ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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第四部:二クスへの旅路
① ―プロローグ―


 ――ZAC2101年 8月 北エウロペ大陸・ニクシー基地

 

 

 久方振りに乗り込んだ戦闘機械獣のコクピット、キャノピー越しに広がる視界は、記憶していたそれよりもずっと狭く感じられた。息苦しさを堪えながら、ジェイ・ベック少尉は、砂塵舞う演習場を駆ける演習相手のゾイドへと目を凝らす。

バーニアを吹かし、軽やかな足取りで荒野を行き交う猛獣型戦闘機械獣は、彼のよく知るシルエットの機体だ。《ミラージュ》のコードネームを与えられたそれは、ジェイが愛用した高速ゾイド《ブレードライガー》と同型機である。アーリータイプ・量産型双方の稼働データを元にシステムを調整し、操作性を改善した機体には、武装も最良の物が与えられていた。オプション兵装『アタックブースター』のアップデート版も標準装備した、言うなれば同モデルの決定版である。

(《ミラージュ》、良い動きをしているな――歴戦のライガー乗りたる君の目には、どう映る? ベック少尉)

 ニクシー基地司令本部よりの通信。此度の評価試験の指揮を執るグレイ・レナート大佐の声が響く。

「ええ。自分も、申し分ない性能と考えます、司令」

 と、ジェイは当たり障りのない回答を寄越した。

 長きに渡る謹慎を解かれたジェイに与えられた最初の仕事は、《ブレードライガーミラージュ》の最終動作テストにおける仮装敵機(アグレッサー)役。実戦を想定した演習の相手役を務めながら、機体の挙動に不審が無いか、目ざとく観察するよう言い付けられていたが――粟立った心で、久方振りにゾイドを動かしているのだ、真っ当に応対する余裕など無い。

 グンと加速した純白のミラージュ・ライガーが、眼前に迫りくる。機体を動かしているテストパイロットの腕も、相当に良いらしい。展開された『レーザーブレード』を避けられず、すれ違いざま、ジェイ機の脚部駆動節が切り落とされた。

 ガクンと傾いた衝撃に奥歯を噛み締めていると、ジジ、とざわついた無線越し、(――そこまでだ。これにて、《ミラージュ》の最終稼働試験を終了する)と、レナート大佐の号令が鳴った。

 システムフリーズのアラーム音が鳴り響く中、フッ、と短い溜息を着いて、ジェイは額を拭う。任務から解放されると――胃の腑に掛かった不安の圧も、一層強く感じられた。

 

 

 

 へリック共和国軍がガイロス帝国の本土・暗黒大陸二クスに進出して、早二か月。

 戦線では、尚も一進一退の攻防が続けられている。今しがたニクシーで完成した、三十機強の《ブレードライガーミラージュ》も、苦戦する前線への補充戦力として贈られる事が決定していた。純白の中に赤の差し色が映える《ミラージュ》の装甲は、一見共和国軍のゾイドらしからぬ派手な装いであるが、ヒロイックな外観が、逆に件の機体の特別感を煽ってもいる。

 ズラと並ぶ新型《ブレードライガー》。しかし、格納庫に納まった機獣達を見上げたジェイ・ベックにとって、それは勇壮さなど欠片もなく――むしろ大げさななり(、、)が滑稽にさえ思えてしまう。如何に新型機を見繕っても、士気を高めるような雄姿を晒しても、戦場に立った兵士の多くはその恩恵を感じないまま果て、死んでいくのだから。

 

 ジェイの胸に閊えた物――今朝方聞いた、グロック・ソードソール中尉の訃報。

 

 今月初頭。二クス戦争の開戦以来共和国の前線を支えた特務高速戦闘部隊『閃光師団(レイフォース)』が、正体不明のゾイド部隊『鉄龍騎兵団(アイゼンドラグーン)』と交戦し、大打撃を受けた。西方大陸での戦時中、長きに渡ってジェイと行動を共にしたグロック中尉も、同部隊のライガー乗りとして加わっていたのである。

 『鉄龍騎兵団(アイゼンドラグーン)』は、帝国正規軍には配備されていない未知のゾイド、磁気嵐に似た電波障害・操縦阻害を巻き起こす未知の電子兵器を駆使しており――グロックは一切の抵抗も適わぬまま、殺されたという。

 疼いた胃の腑に手を宛がいながら、ジェイは数秒目を伏せる。救いなど無い、幾重にも死線が重なる戦場が今も止むことなく広がっている――そう思うと、やるせなかった。

 

 

 

「――先ほどは、素晴らしい立ち合いをさせていただきました。ジェイ・ベック少尉」

 背後から、澄んだ女性の声が木霊する。

 振り返ると、スラと背の高い、痩せた女性士官が立っていた。「……シオン・レナート少尉」と、ジェイはその名を呟く。二週間程前に本土デルポイ大陸から派遣されてきたこの女性は、先の演習において《ブレードライガーミラージュ》のテストパイロットを務めていた人物でもあった。

 今年二十歳を迎えたばかりというシオン・レナート少尉は、どこか浮世離れした印象を与える少女士官(、、、、)だった。

 身に纏ったのは、軍服らしからぬ華美な装飾の施された礼服。へリックシティの『国立士官養成上級学校』の指定礼服で、旧大統領親衛隊の女性用制服――つまりは初代大統領夫人・ローザ・ラウリの軍服を模した物である。同校を主席で卒業したというシオンは、自身のキャリアに絶大な自負があるのだろう、ゾイドに搭乗する際も、決まってこの出で立ちを守った。パイロットスーツはおろか、メットすら被らない。

「エウロペ戦争を生き抜いたエースパイロットの胸を借りられて、良かったです。おかげで私も、持てる力の全てを尽くせた――この子達の力を十全に発揮して上げる事ができました」

 ヒールを鳴らしながらジェイへと歩み寄ると、シオンは立ち並ぶ《ブレードライガーミラージュ》の機体を見上げた。一応の賛辞はあるものの、その言の裏には、『ゾイド乗り』として自身の方が尚優れている、という、彼女の絶大な自信が滲んでいる。

 キャリアへの自負、力量への自負――いずれもジェイが信じられなくなって久しいモノだ。彼女の在り方に危うさを覚えたジェイは、「君は――優れたゾイド乗りになるだろう。でも、君のその才覚すら、戦場では絶対の存在に成り得ないんだ……くれぐれも、過信はしないで」と、つい口を滑らせる。

 シオンはそれを負け惜しみと取ったのであろう、一層嬉しそうにはにかんで、「ええ――実戦で必要な物、これからじっくりと、お傍で(、、、)学ばせて(、、、、)頂きます(、、、、)」と――そう言って頷くや、クルと踵を返して手招きをした。

 

 

「……ベック少尉、指令室に。レナート大佐(、、、、、、)から、重要なお話があるそうですよ」

 

 

 

 

 

 ニクシーの司令官室に赴いたジェイは、キィと椅子を鳴らして振り返ったグレイ・レナート大佐に敬礼をする。

「ああ――呼びつけてすまないね、ベック少尉」

 柔和な表情を作ったレナート大佐は、()と同じ手つきで手招きした。色白の肌に、温かな光を湛えたグリーンの瞳は、生来持ち合わせた気品と穏やかな性格をよく表している。

 

 先の帝国無人艦隊による空爆戦で戦死したマクシミリオン・ペガサス中佐に変わり、このニクシー基地の司令官となったレナート大佐だが――その人となりは大きく異なる。実直なペガサス中佐から、大らかなレナート大佐に統括者が入れ替わった事で、基地全体の空気も、どこかゆっくりと流れるようになっていた。

 指令就任以来、何かとレナート大佐はジェイを気に掛けてくれている。半年前、脱走の嫌疑から軍法会議に掛けられていたジェイは、本来なら銃殺刑も有り得る立場だったが――、このレナート大佐が取り持ってくれた。無断出撃は当時軍上層部の軽視していた『クロイツ』最終兵器の存在を危惧したが故であり、共和国はおろか、この惑星全体の脅威となり得る『真オーガノイド』の完全復活を未然に阻止した――ジェイの功績を強調し、彼の処罰を長期の謹慎処分にまで減刑したのである。

 

 大佐の懇意の理由は分からなかったが、彼の人柄を見れば、それが打算や悪意による物ではない、と、予想は出来た。故にジェイは、覇気を取り戻せないながらも、レナート大佐にだけは忠実であろうと心掛けていた。

「楽にしたまえ、ベック少尉。……どうだね、今回の演習でゾイド乗りとしての勘を、幾分か取り戻してくれれていれば幸いだが」

「はっ……」

 レナート大佐の表情は変わらず穏やかなモノであったが、その視線は、どこか落ち着きが無い。何か持ちかけ辛い提案を言い淀んでいるのだろう、ジェイもその気に合わせて、厳粛な面持ちで応じる。

「最前線の状況は、把握しているかね? ようやくガイロスの根城、暗黒大陸二クスへと歩を進めた我々だが――知っての通り、順風漫歩とは言い難い。敵の本拠だ、地の利は向こうにある。それに――『鉄龍騎兵団(アイゼンドラグーン)』等と言うきな臭い連中が、エントランス湾周辺をうろついているのだ」

「前線の状況は、幾分聞き及んでおります」

「なら、察しているかな。進軍は、上層部の予想より遥かに遅い。このまま戦線が停滞すれば、二クスには長い冬が訪れるだろう。そうなる前に決着を付けたい、というのが、本部の意向でね」

 浮かない表情のレナートが、ジェイに一部のデーター綴りを差し出した。

「『終末作戦(オペレーション・ラグナロク)』……二クス大陸への、大規模な増援計画だよ。先に完成した《ブレードライガーミラージュ》の部隊も、再編中の『閃光師団(レイフォース)』の穴埋めとして、前線に出張るだろう」

 言葉を濁した彼に、ジェイは大方の意図を察する。

「では……シオン少尉も?」

「ああ……五日後には、第二〇三高速特務中隊――『ミラージュ隊』として、二クスに渡航する事になってる」

 どこか疲れた風を滲ませた愛想笑いの後、「気の強い娘でね。元は『レイフォース・エンジェルス』に入隊したがっていたが、実戦経験が少ないからと、二クス進出の一陣から外されたんだ。それで今回の《ミラージュ隊》配属だ……自分の才を示す機会だと、意気込んでいるよ」と頭を振ったレナート。やがてスクと立ち上がって、

 

「単刀直入にお願いしよう……ベック少尉、君も《ミラージュ隊》に加わってくれないか?」

 

 と、ジェイに問うた。

 

「それはつまり……シオン少尉を守れ、という事でしょうか?」

 ジェイの確認に数秒黙り込んだレナート大佐だが、やがて「そう受け取ってくれて構わんよ」と頷いて、背を向ける。

「ミラージュ隊、などと恰好を付けていても、有能なパイロットの大半は『閃光師団(レイフォース)』に引き抜かれているのだ。烏合の衆で暗黒大陸へと渡るというのは、危険も多いだろう。歴戦のライガー乗りたる君が一緒なら、私の胃の腑に掛かる圧も幾分和らぐのだがね」 

 私情を持ち込まない、というのが高潔な軍人の在り方だというのならば、レナート大佐のそれは、軍人の風上にも置けぬ行いであろう。だが、ジェイはそんな彼の気持ちが良く分かった。

 

 ――それ故に、大佐の相談に即答する事は出来ない。

 

 誰かを守るために戦う、と言う事。それが如何に難しいかをジェイは知っている。無情な戦場においてそれを為し得るという事が、どれだけ困難か――そして、事を為し得なかった時に残る傷跡が、如何に心を蝕むのかを。

 黙りこくったジェイに、「少し、時間が必要だろう? 明日のこの時間に、また話をしたい。その時に君の返答を聞かせておくれ」と告げたレナートは、彼の肩に手を添えた後に指令室を後にした。

 

 

 プシュ、と自動ドアーが閉まる音を最後に、静寂が指令室を包む。

 残されたジェイは、大佐が置いて行った『終末作戦(オペレーション・ラグナロク)』のファイルを手にとった。鏡一枚目を捲ると、今回派遣される援部隊の編制と、構成員の名簿がズラと並ぶ。

 大規模輸送作戦だ。へリックは予備戦力のほぼ全てを導入してでも、二クスの冬が訪れる前に、此度の戦争を終局にこぎつけるつもりらしい。

 宛てなく追っていた名簿だったが、ズラと並んだリストの中の末尾の項目で、ジェイ・ベックは目を止める。綴りの最後に別紙添えされていたそれは、短く『特務隊』とだけ名付けられた部隊の構成員名簿。僅か二十名弱の名前の横には、皆一様に「第一種情報統制対象機密」と補足されている。

 

 そして――リストの中にあったとある人物の名前に気づいて、ジェイは目を剥いた。

 

 

 エリサ・アノン少尉。

 

 

 西方大陸での戦争中、長く連れ添った女性士官の名前だった。ジェイと共にエウロペのガイロス帝国軍残党の掃討任務に赴いた彼女は、酷い傷を負った末に、祖国デルポイへと戻ったはずである。

「そんな――エリサがまた、戦場へ……?」 

 感じる心すら忘れかけていたジェイの胸が、ズキと疼く。堪えきれぬ嗚咽に咽ながら、ジェイはクルと踵を返すと――考える余裕などない、速足で駆けて、先に部屋を出たレナート大佐を追いかけていた。

 

 


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