ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌― 作:あかいりゅうじ
「へリックとガイロスが、共に滅びる、だと……?」
コーネル・ロドニー大尉が、呆然と反芻した言葉――眼前に現れた未知のゾイド部隊『
フューラ―を初め、
通信は、モニターに映像を移すオープン回線で行われていた。ジェイのゾイドのコンソールにも、フューラ―のパイロットたる男の相貌が映し出されている。青白い肌に、淡い金色の長髪、端正な顔立ちながら、その瞳には人の心の機微を超越した、静かな無機が宿っている。幻の兵団『
「ヴォルフ・ムーロア大佐といったか。穏やかではないな。貴官らはガイロスの地に生き、その国土を守る事を義務付けられた軍人だ。軍人が、母国の滅びを謳うなど――」
言葉を選びながら、コーネル・ロドニー大尉が問うと――ヴォルフ・ムーロアは微かに、その口角を上げた。ズン、と、緩やかな足取りで歩みを進める《バーサークフューラー》に、一層の緊張を強めたへリック軍の機体達が、気圧されるように後ずさる。
(我らが忠誠を誓うのは、ガイロスではない。命を賭すに値するのは、今はこの地上には無い母国――ゼネバスの再興のみ)
ヴォルフ・ムーロアの言葉が合図になったかのように――遥か遠方の空より、紅蓮の焔が上がった。次いで、大気を割くような轟音。「何事か!」と声を荒げたコーネル機に、傍らに控えた《コマンドウルフ》のパイロットが、「――救難信号です!」と叫び返す。
「セスリムニル周辺に展開されていた、第七複合機甲師団より入電! 北方より、ガイロス帝国の大部隊が出現……敵主力機は――デ、《デスザウラー》です!」
通信兵が戸惑いながら告げた名前に、兵達の動揺が広がった。
夜襲を受けていたのは、ジェイ達だけではなかった。帝都ヴァルハラを目指してヴァーヌ平野を進んだへリック共和国の全軍、数万機にも及ぶ戦闘機械獣達。既に三日の日を経て、平原の半分を踏破していた共和国軍だったが――進撃をとめるために、ガイロス帝国の本土守備隊、その総戦力の八割にも及ぶ四十個師団が、ヴァーヌの最終防衛線へと集結、夜の闇に乗じて総攻撃を駆けたのである。
「《デスザウラー》だと!? 馬鹿な!」
怒鳴り返したコーネルが、北東の空を仰ぎ見る。暗夜の空が一転し、緋色の紅蓮によって宵の表情にも似た薄明りを灯すそこは、『ミラージュ』が駐留する現在地からまだ二千キロ近く離れていよう、帝都副都心の中枢・セスリムニル市の方角。帝国軍・ヴァーヌ平野守備隊の本隊が設置されたそこは、今大戦最大の激戦地となろう事を予想されていた地である。へリック軍も、二クス上陸隊中最大規模の複合機甲師団を送り込んでいたが――死竜《デスザウラー》部隊が相手となれば、勝手が違う。控えめに見積もって、後十個師団の増援が必要であろう。
セスリムニルの攻撃隊だけではない、ヴァーヌに滞在した別働隊より次々と救援要請の電信が飛んだ。鳴りやまぬアラート音に固唾を呑みながら、「どうなっている……ッ」と硬直するコーネル大尉。
(エウロペでの戦い、二クスでの戦い……へリックとガイロスが繰り広げた全ての戦いは、この日のために、我が父ギュンターが仕組んだ物だ。二つの大国の終末の果て、
ヴォルフ・ムーロアの通信は、それで途切れた。ほぼ同時、
――終末とはまさに、この夜の事を言うのであろう。
銃火飛び交う乱戦の最中、ジェイは一人立ち尽くしていた。
「《デスザウラー》が、セスリムニルに……」
呆然として、伝え聞いた現状に戦慄する。《デスザウラー》、ガイロス帝国軍最強の戦闘機械獣が、ついに戦線に投入されたのだ。へリック共和国軍にとってそれは、此処までの優勢を一機に覆しかねない、未曾有の緊急事態であろう。
――しかしジェイにとっては、それ以上に懸念するべき事が在った。
(用心しろよ――君がもしエリサ・アノン少尉と再会できる場があるとすれば――そこは間違いなくこの戦いの果て、全ての因果が滅びによって結ばれた終焉の地だ)
ヘリックの『
迷っている時間などなかった――セスリムニルに向かう。
エリサ・アノンがそこにいる、という、天啓にも似た予感が在った。
《デスザウラー》の闊歩するセスリムニルは、絶体絶命の戦場であろう。生きて帰れる保証は無く、また敢えてそうするべき大義もない。軍人として預けられた自分の持ち場、
その時であった。
「――ジェイ……ッ!」
固めた決意を揺るがす程に悲痛な声が、ジェイの耳朶を打つ。
ガリ、と大地を踏んで、《ブレードライガーミラージュ》の残存機が一機、ジェイのライガーに追い付き、その背後に立っていた。心の臓を撃ちぬかれたような鈍い痛みを覚えて機体を停止させたジェイは、ゆっくりと通信モニターに移りこんだ
シオン・レナート少尉の泣き顔が、そこにあった。
「セスリムニルに、行くというのですか? 私の
シオンの追及に、苦しそうに目を伏せたジェイ。
今なら、全てを察することが出来た。シオンが言い淀んだエリサの所在、彼女が救えぬと断じた究極の死地の正体。へリック共和国が
ジェイ・ベックは、静かに問うた。
「シオン、君は知っていたんだね……エリサの居る特務隊は、帝国が《デスザウラー》を投入してきた際に備えて結成された――セスリムニルに、彼女がいるんだ。そうだろう?」
シオンは応えない。幼子みたく俯くや、唯々嗚咽を上げて、流れる涙を拭い続ける。
「――ジェイ、行かないで。《デスザウラー》に殺されるわ。私と一緒に居て……お願い」
懇願した彼女に、ジェイはゆっくりと頭を振った。彼女の悲痛な姿に、「赦してくれ、シオン」と詫びたジェイは、《ブレードライガー》の機首をシオン機へと向けると、そのキャノピーを開ける。
「へリックのために戦いに来たわけでもない。君を守れと告げた、レナート大佐の大願も果たせないで……とっくの昔に、俺は戦えなくなっていたんだ。けれど――失った大事なモノを、取り戻したくて。ただエリサを、死なせないために……彼女の代わり、
ジェイの告白に堪えきらなくなったかのように、シオンは一層大きな声を上げ、泣いた。
同時、さらに強まる戦火の雨。
これ以上、呆けている時間は無かった。
「赦せ、シオン。そして――
最後に言い残して――ジェイは再びメイン動力炉を起動させる。待ち受ける終焉に盾突くかのごとく、力強い咆哮を上げた愛機《ブレードライガー》、グンと加速した機体が二クスの暗夜へと全力の疾走を掛けた。
目指すは、終焉の地・セスリムニル。(嫌だ……嫌だ、嫌だ――ジェイ、待って――ッ)と、スピーカー越しに残響する、シオンの慟哭。それを振り切るように、一層強く、アクセルを踏み込む。
(嫌だよ、ジェイ……私を守ってよ。だって……
直後、轟と爆ぜた雷霆が、ジェイの背後で煌めいた。
《バーサークフューラー》が撃ち放った『荷電粒子砲』の輝きが、へリック駐屯地を薙ぎ払うかのように、光の鞭を振るう。シオンの泣き声は炎上する焔の嘶きにかき消されて聞こえなくなり――やがてその姿も、なだれ込む光の奔流の中に呑まれ、消えて行った。