ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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④ 陽炎 ―フレイム―

 他のジェノ系戦闘機械獣に違わぬ『ホバリング機構』で滑走した六つの《ジェノフレイム》。黒土を巻き上げながら迫ったそれは、友軍が既に敗走を始めている中、計三十機弱、五倍もの機数を揃えた《ブレードライガーミラージュ》の群れへと挑みかかってくる。あまりにも大胆な挙動に、ジェイを初め、『ミラージュ隊』のパイロットは暫し呆けた。

 

「ミラージュ隊・アイソップより、《ネオタートルシップ》ブリッジへ。着艦はもう少し待て――新手だ」

 

 ズンと迫りくる《ジェノフレイム》の機影から目を逸らさぬまま、ピーター・アイソップは母艦通信兵へと提言する。次いで、部隊各機へ。

「――連戦になるが、迎え撃つぞ。敵は新型だが、《ジェノザウラー》級の『収束荷電粒子砲』を持っていた場合、基地や艦に被害が出る可能性が高い。ヤツらをこれ以上近づけるな」

 適格な指示であった。既にロドニー副官の指示で、基地守備隊の《スピノサパー》達も後退を始めている。無用な犠牲を出さぬためには、高機動かつ高性能な《ミラージュ》が敵の突貫に相対し、基地と輸送艦、そして守備隊が敵の火器射程圏内に入らぬよう、食い止めるのが最優先であろう。

 アイソップ大尉機を先頭にして、白いライガー部隊が一斉に疾走を駆け始める。「ベック隊長――我々も」と指示を仰いだサンダース軍曹に頷き返して、ジェイもまた《ブレードライガー》の機首を敵影へと向けた。

 

 

「来い、サンダース、シオン。だが陣形を崩すなよ? 敵は未知の新型だ、どんな力を持っているか、知れたもんじゃない」

 ジェイの呼びかけにそれぞれの反応を返しながら、タクマ・サンダース、そしてシオンの《ブレードライガーミラージュ》が後へと続く。性格だけ見れば正反対の二人だが――腕前は十分に一流と評していいライガー乗りだ。『ミラージュ隊』として編成されてからの日は、決して長くないが――未知の新型を相手取っても、完璧な連携行動を仕掛けられるだろう。

 自軍の戦力を客観的に分析出来たと踏んだジェイは、次いで敵機へと目を向ける。少数精鋭を地で往く、《ジェノフレイム》の六機連隊。時速二百五十キロ強の高速機動で、真っ向から《ブレードライガーミラージュ》達に突っ込んでくる。一見、無謀としか形容できない采配であった。

 正面突破は、案の定ライガー部隊の恰好の標的となった。アイソップ大尉率いる《ミラージュ》の第一陣がアタックブースターユニットを展開し、『ハイデンシティビームガン』の一斉掃射を仕掛けた。《アイアンコング》級の重装甲すら難なく撃ち抜く高密度ビームの、集中砲撃だ。六機連隊は群がる光の奔流に包み込まれ、噴煙が爆ぜる。

 

 ――が、

 

「なん……だとっ……」

 巻き上がった焔を乗り越えて飛び出した《ジェノフレイム》の雄姿に、ミラージュ隊のメンバーは固唾を呑んだ。最新の光学兵器たる『ハイデンシティビーム』の集中砲火を浴びたというのに――傷一つない。

 《ジェノフレイム》の機体前方に展開された波状の光壁に阻まれて、高密度ビーム弾は完全に四散していた。『ハイパーエネルギーシールド』。その性能はこの《ブレードライガー》に搭載された『Eシールド』を、遥かに凌駕しているように思えた。

 初撃を難なく捌いて勢いに乗った異形の恐竜型機械獣が、グンと迫る。砲撃の反動で加速の鈍った《ミラージュ》達の懐に飛び込むや、バーニアを吹かして機体を翻し、鞭尾による殴打を見舞った。アイソップ達の《ミラージュ》が派手に横転し、ライガーの隊列が一気に乱れると――バーニアを獅子して急旋回、クワと開いた咢からバチバチと爆ぜた光を零す。

 

「――まずい、散れ!」

 

 『荷電粒子砲』だ、とすぐに理解したジェイが、後続に叫ぶ。同時、六機の《ジェノフレイム》が一斉に、散弾の如く拡がる稲妻の渦を撃ち放った。拡散放射式の『荷電粒子砲』――ミラージュ隊が組んだ陣形のど真ん中に突入して発射されたそれは、ほぼ全機の《ブレードライガー》を射程に捉えている。

「――ッ……!」

 ジェイを初め、咄嗟に『Eシールド』を張れた機体は幸運だった。だが、完全に虚を突かれた約半数の《ブレードライガーミラージュ》は、巻き上がる熱波に駆動系を焼かれ、次々と機能不全に陥ってしまう。『拡散放射式荷電粒子砲』の破壊力は、本来《ジェノザウラー》系列の機体が装備する収束式と比べ、著しく低い。だが、広範囲にまき散らされる砲撃を乱戦の中で回避するのは不可能に近く、また至近距離の照射とあっては、非装甲部分に対してなら十分すぎる程の威力を発揮できる。

 苦悶の咆哮を上げて地べたをのたうつ《ブレードライガーミラージュ》の姿が、二クスの荒野の至る所に散らばった。

 

 

 

 《ジェノフレイム》の設計思想は、先んじて完成していた《ジェノブレイカー》のそれとは大きく異なる。ベース機となる《ジェノザウラー》には大きな改修を加えず、対《ブレードライガー》戦を想定した追加武装を施し、所望《ジェノザウラーMk‐Ⅱ》的な性格を持って完成した《ジェノブレイカー》に対して、この機体は正統な『虐殺竜の後継機』として設計された。同クラスのゾイド戦を仮定すれば威力過剰の気すらあった『収束荷電粒子砲』を一対多用の戦略兵器として昇華させ、さらに高出力の『ハイパーエネルギーシールド』、完成して間もない加熱溶断式の白兵戦用兵装を装備。《ジェノブレイカー》のような圧倒的な戦闘力こそ持たないものの、兵器として、それを上回る汎用性・完成度を持って誕生した。

 強襲戦闘隊の次期主力量産機と目され、性能評価試験の真っ只中にあった《ジェノフレイム》だが、へリック共和国軍の暗黒大陸上陸に際し実戦投入された。試作機を預けられたのは、ガイロス帝国特務憲兵隊・ロットティガー。帝国摂政ギュンター・プロイツェンと対立する純ガイロス系軍事派閥によって組織されたこの部隊は、ゼネバス(、、、、)ハンター(、、、、)という異名を実しやかに囁かれている。秘密警察的性格を持つ特務隊に司令部が次世代ゾイドの先駆けを託したのは、前線の守備隊を襲撃する謎のゾイド部隊『鉄龍騎兵団(アイゼンドラグーン)』が旧ゼネバス帝国派の秘密結社に組織されたものであり、またその中枢に摂政ギュンターが関わっている――という噂に、帝国首脳部が一定の信憑性を感じていた証拠であろう。

 

 

 最新鋭機《ジェノフレイム》の六機連隊は、暗黒大陸踏破を志すヘリック共和国軍にとっても、大きな脅威として在った。前線の更なる激化を伝え聞いてはいたものの――ガイロス帝国は本土暗黒大陸を守るために、次々と強力な新型ゾイドを導入している。それらを前にすれば、既に《ブレードライガー》級のゾイドですら、凡百の量産機の一つでしかなかった。

 隊の半数が小破した状況で、《ブレードライガーミラージュ》の残存機は《ジェノフレイム》とにらみ合う。

 圧倒的な戦闘力を見せた新型《ジェノザウラー》だったが――打って変わって、その挙動は慎重を期していた。動けなくなった《ミラージュ》に追撃を掛ける事も無く、彼らを振り切って基地や輸送艦に仕掛ける、という素振りも無い。

 

 硬直状態の中で、数秒――そう言う事か、と、ジェイは彼らの意図を理解した。

 

「『ミラージュ隊』などとのたまって勇んだ結果が、これ? なんて情けない……」

「……止せ、シオン少尉」

 シオン少尉の《ブレードライガーミラージュ》が前に出ようとするのを、ジェイは静かに制した。「何故です? やられっぱなしで終わるつもりですか」と苛立つ彼女に、己が見解を告げる。

「あの六機連隊もおそらく、これ以上戦うつもりはない。数の不利を鑑みずに攻めて来たのは、救難信号を発信した《ヘルディガンナー》隊を逃がす時間を作るためだ。ならば、既にやつらの目的は果たされている」

「何を馬鹿な事を――みすみす取り逃がすなど、隊の沽券に係わります! あの新型は、いずれ必ずへリックの脅威になる。高性能の《ブレードライガーミラージュ》で包囲している今、此処で潰すべきです!」

「普通はそうだろうが――見て見ろ、今回俺達は完全に後手に回っている。疲弊した状態でこれ以上やっても、損害を増やすだけだ。態勢を立て直し、万全の状態で改めて討伐すればいい」

 語気を強めたジェイだったが――シオン・レナート少尉は深い溜息の後に、彼の思惟を否定した。

 

 

「……理解できません。貴方のような臆病者(、、、)が執る指揮など――私には、理解できない」

 

 

「――待て、シオンッ!」

 ジェイが引き止める声を無視して、シオンの《ブレードライガーミラージュ》が、《ジェノフレイム》達へと挑みかかった。膠着していた六機連隊は、突貫するシオン機に気づいて、その機首を一斉に向ける。

 ジェノが背部に備えた『展開式ビームライフル』が火を吹く中、『アタックブースター』を全開にしたシオン。砲撃の雨の中を縫うように駆け巡って間合いを詰めると、牽制の『パルスレーザー』を見舞った。シールドでそれを弾く《ジェノフレイム》。予想通りの挙動に、シオンの頬は綻ぶ。

 《ブレードライガーミラージュ》が『Eシールド』を展開して、真正面から《ジェノフレイム》に飛び掛かる。高出力のビーム膜同士が干渉してバチ、と火花が散ると――両機のシールドジェネレーターがショートし、一時その機能を失った。

 

「――邪魔ッ!」

 

 咄嗟の事態に惑った《ジェノフレイム》の喉元へ『アタックブースター』を向けると――至近距離で『ハイデンシティビームガン』をぶち撒ける。ブヴォ、と音を上げて吐き出された高出力ビームの塊は、《ジェノフレイム》の上半身を丸々消し飛ばした。

 肩口より先を失った亡骸は、やがて誘爆の振動で揺れながら、ゆっくりと崩れ落ちる。

 やった、と高揚したシオンだったが――直後その機体を衝撃が襲った。別の《ジェノフレイム》がクワと咢を開き、『拡散荷電粒子砲』を撃ち放ったのだ。『Eシールド』が機能不全を起こしていた、その隙を突かれた。光の渦がライガーの全身を粟立たせる。直撃。閃光に白んだコクピットの中で、シオンは絶叫した。

 

 

 

「――馬鹿な事を……ッ」

 無線越しにシオンの悲鳴を聞くや、ギリと奥歯を噛み締めたジェイ。彼女の《ミラージュ》の後を追う形で、《ブレードライガー》を嗾ける。

「どうするつもりです!? ベック中尉!」

 無線に弾けたタクマ・サンダースの声に、「救援に入る、まだ動ける隊と連携して、援護してくれ!」と怒鳴り返したジェイは、シオン機を包囲する《ジェノフレイム》達に目を遣った。代わる代わる撃ち込まれる『拡散荷電粒子砲』を躱しきれず、ヨロと身を振った《ブレードライガーミラージュ》。既に駆動系は完全に破壊されている、次の一撃を貰えば、直撃だ。

 事態の異常に気付いた別働隊の《ブレードライガーミラージュ》から通信が入り、「何事だい、これは!」とサンダース機に問うた。初撃の『拡散荷電粒子砲』を凌いだ、シュウ・フェーン中尉率いる分隊だ。

 

「シオン少尉が囲まれて、ベック隊長が救出に……、援護をお願いします!」

「なんだと、あの性悪女め……分かった!」

 

 《ミラージュ》の後方支援が、《ジェノフレイム》の包囲陣形を乱した。最高速度まで機体を加速させたジェイは、(間に合え……ッ!)と胸中で叫びながら、ライガーを跳躍させる。『レーザーブレード』を展開し、シオン機に気を取られた《ジェノフレイム》二機を、背後から切りつけた。二体のジェノは胴体から真っ二つになって千切れ飛び、爆発四散する。

 直後、残った《ジェノフレイム》三機が、動けないシオンの《ミラージュ》にビームを撃ち込んだ。疾走の勢いのままにライガーを突貫させたジェイは、体当たりでシオン機を突き飛ばすと、その軌道を逸らす。コクピット目掛け撃ち放たれた光弾は、《ミラージュ》の下半身に二発、残る一発がジェイ機の左後脚部吹き飛ばした。

 縺れ合って倒れ込む格好になったが、二体の《ブレードライガー》のコクピットは、ほど近い位置で重なる。

 《ミラージュ》の機体は半壊しているが――キャノピー越しのシオン少尉には、大した怪我も見当たらない。自機のコクピットを開けたジェイは「――来いシオン、乗り移れ!」と手を伸ばした。

 シオン・レナートは、ほとんど呆然自失状態にあった。ガクガクと震えたまま、虚ろな目を向けた彼女に、もう一度、「早くしろ――誘爆するぞ!」と怒鳴り付けると、機体を離れてシオン機に取りつく。ようやっとキャノピーを解放した少女士官を乱暴に抱き上げると、そのまま倒れるように、愛機のコクピットになだれ込む。

 

「――隊長ォッ!」

 

 サンダースの絶叫が聞こえた。彼と、フェーン隊の《ミラージュ》も、残る《ジェノフレイム》に突貫を掛ける。

 三機のジェノは彼等を迎え撃つのに気を取られて、ジェイ機から注意を外しているように思えた。後脚を一つ失っているが、《ブレードライガー》はまだ自走出来そうだ、小さな爆発を繰り返すシオン機を足蹴にして、ゆっくりと機体を起こさせる。

 直後、《ジェノフレイム》の一機が振り向いて、『展開式ビーム砲』の砲口を向けた。気づかれた――三連発で撃ち込まれた光弾はジェイ機の足元に突き刺さる。乗り捨てられたシオンの《ミラージュ》が粉々に吹き飛び――、

 

 ――誘爆に巻き込まれる格好となったジェイは、激震の中で意識を失った。

 

 


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