイロットは死竜へとその機首を向ける。

(だが、どうするつもりだ? 《デスザウラー》は正真正銘バケモノだぜ。『荷電粒子砲』だけじゃない、この《ゴジュラス・ザ・バズソー》の格闘能力を持ってしても、ヤツと取っ組み合って持つのは5秒が限界だ)

《ゴジュラス》のパイロットが訝しげに問うた。

(やる事は、さっき《ブレードライガー》がやったのと同じだ。今度は私の《ガンブラスター》の援護を受けて、お前の《ゴジュラス・バズソー》がヤツと取っ組み合う。二機掛かりでヤツの気を引いている間に、ライガーがファンを破壊するんだ。出来るな?)

 念を押すように、《ガンブラスター》の機体が《ブレードライガー》を小突く。同時、態勢を立て直した《デスザウラー》が、ギロと真っ赤な双眸を向けて三機を睥睨すると、頭部に備えた機銃を持って牽制を見舞って来た。迷ってる暇など無い、砲撃の雨を跳躍で躱すと、「――了解。行きます!」と、ジェイは再び、《ブレードライガー》で突貫を掛けた。

 

 

 

「ウォオオオオッ!」

 《ガンブラスター》の『ハイパーローリングキャノン』、その二十の砲身が真っ赤に焼けつくほどの勢いで撃ち放たれる中、改造《ゴジュラス》・バズソーが《デスザウラー》へと挑みかかった。背負った二本の『レーザーチェーンソー』が振りかざされると、呻りを上げて死竜の肩口へと叩きつけられる。次いで、『クラッシャークロウ』の一撃。《デスザウラー》の巨腕がそれを受け止め、二大巨獣が激しく縺れ合う。

 大岩すら粉々に砕く『レーザーチェーンソー』を持ってしても、《デスザウラー》の超重装甲には傷一つ付けられない。組み合う機体も死竜のパワーの前に徐々に赤熱し、ついには片腕が引きちぎられた。火花を散らし、苦悶に喘いだ《ゴジュラス・ザ・バズソー》。《ガンブラスター》の必死の援護が続くが、形勢はどんどん傾いていく。

 クワと、《デスザウラー》が咢を剥いた。再び、凄まじい量の雷光がスパークし、その口腔へと収束していく。『大口径荷電粒子砲』――組み合ったままの《ゴジュラス・バズソー》ごと、後方の《ガンブラスター》まで消し飛ばすつもりだ。

 

(ウグゥゥ……《ブレードライガー》、やれェええッ!!)

 

 《ゴジュラス》のパイロットが絶叫した。ほぼ同時、死竜の周囲を弧を描くように迂回したジェイの《ブレードライガー》が、《デスザウラー》の背後を取る。『ロケットブースター』を全開にして、『荷電粒子強制吸入ファン』目掛け渾身の突貫を掛ける。

「――ウェアアアッ!」

 渾身気迫を吐き出したジェイに、《デスザウラー》の迎撃が来た。腰部に備えられた『十六連装ミサイルポッド』、Mk‐Ⅱユニットの増加兵装である『八連装アサルトミサイルポッド』が撃ち放たれ、誘導弾の雨が、ライガーの往く手を阻む。

 降り注ぐ砲弾の雨の中、爆炎が掠めてライガーの装甲を焼き、砕けた礫塊の破片がキャノピーを砕いた。それでも、ジェイは疾走を緩めない。『レーザーブレード』を展開し、ビームコートを最大出力へ振り切ると、もう一度雄叫びを上げる。

「――ウゥウォオオオオッ!」

 全霊を込めた、レーザーブレード・ストライクアタック。だが――必殺の間合いに入ったそれを、《デスザウラー》は無雑作に薙いだ巨大な尾で迎撃する。

 『加重力衝撃テイル』と称される、対ゾイド兵器としても機能する《デスザウラー》の尾部は、まるで飛び回る羽虫を打ち落とすかのように、《ブレードライガー》の一撃を薙ぎ払った。ゴム毬のように地べたに打ち付けられた機体の中、ジェイは全身を強打して、昏倒する。

 

「ゴ、ハ――ッ」

 

 ジェイの敗北を見取って、《ガンブラスター》も《ゴジュラス・バズソー》もほんの数秒動転し――そしてその数秒が、彼らの命を絶つこととなった。

 フルチャージされた『大口径荷電粒子砲』が爆ぜた。《ゴジュラス・バズソー》の右半身を消し飛ばして伸びた熱線は、その背後に控えていた《ガンブラスター》に直撃し、大爆発を起こす。光の渦に呑まれ、パイロットは断末魔を上げる間さえ与えられぬまま蒸発した。

 次いで《デスザウラー》は、その爪を持ってバズソーを狙った。瀕死ながら、残った『レーザーチェーンソー』で迎え撃つ《ゴジュラス》――しかしその動きは余りにも怠惰で、死竜は片方の爪で鋸を砕き、もう一方の爪で《ゴジュラス》の腹部を貫いた。ゾイドコアを砕かれて痙攣したその首元に喰らい付き、その牙で亡骸を還付無きまで引き裂いた《デスザウラー》。ボロ雑巾のように千切れた《ゴジュラス・ザ・バズソー》が、ゆっくりと崩れ落ちる。

 

 

 死竜を食い止めるための最後の足掻きが――呆気なく覆された。

 

 

 ゆっくりと、《デスザウラー》の機首が《ブレードライガー》へと向いた。既に立ち上がる事さえままならないジェイの下へ、緩やかな足取りで迫る。巨大な魔獣。その影に朦朧とした意識を向けたジェイは、静かに目を伏せた。

 

 ――やはり、駄目だった。

 

(何よりも守りたいと願った、最愛の人さえ――俺は守る事が出来なかったんだね)

 

 あの日――西方大陸エウロペで、エリサと生き別れる事となった日に、自らがごちた言葉が今、喉元まで突きあがって来て、ジェイは涙した。彼女が傷ついていくのを、手をこまねきながら見ている事しか出来なかった無力の味。再びエリサが戦場に立つと知った日から、ずっと後悔していたそれに抗うための機会が欲しかった。そのためなら――死んでも構わないと願って、此処まで来たのだ。

 

 だが――全霊を持って挽回しようと戦った今日さえ、ジェイはそれを為せそうにない。

 

「殺せ……ッ! 俺は、死んでもいいんだ。でも、エリサだけは、彼女だけは――」

 その叫びに、なんの意味があろう。《デスザウラー》が、ジェイの言葉の意図を返せるはずもない、聞き入れる事など有り得ない。クワと大顎を開いた死竜が留めの『大口径荷電粒子砲』をスパークさせる。立ちはだかる《デスザウラー》の一撃を持って、今この時ジェイは殺されるのだ――エリサを、救えぬまま。

 

 

 やるせなさに、ジェイは声を上げて慟哭した。

 

 

 

(……ジェイ(、、、)少尉(、、、)ッ!)

 

 不意に、無線越しに弾けた声。

 

《デスザウラー》の巨体が、大きく傾いた。いつの間にその背後まで身を引き摺り迫った、ボロボロの《マッドサンダー》が、全自重を掛けて死竜の尾部を潰す。苦悶に仰け反ったその影より雷神の力強い咆哮が弾けた。

 エリサ・アノンの、《マッドサンダー》だった。「エ、エリサ……」と呆けたジェイの耳朶に、エリサの気丈な声が響きわたる。

(命に代えても守るって、自分は死んでもいいんだって、少尉は言いました。でも、違うんです。少尉と再会して、私が願った事は、そんなんじゃない……貴方にだって、生きていて欲しい――私が、そう願ってるんです、ジェイ少尉)

 エリサの告白に、ジェイは泣いた。《デスザウラー》が怒りの咆哮を上げて、《マッドサンダー》を押しのける。『ハイパーキラークロウ』が振るわれ、満身創痍の雷神はさらに傷ついて行った。

 

「駄目だ……駄目だ、駄目だ駄目だッ! 君が、死んでしまう!」 

 

 

 ジェイの絶叫に、エリサの時が止まる。

 

 

 ――私、死ぬべきだった……こんな醜態を晒すくらいなら。

 

 

 別離の日に流した彼女の涙が、ジェイをここまで急き立てた。二クスの戦場で、エリサが死のうとしている――そんな気がしてならなかった。だからジェイは、ここに来た。彼女に向かうはずの『死』が、代わり自分に降りかかったとしても――、

 

「……それだけは嫌なんだ。もう君が傷つくのは――君が俺の前から居なくなるのは、もう――ッ!」

 

(――だったらッ!)

 

 癇癪を起こしたジェイを、エリサの涙声が引っ叩く。同時、ギラと輝いた《マッドサンダー》の眼差し、鼻先の『サンダーホーン』で、《デスザウラー》の殴打を払い除けた。苦悶によろめいた《デスザウラー》が、劈くような悲鳴を上げるが――、

 

 

(――生きて、ジェイ。私も生きるから……もう死にたいなんて、言わないから、だから――ッ)

 

 

 死竜の咆哮に重なっていながら――エリサの声は、はっきりと聞こえた。

 

 

 

「ウ――ウォオオオオオオッ!!」

 《ブレードライガー》の全身に、力がみなぎって来る。『エネルギーシールド』を最大出力で起動させると、『レーザーブレード』を展開――光刃がシールドを形成する量子力場の波と混ざり合い、黄金色の波涛をまき散らす。同時、長きに渡るもつれ合いの末に《マッドサンダー》を退けた《デスザウラー》が、身を翻してライガーへと向いた。『荷電粒子強制吸入ファン』をフルパワーで稼働させ、口腔内に莫大なエネルギーを蓄える。

 

「――行ィ、ッけぇぇぇぇ――ッ!!!」

 

 《ブレードライガー》が跳んだ。バーニアを全開に、残された全ての力を注いだ突撃。死竜の『荷電粒子砲』が撃ち放たれたのは、ほぼ同時――至近距離で撃ち放たれた『荷電粒子砲』が《ブレードライガー》を吞み込む。

 

 獅子の剣閃が、《デスザウラー》の吐き出す滅びの威光と、真正面から交錯した。

 

 ボ、と膨れた不健全な青白い光球の中に居たのは、時間にして1秒と満たぬ間――そして、吹きすさぶ衝撃波で全身の外装を削り取られながらも、最大出力で展開されたライガーのシールドは、その一撃を凌ぎ切った。あの日、レイモンド・リボリーが別れ際に教授してくれた、『荷電粒子砲』への対策。ブレードの電磁振動を受けた量子力場の盾は、まるで稲妻を切り裂く光の槍のごとく――暗夜の空に、白む火花の雨を霧散させていた。

 荷電粒子の渦の中を強引に突破して、ライガーの斬撃が《デスザウラー》を捉える。衝突の衝撃で千切れたブレードは、切っ先が死竜の首にめり込み、その超重装甲を砕いて深奥に埋められた『粒子加速器』を破断した。

 着地した《ブレードライガー》は、力尽きたかのように膝を突き、動かなくなる。対して《デスザウラー》は、『荷電粒子砲』を失いながらもまだ余力を残していた。首筋から血飛沫にも似た火花の雨を上げながら、ライガーへと止めを刺すべく、残された隻腕の大爪を振り被る。

 

 ブンと大気を裂いて、大爪が降ろされようとした時だった――《デスザウラー》の胸がメリメリと音を上げて、花弁のように裂け拡がる。何が起こったのか分からない、というように、己が躰へと目を遣った死竜は、自身の胸元から生えた巨大ドリル『マグネーザー』に気づいて、ゆっくりと振り返った。

 《ブレードライガー》との攻防に気を割いていた《デスザウラー》を、エリサの《マッドサンダー》が背後より貫いていた。『荷電粒子強制吸入ファン』ごとゾイドコアを粉砕し、前面胸部装甲を砕き貫通した『マグネーザー』。生命核を失った《デスザウラー》は、まるで死から逃れようとするかの如く、数秒身を捩ったが――、

 

 

 やがて、その眼から輝きが失われると――ヨロと傾いて、崩れ落ちた。

 

 

 




ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。次回最終話となります。

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