ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑥ 前夜

 へリック共和国軍が暗黒大陸二クスに上陸して、早二か月。

 既にへリックは次世代型高速戦闘ゾイド、《ライガーゼロ》を主力に据えた特務隊『閃光師団(レイフォース)』の快進撃もあって、大陸の中心部たるビフロスト平原全域をその勢力圏に加えている。快進撃の要因は、帝国の采配の裏を突く事が出来た、共和国軍の進軍経路にあろう。本来西方大陸エウロペの前哨地から二クスの地へと踏み込む場合、暗黒海域トライアングルダラスを大きく迂回する必要がある。天然の難所に守られているはずの大陸中心部の防備は手薄であり、『暗夜航路』を発見したへリック軍は、丁度その隙を突くことが出来たのだ。

 だが――今現在へリック軍の快進撃は大きく鈍り、戦線は停滞している。急襲を察知した帝都ヴァルハラ、ミッド平野、そしてニフル湿原に展開されていた帝国国防軍の主力部隊が、一斉にその踵を返し、平原周囲に大規模な防衛線を敷いたのである。

 戦いは、長期戦の様相を醸していた。

 それはへリック共和国軍の首脳部にとって、決して歓迎出来る状況ではない。ただでさえ地の利が敵にあるという暗黒大陸に、後二月もすれば長く険しい冬が来る。そうなれば、足取りの重くなった全軍は、場慣れしたガイロスゾイドに嬲られ、後退を余儀なくされるだろう。下手をすれば、此処で全滅すらも起こり得る。

 共和国軍首脳部に、選択の余地は無かった。二クスの冬が訪れるまでに残された一月の間に、帝都ヴァルハラを落とし、長きに渡る両国の因縁に決着を付けるのだ。そのために召集されたへリック共和国の精鋭・総計五十個師団――。

 

 ――終末(ラグナロク)が、近づいていた。

 

 

 

 ――ZAC2101年 9月末 暗黒大陸二クス・エントランス前線基地。

 

 

 再編成を終えた『ミラージュ高速戦闘部隊』は、来たるべき戦いに備えた最終ブリ―フィングを終えて出撃の時を待っていた。隊に託された任務は、帝都ヴァルハラへと続く膝元『ヴァーヌ平野』へと出る為の、ガイロス帝国東部防衛線の突破。へリック軍総戦力の約半数を割いて行われる大規模突破作戦の先鋭として戦う事である。

 出撃は、今宵。これから己が命を預ける事になるであろう愛機――格納庫に集った三十機弱の《ブレードライガーミラージュ》を、隊員達は一心に調整し続けていた。

 

 

「――修理は終わっているよ。君の手癖に合わせて、機体の方も少し弄らせてもらった。随分と使い込んだだろう? 壊されていない駆動系や関節も、かなり消耗していたからね」

 完全な形で復元された《ブレードライガーAB・アーリータイプ》を前に、ジェイはレイモンド・リボリー主任の指差す先を見上げる。

「ついでに言うと……元々の装備で乗っている時間が長かったせいだろう、君はあまり『アタックブースター・ユニット』と相性が良くないらしいね」

「分かる物ですか。さすがだ、レイモンド主任」

 感心した風に頷いたジェイ。

 図星だった。機体バランスを極力崩さないよう細心の設計をされている《ブレードライガー》の増加兵装だが、それでも弱冠、操縦桿が重くなった感があった。増速装置・姿勢制御のスラスターとして使用すれば、機体は安定するが――重量の増した機体をバーニアの推力で無理やりに引っ張っているのだ、軌道が直線的なモノになるのは否めない。

 何よりブースター点火前と後で、運動性能に大きな差が出るのが一番の問題だった。ピーキーな挙動が、四足型戦闘機械獣の持つ有機的な挙動の利点を潰している気がした。

 

「《ブレードライガーミラージュ》との連携を考えれば、なかなか難しいだろうがね……いざという時は強制排除も考えた方がいいだろう。というか、むしろそうした時に万全になるよう調整しておいたんだけど」

「……なるほど、覚えておきます」

 

 一通りの説明を終えたレイモンドはクルと踵を返して、整備棚に置いてあったインスタントコーヒーをカップ達に注ぐ。内一つを差し出しながら、「それから」と切り出したレイモンドの表情は硬く――彼の話そうとしている内容を察して、ジェイはギュッと唇を噛んだ。

終末作戦(オペレーション・ラグナロク)に伴って編成された特務隊についてだが……」

「――っ、エリサの所在について、何か分かったんですか?」

 噛みつきそうな勢いで問うたジェイに、レイモンド・リボリーはゆっくりと頭を振った。露骨に肩を落としたジェイだったが、

「残念ながら、全容は掴めていないんだ。ただ一つだけ……本国の技術開発局は、極秘裏にとあるゾイドの戦線投入を計画している」

 と、レイモンドは言葉を足す。

「新たなゾイド? それは――」

「分からないが……予測は出来るよ。君は二月前、我が軍の精鋭『閃光師団(レイフォース)』と、『鉄龍騎兵団(アイゼンドラグーン)』の戦闘について知っているかい? 壊滅的な打撃を受けた戦いだが……最終局面に置いて敵方が、とあるゾイドを実戦投入しているんだ」

 ホットコーヒーを一口に飲み干してカップを置いたレイモンドは、次いで手元のタブレットを操作すると、一枚の戦場写真を引き出した。閃光師団(レイフォース)の母艦として追随していた移動要塞《ホバーカーゴ》の一機が記録していたというそれには、灼熱の焔の中で佇む、一機の巨大な機影を捉えていた。

 

「これは……」

 

 訝しげに眉を顰めるジェイ。混戦の中で取られた映像だ、不鮮明さも相まって、謎の機影が何なのか判別する事は難しかった。だが――どこか胸に閊えた違和が、ジェイを引き止める。《ゾイドゴジュラス》や《アイアンコング》さえも上回る巨躯のそれは、おそらくは正規に配備された物ではない実験機であろう。しかしジェイには、その機影をどこかで見たように思えて仕方なかったのである。

 

 

「戦いの後に掌握した謎の前線基地に、僅かながらデータが残っていた。コードネーム・《ブラッディデーモン》――君も僕も、このゾイドに良く似た骸を知っているはずだ。あの日……オリンポスの滅びの山で僕達は、コイツの始祖を見た」

 

 

「……ッ!」

 レイモンドが告げた言葉に、ジェイの背筋がゾクリと粟立つ。

 オリンポスの山でジェイ達が見た骸、ガイロス帝国が会戦以来再生に取り組み続ける巨大ゾイドの存在を、彼は知っていた。死を呼ぶ巨竜《デスザウラー》。完全な形で復活すれば、現存するあらゆるゾイドを含めて適う機体などいない、最強の戦闘機械獣である。

 復元計画は再三に渡るへリック軍の妨害で、半ば頓挫していたと聞いていたが――事は秘密裏に進められていたのだろう。この映像が本当ならば、すでに稼働状態にある実験機まで完成されていた、と言う事になる。

「ガイロス帝国軍が、本土決戦の切り札として《デスザウラー》を投入してくる? そんな事が……」 

「――有り得ないと? 君だけじゃない、僕も、共和国の首脳部だってそう思っていたんだ。だが、この戦いからさらに一月を経ている。帝国技術部が、本領を発揮できる《デスザウラー》を完成させている可能性は、限りなく高い。そしてここからは、さらにボクの推測に依るが……此度の終末作戦(オペレーション・ラグナロク)の根幹には、敵の《デスザウラー》投入を見据えた『何か』が含まれている」

 

 

 数秒の、沈黙が座す。

 

 言葉を失ったジェイの横、フ、と深い息を吐いて口火を切ったレイモンドは、「少し専門的な話にもなるが」と前置きをして、整備ラックに掛けられた《ブレードライガー》を見上げた。

「《ブレードライガー》の主兵装、『レーザーブレード』の原理は知っているかい? ビームコートを纏った刃で対象を焼き切っている……という風に、感覚的には捉えていると思うが、ダメージを発生させるプロセスとしては、実は違う。ビームの刃の中では微弱な電磁振動が発生していて、接触した敵機装甲を分子レベルで『分解』しているんだ」

 手元のタブレットを操作したレイモンドは、《ブレードライガー》の交戦記録のログを抽出して表示すると、

「整備のために覗かせてもらったんだけど、以前君は《デススティンガー》の改造機と戦闘しているね。大出力の『荷電粒子砲』に苦戦し、フルパワーの『Eシールド』をもってしても尚、大きな損傷を負った……いいかい、もし再び、あれと同等のモノを正面から受け止める事になったら、ブレードも合わせて使え。シールドと併用して、『レーザーブレード』を前方に展開するんだ」

「ブレードを? 何故?」

「オーガノイド機関が十全に機能する、君のアーリータイプ(先行型)だからこそ出来る芸当だ。フルパワーの『レーザーブレード』より発生した電磁振動を、『Eシールド』の量子力場に干渉させる。シールドに伝播した電磁振動が荷電粒子ビーム砲を拡散させて、威力を幾分減衰させる事が出来るかもしれない」

 

 その理論は、かつて《デスザウラー》の『大口径荷電粒子砲』に苦しめられたへリック共和国が完成させた、『反荷電粒子シールド』の原理に通ずる。《ブレードライガー》が持っている装備で、即席の『反荷電粒子シールド』を作り出す方法――レイモンド・リボリー主任は既に、ジェイが死竜《デスザウラー》と相対する事を確信しているように思えた。

 

「もちろん、本来想定された使い方じゃない。効果のほどは分からない、気休めにしかならないかもしれないけれど……技術屋のボクがしてやれることは、これで精一杯だ」

 

 コトとタブレットを伏せたレイモンドは、「ベック中尉、十分に用心しろよ」と念を押す。

 

「君達『ミラージュ隊』は、これより最前線で戦う事になるが……それだけじゃない。君がもしエリサ・アノン少尉と再会できる場があるとすれば――そこは間違いなくこの戦いの果て、全ての因果が滅びによって結ばれた終焉の地だ」

 

 

「終焉の地……」

 

 レイモンドの言葉は唯の文言ではない、確かな予感となってジェイの胸中に圧し掛かった。

 戦いに明け暮れる日々を過ごして二年近く。生き残って来れた理由は、ジェイ自身が一番よく分かっている。グロックやツヴァイン、スターク・コンボイ隊長――多くの仲間と共に在る事で、ジェイは本来持つ以上の力を発揮する事が出来た。だが、どうであろう? 終わりの見えない死線の上を往き続けて、ジェイは自らの精力だけではない、育んできた絆さえも消耗して、此処に立っている。グロック、ツヴァイン、コンボイ……皆ジェイを生かすために戦い、哀しい別れを遂げてきた――既に、彼を高めてくれる絆は、ほとんど残っていない。

 

 ――それでも。

 

 死ぬ、という確証があっても、立ち止まる事が出来なかった。死闘の中で擦り切れそうに成りながらも、最後に残った縁。たった一人になってしまった掛け替えのない存在さえ、この争いの中で消耗されようとしている。

 それだけは防ぎたかった。かつてジェイのために生を差し出してくれた仲間達のように、今度は自分が命を投げ出す『人柱』となったとしても――それでも、彼女(、、)だけは取り戻したかった。

 

 ありがとう、と短く告げて、ジェイはレイモンドに頭を垂れる。

 

「これで最後になるかもしれない――でも、そうだとしてもこの暗黒の地で、貴方に再会する事が出来て良かった。俺は、戦場に戻る事を恐れていた……エリサを取り戻そうと思ってニクスに渡ってからも、心の底では戦えないと……逃げ出したいと願っていたんだ。でも、ようやく確証が持てる。俺が今日まで生き残って来れたのは、貴方に会ってここに立ち――エリサを取り戻すためだって」

「そうか……引き止めてるつもりだったんだ、君を。だけど、その必要はないのかもしれないね」

 そうごちたレイモンドは、穏やかな――しかしどこか寂しそうな笑みを、ジェイへと返す。「君が取り戻した力なら、きっと成し遂げられる。ボクは信じるよ」と、スクと差し出されたレイモンドの掌に、ジェイもまた穏やかな微笑を持って応じた。

 今生の別れになるかもしれない、という予感は拭い去れない。それでも、この再会に絶望が介在する余地など無いのだと、二人は理解していた。

 

 ――中尉、と木霊した澄んだ声に振り返ると、ジェイの背後、スラと華奢な体躯の少女士官が立っていた。彼女の瞳に請われたジェイは、名残惜しそうに握手を解いて、「もう行きます――さようなら、レイモンド」と踵を返す。小走りで去っていくジェイの背を見送りながら、レイモンドは静かに呟いた。

 

「……死ぬんじゃないぞ、ジェイ・ベック中尉。君だけは、絶対に……」

 

 

 

 シオン・レナート少尉に手首を掴まれて、ジェイは喧噪の格納庫の中を往く。人垣を分け、速足気味に歩く少女士官。その揺れる金髪に、「シオン少尉、何処へ?」と問うたが、返事は無かった。戸惑うジェイを無視して、シオンは格納庫の隅――使われていない器具の並べられた整備ラックの物陰へと、彼を誘う。 

「シオン――」 

 

 言葉は、続かなかった。

 

「ン――」

 不意に手首を力強く引かれ態勢を崩したジェイは、グイと顔を寄せた彼女に唇を奪われた。戸惑い、思わず逃れようとしたジェイだが、叶わない。まるで彼の中にある何かを奪い去るかのように、貪るように――ねっとりと絡みついた接吻の果てに、シオンは囁く。

 

「……ジェイ、私を守って。貴方が取り戻したその力で、他の誰でもない――私だけを守って」

 

 宝石のように澄んだ濃緑の瞳に見据えられて、ジェイは言葉を失った。無言の中、視線だけが交錯する時間が数秒――意を決したかのように目を伏せると、彼女の肩を取って、ゆっくりと引き離す。

「……俺は、為すべき事をする。それが今は、君が生き残る事にも繋がるって、信じてる」

 短く言ったジェイは、返答を待たずにその場を後にした。今はこれ以上、彼女と向き合う自信が無かった。

 

 

 ――翌日。

 高速戦闘隊、強襲戦闘隊、そして重砲隊を合わせて編成された二十五個師団、『へリック共和国軍複合戦闘師団』が、エントランス基地を発った。目指すは、ビフロスト平原とヴァーヌ平野の境界に築かれた、ガイロス帝国防衛線の要所・『ヘルダイム要塞』。帝国軍最大の軍事拠点・チェピンより出陣した二十個師団にも及ぶ大軍が、この要塞に召集されているという。

 

 暗黒大陸上陸以来、最大規模となる大決戦が今、始まろうとしていた。 

 


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