ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑨ 終末の序曲(前)

 

 

 ――ZAC2101年 10月下旬 暗黒大陸二クス ヴァーヌ平野南東部・へリック共和国軍駐屯地

 

 

 吹き荒ぶ夜風。

 既に初冬の様相を醸す暗黒大陸のそれは、しかし――驚くほどに冷たくない。昼間に勃発した乱戦の余熱が混じって、焦げた匂いを湛えた生暖かい大気と変わっている。暗夜の荒野の中、あちこちでチリと燻った焔は、まるでここで命を散らした者達の、霊魂のようにも思えた。

 負傷した右の腕を庇いながらヨロと立ち尽くし、友軍の野営準備を見守っていたピーター・アイソップ大尉だが、ふと目に付いた遠景に、そんな感慨を覚えた。

「……アイソップ」

 不意に呼び掛けられた声に、振り返る。見遣った先に、副官コーネル・ロドニー大尉がいた。『ミラージュ高速戦闘隊』結成以前からの知人で、アイソップも「――よう」と、ニヤと笑みを返す。表向きは隊長とその補佐官、という立場に隔てられているが、階級は同じ、気心も知れている中だった。二人きりの時は立場を交えず、砕けた風に話す事ができる。

「こないだは、悪かったな。ぶん殴ったりして」

「その事はもう良いよ。代わり、お前の親父さんに救われたんだから。彼の容体はどうだ?」

「心配ない。《バスタートータス》は堅牢な機体だった。二週間もすれば復帰するだろうよ」

 二週間、と反芻したコーネルは、「存外、親父さんが復帰するよりも早く、この戦争は終わっちまうかもしれないぜ」と、立ち並んだへリック軍のゾイド部隊へと振り返る。休む間もなく進撃を続けたへリック共和国のゾイド部隊。土埃と煤に塗れ、皆修理痕だらけでつぎはぎになった機体ばかりだ。『ミラージュ高速隊』も破損機が相次いで、既に最前線に残っている《ブレードライガーミラージュ》は、10機弱まで数を減らしている。

 

 『ヘルダイム要塞』を落としてから二か月足らず――ビフロスト平原からヴァーヌ平野へと抜けた共和国の主力部隊は、休むことなく前進を続けた。代償は大きかったが、既に帝都ヴァルハラまで一週間と掛からぬ距離まで、戦線は浸食している。上層部の目論見どおり、二クスの冬が訪れるより前に、帝国・共和国の雌雄を決する舞台が整うであろう。

 

 しかし、コーネル・ロドニーの貌は暗かった。「正念場は、此処から始まる」と、険しい表情で頭を振ると、目指す先――帝都『ヴァルハラ』のあろう北の夜空を見つめる。

「帝国はまだ、真の切り札を出していない。アイソップ、お前も聞いているだろう? 先に閃光師団(レイフォース)が遭遇した『血濡れの悪鬼(ブラッディ・デーモン)』の事」

「死竜、《デスザウラー》か……」

 ガイロス帝国が復活を腐心する恐竜型巨大ゾイド・《デスザウラー》。

 旧大戦においてへリック共和国を滅亡寸前まで追いつめたそれは、様々な新技術が完成され、数多く新型機が実戦投入された今日の戦場においても尚、並肩する者の無い最強の戦闘機械獣である。そして此度の本土決戦において、その試作機と思わしき機体が実戦投入されていた。それが何を意味するかは明白である。

「早急な進軍で、前線の兵士達はもう満身創痍だ。この様で、もし伝説の『スケルトン部隊』の再現に遭遇する事となったら……へリックはお終いだ、完全に瓦解することになる」

 コーネルの懸念に暫し黙りこくっていたアイソップだったが――、

「上の連中だって、んなこたぁ百も承知だろうよ」

 と頭を振るや、クルと背後を振り返った。

 

「なぁ、コーネル。コイツは『終末作戦(オペレーション・ラグナロク)』だ。長くこの惑星Ziで拮抗していた二つの力が、雌雄を決するんだよ。だとしたらへリックだって、生半可な覚悟で臨むわけがない……そうだろう?」

 

 つられて振り返ったコーネルは、遥か先の地平を進むカタツムリ型の大型トランスポーターが、暗夜の地平を進む様を見た。かつて遊撃部隊・閃光師団(レイフォース)の輸送に用いられていたそれは、最大積載数を二機に限定し、超大型ゾイドの輸送を可能とした改造機《ホバーカーゴ・クレイドル》である。

 計10機にも及ぶ巨大輸送艦が、まるで列車の如く連なって北東へと移動していく様を見遣り、「――あれが、終末作戦の要となる『特務隊』か」と、呟いたコーネル。そんな彼の肩を軽く小突くや、「休める時に休んどけ」と、ピーター・アイソップは踵を返す、

「司令部の意向は、大体分かってるつもりだ。明日には帝都ヴァルハラに向けた進撃を再開する事になるだろう。今俺達を遮る敵影は無い……ガイロス皇帝の膝元に一番乗りするのは――おそらく俺達だ」

 そう言うなり、アイソップは一足先に野営キャンプへと戻っていった。

 

 

 ――※※※――

 

 

 朱色に染まったシオン・レナートの裸体が、薄明りの中でユラと振れた。

 野営地の一角、締め切った《ブレードライガー》のコクピットの中――ジェイ・ベックは彼女の、震える息遣いだけを聞いていた。二人の熱を溜めこんだ密室の中は湿っぽくて、鼻孔を擽るシオンの体臭を、一層甘美な物に錯覚させる。汗ばんだ素肌同士が触れ合えば、体温だけではない、彼女の高まった鼓動までしっかりと伝わって来て――心地いい反面、どこか切なくて、息苦しい。

 助けでも請うかのように、二人の吐息で曇った天井のキャノピーへと手を伸ばしたジェイだったが――シオンの指先がそれを絡め取って、ゆっくりと薙ぐ。残る掌で乱れた金髪をゆっくりと掻き上げたシオンは、トロと弛んだ瞳でジェイに微笑むと、

「――私、死なないわ」

 と、その胸元に寄り添った。

「貴方が助けてくれるでしょう? ここまでそうしてくれたように、これからも。私を守って、ジェイ――そうすれば、私も貴方を愛してあげる」

 ジェイは、応えなかった。

 フッ、と口角を歪めたシオンが、ゆっくりとジェイの首へと両の手を回す。ゆっくりと這った彼女の指先に、やがてギリと力がこもって、ジェイの気道を圧迫し始める。

 苦しいよ、シオン――と喘いだジェイだったが、

 

「――苦しんで。他の何もかもを忘れてしまうくらいに……私で、溺れて」

 

 と、シオンは続けた。

 

 数秒の間、彼女の圧に締め上げられたジェイだったが、やがて優しくその手を取って、引き離す。抵抗は無く、拘束は驚くほどにあっさりと解けた。華奢な手首を掴み取ったまま、ジェイがゆっくりと頭を振ると、シオンはどこか寂しげな表情を見せ――、

 

 

 ――エリサ・アノン、と、不意にその名を呟く。

 

 

「何故、どうして――」

 彼女の話を、シオンにした事は無かった。

 驚き目を剥いたジェイに、ふると頭を振ったシオン。「不思議な事ではないでしょう? 何度貴方と寝たと思っているんです、うなされて、その名を呼んで涙する貴方を……今日までに、幾度も見たわ」と、ジェイの頬に手を寄せて、撫でる。

 苦悶の相を浮かべ項垂れたジェイは、吐きだすように内心を零した。

「俺は、エリサを助けたいんだ。俺の力の至らなさが、彼女を救えなかった。エリサの事を……深く、深く傷つけてしまったから」 

「その覚悟が貴方を、必要以上に臆病にしている――貴方を、弱くしている。エリサを忘れて、私を愛してよ。そうすれば貴方は、もっと強くなれる」

 観念したように俯いたジェイの耳元、「――忘れて」と、シオンの囁きが鳴った。葛藤に曇ったジェイの瞳を、真正面から覗き込んだ彼女の目は潤んでいて――そしてかつてない程に熱が籠もっている。

 肩を震わせたジェイに手を添えて抱き寄せたシオンは、ゆっくりと目を伏せると、口づけをしようと顔を寄せた。

 

 が――、

 

「――ダメだ。できないよ、シオン」

  

 静かにジェイは、彼女を拒絶した。

 

 

 優しくも、しかし確かな意思を持ってシオンを引き離したジェイは、衣を見繕ってキャノピーを開ける。情事の熱が吹き荒ぶ夜風にかき消されて、ジェイがその場を去ろうと立ちあがった時だった。「――無理よ、ジェイっ」と、涙声のシオンが叫んだ。

 

「貴方に彼女は救えない。終末作戦(オペレーション・ラグナロク)の特務隊が、何を命じられてるのか知らないから、貴方は――」

 

 シオンの物言いは、まるでそれを知っているかのようだった。「どういう意味だ? グレイ・レナート大佐は、エリサの所属に付いては分からない、と……」と眉を顰めたジェイだが――すぐに、思い直す。

 シオンは軍の高官たるグレイ・レナート大佐の娘だ。彼女の父は知らずとも、その交友――共和国上層部に頼る相手など、いくらでも居よう。その中で、終末作戦(オペレーション・ラグナロク)の機密中枢について関わっている者が居たとしても、なんの不思議はない。エリサ・アノンの名前を気にした彼女が、そうした伝手を使って、関係部外秘の特務隊について知り得たとしたら――。

「……君は、知っているのか。ニクスでエリサが何処にやられるのか、何をやらされるのか――全てを、君は知っているんだろう、シオンッ!」  

 シオンへと向き直ったジェイは、鬼気迫る表情で彼女を組み伏せ、問い詰めた。怒声に怖じ気け泣きじゃくったシオンは、弱々しく身を捩るだけで、何も答えない。

 苛立ちが募り、もう一度、「シオン……ッ!」と、ジェイが詰問しようとした時だった。

 野営地の端、轟と爆ぜた焔。「――夜襲だ!」と叫ぶ、誰かの声が聞こえた。次いで、銃声。まるで落雷でも轟いたかのような猛々しい破砕音と共に、駐留していた《ブレードライガーミラージュ》の一機が弾ける。けたましい警報音。束の間の平穏から叩き出されたへリックの兵達が、慌てて迎撃に出ようと走りまわるのを見取って、ジェイはギリと奥歯を噛んだ。

 

 

 

 駐留するへリック軍は、完全に虚を突かれた形になった。つい先日帝国の防衛線と交戦し、壊滅に追いやったばかりだったのだ。立ちはだかる敵は無く、現に哨戒に当たっていた《ゴルドス》の一団も、そのセンサーには何も捉えていなかったのである。

 

 しかし――確かに侵入者は存在していた。

 

 鳴り響くサイレンと立ち込めた爆炎に気づいて、慌てて踵を返した《ゴルドス》の哨戒部隊は、焔の中で揺らめいた一機のライオン型ゾイドの機影を見付けた。眼前に居ながら、レーダーにはなんの反応もない。おそらくは、ガイロス帝国が投入した最新鋭のステルス機だろう――だが、目の前に立ったそのゾイドの姿は、《ゴルドス》の乗り手達の見た事のある相貌の機体であった。

「馬鹿な……《ライガーゼロ》、だと……!?」

 誰かが、呆然と呟いた。燃え盛る戦火の蜃気楼に照らされた姿は、身にまとう装甲の形状、黒と金で彩ったシックな色合いは違えど、確かにへリック共和国の投入した新鋭の高機動ゾイド《ライガーゼロ》と同型機である。それが、あろうことか友軍の野営地に単機で飛び込み、停泊する兵と機体を嬲っていたのだ。

 

(――否。コイツは《イクス》)

 

 眼前の《ライガーゼロ》からの通信であろう。ジリとノイズが混じったスピーカーに、敵パイロットの淡々とした声が響く。次いで、爆炎。いつの間にか跳躍した黒い《ライガーゼロ》が、その背に背負った二本の長剣を展開し、《ゴルドス》の一機を切り倒したのだ。虚を突かれ、慌てて迎撃態勢を取ろうとする《ゴルドス》部隊であったが――バチバチと稲妻を纏った《イクス》に次々と引き裂かれ、撃ちぬかれる。

 崩れ落ちた最後の《ゴルドス》のパイロットは、死の間際耳朶を打った敵からの通信音声を聞いた。

 

(《ライガーゼロイクス》――我らゼネバスの徒、『鉄龍騎兵団(アイゼンドラグーン)』の従えし、雷の司だ)

  

 


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