ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑧ 終焉(二クス)への旅路(後)

 ヘルダイムの城壁が砕けた事で、山嶺砦(フォルト・ゲフィオニア)へと続く道が拓かれたはずだった。が――、立ちはだかった無数の《エレファンダー》に阻まれて、へリック共和国の要塞攻略部隊は二の足を踏んでいる。

 重装甲・重火力で全身を固めた巨象の群れは、軽装甲かつ火力に乏しい高機動ゾイドにとって、かなりの難敵である。加えてライガー・ウルフタイプ戦闘機械獣の最大の武器である俊敏さ、運動性も、この混戦の中では生かしづらい。重装ながら、下手な巨大ゾイドに比べれば遥かに優れた瞬発力を持つ《エレファンダー》だ。十全に性能を発揮できない条件に在る高速ゾイドなら、ものの数手で撃ち捉えるだろう。

「コーネル、《バスターブレード》を――重火砲隊を退()がらせろ! 《ミラージュ》以下、爆装していない機動戦力は、俺に続け。撤退を援護する!」

 ピーター・アイソップの勇ましい掛け声と共に、《ブレードライガーミラージュ》が、《シールドライガー》が、《コマンドウルフ》が、最前線へと躍り出た。火砲を背負い小回りが利かず、しかも不意の反撃にあって戸惑うばかりの重火砲隊は、《エレファンダー》の巨躯に跳ね飛ばされ、踏みつぶされ、火砲を見舞われて次々と砕け散っていく。絶体絶命の危機に落ちいった友軍を救うため――へリックの猛獣型戦闘機械獣達は果敢に、鋼鉄の巨象達へと挑みかかった。

 

 

「――ハァアアン!」

 けたましい雄叫びと共に、『ミラージュ高速隊』のエースパイロット、シュウ・フェーン中尉の《ブレードライガーミラージュ》が飛び掛かる。跳躍と共にアタックブースターを全開にしたフェーン機は、宙空を流星の如く滑空して、《エレファンダー》の群れのど真ん中へと突っ込んだ。敵機の主砲『105mmビームガン』及び『115mmパルスレーザーガン』の集中砲火が飛ぶが――フルパワーで展開した『Eシールド』でそれを捌き、爪撃で《エレファンダー》の片耳を削ぐ。

 フェーン機の果敢さに、続く友軍の士気も高まっていく。屈強な《エレファンダー》だが、不死身ではない。関節や武装との接続部と言った非装甲部分を攻撃すれば、ダメージを与える事も可能なはずだ。

 今度は、《シャドーフォックス》部隊が前に出た。高出力の『徹甲レーザーバルカン』を照射し、一点集中。頑丈な《エレファンダー》と言えど火花を散らし、大きく仰け反る。牽制射撃で怯んだ所を別のフォックスが駆け抜け、『ストライクレーザークロー』が煌めく。関節を断たれ動けなくなった巨象は、己が自重によってゆっくりと崩れ落ちた。

 

 ヘルダイム要塞の守備隊は精強であったが――戦局はゆっくりと、数に勝る共和国軍の方へと傾いている。

 

 ジェイ・ベックもまた、悠々と戦場を練り歩く《エレファンダー》の一機を仕留めに掛かる。『レーザーサーベル』を煌めかせた《ブレードライガー》がその首筋へと食らい付き、ガリガリと装甲を拉がせるが――パワーに勝る《エレファンダー》だ、負けじと機体を立て直すと、巨木の如き鼻を器用に手繰って、ライガーの脇腹を捉える。先端部に備えた鈎爪状のアームユニット『ストライクアイアンクロー』で《ブレードライガー》を掴み取るや、そのまま引き剥がして宙空へと放った。

「――、うぉおおッ!」

 地べたを転げた《ブレードライガー》だが、すぐに起き上ってアタックブースターを展開し、反撃の『ハイデンシティビームガン』を撃ち放つ。

 砂塵を撒いて飛んだ高密度ビームの粒子は、虚を突かれた《エレファンダー》のコクピットに直撃し、その頭部を粉砕。無貌と化し、脳髄を失った藍の機体はそれでも数秒の間歩みを進めたが――やがて機能停止、立ったままの往生を遂げた。

 援護を受けて立て直した重火砲隊も、支援攻撃を再開する。《エレファンダー》の猛追も勢いが削がれた、追撃をかわした幾つかの《ブレードライガーミラージュ》が、崩落した城壁を乗り越えて侵入していく。

 

「――城を盗れ! 『山嶺砦(フォルト・ゲフィオニア)』を落とせば、ヘルダイム要塞は潰したも同じだ!」

 

 混戦の中、ピーター・アイソップの猛々しい声が木霊した。

 

 

   

 友軍が次々と進撃を続ける中、ジェイの《ブレードライガー》は辺りの惨状を見回し、立ち尽くした。

 味方の士気は高い。このままの勢いなら、後二時間もすれば『ヘルダイム要塞』は陥落するだろう。

 

 だが――代償が、あまりにも大きい。

 

 ヘルダイムの城壁に阻まれて果てた、共和国軍高速ゾイドの死屍累々。《シールドライガー》や《コマンドウルフ》だけではない。《ブレードライガーミラージュ》、果ては《シャドーフォックス》と言った新型ゾイドまで。砕け、立ち上がれなくなり、敵味方の足蹴にされた無数の残骸が、土砂に塗れていた。

 不利となる条件を数の暴力で補おうとしたのだ、多くの犠牲が生まれるのは道理である――だが、それでも軍上層部は進撃を止めないであろう。へリックとガイロス、二つの大国の間に横たわった、積年の因果。全ての遺恨を清算するため、今、血で血を洗う総力戦の火蓋が切って落とされたのだ。

 

 

 ボッ、と爆ぜた轟音が、感慨に耽るジェイを引き戻す。

 

 

(ワァアアア……ッ!)

 無線越し弾けたのは、シュウ・フェーン中尉の断末魔の叫びだった。ミラージュ隊内においても有数のゾイド乗りである彼の《ブレードライガーミラージュ》が、ボロ雑巾のように引き裂かれて瓦礫の中に散らばる。撃ち捨てられたその機体の向こう、一機の《エレファンダー》が尚、共和国の一隊を相手取り、立ちはだかっていた。

 一層の異彩を醸す機体であった。専用のオプションパーツを組み替える事で、戦局・用途に応じた武装を選択できる《エレファンダー》は、『換装機獣』の異名を持つ。ジェイの眼前で狂戦士の如き猛攻を見せたその巨象は、背部主砲が近・中距離専用のミサイルポッド・ビームガトリングを折衷した『アサルトガトリング』に、鼻先が突撃戦に有用な複数の光学兵器を併せ持つ『ESCS(Energy Sword with Cannon/Shield)ユニット』に換装されている。一対多での拠点防衛を念頭に入れたフルカスタムモデル。しかも頭部ユニットは、筐体にも似た単調な面構成の通常機と比べ、遥かに複雑な形状の『鬼面』――『ガネーシャ』とも仇名される、指揮官専用機の厳めしい相貌が装着されていた。

 

 言うなれば、《エレファンダー・アサルトコマンダータイプ》である。

 

 崩壊した城壁の切れ目から、へリックの高機動ゾイドが次々と城内へとなだれ込んでいく。落城が刻一刻と迫る『ヘルダイム要塞』に在りながら、あの《エレファンダー・アサルトコマンダータイプ》の闘志は削がれるどころか、更なる昂ぶりを見せていた。肥大化した大牙『クラッシャータスク』でライガー達をなぎ倒し、背負ったガトリング砲の掃射で、数機の《コマンドウルフ》がまとめて消し飛ばされる。

 被害は、甚大であった。無双の強さを見せるその雄姿に、他の《エレファンダー》残存機達も覇気を取り戻し始めている。城壁内に侵入しようとした共和国軍に追い縋るや、そのパワーで持って引き摺り倒し、踏み砕いた。

 

「無益なことを……まだ続けるのか」

 

 このままでは、無駄な犠牲が次々と広がっていくだけだ。 獣達の苦悶があちこちで叫ばれる中、ジェイは《アサルトコマンダー》へと《ブレードライガー》の機首を向ける。『ハイデンシティビームキャノン』の一射、ドッと流れたビームの奔流が《エレファンダー》へと流れ込むが――、

 ジェイの殺気に気づいて先に身を翻していた《アサルトコマンダータイプ》は、既に防御態勢を整えていた。元より備えるエネルギーシールドと、『ESCS』のシールドジェネレーターを同調させて発生させた光の盾は、高密度ビームを難なく消し飛ばして見せる。ビームの余波が舞う中、煩わしそうに身をゆすった《アサルトコマンダー》。ズンと輝くスカウタータイプのカメラアイでジェイの《ブレードライガー》を見据えると――湧き上がるプレッシャーが、ジェイの全身を総毛立たせた。

 

 ――単機で戦って、適う相手ではない。

 

 

「――ッ、シオォォン!」

 

 

 ジェイの叫びを受けて、城壁上の残存戦力と撃ち合いを続けていたシオン・レナート少尉機も《エレファンダー・アサルトコマンダータイプ》の存在に感づき、踵を返す。無数に朽ちたへリック共和国軍ゾイドの亡骸を、バリバリと踏み砕きながら迫る重装の巨象、その威容に向けて渾身の咆哮を吐きつけると――ジェイの《ブレードライガー》は、ブースターを全開にして突貫を掛けた。

 

 

 《エレファンダー》の背負った重火器『アサルトガトリングユニット』より、大量のマイクロミサイルが撃ち放たれる。最新鋭の自立式レーダーサイトとリンクした追尾反応弾が、まるで霰の如く大空より降り注いだ。

「ク――ッ」

 背部の『ロケットブースター』、及び『アタックブースター』の増加バーニアを全開にして加速したジェイのライガーが、絨毯爆撃の中を縫うように駆け巡る。爆ぜる土砂の中を縦横無尽に翔けるや、『レーザーブレード』を展開、一足飛びで《エレファンダー・アサルトコマンダー》へと切り込んだ。

 ――が、巨象は尚怯まない。鼻部先端の『ESCS』を変形させ、刺突用の『ビームソード』を発振させると、ライガーの斬撃を薙ぐように剣閃を振るった。両機のレーザーコート・ブレードが交錯し、凄まじい量の稲妻が爆ぜる。

「……ッ!」

 宙空でコンマ数秒の間鍔迫り合いを演じた、《ブレードライガー》と《エレファンダー》だったが――時速三百キロ以上の疾走と跳躍、さらにはライガーの獰猛な思惟が加わった斬撃を、《エレファンダー》膂力のみで捌ききった。跳ね飛ばされ、地べたに激突したジェイのライガーに、《エレファンダー》が止めのミサイルランチャーを見舞う。横転した《ブレードライガー》にそれを凌ぐ術は無く、ジェイ機は轟と巻き上がった爆炎の中に呑みこまれた。

 

「……ベック中尉ッ!」

 

 ジェイ機への追撃で背を向けた《エレファンダー・アサルトコマンダー》に、今度はシオンの《ブレードライガーミラージュ》が躍り出る。霧散した闘気に感づいて、すぐに『ミサイルポッドの砲口を向けた《エレファンダー》だったが――砲弾の雨が飛ぶことは無かった。ジェイとの戦いで、残弾を使い切っている。

「――、ヤァアッ!」

 バーニアを全開にした《ブレードライガーミラージュ》が、グンと加速して巨象へと迫った。グルと砲塔を回して『アサルトガトリングユニット』の予備兵装・ビームガトリングガンを取回した《エレファンダー》だったが、ライガーのEシールドが光弾を跳ね飛ばす。迎撃を凌ぎ切った《ブレードライガーミラージュ》の一撃が煌めき、《エレファンダー》の懐へと入り込んだ。

 

 ――だが、浅い。掠めた斬撃は、《エレファンダー》の備える大牙『クラッシャータスク』を一本刎ねるに留まっている。

 

 尚も顕在な巨象――反撃が来る、と、思わず距離をとろうとしたシオンだったが、事を起こす前にゴッ、と鈍い衝撃が襲った。《エレファンダー》が当て身を行って、《ミラージュ》を力任せに押し倒したのだ。「――えアっ!?」と悲鳴を呑んだシオンに、追撃の『ESCS・ビームソード』が飛ぶ。光子の刃が掠めて、ライガーのマルチブレードアンテナと、片方のアタックブースターを削ぎ落した。

 損傷し、ガクと傾いたシオンの《ブレードライガーミラージュ》を、《エレファンダー・アサルトコマンダー》の振り下ろした蹄ががっちりと踏み固める。ミシときしむコクピットの中で、眼前に迫った大山の如き異様を見上げたシオンは――その向こう、未だ燃え盛る噴煙の中へと思惟をやる。

 

「……、ジェイッ!」

 

 

 激震の中で、シオンが請うた叫び。

 

 まるでそれにに応えるかの如く――《エレファンダー》の背後より、猛獣型戦闘機怪獣の猛々しい咆哮が木霊する。直後噴煙を掻き分けて飛び出したジェイの《ブレードライガー》が、再び光刃を煌めかせて《エレファンダー・アサルトコマンダータイプ》へと斬りかかった。

 

「――ウェアアッ! レーザーブレード、ストライクアタックッ!」

 

 グンと迫る《ブレードライガー》の斬撃。《エレファンダー》の乗り手も、相当な手練れなのだろう、すぐさまグルと機体を翻して、『ビームソード』で迎撃する。神速で見舞われた、必殺の一撃――だが、背後からの奇襲を迎え撃つには、それでもほんの刹那遅かった。振り向きざま突き出された刺突は、《ブレードライガー》の小脇を擦り抜けて、空を斬る。同時、ライガーの『レーザーブレード』が一閃すると、巨木の如き《エレファンダー》の鼻ごと、その前足を叩き斬った。

 グラと傾いた《エレファンダー》の足元より、間髪入れずに力を取り戻したシオンの《ブレードライガーミラージュ》が屹立すると――『ハイデンシティビームキャノン』の零距離射撃で巨象を撃ち抜く。

 

 噴煙を上げた《エレファンダー》は、鋼鉄が軋むような鋭い断末魔を上げて数秒もがいたが――やがて事切れ、ゆっくりと崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 ジェイ達の死闘が終わりを告げると同時、戦場に歓声が沸いた。

 荒い息を整えながらジェイが振り返った先には、噴煙を湛えた白亜の城が在った。城壁を乗り越えて城内へと侵入した友軍が、ついに『山嶺砦(フォルト・ゲフィオニア)』への攻撃に成功したのだ。

 ボヤと立ち込めた焔を見上げたジェイ機の横、シオン・レナート少尉のライガーが肩を並べる。キャノピー越し、高揚の微笑を持って此方を見遣ったシオンの姿が見えたが――対して、ジェイの心に勝利の余韻はない。濛々と立ち込める戦場の残り火と、そこで朽ちた多くの人、ゾイド。眼前に広がった光景は、これより先に続く、果てない修羅道の縮図にも思えた。

 エリサ、と――ジェイは思わず、探し求める女性の名を呟く。

 

(……君がいるのかい、エリサ。この、現世に涌いた地獄の果てに、まだ君は――)

 

 胸中で問うた疑念に、応える声など無かった。耳朶を打つは、絶えず重なるけたましい砲撃音のみ。立ち昇る紅蓮は、まるで時化た海原が小舟を薙ぐかのごとく、『ヘルダイム要塞』の中枢へと群がって、押し流していく。

 

 

 ――終焉(二クス)への道は、今拓かれた。

 

 

 


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