ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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③ ミラージュ

 ――ZAC2101年 8月下旬 暗黒大陸二クス エントランス湾沿岸

 

 

 《ネオタートルシップ》がトライアングルダラスの暴風域を抜けると同時、『ミラージュ高速戦闘隊』の構成員は、ブリーフィングルームへと召集を掛けられた。二クス大陸上陸まで一時間も無いというタイミングでの、緊急の招集だ。固い表情で集まった一同は、隊の指揮を執るピーター・アイソップ大尉から、予想通りの言を聞いた。

 

「――よう。長かった船旅もようやく終わりと言った所だがな、到着早々に、一仕事してもらう事になりそうだぜ」

 

 年齢は三十代前半くらいであろうか、濃い眉と目鼻立ち、金髪をオールバックで固めた身なりは、噂に違わぬ伊達男で――しかし、その語気からは己が実力に裏打ちされた、絶大な自負を感じさせる。なるほど確かに、『レオマスター』に選定されるだけの威風がある男だ、と、ジェイは内心で評した。

 アイソップ大尉の合図に合わせて、副官のコーネル・ロドニー大尉がバックスクリーンを操作する。映し出されたのは上陸予定地、エントランス湾に築かれたへリック共和国の駐屯基地である。

「これは……噴煙ですね。襲撃されている」

 ジェイの横、映像に目を凝らしたタクマ・サンダース軍曹が一人ごちる。「そのとおり」と、彼の言を拾ったアイソップが頷いて、

「どうやら、帝国強襲部隊による襲撃の真っ最中らしい。なんせ暗黒大陸はガイロス野郎の本拠地だからな、こんな事は日常茶飯事だ。今日からはぐっすり眠れる日なんて無くなるぞ。覚悟しとけよ」

 彼の冗談を遮るように、ロドニー大尉が言を継いだ。

 

「おそらくは陽動目的の襲撃であろうが……混戦の中で全隊の搬入を強行し、せっかくの増援を危険に晒したくは無い。我々『ミラージュ隊』が先行して上陸し、雑魚共の露払いを済ませる。総員、出撃するぞ」

 

 ミラージュ隊の士気は高かった。ロドニーの説明が終わると同時、全兵が椅子を経って、一斉に敬礼を返す。一同に会わせて立ち上がったジェイは、もう一方の隣、「いよいよか……腕が鳴りますね」と囁いたシオン少尉に気づいて、視線を遣る。年若い少女士官は、高揚を抑えきれない、という風に口元を綻ばせ、強気な視線をジェイへと向けていた。

 

 

 

(マグネッサー・カタパルトシステム、オールクリア。ミラージュ高速戦闘隊、総員出撃せよ。繰り返す。マグネッサー・カタパルトシステム、オールクリアー……)

 

 繰り返しアナウンスされる出撃命令を聞きながら、ジェイは格納庫内、《ブレードライガーAB》のコクピットへと滑り込んだ。既に機付長の手によって、ジェネレーターには火が入っている。操作パネルを手繰って最終チェックを行っていると、ピーター・アイソップ大尉よりオープン回線で新たな指示が下された。

「各機、聞こえるか? アイソップ隊が口火を切る。次いでロドニー隊、オサック隊、フェーン隊――」

「――ベック隊は?」

 アイソップ大尉の声を、シオン・レナート少尉の通信が遮る。

 数秒間を置いて、「ベック隊は最後だ」と、アイソップ。あからさま不服そうな声で、シオンが「何故――ッ?」と、それに突っかかった。出頭に指揮を遮ったシオンに面食らったのであろう、ハハ、と乾いた笑いの後、アイソップが応えた。

 

「何故って? 簡単な話さ、レナート大佐のお嬢さん。白い《ブレードライガーミラージュ》の隊列のど真ん中に、一機だけ青いのが混じっていたら、見栄えが悪いだろう。『ブルー・ブリッツ』が行くのは、先頭か殿(しんがり)。先陣は俺が切る、じゃあ消去法で、ベック隊は最後。どうだ、簡単だろう?」

 

 シオンの呆然とした顔が、目に浮かぶ。

 彼女がアイソップ隊長にこれ以上突っかかる前に、ジェイは「ベック隊、了解」と返答を返した。案の定、間髪入れずに個別回線が開かれ――イライラと眉間を潜めたシオンの貌が、モニター越しに現れる。

「待って。ベック中尉、私は納得できません」

「その必要はない。アイソップ大尉のジョークを真に受けるな」

「ジョーク? ではそうでない、私達が殿(しんがり)になる論理的な理由を、大尉に確認するべきでしょう」

 頭に血が昇ったシオンを、「……落ち着けよ、シオン少尉」と諌めながら、ジェイはゆっくりと《ブレードライガーAB》を前進させて、《ネオタートルシップ》のカタパルトデッキへと向かう。

「俺達に二クスへの渡航経験はない。どんなアクシデントがあるか分からないし――君は初めての実戦だろう。仲間が先行して露払いをしてくれるならありがたい、今回は場慣れする事だけを考えろ。残存戦力の掃討と、友軍の救援に集中するんだ」

 それ以上の問答を許さぬかように、「サンダース機――了解しました。ベック隊長」と、残る隊員、タクマ・サンダース軍曹の通信が入った。いらいらと頭を掻きむしったシオンだったが――、

 既にカタパルトデッキからは、半数以上の《ブレードライガーミラージュ》が発進していた。これ以上ダダを捏ねなくとも、おのずと出撃の機械が来ると悟ったのだろう。仏頂面のシオンは「……了解」と短く告げて、通信を切った。

 

 

 《ネオタートルシップ》の甲板が開き、増築された『マグネッサー・カタパルトシステム』が展開される。閃光師団(レイフォース)専用の移動要塞・《ホバーカーゴ》にも搭載された最新型の発進装置は、電磁力によって機体姿勢を安定させたまま、文字通り弾丸のように射ち出す事が出来るシステムだ。これならば、輸送艦本体を着艦させないまま、安全に増援を送り出すことが出来る。

 射出台に機体を待機させたジェイは、眼前に広がった暗黒大陸の空に眉を顰めた。魔の海域(トライアングルダラス)を抜けたというのに、広がる空は尚曇天のままだ。陽光は無く、代わり時たま爆ぜた稲光が一面に広がる荒れた大地を射す。まさに、暗黒大陸の名にふさわしい、荒涼とした地であった。

 

 ――グロック・ソードソール中尉は、この死の国二クスで果てた。

 

 胸中に澱んだ無常観を振り切るように、ジェイは愛機を前進させる。「ベック隊――出るぞ!」と扇動するや、発進シグナルが青へと変わり、グンと引っ張られた《ブレードライガー》の機体が、宙空へと投げ出された。

 

 

 

「――壮観だぜ、コイツが俺達ミラージュ隊の初陣だ。閃光師団(レイフォース)に変わり、この《ブレードライガーミラージュ》が、ガイロスの背中裂く刃となる」 

 ピーター・アイソップ大尉の高揚した声が、無線越しに弾けると、ジェイもチラと視線を動かして、キャノピー越しの風景を見遣った。前方左右……荒野を駆ける白い《ブレードライガー》の群れは、勇猛さだけでない、どこか気品さえも感じさせる。アイソップの感じている無敵感も頷けよう、雄大な光景であった。

 だが、派手な隊列を組めば勝てる程、実戦は単純ではない。エントランス沿岸基地を攻撃するガイロス兵力をモニタリングしたジェイは、敵影を冷静に分析する。

地を這いまわる無数の黒い影、イグアナ型ゾイド・《ヘルディガンナー》。ガイロス純正の中型戦闘機械獣は、そのカラーリングを旧大戦来の暗黒軍シンボル――すなわち漆黒とライトグリーンのツートーンに改められている。

 半世紀前の第一次大陸間戦争に置いて、へリック共和国は特殊鉱石『ディオハリコン』によって強化された暗黒ゾイド軍団によって、終始劣勢を強いられたという。『ディオハリコン』の生成技術は先の大異変によって失われているが、蛍光色を湛えた当時のガイロスゾイドは、今なおへリック軍における恐怖の象徴として語り継がれていた。

 気味の悪い蛍光色を湛えた機体に、戦意を揺さぶられたのは確かだ。隊の副官・ロドニー大尉が、「ハッタリだ。ガイロス野郎のなり(、、)にビビる事は無い」と、一行を鼓舞する。

「だが、急ぎ救援に入る必要があるってのは確かだな。《ヘルディガンナー》共め、ゴキブリ見たく、ウジャウジャ湧いてやがる」

 アイソップ大尉の声に、ジェイもまた眉を顰めた。戦場を這い回る黒い影は、五十は下らない。対して迎撃に出ているへリック軍・沿岸前線基地守備隊の数は、二十機弱。しかも大半が戦闘工兵用の中型ゾイド《スピノサパー》である。パワー重視の機体では、地べたを這いずる《ヘルディガンナー》を捕えられず、翻弄されるばかりだ。

 

「――突っ込むぞ!」

 

 アイソップ大尉の機体が、扇動と同時に加速した。紅の獅子の紋章を刻まれた《ブレードライガーミラージュ》1番機が、アタックブースターを全開にして跳躍すると、『レーザーブレード』を展開、数に物を言わせ《スピノサパー》を集中砲火する《ヘルディガンナー》の眼前を横滑りで横断、数機まとめて切り伏せて見せる。

 雷光と見紛う高速で馳せたへリック軍の増援に、《ヘルディガンナー》達が浮足立った。アイソップの一撃を皮切りに、続く《ブレードライガーミラージュ》達も、次々と敵機へと群がっっていく。足元を這う機体を爪牙で潰し、『ハイデンシティビームガン』が、『2連装ショックカノン』が、密集した機体を纏めて四散させた。

 

 最後陣を往くベック小隊も、すぐさまドッグファイトへと突入した。「パワーはこっちが上だが、敵は小回りが利く。油断するな」と、念を押したジェイの《ブレードライガーAB》を先頭に、《ミラージュ》サンダース機が左舷、同シオン機が右舷に立って、フォーメーションを形勢する。高機動ゾイドによる連携機動が、《ヘルディガンナー》が懐へと飛び込めるような隙を生じさせない。

 複雑な軌道を描く連携走行に戸惑った《ヘルディガンナー》を、シオンの《ブレードライガーミラージュ》が狙った。脚部リアカウルに内蔵したオプションラッチが伸びて、『レーザーブレード』基部に備え付けられた火器を牽制用の『パルスレーザーガトリング』へと換装する。撃ち放たれたビーム光弾の渦は、《ヘルディガンナー》の未来位置を予測し、そのコクピットキャノピーを蜂の巣にした。

「良い腕をしている……口だけではないな、シオン・レナート少尉」

 シオン機の火線を目で追ったタクマ・サンダースもまた、次の敵機へと狙いを定める。《スピノサパー》に肉薄し、零距離射撃を見舞おうと砲塔を翳した《ヘルディガンナー》に機首を向けると、全バーニアを噴射して加速、迫撃砲の如き体当たりを見舞ってその機体を吹っ飛ばした。グニャグニャに拉げた《ヘルディガンナー》の機体は、地べたに打ち付けられて硝子細工の如く四散する。

 

 

 『ミラージュ隊』の投入によって、戦場の形勢はヘリック側へと傾いた。戦闘開始から十分、《ヘルディガンナー》部隊の数は半数近くまで減り、既に後退を始めている。基地防衛隊を指揮していた《スピノサパー》隊長機より、「救援、感謝する」との電信を受け取ったアイソップ大尉は訝しげに辺りを見渡した。

「陽動作戦にしては、随分と数が多かったな。エントランス湾が俺達へリックの手に落ちてから、一月半は経ってるっていうのに――ガイロスめ、まだ抵抗勢力を送り込んでくる余裕があるってのか」

 敗走する《ヘルディガンナー》部隊を目で追いながら、ジェイもまたアイソップと同じ感想を抱く。敵の引き際は鮮やかだ。おそらくは予想外の増援が加わった故に、一時的に撤退したに過ぎない。『ミラージュ隊』の参入を知ったガイロスは、一層の勢力を投入して攻撃してくるだろう。

 先に閃光師団(レイフォース)が遭遇したという謎のゾイド部隊『鉄龍騎兵団(アイゼンドラグーン)』の噂も気になった。ガイロス帝国の本土守備隊に、神出鬼没のゾイド部隊――これからさらに勢力圏を拡げるとなればさらに険しい戦いに身を投じる事になる。

「エリサ……」

 未だまみえぬ探し人の名を呟いて、ジェイは胃の腑に圧し掛かる不安を堪えた。一刻も早く、彼女に会いたいと願う――否、会わなければならない。今度こそ、全てが手遅れとなる前に。

 

「……もうお終い? 拍子抜けだわ、こんなの」

 

 ジェイの不安とは対照的な――退屈そうな声が、無線越しに弾ける。ジェイの《ブレードライガー》に並び立った、シオン・レナート少尉の機体からだ。キャノピー越し、退屈そうに欠伸を噛んだシオンが目に入ったジェイは、「こっちだって長旅で疲弊している。むしろ、これ以上長引かなくて良かったと思わないと」と、彼女の不遜に釘を刺した。

 覚めた目を向けたシオンは「何を馬鹿げた事を言ってるんです、中尉」とジェイを詰る。

「私達は、戦うために二クスまで来たのでしょう? 帝国を追い立てるのが使命、休んでいる暇なんて無いわ」

「……シオン。レナート大佐から――君の父から、君を守り、一緒に戦うように頼まれた。成し遂げられる自信が無くて返事を返さなかったけれど、その願いを完全に無碍にする気もない。自分を過信し過ぎるな。そんな事じゃ、いずれ命を落とすぞ」

 諭すように己が思惟を向けたジェイを、年少の少女士官は訝しげな表情で見据え返す。それはジェイの言葉を頑なに拒んだ、冷めた瞳だった。

 どうにかして無謀を咎めたいと、ジェイが言葉を足そうとした時だった。

 

 ――大気を揺らす、機獣の咆哮が響く。

 

 ティラノサウルス型ゾイド特有の、重々しい金属質の雄叫び。一抹の勝利に弛緩していた『ミラージュ隊』のパイロット達は、瞬時に臨戦態勢へと引き戻される。

 

 咆哮轟く地平へと機種を向けた《ブレードライガーミラージュ》のパイロット達は、退却する《ヘルディガンナー》達を掻き分けてゆっくりと迫りくる、未知のティラノサウルス型戦闘機械獣を見た。《ジェノザウラー》タイプのシルエットだが――両の腿部に増設された凧型のフィンと、その背に背負った小口径の銃器を除き、装甲は碌に塗装を施されていない。凹凸の少ないカウルの大半が、ライトグレーの地色を晒し、無機的な顔貌の中で爛と輝くカメラアイだけが紅く浮いた様は、まるで血涙を流しているかのような異様を形成していた。

 

 《ジェノフレイム》。

 

 虐殺竜《ジェノザウラー》の後継として設計されたそれは、まだ正式採用の目途さえ立っていない実験機だった。敗走する友軍を掻き分け、ゆっくりとミラージュ隊に向かってくる。数は――たったの六機。だがそれは、ガイロス帝国の編制する独立遊撃部隊の基本編成単位であり、すなわち彼等が通常のゾイド部隊とは一線を画すエースチームである事を示す証でもある。

 へリック共和国による本土侵略と、未知のゾイド部隊鉄龍騎兵団(アイゼンドラグーン)による、度重なる帝国守備隊壊滅を受け、帝国軍首脳部はいくつかの特務体を派遣していた。その内の一つが、偶然にも《ヘルディガンナー》部隊の救援信号を拾ったのだ。

 

 その名を、ガイロス帝国特務憲兵隊――『ロットティガー』という。

 

 


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