ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌― 作:あかいりゅうじ
――ZAC2101年 10月初頭 ビフロスト平原東部・ヘルダイム要塞近郊
絶え間なく響く砲撃音が、蒼天の空を震わせた。大地の中を蠢いた振動が、足を伝って脳髄まで駆け上がる。先に出撃した強襲戦闘隊・重砲隊の混成部隊が、既に帝国守備隊との交戦を始めているらしい。
――『ヘルダイム要塞群』。
ガイロス帝国建国史上の英雄、ヘルダイム・パラクロフトの名を関したこの大要塞は、このビフロスト平原とヴァーヌ平野を隔てる山脈に沿って建造された、長大な城壁だ。帝都ヴァルハラを守る上での戦略的要所にして要であるヘルダイムだが――その規模故に数個師団規模のゾイド部隊を配置しなければ、十全には機能しない。そして共和国軍の暗黒大陸上陸戦以来後手に回り続けた帝国軍は、この要塞に十分な規模の戦力を配していなかった。
エントランス近郊より招集されて出陣した共和国機動陸軍が、ビフロスト北東部に陣を張って一週間。此処ヘルダイム要塞に入城しようとする帝国本土防衛軍と、昼夜の境無き激戦を繰り広げている。
敵の士気は高かった。総戦力数で劣っているにも関わらず、要塞への道を断ち切るようにへリック軍が敷いた五重の防衛線を、ガイロスの大隊は既に第三層まで突破している。戦線は混乱を極め――敵味方入り乱れる戦場の噴煙が、ビフロスト平原の地平線一杯に広がった。
「上層部から命令が下りた――俺達高機動戦力で、ヘルダイムを落とす」
キャンプ内に設置された即席のブリーフィングルームで、『ミラージュ隊』のメンバーに、ピーター・アイソップ大尉が告げる。
機甲師団・特殊工作師団混成の大部隊を組織し、派遣していたへリック軍だが、今現在高速戦闘隊だけは唯一最前に配さず、防衛線の深奥に据えられた野営地へと待機させていた。迅速な作戦行動を起こせる予備兵力として、不意の事態に備え最後まで温存する采配であったが――均衡を破ったのは、予想外の指令であった。
ピーター・アイソップの持ち帰った命令書に、「正気か?」と、コーネル・ロドニー副官が眉を顰める。当然の反応であろう。苦戦する味方防衛部隊とは真逆に赴き、ヘルダイム要塞に籠城を続ける帝国軍へと攻撃を加える――下手に戦線を拡大して、もし仕留めきれなければ、いたずらに戦力を疲弊するだけになりかねない。
「最もな意見だがな――」
隊の総意とも取れるロドニー副官の言葉に、アイソップは頭を振った。テーブルに広げられた周辺の地形図と、両軍の配置を指し示して、
「敵が精強過ぎたんだ、数で劣っているくせに前進を続けて、既にこちらの防衛線に深々とめり込んでやがる。下手をすればこのまま突破されて、ヘルダイムの守備隊と合流されかねない。そうなれば、味方の士気はダダ下がりだ」
「――そうなる前に、彼らの目的地を……敵が入る家を潰す、と?」
チームのエース、シュウ・フェーン中尉が、アイソップの意図を予測して言葉を継ぐ。険しい表情で頷き、肯定したアイソップは、「目指すべきヘルダイムさえ潰してしまえば、敵の進撃は必ず鈍る。コイツは総力戦だ、勝つためにはまず、相手方の心を挫かなきゃならないんだ。分かるか?」と、一同に問うた。
沈黙を了承と取ったアイソップが、作戦の全容を説明する。
『ミラージュ隊』を加えた、特殊工作師団所属の予備兵力一個師団・高速戦闘用ゾイド約1000機が先行し、ヘルダイム要塞を攻撃する。斥候部隊によると、要塞中枢部『
攻城戦において必要とされる戦力は、一般的に籠城する側の五倍ないし十倍とされる。へリック側の戦力は、決して十分とは言えない。だが――数の有利に反して予想外の悪戦が続く主力部隊の士気向上のためにも、この戦いには価値があった。
何か質問はあるか、と一区切りを付けたアイソップは、隊員達へと順に見遣って――やがてジェイと、彼の隣に付いたシオンに目を止める。「レナート大佐のお嬢さんは、どうだ?」と、陽気な風を装って問うた部隊長に、シオンは微かながら眉を顰めた。
「……何も。何もありません」
「ほう――知らんうちに、随分としおらしくなっちまったな。構わんが」
ブリ―フィングは、それで終了の運びと鳴った。一同同時に立つと、力強い敬礼の後にキャンプを出て――各々の《ブレードライガーミラージュ》へと乗り込んだ。
秋風吹き荒ぶビフロストの草原を、共和国軍高速ゾイド部隊が疾走していく。ライオン型、狼型戦闘機械獣が肩を並べて疾走する様は雄大だが――見かけに反して、進軍は思いのほか怠慢であった。理由は簡単で、《シールドライガーDCS》や《コマンドウルフAC》、そして、新たにミラージュ隊の随伴機として設定されたヴェロキラプトル型ゾイド《スナイプマスター》に『全方位ミサイルユニット』を増設した『重火砲隊』が、部隊の最前を往くように足並みをそろえた結果である。
要塞攻略の要はこの重火砲隊による先制攻撃で、如何に迅速に城壁を破壊できるかに掛かっていた。『ミラージュ隊』も、機体の半数を『タイプB』――アタックブースターを廃し、ゴジュラス用の『バスターキャノン』を増設した改造機《バスターブレード》へと換装して、この初撃へと加わらせている。
「見えた――あれが、ヘルダイム要塞群か」
ジェイの《ブレードライガーAB》は部隊後衛に配し、通常型の《ブレードライガーミラージュ》と共に、城壁崩壊後速やかに突入する事となっていた。機動力の低下した重火砲隊に合わせて、時速150キロ程の快速走行を続けると、一行の目的『
「アイソップ機より、『ミラージュ隊』各機へ。ロドニー大尉率いる銃火砲隊が城壁を突破次第、俺達で突入する。それまでは露払いだ。敵が差し向けた迎撃部隊に阻まれて砲撃隊の手が緩まないよう――、ッ!」
通信の最中、角笛の音にも似た重々しい警報がヘルダイム要塞より鳴り響き、草原中を木霊した。次いで白亜の要塞より、無数の黒い機影が飛び立つ。爆撃機だ、無人の《ザバット》が二十、爆装を施して空に飛び立つ。「航空戦力か、厄介な事を……」と、アイソップがごちた時だった。
――鋭い銃撃音と共に無数のビーム光弾が放たれて、宙空の《ザバット》を次々と啄んだ。
黒い機体は閃光の中で砕け、すぐに鉄くずの雨と変わる。潜行する『ミラージュ隊』の後方より、見慣れない中型高速ゾイドの群れが追随するのに気づいて、ジェイは振り返った。形骸は《コマンドウルフ》に似ているが、黒と金で彩られた体躯はスマートながら力強く、叫ぶ咆哮は狼型戦闘機械獣のそれとは異なり、どこか品があった。
《シャドーフォックス》。『
新型の性能に舌を巻きながらも、アイソップはニヤと破顔して、
「
と、無線越しに合図を出した。
ほぼ同時、最前に立った『重火砲隊』のゾイド達が、ヘルダイムの城壁へと一斉に攻撃を開始した。閃光。ヘルダイム要塞の姿は、一瞬光の中へと呑まれて、ジェイ達の視界から消えた。《シールドライガー》の『ダブルキャノン』、《バスターブレード》の『ロングレンジバスターキャノン』……光線、実弾問わぬ猛攻撃が爆ぜて、ヘルダイムの城壁が悲鳴を上げる。防備に付いていた《ダークホーン》の、必死の牽制射撃が飛ぶが、『Eシールド』を備えたライガー達が最前におり、有効打に成り得ない。すぐさま反撃を受けて爆散し、誘爆が一層城壁を疲弊させた。
重火砲隊の後方、アイソップ大尉率いる突入部隊が控える。
ジェイの《ブレードライガー》もまたシオン少尉の《ブレードライガーミラージュ》を伴って、戦いの様子を見守っていた。先の《ジェノフレイム》六機連隊に対する苦戦から、既に《ブレードライガー》の性能的優位が無いと証明されている。精鋭ぞろいの『ミラージュ隊』といえど単独行動は出来ず、基本的に二体一組の連携戦闘を推奨された。此度の任務では、シオンがジェイのパートナーという事になる。
ズンと、地響きが鳴った。
猛攻にヘルダイムの城壁の一角がひび割れて、崩落を開始したのだ。ガラと崩れる土砂、城壁上部に潜んでいたガイロスの守備隊の機体も巻き込んで、巨大な外壁が土石流の如くなだれ落ちる。
巻き上がる粉塵を見遣って、「いよいよだな――全機、突入準備!」と、アイソップの指示が飛んだ矢先だった。
噴煙の中、ギャヒィン、とけたましい断末魔が鳴った。次いで、爆炎。重火砲隊の一角を担っていた《シールドライガーDCS》が投げ飛ばされて、空を舞うと――大地に打ち付けられて、滅茶苦茶に拉げる。
城壁の向こうより新たな敵が現れたのだろうが、姿はまだ見えない。
今度は、光弾の嵐が爆ぜた。事態を理解できぬまま、重火砲隊のゾイド達が次々と撃ちぬかれていく。「なんだ、どうなってるんだ!」と喚いたコーネル・ロドニー大尉が、《バスターブレード》の機首を翻すと、火線の先に『ロングレンジバスターキャノン』を叩き込んだ。
ボッ、と膨れた火球が、巻き上がった土埃を吹き飛ばし――新たな敵影を白日の下に照らし出す。
ユラと、巨躯の四足歩行ゾイドの姿が揺れた。
「あれは……っ」
ヘルダイム要塞より出陣したガイロス軍の機体に、特殊工作師団の兵達が皆、一様に息を呑む。藍色の重装甲に身を包んだ、巨躯の獣。蛇のように撓った鼻先を撃ち振るって、《シールドライガー》を、コマンドACを、そして《バスターブレード》をなぎ倒していく巨象の群れ――換装機獣《エレファンダー》の大群であった。
《エレファンダー》。ガイロス帝国の誇るゾウ型の重戦闘機械獣であり、拠点攻略・及び防衛、局地戦等、多岐にわたって高い性能を発揮する新鋭機。先のエウロペ戦争においてニクシー防衛に用いられた際には、たった100機で、その10倍もの戦力を食い止め――300機近いへリック軍のゾイドを破壊した実績を持つ。それがヘルダイム要塞の主要戦力として、100機近く配備されていたのだ。
重装甲と『Eシールド』を持つ《エレファンダー》に並の火器・白兵戦用兵装は通用せず、しかも高機動ゾイドの格闘戦にも対応し得る機敏さも併せ持っていた。迅速に撃破するには、銃装甲を撃ち抜く大火力を投入し集中砲火、各個撃破するのがセオリーだが――それを為し得る重火砲隊は城壁突破のために先行した結果、《エレファンダー》部隊によって懐に入られた形となっている。混乱の中では、真っ当な連携は期待できない。
「なるほど……簡単には取らせてくれない、という事かい」
次々と蹴散らされていく重火砲隊の機体達を眼下にして――ピーター・アイソップ大尉はギリと奥歯を噛み、一人ごちた。