ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑩ 終末の序曲(後)

(敵は、確かに《ライガーゼロ》だったんだな!?)

(間違いありません、見た事の無いアーマーを装備していましたが……確かに《ライガーゼロ》でした――グァッ!)

 

 《ブレードライガー》を起動させたジェイは、ピーター・アイソップ大尉と配下の者が交わした通信を傍受すると、その内容に眉を顰める。

「帝国側の《ライガーゼロ》……間違いない、《ゼロイクス》だ」

 と、ジェイは先日目にした報告書を想起した。元より《ライガーゼロ》は、共和国が西方大陸戦争末期にガイロス帝国が開発していた新型高速戦闘用ゾイドを奪取し、完成させた機体だ。ガイロス帝国が同型の機体を完成させても、なんら不思議はない。

 一月前・トリム高地に築かれたヘリックの前線基地にて初めて確認されたそれは、共和国側からは《ライガーゼロ・イクスアーマー》、もしくは短縮して《ライガーゼロイクス》・《ゼロイクス》、帝国側では《ライガーゼロ》の名を冠さず、単に《イクス》と呼ばれる。光学迷彩と電撃兵装を備えた新鋭のステルス機であり、未だ最前線での目撃情報は無かった《ゼロイクス》だが――無線機越し流れてくる混乱の叫びと断末魔を聞けば、その性能は想像するに難くない。

 

 

 ジェイが最前線へと辿り着いた時には、既に友軍は崩壊寸前であった。迎撃に出た共和国性高機動ゾイドの合間を、バチバチと弾ける稲妻だけが駆け巡り、次々となぎ倒していく。光学迷彩が機能しているのだろう、敵の姿は目視できず、青白い閃光がひとりでに這って《シールドライガー》を、《ブレードライガーミラージュ》を――そして後方に控えた強襲戦闘隊用の重戦闘機械獣を焼いていく様は、何か悪い冗談のように思えた。

「腐れ野郎が――こそこそしてねぇで、正面切って来やがれ!」

 ピーター・アイソップ大尉の怒号が響いて、彼の《ブレードライガーミラージュ》が前へ出る。蛇のように這いまわる迅雷を追いかけて、『ハイデンシティビームガン』を掃射。絡みつく高密度ビームの余波が掠めて、光学迷彩がショートした。夜闇より朧と浮かび上がった黒い《ライガーゼロ》の姿に、間髪入れず『アタックブースター』を全開にしたアイソップ。止めを見舞おうと突貫を掛ける。

「ケヤァアッ!」

 駆ける《ゼロイクス》に、時速330キロの最高速で追い縋ったアイソップ機だが――不意にイクスが回頭して、それを迎え撃った。

 小回りの利いた、機敏な旋回。「何――ッ!?」と息を呑んだのも一瞬、次の瞬間展開されたイクスの長剣『スタンブレード』が、《ミラージュ》の半身を掻っ捌いた。砕け、横転したアイソップの機体に振り返ると、今度はその切っ先を翳して、高電圧の砲弾『エレクトロンドライバー』を撃ち放つ。巨大なエネルギー波が、動けないライガーの躰を横断し、そのゾイドコアごと真っ二つに引き裂いた。

 

 レオマスターの駆る《ブレードライガーミラージュ》が、一瞬で敗北した。

 

 後手に回り動転した混乱を突いたとはいえ、《ゼロイクス》は単機で、既に二十機近い戦闘機械獣を破壊している。圧倒的なパワーを見せつける暗黒獣王を前に、共和国守備隊の指揮系統は完全に麻痺し、身動きが取れずに立ち尽くす機体でごった返していた。指揮官・アイソップ大尉を落とされた《ブレードライガーミラージュ》達も例に漏れず、「立ち止まるな、後退しろ! 留まっていても、《ゼロイクス》の的になるだけだぞ!」と、コーネル大尉の必死の扇動が響いた。

 

「後退は、駄目だ……アイツを叩くなら、光学迷彩が解けている今しかない」

 

 惑う共和国軍を退けて、ジェイはどうにか《ブレードライガー》を最前へと進める。時間が経てば、ビーム攻撃の余波でショートした《ゼロイクス》のステルス機能が復活し、再び一方的な戦いになりかねない。《ライガーゼロ》自体の基本性能は、共和国性のそれとは変わらないはずだ。肝心のステルス機能を失っている今こそ、正面切っての戦闘で勝利できる、最大の好機だと、ジェイは確信する。

 平静を失った友軍に、率先してそれをやれというのは酷であろう。唯一冷静なコーネル・ロドニー副官も難しい。味方の統率に手一杯だし、何よりアイソップ大尉に続き彼まで撃墜されたら、それこそ『ミラージュ隊』は立て直せなくなる。

 何をするべきなのか理解したジェイの行動は早かった。今の彼には、この不作法な客人に時間を割いている余裕などない。ニクスへの旅路の中、ずっと追い求めていたモノへの手掛かりが、ようやっと見つかったのだ――逸る気持ちを抑えて、ジェイは《ブレードライガー》の機体を《ゼロイクス》へと向けた。

 

 

 ジリジリと後ずさるゾイドの中、ただ一機《イクス》へと駆けたジェイの《ブレードライガー》は、その蒼い装甲も相まってさぞかし目についたことだろう。ギロと翠眼を輝かせた暗黒獣王の機体がバチバチと稲妻を湛えるや、真っ先にジェイのライガーへと放電する。爆ぜる雷電を『Eシールド』で凌ぐと、すぐさま『スタンブレード』を展開し、白兵戦へと移行してきた。

(なるほど、そう言う機体か……ッ!)

 煌めいた斬撃を紙一重で躱しながら、ジェイは《ゼロイクス》の特性を把握する。後発機故の長であろう、おそらくは共和国製《ライガーゼロ》の武装体系を解析し、砲撃、格闘能力、運動性の全てを高水準でまとめている。

 

 そして、猛獣型戦闘機械獣の高い運動性と、それを阻害しないコンパクトさで完成した射撃・白兵戦兼用の『ブレードユニット』――《イクス》の武装配置は《ライガーゼロ》のどの形態よりも、この《ブレードライガー》に近い。

 

 コントロールパネルを操作して、ジェイは『アタックブースターユニット』を切り離した。元より機体特性が近いのならば、次に勝負を分けるのはパイロット――如何にゾイドと同調し、その性能を完璧に引き出せるかが鍵となる。ならば、機動性・砲撃力の強化と引き換え、操作性を幾分ピーキーな物に変えてしまう増加兵装よりも、ゾイド本来の挙動を生かせる通常装備の方が、乗り手としては都合が良い。

 《ブレードライガー》が跳躍して、《ゼロイクス》の喉元へと食らいついた。軽量化し、戦闘機械獣本来の闘争本能を十全に活かした一撃。負けじと爪を立てた《ゼロイクス》も、ガリガリとライガーの肩口を抉る。一見すれば互角――だが、如何にオーガノイドシステムの機能を制限されていない試作型《ブレードライガー》と言えど、最新鋭の技術・ノウハウを持って産み落とされた《ゼロイクス》とでは、機体の完成度に大きな開きがある。地力の差から、徐々に押され始める。

 壮絶な取っ組み合いの末に、《ブレードライガー》を跳ね飛ばした《ゼロイクス》。バチバチと稲妻を纏った『スタンブレード』を翳して、暗黒獣王が吠えた。先にレオマスターの駆る《ミラージュ》を退けた、必殺の放電攻撃が来る。

「クッ――させるか!」

 ほぼ同時、ジェイの《ブレードライガー》も『レーザーブレード』を展開、ビームコートの出力を最大まで引き上げて、突貫を掛けた。霹靂が轟くまで、二秒と無い。間に合え、と身を強張らせながら、ジェイは渾身の一撃を放った。

 

 バリバリと煌めいた『エレクトロンドライバー』の稲妻を飛び越えて、一閃。

 

 運動性能は、やはり《イクス》が上だ。剣閃は、《イクス》を撃墜するには至らない――だが、電撃兵装を機能させる腰部の『ドラムコンデンサー』を掠めていた。暗黒獣王が纏う電撃兵装が、エネルギーの供給を断たれて光を失う。

 

 

 

 ジェイの奮闘が、共和国の友軍を立ち直らせる時間を稼いだ。激戦の果てに微かながら損傷した《ライガーゼロイクス》を見取って、兵の士気も取り戻される。「『ブルー・ブリッツ』に続け! 所詮は一機だ、ステルス機能が使えない状況ならば、包囲して潰せる!」と、コーネル・ロドニー大尉が捲し立て、《シールドライガー》《コマンドウルフ》を初めとす高機動ゾイドが、《イクス》へと迫る。

 ステルス機能と電撃兵装を失った《ゼロイクス》は、既に袋のネズミだった。ジリと慄き後退しようとするそれに共和国全軍が群がろうとした時だった。

 

 

 ――不意に、轟と伸びた雷霆。

 

 

「これは――荷電粒子砲……ッ!?」

 《ブレードライガー》を起こしたジェイは、眼前を横切る不健全な光の奔流に目を剥く。彼方より伸びた蒼白い帯が、ジェイ機の鼻先に在った大地を抉り、突貫を掛けたへリック軍の先方機達を纏めて消し飛ばした。爆発、炎上。噴煙の向こうに、《ライガーゼロイクス》と――見た事の無いシルエットのゾイド部隊が、姿を現す。

「帝国の増援か……ッ!?」

 狼狽えたコーネルの声に、……いや、と応えたのは、ピーター・アイソップ大尉だった。愛機《ブレードライガーミラージュ》は破壊されたものの、一命は取り留めていたらしい。「あの部隊章……閃光師団(レイフォース)の報告に在ったモンと一致するぜ……」とごちたアイソップの声に、ジェイも思わず固唾を呑む。

 損傷した《ゼロイクス》を庇うように大地から這い出たのは、超小型のカマキリ型ゾイド《ディマンティス》、同ディロフォサウルス型の《ディロフォース》。そして、その群れの中に在って一際勇壮な白いティラノサウルス型ゾイドの機影が、荷電粒子砲の残留電子を湛えながら、ゆっくりと歩みを進めて来る。ジェイがこれまでに見た事の無い威容――大型のブースターパックと、それに重なった二対の大型ドリル『バスタークロー』を抱えた重装の機影ながら、無骨な感は一切ない。全身を覆う白い装甲は凹凸が無い無機的な物で、戦闘機械獣の持つ生物性の全てを包み隠したそれは、さしずめフルプレートの甲冑を纏っているかのようだった。

 

鉄竜(アイゼン)騎兵団(ドラグーン)だ……」

 

 通信機越し、誰かが呆然と呟く。

 

鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)? では、あれが《バーサークフューラー》か……?」

 応じるコーネル副官の声にも、緊張の色が見て取れた。二クス大陸に在って、へリック軍のみならず、ガイロス帝国の守備隊にまで攻撃を加えているという、未知のゾイド部隊。へリック共和国の精鋭閃光師団(レイフォース)さえも壊滅に追いやったぞれが、帝都ヴァルハラを目の前にしたこのタイミングで姿を現したのだ。

 

(――私は、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のヴォルフ・ムーロア大佐)

 

 抑揚のない、若い男の声が鳴った。眼前に顕現した《バーサークフューラー》からの通信。ズンと緩やかな足取りで最前へと進み出た白い機龍は、真っ赤に輝く相貌で、立ち尽くしたへリック軍の一団を見据える。

 

 

(貴殿らをヴァルハラまで抜けさせるわけには行かない。へリックとガイロス、この戦争に勝者は必要ない。両国の全軍はこのヴァーヌ平野で全霊の下に戦い――そして共に滅びるのだ)

 

 

 


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