ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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㉓ 夜明け前

 《デススティンガー》が撃ち放った光、『荷電粒子砲』の輝きがうねりを上げて、ジェイの世界を消し飛ばしていく。超越者(イモータル)の放った一撃は《ブレードライガー》だけを狙ったものではない、フルパワーの光線を鞭のように撃ち振るい、《ホエールカイザー》の内壁を手当たり次第に粉砕した。まるで自身を閉じ込めた深淵の檻を突き崩すように、《デススティンガー》はその力で、世界を焼いていく。

 

 

「ウワアアアアアッ! ヴ……グ、アアアアアアッ!」

 

 閃光の中で、ジェイ・ベックはただただ己が無力を呪い、絶叫した。

 咄嗟にライガーの『エネルギーシールド』を最大出力で展開したが――長くは持ちそうになかった。シールドが雷霆を受け止めた途端に計器は振り切れ、メインコンソールパネルが破裂する。光の奔流と轟音に視覚と聴覚を潰されて、ジェイはまるで白い無明の中に投げ出されたかのような錯覚を覚えた。

 死ぬのか……俺は――と、白雷の渦に呑まれながら、ジェイは自問する。

 それも良い、とさえ思えた。仲間を――コンボイもエリサも、そして今はエラを救えないまま、慄く事しかできない自分。戦いの中で積み重なっていく『業』を恐れて、軍から逃げ出そうとした自分が憐れすぎて、今このときを生きている事さえ腹立たしく感じる。これ以上生き恥を晒す前に、消えてしまえば――。

 

 ――否。

 

 できなかった。

 コンボイもエリサも、皆仲間を――ジェイを生かすために戦った。その顛末がどうであれ、ジェイの命は、彼らが必死に足掻いて紡いでくれた『今』の上に立っている。それを無意味だと決めつけるような決断をするのは、それこそ言いようのない醜態だ。どこまでも弱い自分が空しくて、「ウウ……ウウッ」と、ジェイは堪えられない嗚咽を漏らした。

 火花の上がる自機のコンソールを、ゆっくりと撫でる。この《ブレードライガー》だってそうだ。何度もへし折れそうになったジェイの闘志を庇いながら、ライガーは今も戦ってくれている。動悸を堪えるように蹲ったジェイが、もう一度苦悶の雄叫びを上げた、その時だった。

 

 

 ボッ、と、歪な破裂音が爆ぜて、ハタと面を上げる。

 

 

 最初、荷電粒子の余波に耐えきれなくなった『Eシールド』がショートしたのかと疑ったジェイだが――そうではない。むしろ目の前を覆った稲妻の層が薄れて、微かだが辺りの様子を把握できるようになっている。

 数分間もの間照射され続ける『荷電粒子砲』によって、既に《ホエールカイザー》の原型は完全に失われていた。崩落した天蓋の先から月光が零れ、光の柱が藍の空を割くように、悠々と立ち昇る。

 

 そして――閃光の根本で、《デススティンガー》の巨体が、ガタと痙攣していた。

 

 爆発を起こしたのは紛れもない、超越者(イモータル)の躰、その尾部であった。《デススティンガー》――覚醒し、異常な速度で自己進化を再開したそのゾイドコアから生成されるエネルギーは、既にガイロス帝国の想定した機体ポテンシャルを、遥かに上回る物に達している。無尽蔵に吐き出される大出力『荷電粒子砲』は、高まり続けるエネルギーを処理するため、《デススティンガー》の防衛本能が働いた結果であった。

 だが、最大出力での長時間発射は、既に機体の限界照射時間をとうに上回っており――ついには砲身が溶け、過電圧を抑制するコンデンサーが焼き切れた。行き場をなくした荷電粒子が逆流し、《デススティンガー》を内部から焼き尽くしていく。

「ギィ……イィヤアアアアッ……!」

 苦悶にガタガタと震える《デススティンガー》からこの世の者とは思えぬ凄惨な絶叫が響き渡った。《ブレードライガー》のコクピットで、スピーカー越しに爆ぜた断末魔は、超越者(イモータル)と一体化したエラが、異常なまでの高熱を溜めこんだゾイドコアの中で、焼き殺される声だった。赤熱した乗機を上げて、徐々に溶解していく狂戦士の姿。

 命の灯が消えるかのように、徐々に薄くなっていく荷電粒子の帯。

 

 

 数秒の後――『超越者(イモータル)』は、呆気なく事切れた。

 

 

 

 

「ハッ……ハッ……」

 ジェイ・ベックはただ茫然と、眼前に広がる惨状を見渡す。

 荷電粒子砲と《デススティンガー》の自己崩壊の余波を受けて、《ホエールカイザー》の残骸は完全に崩落した。高熱でグニャグニャに歪んだ骨組みだけが夜空に向けて力無く伸びる様は、この地で朽ちた超越者(イモータル)の、そして『エラ』と呼ばれた少女の、墓標にも見えた。

「エ、エラ……」

 激戦でやつれた《ブレードライガー》をゆっくりと機動させて、ジェイが凶戦士の残骸に機体を寄せようとすると――一筋の光弾が伸びて、ライガーの横腹を突き刺す。

 衝撃に揺れるコクピットの中で、ジェイがどうにか火線の先を仰ぎ見ると、漆黒の高速ゾイドが、ジェイの《ブレードライガー》を睥睨していた。精悍さの中に、どこか狡猾な印象を塗す、細身の猛獣型戦闘機械獣。ガイロス帝国の《ライトニングサイクス・カスタム》。一目見ただけでその名が脳裏に弾ける。誰が乗っているかは、考えるまでも無かった。

 

超越者(イモータル)……思ったよりも使えないか」

 

 スピーカー越し、シルヴィア・ラケーテ少尉の退屈そうな声が、ジェイの耳朶を擽る。

 

「――同時、学ばせてもらいました。如何に優れたゾイドと言えど、やはり人の思惟による制御が無ければ、いずれは身を滅ぼしてしまう。エラは超越者(イモータル)に受け入れられたけれど、それはあくまで彼が失った命の一部を補うパーツとして必要とされたに過ぎない」

 シルヴィアの戯言を無視して、ジェイは尚も《デススティンガー》の亡骸に寄ろうとする。自失状態にあったジェイだが、ただ一つだけ――せめて少女の亡骸を見つけて、弔ってやりたかった。すると、もう一撃。サイクスの撃ち放った『パルスレーザーライフル』が、今度は《ブレードライガー》の動力中枢を撃ち抜いた。

「貴様……っ」

 みるみるパワーダウンしていく機体が崩れ落ちぬよう、必死に操縦桿を手繰りながら、ジェイはシルヴィアを睨み返す。「……見ていたのか。お前の気まぐれで蘇った《デススティンガー》が、エラを道連れに滅びていく様を――お前は、ただ見ていたのか」と、堪えきれぬ激情を滲ませたジェイ。ラケーテはそれを意に介さぬまま、ケタケタと笑った。

「この顛末は、私にとって朗報です。機体性能の強さだけではない、パイロットと真に同調する事こそ、ゾイドの可能性を引き出すのだと、超越者(イモータル)とエラが身を持って教えてくれた。だというのならば――私と《ライトニングサイクス・カスタム》に適う者などいない」

 

「――貴様は、こんな事をするために……そんなつまらぬ自尊心を満たすためだけに、エウロペまでやって来たのかッ!」

 

 愉悦に囀るシルヴィアの声が、ジェイの怒りの臨界点を煽る。激発が、二人の決闘の火蓋を切って落とした。

 

 

 死に態の機体を引き摺りながら、《ブレードライガー》が怒りの咆哮を上げた。《デススティンガー》との死闘で各所に機能不全を起こし、また先の奇襲を受けて、性能は既に万全時の半分も引き出せないだろう。それでも――ジェイは残った最後の敵・シルヴィアの《ライトニングサイクス・カスタム》へと挑みかかった。

 『レーザーサーベル』を剥き、その首筋目掛けて跳躍したライガー。サイクスのコクピット、モニター越しにその闘気を浴びたシルヴィア・ラケーテもまた、ニヤと破顔して、それを迎え撃った。

「来なさいな、《ブレードライガー》。そしてスターク・コンボイ少佐のように、私と《ライトニングサイクス》が生きる野生の、糧となりなさい」

 膂力を生かして後方へと飛び退いた《ライトニングサイクス》は、そのままライガーから距離を取ろうと、グルと背を向ける。「逃がすものか……!」と、猛ったジェイは、『アタックブースター』を全開にして、それを負った。全速の疾走、崩落した《ホエールカイザー》が形成する『鉄塔の森』から飛び出した、二機の高機動ゾイド――《ブレードライガー》と《ライトニングサイクス》は、そのまま月下の荒野を駆けて、電撃戦を展開する。

 目前に揺れる敵機の像を見据えて、ジェイはバーニアの出力を最大にした。アタックブースターでカスタマイズされた《ブレードライガー》の機動性は大幅に強化され、シルヴィア機・《ライトニングサイクス・カスタム》のそれすら、僅かながら上回っている。

 十と数秒チェイスの末にサイクスを捕えた《ブレードライガー》は、その横腹に渾身の当身を見舞って弾き飛ばした。土埃を上げて転倒した《ライトニングサイクス》、畳み掛けようと、『ストライククロー』を煌めかせた《ブレードライガー》が、再度飛び掛かるが――、

「フフ……ッ」

 シルヴィアの高揚に合わせて、《ライトニングサイクス》もまた力を取り戻す。態勢を立て直すや、《ブレードライガー》の爪撃を紙一重で躱し――代わりその牙で後ろ脚に喰らい付き、投げ飛ばした。

 

「ウワアア! クソ……ッ!」

 激震に見舞われながら、ジェイはシルヴィアの反応速度に舌を巻いた。半年前のオリンポスでの死闘を経て、ジェイは《ブレードライガー》の思惟を理解し、その激情を抑制しながら力を引き出せる境地に到達している。マスターリンク、と称されるそれは、数多くいるゾイド乗りの中でも一握りしか到達する事の出来ない物のはずだ。それを――ライガーの損傷が重んでいるとはいえ、ジェイの反応をさらに上回るシルヴィアの技量は、尋常ではなかった。

 大地を擦りながら吹っ飛んだ《ブレードライガー》に、サイクスの放った追撃の『パルスレーザーライフル』が来る。爆ぜる砲撃を見据えながら、ジェイもまた同時にアタックブースターを展開。『ハイデンシティビームキャノン』を発射し、迎撃を試みた。

 二つの光線は交錯し、ほぼ同時に両機へと到達する。

 ジェイは『エネルギーシールド』で砲撃を受け止めたが、シルヴィアもまたグンとサイクスの機体を屈ませて直撃を避けていた。紙一重の攻防の中、「グッ……」と息を呑んだジェイに対して、シルヴィアが快哉を叫ぶ。

 

「無駄だ、私は、何人にも敗けはしない――私こそ、誰よりも優れたゾイド乗りなのですッ」

 

 ジェイが砲撃の応酬から立ち直るよりも遥かに早く、《ライトニングサイクス・カスタム》は次の行動に転じていた。頭部に装備された、『二連装バルカン砲』の牽制射撃。大型ゾイドの装甲を目標にするには貧弱すぎる火砲ながら、真正面に見据えられたジェイ機は視認性のために最も強度の低くなっているコクピットハッチ部分、『キャノピー』パーツでそれを受けそうになる。

 咄嗟に機首を下げて凌いだジェイだが――砲撃は変わりに鬣上部に備えられ、『Eシールドジェネレーター』を破砕した。これでもう、サイクスの主砲を凌ぐ手はない。

「グッ……クッ……!」

 動揺し、たじろいだジェイの思考が、一瞬停止した。

 コンマ数秒棒立ちになった《ブレードライガー》、そしてその刹那の怠慢が、戦いの形勢を大きく傾けた。ググ、と四脚をバネにした《ライトニングサイクス》が渾身の跳躍を見せ、最大の兵装『ストライクレーザークロー』を持ってライガーの懐へと斬り込んだ。

 

「フフ――シャアアアッ!」

 

 轟音が爆ぜて、ライガーの機体が傾いた。

 サイクスの渾身の爪撃が《ブレードライガー》の横腹を抉り、『レーザーブレード』とアタックブースターを備えたアーム・ユニット、その片方を捩じり切る。中破し、地べたへと打ち付けられた《ブレードライガー》の中で、ジェイは絶望に咽ながら絶叫した。

 

 

 

「ああ、よかった。私は、あなたの激情よりも強かった」

 沈黙した《ブレードライガー》に、ギラと輝く双眼を向けた《ライトニングサイクス》が、勝ち誇ったかのような緩やかな足取りで迫りくる。「私も、へリックの方々からすればお尋ね者でしょうからね、これでお暇します。まだ捉えられるわけには行かない……私は生きてもっともっと強い『ゾイド乗り』になる」と、静かながらに語ったシルヴィア・ラケーテは、ゆっくりと主砲の砲口をライガーのコクピットに向けた。

 

 「ウ……ア、グゥッ」

 目前に迫る『死』の深淵だけが、ジェイを支配していた。目を伏せると、ニザム高地で彼女の手に掛けられたコンボイ小隊長の機体が炎上する様が、鮮明に浮かび上がる。もうすぐ自分も同じ焔に包まれて、消え去ってしまうのだろう。

 頑なに『力』へと拘るシルヴィアが、ジェイには理解できなかった。ジェイや仲間達のような友愛の念も、ガース・クロイツやレンツ・メルダース、相対してきた『クロイツ』のような軍人の責務もない――ただ享楽のために戦うシルヴィアに殺される自分が、やるせなかった。「どうしてこんな事が出来るんだ……お前、精神状態おかしいよ」と、無念をごちたジェイ。

 シルヴィア・ラケーテは応えなかった。ただ無言で微笑み、止めの一射へと繋がるトリガーへと指をかける。今度こそ最後だ、とジェイの心は強張り、無我夢中の悲鳴を上げた。

 

 

 次の瞬間――ボッ、と細かな爆炎が鳴った。

 

 

 戦場を薙いだか細い光は、崩落した《ホエールカイザー》の中から爆ぜた、蒼白い光線だった。真っ直ぐに伸びた帯はまるで流れ星の如く、ほんの数秒間だけ煌めいた幻――それが、《ライトニングサイクス・カスタム》の後ろ脚を掠めていた。

「え――、何っ!?」

 戦いの中で、初めてシルヴィアが動じていた。火線の先、瓦礫の中を拡大して見ても、新たな敵機の影など見当たらない。モニターに移りこむ先には、ただ一機――自己崩壊を起こして朽ちた《デススティンガー》が、へばり付いているだけだ。

 

 狂戦士の亡骸。その尾部に備えられた、グニャグニャに曲がった砲塔の一本から、微かながら噴煙が上がっているのに気づいて――シルヴィアは刹那呆けた。

 

 

「――ウ、ウォオオオオオッ!」

 響き渡る気迫が、彼女を引き戻す。グルと仰ぎ見た先、今度はジェイの《ブレードライガー》が跳躍した。デッドウェイトと化したアタック・ブースターを切り離し、残された一本の『レーザーブレード』に全エネルギーを集中させたジェイは、シルヴィアのサイクスへと最後の突貫を掛ける。「――オオオオオッ!」と、もう一度ジェイの気迫が木霊し――それはまるで、シルヴィア・ラケーテ少尉の時間を縫いとめたかのように、彼女から思考の自由を奪った。

 

 

 斬撃が、交錯する。

 

 

 剣閃が《ライトニングサイクス・カスタム》の、パックパックを横断した。主砲とブースターユニットを兼ね備えた機体中枢が破壊されて、周辺回路まで誘爆する。小刻みに爆ぜた衝撃は上半身とバックパック、そして後脚部を連結する機体腰部の駆動節を砕き――三つに裂けた《ライトニングサイクス》の機体は、苦悶の断末魔を上げながら荒野へと散らばった。

 


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