ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑥ 不安

 地面に叩きつけられた《レッドホーン》が、喰らいつく《シールドライガー》を引き剥がそうと身を捩る。必死の抵抗――それを畳み掛けるかのように、ライガーは両の前足で《レッドホーン》の胴と頭部を抑え付けた。全体重が乗った電磁爪・『ストライククロー』が、『動く要塞』の重装甲を踏み砕き、土色のオイルが吹き出す。

 白兵戦へと移行した《シールドライガー》の力は、圧倒的であった。ビームコートを纏った口腔の牙・『レーザーサーベル』が重装甲を軽々と突き破り、喉笛の奥へとめり込んでいる。武装の精度だけではない、100t近い自重持つはずの《レッドホーン》を、易々と引き倒す膂力。一度喰らいつけば離さない、獰猛すぎる程の闘争本能。その全てが、《レッドホーン》を蹂躙したのだ。

 脊椎を噛み砕かれた《レッドホーン》が完全に機能を停止すると、その亡骸から、己が頭を乱暴に振り抜く《シールドライガー》。勢いで《レッドホーン》の頭部は千切れ飛び、赤い装甲片と機械油が、血飛沫のように辺りに散った。

 

 さっきまでの悪戦が、まるで嘘のようだ。――勝てる。今の自分は、《シールドライガー》の力を完全に引き出せている――ジェイ・ベックが、そう確信した時だった。

 

 凄まじい程の衝撃が、《シールドライガー》の機体を跳ね飛ばした。もう一体の《レッドホーン》が突貫を掛け、『クラッシャーホーン』の一撃を、その土手っ腹に叩き込んだのだ。今度はライガーが横転し、地面へと打ち付けられる番だった。「グッハ……ッ!」と嗚咽を漏らしたジェイは、直後に自分の置かれた状況に気づいて驚愕し、目を剥く。

 単機で接近戦を挑んだジェイの《シールドライガー》は、帝国機甲軍に完全に包囲されていた。

 未だ健在の《レッドホーン》は、五機。《イグアン》に至っては十機強が健在である。そのど真ん中で、ジェイのライガーが硬直し、動けないでいる。

《イグアン》達のレーザー機銃が、一斉に火を吹いた。咄嗟に『エネルギーシールド』を展開したジェイだったが――最大出力を限界まで維持したせいか、パワーダウンを起こしているらしい、防ぎきれなかった光線がライガーの手足を撃ち貫いて、火花が上がった。。

 《イグアン》だけではない。僚機を破壊され、怒りに燃える《レッドホーン》達が、一斉にリニアキャノンの銃口を向ける。

「クソ……早く立て――立ってくれッ!」

 絶叫したジェイは、必死に操縦桿を揺するが――損傷著しい《シールドライガー》のコンバットシステムは、既に停止していた。これではコクピットから機体を操作する事ができない。すなわち、次に飛ぶ敵機の一斉射撃を躱す事は、不可能――。

 

 今度こそ、最期。浅はかな突貫で高揚した自分の行いを、ジェイは悔いた。――やられる、と目を伏せたその時、

 

「――ベェエック!」

 

 高密度ビームの光弾が眼前を横切り、《レッドホーン》達の機体に直撃する。

 次いで、《コマンドウルフ》達のビーム砲座。レーザーが《イグアン》の装甲を撃ち抜いた。たちまち包囲陣形が乱れ、後ずさる帝国軍――噴煙に曇るキャノピーに目を凝らし、ジェイは悟った。

 

 通信機に爆ぜた声は、小隊長・コンボイ大尉の物だった。振り返ると、大尉の《シールドライガー》率いる(アルファ)分隊が前に出るや、帝国軍に集中砲火を見舞っていた。 コマンドのビームに《イグアン》が砕け――そしてコンボイの《シールドライガー》の砲撃が、あの《レッドホーン》の装甲を粉砕する。

 小隊長コンボイの機体は、ただの《シールドライガー》ではない。その背には、自身の全長の半分以上あろう長大な砲塔を、二門背負っている。《シールドライガー》の弱点である砲撃力を補うべく、エネルギータンクと直結した大型のビームキャノンと二門追加した改造機――旧大戦時『Mk‐Ⅱ』型として製造されたモデルと同型のそれは、《シールドライガー・ダブルキャノンスペシャル》と呼称される特別機であった。運動性と機動性は幾分か低下するものの、その重火力は、大型ゾイドの装甲を容易く撃ち貫くものだ。ジェイ機の撃破に気を取られていた《レッドホーン》達は完全に浮き足立ち、内二機にダブルキャノンが直撃、爆散した。

「今だ、撃ちまくれぇ!」

「――ジェイ少尉ィッ!」

 グロックの(ブラボー)分隊、フリーマン軍曹の《コマンドウルフ》も、(アルファ)分隊の攻撃に同調して、集中砲火を掛ける。コマンドのビーム砲座が、ライガーのミサイルポッドが火を吹いて、帝国軍の機体を焼いた。さらに三機のイグアンが爆散し、《レッドホーン》一機が中破、苦悶の咆哮を上げる。

 

 

 ――数の差はあるものの、戦いの流れは307小隊に向きつつあった。

 

 

 帝国軍の部隊長は、次軍の不利を見取ってたのであろう。指揮官機と思われる、クラッシャーホーンの後ろ、コクピットハッチに小角の装飾を付けた《レッドホーン》が嘶き、全軍に後退の指示を出した。こちらを睥睨したまま、ゆっくりと下がっていく《レッドホーン》と《イグアン》の部隊。

 

「――深追いはするな。敵の増援が現れる可能性は高い、我々も早急にこの場を離れる」

 

 指示を出したコンボイ大尉に、異を唱える者は居なかった。

 

 再び、通信が入る。「ジェイ少尉……ご無事ですか?」と部下の声が聞こえて、

「ああ……大丈夫だ。ライガーも、動けるまでには回復した」

 数秒の間の後、ジェイは返答を返した。

 放心状態だった――あの時コンボイ大尉の援護が無ければ、ジェイの《シールドライガー》は敵の集中攻撃で終わっていたのだ。この戦い、上官の冷静な判断と偶然が重なって、ジェイは生き延びる事が出来たのだ。

 

 

 

 野営地まで戻って来た「307小隊」の人員に、言葉は無かった。

 予想外の大部隊と邂逅して、交戦の結果――(ブラボー)分隊の《コマンドウルフ》一機が中破、(チャーリー)分隊の《コマンドウルフ》一機が損失、同機の隊員一名が死亡。そして、ジェイ少尉の《シールドライガー》も損傷した。どうにか退けたとはいえ――総力で勝る帝国軍は、次々と同規模の部隊を送り込んでくるだろう。対して共和国軍の消耗は、確実に蓄積していく。戦況の不利は、小隊の皆に先の見えぬ不安を与えている。

 

 

 日が落ちて、ミューズの森を深淵が包み込む。先の戦いの残滓か、それともどこかで別の隊が帝国軍と交戦したのか、森を往く夜風は、どこか鉄の焦げた匂いを孕んでいた。《シールドライガー》のメンテナンスに勤しみながら、ジェイは鼻孔を掠める匂いに気落ちする。

 幸い、ライガーの損傷はそれほど大きくなかった。金属()()()・ゾイドは、自らの傷を修復する「自然治癒能力」がある。戦闘兵器として改造された後にもそれは失われず、多少の損傷は時間経過に合わせて再生していく。帰還早々、代謝を高めて再生を促す『ゾイドコア活性化イオン』を投与した甲斐もあり、レーザー機銃で受けた弾痕は、既に治癒しつつある。クラッシャーホーンを受けた腹部の損傷は大きいが、それでも二日もすれば十全に動けるようになるだろう。

 先の戦いでビーム砲座のハッチに詰まった木片を取り除こうと、ライガーの背に登ったジェイ。すると、

 

「――ベックっ!」

 

 荒々しい怒声が真下から響いた。

 夜闇のせいで姿は確認できないが、グロック少尉の声だ。彼の意図は分かっている、ハッ、と短い溜息を吐くと、ジェイは《シールドライガー》から飛び降りた。案の状、仁王立ちしたグロックの巨体が在り――その双眸から、怒りの籠った眼差しがギラと光る。

「……分かっているんだろうな?」

「……と、言いますと?」

「とぼけるなッ! 貴様は俺の指示を無視した揚句、一人突貫して隊列を乱した! お前の尻拭いをする羽目になったコンボイ隊長は、一歩間違えれば撃墜されていたんだぞ……分かっているのか!」

 グロックの言い分はもっともだ。しかし、あの状況で火器を取り扱う事ができなかったジェイは、隊に貢献するため――生き残るために、最善の判断をしたつもりでもあった。

「自分は、火器は使えなかった。ライガーで《レッドホーン》を倒すには、白兵戦を挑むのが最善だと、自分は――」

 思わず言い返したジェイに、グロックの拳が飛ぶ。

 

 

「それで貴様一人が死ぬというのなら、構わん。だが、実戦は違う。一人の判断ミスが、隊の全体に関わる。軽率な行動しかできぬというのなら、ゾイドに乗る資格など無い!」

 

 背を向けてキャンプへと戻るグロック。その叫びに、何も言い返すことはできなかったジェイ。呆然とへたり込んだまま、遠ざかっていく背中を見つめていた。

 

 痛感する。実戦で戦っているのは、目の前に立つ帝国軍だけではない。自らの命を失う恐怖、最善の判断を下さなければ、己が呼び込んだ『死』に、仲間達を巻き込んでしまうという恐怖。自らを苛む多くの恐怖に堪えながら、彼は自分を、そして仲間を守らなければならないのだ。ただ我武者羅に戦うだけでは敵わない『責務』が、ジェイという個人に圧し掛かる。

 戦死したマーチン軍曹の断末魔が、脳裏に焼き付いている。考えも無しに先行し、敵部隊の攻撃を許した。マーチンの死だって、遠因はジェイに在る。

 

(次に実戦に出て、もしもまた……隊を危険に晒してしまえば……俺は――)

 

 今の自分に、戦えるのか――このまま戦場に出て過ちを犯せば。次は何人が死ぬのか。自分だけじゃない。コンボイ大尉、グロック――もしかしたら、へリック共和国全軍かもしれない。

 戦意を喪失しかけたジェイに、《ネオタートルシップ》で出会った、あの老整備兵の言葉が蘇る。

 

(ゾイドは生きてる……お前さんがコイツを信頼すれば、助けてくれるさ――どんなに過酷な戦場でも)

 

「《シールドライガー》……俺は……俺達は、どうしたら――」

 身を起こしたジェイは、愛機《シールドライガー》を振り返った。土埃に汚れ、損傷の跡が残った蒼い機獣。機体に触れたジェイは思わず一人ごちた。

 

 

 

 ガサ、と、草を踏み締める音が鳴った。この深夜、野営地を訪ねる者――森に住まう生き物か、それとも帝国軍の放った偵察兵か。感傷を吹き飛ばされたジェイが、ホルスターから自動小銃を引き抜いて森へと向けると、

「おいおい……あんまりいきり立つなよ、『ブルー・ブリッツ』」

 気だるそうな嗄れ声が、ジェイを諌めた。「お前――ツヴァイン……」と、ジェイは男の名前を呟く。307小隊に同行していたはずの傭兵。だが、出撃と同時に索敵に出てから、姿を眩ませていた。帝国軍との戦闘にあっても現れなかったその男が、今戻って来た。訝しげに眉を顰めたジェイは、銃を突きつけたまま問う。

「今までどこに行ってた? 俺達が戦ってる間、お前は何を――」

 ハッ、と笑ったツヴァインが、ワザとらしく両手を上げると、「吠えるなよ。俺は、俺の役目を全うしていただけさ」と、悪びれもせずに即答する。

「役目だと……?」

「そう、役目さ。コンボイの旦那が言っただろう? 先行して、探って来いって。それをやって、今戻って来たんだよ」

「ふざけるな。敵と邂逅しても、お前は現れなかった」

「ああ、お前らがアイツらを引き付けてくれたおかげで、やりやすかったぜ」

 どうにもかみ合わない会話に、ジェイは怪訝を深める。

 彼の葛藤をまるで意に介さず、「もういいかい? コンボイの旦那に会わせてくれよ」とツヴァインは飽きれた風に懇願した。

 

 

「――森の向こうに、帝国軍が前哨地を作ってる。大部隊を派遣する気だ……早急に潰しておかないと、このゲリラ前線、瓦解するぜ」

 

 

 


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