ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑤ 実戦 ―ミューズ― (後編)

 帝国軍機甲部隊の数は、圧倒的だった。

 『動く要塞』と仇名される程の《レッドホーン》の砲撃力は、伊達ではなかった。見通しの悪い森林地帯も相まって、高機動ゾイド《シールドライガー》と《コマンドウルフ》ですら、近づくことさえままならない。僚機の《イグアン》も、単機ならばさしたる問題ではないのだろうが、こちらの数倍もの数で放つレーザー機銃の一斉掃射は、決して無視できるものではない。現に、グロック率いる(ブラボー)分隊の《コマンドルウルフ》の内、一機が《イグアン》の機銃によって小破し、後退している。

 現在動けるのは、ジェイの(チャーリー)分隊が二機、グロックの(ブラボー)分隊が二機。そして、つい先ほど合流した小隊長コンボイの率いる(アルファ)分隊が三機だ。ツヴァインの《コマンドウルフ》は――どこで道草を食っているのか、発見できない。

 こちらの攻撃でも一応の成果はあり、何機かの《イグアン》を撃墜してはいるものの、それでも相手は二十機以上で、しかも主力の《レッドホーン》六機が健在だ。戦力差は三倍以上。絶望的状況だった。

 

 乱戦の中で、ジェイ・ベックは狼狽した。圧倒的大多数の敵に包囲され、既に僚機が二機戦闘不能――実戦に対する認識の甘さを、心の隅で痛感している。そして、その後悔は既に手遅れなのかもしれない。先に撃ちぬかれた僚機のパイロット、マーチン軍曹のように――いつジェイの機体が《レッドホーン》の砲弾を浴びて、爆散するとも知れない。

「どうする――このままじゃ……っ」

 沸き立つ焦燥の念は、おそらくジェイだけのものではないのだろう。操縦桿越しに伝わってくる。砲弾の雨の中を出鱈目に駆けてしのぐ愛機――《シールドライガー》もまた、この状況に気を乱されているのだ。

 猛獣型金属生命体を原型とするゾイド・《シールドライガー》は、本来その爪牙を用いた白兵戦で真価を発揮する機体である。だが今は、敵の砲撃と密林で進路を阻まれ、接近戦に持ち込む事が叶わないでいる。

 絶望的な戦況を覆すには、まず機体の性能を十全に発揮できるようにしなければならない。

 弾幕の薄い場所を縫って駆け、接近戦に持ち込む――そう決めたジェイが、敵陣にライガーの機首を向けようとした時だった。「それ以上距離を詰めるな、ベック!」と、グロック少尉の怒声が飛ぶ。

 

「多勢の中に一人で突っ込めば、蜂の巣にされてすぐに終わるだろうが! ゲリラ戦で正面から向かってどうする、銃座を使って応戦しろ!」

 

 砲撃を見舞っては駆け、敵陣を翻弄するグロックの《シールドライガー》。確かに彼の言うとおり、撃ち合いになった今の戦場で我武者羅に突っ込めば――下手をすると、味方の流れ弾に落とされかねない。

 決断を急かすように、帝国軍の砲撃が勢いを増した。閃光。とっさにペダルを踏み込み、《シールドライガー》を後方に跳躍させる。バキバキと周囲の木枝をへし折りながら飛び退いたライガーが、地面に打ち付けられて膝を着き、同時に先ほどまで居た地面が砲撃で吹き飛び、土砂と木屑が舞ってコクピットキャノピーを打つ。

「クソ――クソッ!」

 衝撃に揺られながら、ジェイはグロックの指示に従う事を決めた。コントロールパネルを操作して、《シールドライガー》の背部装甲奥に収納された『AMD2連装20mmビーム砲』を展開させる。が――、

 ガリ、と鈍い音が鳴って、ライガーが身を捩った。どうやら周囲の高木から伸びた枝にカバーが引っかかって、砲座が引き出せないらしい。苦境を打開しようと策を弄しても、何もかもが上手く行かない。煩わしさに、ジェイは頭を掻きむしる。

 高速戦闘に重きを置いた《シールドライガー》は、空力特性を高めるため、火器の大半を内装式にしてある。唯一外付けされているのは、腹部に備えられた『対ゾイド3連装衝撃砲』。ジェイはすぐさまそちらに切り替えて、トリガーを引いた。

 

 

 放たれた衝撃波は、大地を抉りながら《レッドホーン》を目指し、その装甲を打ったが――ライガーを揺すった発射時の反動に反して、驚くほど威力が無い。

 

 

 『3連装衝撃砲』は実弾やビームではない、マグネッサー技術の応用で作りだした気流を弾丸のように撃ち出す、言うなれば「威力を伴う空砲」である。ビーム兵器に比べれば低燃費であり、また実弾のように弾切れや、全備重量の増加による機体バランスの変化を考慮する必要の無い、高機動ゾイドにはうってつけの兵装――だが一方で、射程が短く、距離の増加による威力の減退が著しい、という欠点があった。また、砲座全体が胴体に固定されているため、射角の調整にも難がある。本来ならば機体の機動力を生かし、適正な射程・射角まで距離を詰めてから用いるのだが、それができない今の戦場において、これらの特性は完全に足を引っ張っていたのである。

 唯一取回せる兵装が、乱戦での撃ち合いで役に立たない――こちらの状況を把握しきれていないのだろう、「ソイツじゃ当たらんだろ! 間抜けめ。内装兵器――ビーム砲座か、ミサイルを使え!」と、グロックの指図が弾ける。煩わしくて、ジェイは無線を切った。

 どうにかしてライガーを立ち上がらせながら、(落ち着け……落ち着け……)と自らに言い聞かせる。 幸い、(アルファ)分隊と(ブラボー)分隊の攻撃に気を取られてか、敵機の攻撃はジェイから逸れつつある。態勢を立て直し、次のアクションを起こすための余韻は、十分にあった。

 

 初めての実戦は、ジェイの想定を遥かに超えている。だが、それでも諦める事は出来ない。(――ここで死ねるか)とジェイは猛り――そして結論付ける。

 

 《シールドライガー》は武装の量・装甲の強度共に、《レッドホーン》の後塵を拝しているのだ。グロック達がこれまでどう戦ってきたのかは知らないが、このまま撃ち合いをして生き残れる展望を、ジェイはどうしても抱けない。ライガーが勝っているのは、機動性と運動性――こちらの長所を生かすのならば、やはり接近して白兵戦に持ち込む他ない。そのためには、敵の砲撃を凌ぎ、懐に飛び込む手段が必要になる。

 

 

 そして――《シールドライガー》には、その『手段』があった。

 

 

 よし、と意を決したジェイ・ベックが操縦桿を引くと、《シールドライガー》の鬣が展開して、光を放つ。ライガーの前方に生じた、光の揺らぎ――撃ち込まれた《イグアン》のレーザーが、揺らぎに弾かれて四散する。

 《シールドライガー》の名の由来となった兵装――『エネルギーシールド』。元となったライオン型野生体が持ち合わせていた、「量子力場発生能力」を由来とする、《シールドライガー》の固有兵装。高出力のジェネレーターから展開されたビームの膜が、敵機の光学兵器に干渉し、それを相殺するのである。

 『Eシールド』の出力を、さらに引き上げる。最大値――シールドジェネレーターの駆動音と振動がコクピットまで響き、フルパワーで発生したシールドの熱量が、周囲の木々を焼き焦がす。最大出力を維持できるのは十秒にも満たないが、この状態ならばビーム兵器は無論、小口径の実弾ならば自機に接触する前に焼き払う事さえできる。

 行ける! 確信したジェイが、《シールドライガー》を疾走させた。今度は砲撃を避けるような真似などしない。眼前に立ちはだかる《イグアン》、そして《レッドホーン》の群れに向けて、一直線。突貫したジェイのライガーは真っ先に敵機の標的となり、《イグアン》達のレーザー機銃がら光線が伸びるが――全てEシールドに捌かれた。

 計器が指した速度は、時速200キロを超えている。一気に間合いが詰まり、ジェイは再度『三連衝撃砲』のトリガーを引いた。今度は、適正距離。一射で二体の《イグアン》が弾け飛んだ。これで目前の《レッドホーン》を守る者は居ない。

 ジェイは叫んだ。

「おおおっ!」

 乗り手と同期したかのように、《シールドライガー》も咆哮、跳躍する。それを迎え撃つかのごとく、《レッドホーン》の背から伸びた『三連装リニアキャノン』が撃ち放たれたが――最大出力のEシールドに干渉され、弾丸はライガーの眼前で爆散した。爆風が頬の装甲の一部を焼き焦がし、キャノピーを傷つけるが、ジェイとライガーは引き下がらない。

「うおおおッ!」

 怖気づいたかのように《レッドホーン》が後ずさるのを見て、ジェイはもう一度叫ぶ。

 

 

 次の瞬間、《シールドライガー》の機体は《レッドホーン》の首筋に鋭い牙を突き立てると――その巨体を乱暴に引き倒していた。

 


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