ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑫ 機獣達へと捧ぐ挽歌(前)

 

 ――ZAC2101年 10月下旬 暗黒大陸ニクス・セスリムニル市郊外

 

 

 戦火吹き荒れるヴァーヌ平野を一と半日越して――夜。

 片時も休まずに駆け続けたジェイの《ブレードライガー》は、ようやっとその視界に二クス大陸東端の大都市・セスリムニルの遠景を捕え始めている。城塞都市・セスリムニル。帝都ヴァルハラの南東に位置する暗黒海洋湾岸の工業都市であり、ガイロス帝国軍事の主要施設の大半が密集する、国防上の要所だ。

この地にたどり着くまでに、ジェイはへリックと帝国の両軍激突する戦場を、幾度も目にして来た。中には両軍の機甲師団が撃ち合いを続ける戦火のど真ん中を突っ切る事さえあったが――それでも、このセスリムニル近郊を漂う噴煙の濃さに、比類し得るものは無い。街の周囲数キロに渡って散乱した、敵味方入り混じる機獣達の骸。何千――否、何万機単位の死者がこの平原に転がっていて、そして街の深奥からは尚、絶える事の無い砲撃音が響き渡っている。

 全面開戦の総力戦が始まって、まだ二日と経っていない状況で、これだ。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が宣言した通り、両国は着々と、破滅への歩みを進めているように思えた。

 

「――エリサ……ッ」

 

 求める人が生き残っているかどうかさえも、既に怪しかった。この戦場の骸の一つと化していても、何ら不思議はないほどに、セスリムニルの地には、死が蔓延している。焦燥にジリと滲む汗を拭うと、ジェイは愛機の機首を、崩落したセスリムニルシティの城門へと向けた。

 

 

 

 戦いは、尚も続いている。

 撃ち合いの果てに廃墟と化した市街地の中は、まるで迷宮のようで――《レッドホーン》や《ライガーゼロ》、《ゴジュラス》や《アイアンコング》と言った両国の主力ゾイドが、まるで前衛的なオブジェのように、路肩へと撃ち捨てられていた。

 

 燻る戦火と崩壊の土埃でおぼつかない視界の中を、恐る恐る歩み進めていたジェイは、不意に弾けた砲撃音に目を剥く。眼前、百五十メートル程先のスクランブルで、一機の共和国軍の機体を、帝国の高速ゾイドが三機掛かり嬲っている。《セイバータイガーAT》と《ライトニングサイクス》――そしてもう一機は、先に遭遇した新型ゾイド《ジェノフレイム》であった。相対するのは、共和国軍が先日就役させたアンキロサウルス型の重砲ゾイド《ガンブラスター》で、傍らに崩れ落ちた僚機を庇うように、一対多の、しかも相性的に不利な対高機動ゾイド戦を演じている。

「……ッ!」

 《ガンブラスター》が庇う瀕死のゾイドが、かつてエリサ・アノン少尉の搭乗していた《ディバイソン》だと見取った瞬間――ジェイの血が、クワと沸き立った。

 声にならない絶叫を上げて機体を反転させると、『ロケットブースター』を噴射、最高速の突貫で《ライトニングサイクス》を突き飛ばす。華奢なサイクスのボディが建造物に激突し、真っ二つに折れ曲がるのを横目に確かめると、クルと機体を反転させて『レーザーブレード』を展開、急襲に浮足立った《ジェノフレイム》の首を刎ねた。

 火花を上げて崩れ落ちる、新鋭機の残骸。残るセイバーへと、矛先を向けようとしたジェイだったが――不意に上空より、『ビームガトリング』の連弾が降り注ぎ、《ブレードライガー》の足元を抉る。チ、と舌打ちをして見上げた先、ビルの屋上へと陣取った《ダークホーン》が、牽制射撃を見舞って来たらしい。

 『アタックブースター』を破棄してきた通常の《ブレードライガー》で撃ち合いをするのは難しい、煩わしさにギリと奥歯を噛んだジェイだったが――ズンと《ブレードライガー》を退けて前に出た《ガンブラスター》が、その背に負った大量の銃器から、閃光を吐き出す。

 計二十問にも及ぶ複合光線兵器『ハイパーローリングキャノン』の掃射だ。足場の建造物事《ダークホーン》の重装甲を蜂の巣にすると、次いで機首を薙ぎ、後退を始めていた《セイバータイガー》へと叩き込む。軽装の高速ゾイドには過剰とさえ言える砲火の雨、セイバーの半身は文字通り『消滅』し、残る半身も着弾の衝撃で大地を滑り、粉々に砕け散った。

(高速戦闘隊の援軍か……? なんにせよ、助かった)

 群がる敵機を退けて、《ガンブラスター》のパイロットから通信が入る。ライガーの踵を返して、倒れ伏した《ディバイソン》を見遣ったジェイは、砕けた機体に「エリサ……」と呼び掛けたが、(エリサ? 違う、ソイツはバルーク軍曹だ)と、《ガンブラスター》のパイロットが間へと入る。

 助けたのが目的の人物でないと分かり、行かないと――とジェイが急いた時だった。

(待て、この先は止せ! 街の深奥では、まだヤツ(、、)が戦っている。そんなゾイドでは死ぬだけだ!)

ジェイ機の挙動に、慌てて《ガンブラスター》が道を塞いだ。「ヤツ? ヤツとは《デスザウラー》の事ですか?」と語気を強めたジェイは、《ガンブラスター》へと詰め寄ると、

終末作戦(オペレーション・ラグナロク)で、対《デスザウラー》を想定した決死隊が編制されていたはずだ。このセスリムニルに、それは投入されているのですか? 教えてください!」

 と、声を荒げる。鬼気迫る彼に(……どこの所属の者だ、君は。一体、どんな指令を帯びてここに来た?)と、戸惑った《ガンブラスター》。やがて、無言を貫くジェイに折れる形で、重い口取りで告げる。

(確かに、決死隊の増援は到着しているが……あれでは不完全だ。《デスザウラー》のパワーは、我々の想定を遥かに超えている。未完成で、しかも数で劣っている《マッドサンダー》では、抑えきれない)

「……《マッドサンダー》? 共和国軍は《マッドサンダー》を再生させて、導入していたのか!?」

 今度は、ジェイが戸惑う番であった。

 《マッドサンダー》とは、旧大戦時にへリック共和国の至宝的ゾイド設計士・ハーバード・リー・チェスター教授によって開発された、対《デスザウラー》用のトリケラトプス型巨大戦闘機械獣である。先の惑星Zi大異変でその野生体は死滅し、また機体に導入された技術の多くも失われたというが――へリックもまた極秘裏に、死竜に対抗するための戦力を用意していたという事になる。

(ああ……だが言ったろう、あれは完全じゃないんだ。我々が後退を始めた時点で、既に半数近い機体が《デスザウラー》部隊に破壊されていた。この戦線は、いつまで持つか分からないぞ)

 それはおそらく、ジェイに対する最終通告だったのだろう。だが、引き下がる気など毛頭なかったジェイは、一切の躊躇なく機体を進めた。特務隊の配備機体が《マッドサンダー》ならば――エリサ・アノンがそのパイロットとして従軍しているのならば、間違いなくこの先に彼女は居る。

 ジェイの決意の程を見取ったのか、それとも彼を酔狂な男と軽んじたのか――《ガンブラスター》のパイロットは、それ以上引き止めなかった。「……ありがとう」と短く礼を返したジェイは、朦々と噴煙の立ち込める中心市街地へと、《ブレードライガー》を進ませた。

 

 

 

「なんだ……これは……」 

 たどり着いた先で、ジェイ・ベックは戦慄する。セスリムニルの中心は、既に市街地の様相をさえ残していなかったのだ。粉砕された建造物の残骸が敷き詰められた、すり鉢状の瓦礫帯の中に、巨大な鉄塊が数機、まばらに鎮座する――いわば『巨大ゾイドの墓場』とでも言うべき光景が広がっていた。一つは、ジェイがオリンポスで目にした骸と同じ死竜《デスザウラー》。そしてもう一つは、灰色の重装で身を固めた、見慣れない巨大ゾイドだ。あの《ウルトラザウルス》にも匹敵しよう巨体だが、《デスザウラー》のような凶悪な思惟は感じない。おそらくはこれが、《マッドサンダー》であろう。

 両者とも十を超える機体が、この戦場で動かぬ残骸と化している。中にはコクピットブロックを撃ちぬかれ、また抉られた機体もおり――ジェイは思わず、声高に叫んでいた。

 

「アノン少尉、何処にいる――返事をしてくれ、エリサッ!」

 

 ジェイの絶叫に応えたのは、夜闇を劈く咆哮だった。

 次いで、振動。機獣達の亡骸の合間よりヌッと這い出したのは、縺れ合う二機の恐竜型ゾイドの機影だった。一機は大型の削岩用チェーンソーを備えた改造機《ゴジュラス・ザ・バズソー》、そしてそれを追い立てるように牙を剥いた黒い巨影は――、

 

 ――まごうこと無き、死竜《デスザウラー》である。

 

 大型の『ハイパーキラークロウ』を振るい、無雑作に《ゴジュラス・ザ・バズソー》を叩きのめした死竜が、もう一度力強い咆哮を上げた。重々しい恐竜型金属生命体の轟咆の後に、まるで管楽器でも奏でたかのような鋭い残響が遅れて響く、独特の咆哮。口腔に『大口径荷電粒子砲』の砲身と、それを使用するための超大型粒子加速器を内蔵した、《デスザウラー》独自の声帯(、、)が生み出す無二の雄叫びであり――へリック共和国の人間ならば、旧大戦の資料映像によって一度は耳にしたことがあろう、死竜の奏でる『滅びの歌声』だ。

 ゾワと粟立つ背筋に、ジェイは一瞬動けなくなる。

 ギンと紅く輝いた双眸で、《デスザウラー》がジェイ機へと振り返った。だが、必殺の『荷電粒子砲』を撃ち込んでくる気配はない。どうやら此処までの戦闘で酷使し過ぎ、背部の『荷電粒子強制吸入ファン』が焼き付いているらしい。代わり、大型ゾイドとは思えぬ瞬間的な機敏さを持って、その巨体に依る当て身を見舞おうと迫って来た。初めて直に聞いた《デスザウラー》の声に萎縮していたジェイは、反応できずに立ち尽くしている。――やられる、と、思わず目を伏せた時だった。

 不意にジェイの背後で倒れ伏していた雷神《マッドサンダー》が起動して、《ブレードライガー》を庇うように前に出た。《デスザウラー》の『ハイパーキラークロウ』を、突き出た二本の大角『マグネーザー』で捌くと、その首元へ、深々と突きつける。喉笛を貫かれた死竜は口腔から火花を吐いて停止し、ゆっくりと崩れ落ちた。

 

(青い《ブレードライガー》……ジェイ・ベック少尉なの……?)

 

 ノイズ交じりの音声に、ジェイの心が粟立つ。

 戸惑いを滲ませ、また在りしの彼女の陽気さとは違う、幾分影のある風を感じさせるものの――生来の穏やかな性格を感じさせる、柔らかい女性士官の声色は、間違いなくエウロペで行動を共にした、エリサ・アノン少尉のそれだった。

「エリサ――そこに居るのか、エリサッ」

 と、ジェイはゆっくりと、目の前に立った《マッドサンダー》の機体を見上げる。厳めしい程に重厚な機体は、この二日で相当な戦いを経験したのであろう、既に各部の装甲が砕け、後脚部の駆動節が一か所砕け散っている。歩く事さえままならなくなった《マッドサンダー》だが――それでもジェイは、エリサの無事にかつて無い程の感動を覚えていた。

「エリサ、無事なんだね……俺は、君に会いに来たんだよ」

 安堵の声を漏らすジェイに対して、エリサ・アノンの返答は悲痛な物だった。(どうして、ここに……? 来てはいけないんです、そんなゾイドじゃ――)と、戸惑う彼女の声に――あの、『死竜の唄』が重なる。

 真っ直ぐに伸びた蒼白い熱線が、《マッドサンダー》の背中を掠めた。

 不健全な光の奔流が、腰部に備えた雷神の生命線『ハイパーローリングチャージャー』を撃ち抜く。大出力の光線兵器だ、誘爆が更なる破壊を呼び、《マッドサンダー》の半身を完全に停止させた、苦悶にのたうったそのコクピットの中で、エリサの悲鳴が木霊する。

 

「――エリサッ!」

 

 狼狽えたジェイは、視界の端より迫る、もう一体の死竜を見た。おそらくは指揮官機であろう、背部に『ハイマニューバスラスター』と大型『ビームランチャー』他、帝国軍Mk‐Ⅱ部隊の装備する特殊兵装を備えた改造《デスザウラー》だ。しかも――損傷は殆んど無い。先に撃ち倒された機体とは異なり、引き続き『大口径荷電粒子砲』を起動させる事も可能であろう。

 朦々と炎上するエリサのゾイドが、ゆっくりと倒れ伏した。周囲には他にもう動ける《マッドサンダー》の姿もない。立ちはだかる物のいないセスリムニルの中枢で、《デスザウラー》は勝利の余韻すら感じさせる、獰猛な咆哮を上げた。

 

 通信機越し、息も絶え絶えの、エリサの声が響く。

 

(ベック少尉、早く逃げてください……ここに居ては、貴方まで――ッ!)

 

「――いいや、逃げるものか」

 ジェイは即答した。《ブレードライガー》の機体を起動させると、倒れ伏した《マッドサンダー》を飛び越えて、《デスザウラー》の眼前へと立ちはだかる。自身の体躯の二倍はあろう、死竜の威容を、真正面から見据え返して、ジェイはエリサへと言葉を返す。

 

「――この《デスザウラー》は、俺が倒す。今度こそ、君を守るために……命を代えてでもそれを為すために、俺は此処までやってきたんだ」

 

 返答を待たずに、ジェイは通信を切った。これが正真正銘、最後の戦いになる。そんな確証があれど――自分でも驚くほどに、怖れは無かった。

 グッと力強く操縦桿を握ると――まるでそれに応えるかの如く、愛機《ブレードライガー》が《デスザウラー》へと吠え立てる。それは先の死竜の上げた雄叫びにも決して劣らぬ、勇猛な咆哮だった。

 

 


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