ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

59 / 85
㉕ エピローグ ―終結―

 

 ――ZAC2101年 1月 ニクシー基地

 

 

 正午の日が射しても尚、ニクシーの空は暗かった。幾重にも重なって上がる爆炎と噴煙が、青空を閉ざし、陽光をかき消す。暖かな日差しの代わりに当たりを満たすのは、この世界そのものさえ飲み込んでしまいそうな戦火だけだった。

 

 そして、そんな焔の中にあっても『クロイツ』は――《ジェノブレイカー零式》は健在だった。

 

 漆黒の機体に煤を浴びた『魔装竜』の継子は、傍から見れば死を司った黒髑髏の如き異様であろう。何十、もしかしたら何百とも知れぬニクシー基地守備隊の共和国軍ゾイドを蹴散らし、その残骸を足蹴にしながら、ブレイカーは咆哮する。

 そして、そのコクピットに収まったレンツ・メルダース中尉もまた、愛機同様の獰猛な意気を吐いた。

「ガイロスの本隊との通信は、まだ取れないか。空爆の第二波が行われるとなれば、巻き込まれる前に離れておかねばなるまい」

 彼を苛立たせるのは、ピーキーすぎる機体の運用によって蓄積した疲労だけではない。二クス本国より攻撃に参加している部隊との連絡が取れないのだ。地上へと攻撃を行う新型の飛行ゾイドは無人機《ザバット》ばかりであり、母艦たる改造ホエールキング《モビーディック》は、高度三万メートル上空に鎮座している。戦闘ゾイド単位の通信機器では超高高度に存在する帝国本隊との通信は不可能であり、このまま連携が取れなければ、味方の爆撃で撃墜される可能性すらあった。

 多少の無理が生じるものの、ニクシーの管制塔を制圧し、基地通信設備を掌握するのが最前であろう。幸い、《ザバット》の第一波爆撃での損傷は大きくないらしい、噴煙の中、に屹立する電波設備を、レンツは見据えていた。

 

 

「――ヌッ!?」

 思慮に集中していたレンツの機体を、轟と鳴った砲撃が包み込む。大火力の長距離砲――『ロングレンジバスターキャノン』の一撃だ。守備隊の大半を壊滅させた《ジェノブレイカー零式》に、しつこく食い下がってくる機体が居た。ただ一機残った《ゾイドゴジュラスMk‐Ⅱ》が、怒りの咆哮を上げて迫りくる。機動力の差を生かして振り切ったつもりだったが、追いつかれたらしい。

 二発、三発と撃ち込まれる砲弾に、大地が抉れる。チ、と舌打ちをしたメルダース中尉は、ブレイカーのバーニアを吹かしてホバー走行に移行させると火線を縫って機体を突貫させた。『エクスブレイカー』と『レーザーチャージングブレード』を展開し、最高速で《ゴジュラス》の喉元を狙う。

 瞬間的に時速三百キロ強まで加速した《ジェノブレイカー》の突貫には《ゾイドゴジュラス》の俊敏性を持ってしても反応しきれない。ビームコートを纏った刃が、共和国の守護神たる巨獣の肩口を、喉元を串刺しにしたが――《ゴジュラス》は、尚も持ちこたえている。強靭な生命力と重装甲は、最新鋭のレーザーコートを備えた白兵戦用装備の一撃にも耐えぬいていた。

 『エクスブレイカー』の刃を掴み取った《ゾイドゴジュラス》がそのまま機体を翻すと、ジャイアントスイングの如く、《ジェノブレイカー》を投げ飛ばす。全身の姿勢制御バーニアを吹かし、地面への激突だけはまのがれたブレイカーだったが――間髪入れずに、追撃の『ロングレンジバスターキャノン』が飛んだ。

 直撃。大盾『フリーラウンドシールド』で受けとめたが――さすがに《アイアンコング》級の大型ゾイドさえ爆散させる《ゾイドゴジュラス》の主砲は堪えるらしい、特殊合金製の大盾といえども焼け爛れ、使い物にならなくなる。

 ブン、と破壊された大盾を煽いで、《ジェノブレイカー零式》が《ゾイドゴジュラス》を見据え直した。両足の『ウェポンバインダー』から複合光弾を掃射して、バスターキャノンの接続アタッチメントを砕く。長射程の主砲を失った《ゾイドゴジュラス》から、バックダイブでさらに距離を取ると、両の足をフットロックで固定、その咢を大きく剥いた。

 

「……フン!」

 

 バチバチと爆ぜる稲妻の光球は、僅か二秒弱の間に臨界まで膨張し、ブレイカーの口腔より伸びたバレルの中に呑まれる。《ゴジュラス》の機体が、追撃を掛けようと前傾姿勢を取った瞬間、『収束荷電粒子砲』の雷霆が、その上半身へと突き刺さった。増設された『荷電粒子コンバータ』によって出力を強化されたブレイカーの『荷電粒子砲』は、《ゾイドゴジュラス》の喉元を穿ち、さらに上方へと薙がれる。

 

 巨大なエネルギーの渦に、《ゴジュラス》の頭部ユニットをみるみるうちに溶解し――パイロットごと、完全に消し飛ばされた。

 

 

 

 へリック共和国の象徴――頭部を失った《ゾイドゴジュラス》の骸が、墓標の如く立ち尽くす。それは此度の戦いにおける、へリック共和国の完全なる敗北を具現化したかのようで、レンツの高揚を、一層煽った。

 

「ンハッ――ハハハ」

 

 求めていたモノ。与えられて然るべきモノでありながら、レンツの手より零れ落ちて久しかった、『勝利』の感動が、そこに有った。「勝った、勝ったぞ! 我らの勝利だ! 『クロイツ』としてエウロペで戦った我らが、ガイロス帝国・西方再進出の兆しを打ち立てた! これは後世に語り継がれるべき、栄光の勝利だ!」と、自らを――共にこの場に戦った兵達を、そして、この誇るべき場にはせ参じる事の適わなかった主君、(マイスター)ガース・クロイツ少佐を賛美する。

 

 ――だが。

 

 

 レンツ・メルダースの演説に応える声は、一つもなかった。

 

 

 《ジェノブレイカー零式》の周りには、既に一機の友軍機も残ってはいなかった。空爆による指揮系統の混乱が在ったとはいえ、ニクシー基地には暗黒大陸進出を見越して招集された、共和国軍主力部隊の戦闘機械獣達が集っている。『クロイツ』の手勢は戦闘ゾイド三十機弱――一個中隊にも満たぬ戦力だ。多勢に無勢、乱戦の中でその大半が撃墜されたのは、至極当然の結果であった。

 敵も味方もの残っていない、虚ろな戦場のど真ん中にいると気づいたレンツが、数秒呆けた時だった。噴煙が晴れ渡り――次いで、空が啼いた。

 晴天の空に雷鳴が響いたかのような、ぐぐもった天の悲鳴。それは超空の覇者として君臨していたはずの、《モビーディック》の上げた断末魔だった。いつの間にやら高度を下げ、目視できる程度まで高度を下げた灰色の戦艦は、朦々と上がる焔を引きながら、ゆっくりと崩壊していく。

 《ザバット》による空襲の第二波を画策していた《モビーディック》艦隊に対して、へリック共和国軍は切り札たる大型空戦ゾイド《サラマンダー》を導入した。旧大戦以来、今日に至るまで共和国空軍最大の飛行ゾイドとされる、翼竜型戦闘機械獣。その最大航行高度は、《モビーディック》の君臨する高度三万メートルに到達し――撃墜を為し得た。超空の安全圏を失った帝国艦隊は、既に《サラマンダー》部隊の的にしかなり得ない。

 

 

 既に、戦場の大勢が決していた。

 

 

 ニクシーの中を、エウロペの風が薙いでいく。まるで激戦の終結を促すかのように駆けた風が、巻き上がった噴煙を掃い、晴天の空を権限させた。戦場の熱にうなされていたレンツは、ふと刺さった青空の眩さに眩み、眉を顰めた。それは、母国の西方大陸戦争敗北以来、ずっと忘れていた蒼さでもあった。

 

 衝撃が、《ジェノブレイカー零式》を襲う。

 

 背後より飛び掛かった機獣の爪が、ブレイカーのバックパックを傷つけた。振り向いた先には、見た事のない白いライオン型ゾイドが居る。全身を白い装甲で覆った機体――《シールドライガー》とも《ブレードライガー》とも異なる、キャノピーではない、緋色に煌めく『双眼』を持った機獣。余計な火器も、爪牙以外の白兵戦用の兵装も無い。精悍さと、どこか有機的な印象を与えるそれは、おそらくはへリック共和国の導入した新型ゾイドであろう。

 もう一度、銃火による衝撃が弾ける。

 真っ赤なカメラアイを煌めかせて《ジェノブレイカー零式》が踵を返すと、先のライガーと全くの同型機が、臨戦態勢を取って待ち構えていた。天使にも似た純白のゾイドが二機、煤に穢れた《ジェノブレイカー零式》を囲う(さま)に――レンツには何故かこの機体達が、ただのゾイドではない、彼を迎えるために遣わされた何か(、、)に思えた。

 白いライガーの機体には、それぞれ見慣れぬペイントが施されている。一機にはチェスの駒・ナイトを表す『馬の彫像』をあしらったパーソナル・マーキングが。そしてもう一機には、蒼い盾と獅子の紋章――共和国軍最高の高速ゾイド乗り・『レオマスター』の称号たるエンブレムが刻まれている。いずれも『最高のゾイド乗り』に王手を駆けた凄腕が駆る機体、その証だった。

 連戦の消耗で、機体エネルギーの残量は半分を切った。先の奇襲でジェネレーターも損傷し、『荷電粒子砲』の使用もおぼつかないであろう。だが――それでもレンツは口角を歪め、「――ハハ」と笑ってのけた。

 

「――私こそ、『ニクシーの騎士(クロイツ)』だ」

 

 レンツは高らかに宣言した。既に己が生き死にへの関心も、勝利に対する渇望も無い。「……ここで私を討った者は、歴史に名を残すであろう」と、独り言のように呟くと――レンツ・メルダース中尉は《ジェノブレイカー零式》の機体を力強く始動させ、二体の『白銀の獣』へと挑みかかった。

 

 

 それから二時間の後、『クロイツ』は壊滅した。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。