ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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㉒ 超越者(イモータル)

 超越者(イモータル)の機動によって発生した激震に揺さぶられながらも、ジェイ・ベックはなんとか《ブレードライガー》のコクピットに辿り着き、そのシートへ滑り込む。視界の端で、キャットウォークを走り去るシルヴィア・ラケーテの姿を捉えたが――今は彼女に構っている暇など無かった。目の前の脅威、復活した暴走狂戦士《デススティンガー》を食い止めなければ、未来は無い。

 始動した愛機《ブレードライガー》が、いつにもまして力強い咆哮を上げた。脳裏に流れ込んでくるライガーの思惟は、かつてないほどにジェイの胃の腑を擽る。それはまるで、ライガー自身がこの未曾有の凶獣を前に、浮足立っているかのようだった。

獰猛なオーガノイド・システム搭載機さえ畏怖させるバケモノに、ジェイはゴクリを固唾を呑みながら、

 

「エラ……くそ!」

 

 と、そのコクピットに取り込まれた少女を呼んだ。 

 

 

 《ブレードライガー》を前にした《デススティンガー》は、まるで己が躰の覚醒を確かめるかのように、その鉾の如き両爪を打ち鳴らし、機体を揺する。目の前の敵が見えていないかの如く、ただ茫然と己が自由を確認する『狂戦士』に、ジェイは一層の不気味さを覚え、戸惑った。数秒迷った後に無線を手に取り、「エラ、しっかりしろ!」と、もう一度《デススティンガー》へと呼び掛けたが――

 

 

 ――不意にグンと機首を向けた《デススティンガー》が、ライガーへと飛び掛かる。

 

 

「……ウッ!?」

 低い全高と扁平なボディながら、《デススティンガー》の全容は《ゾイドゴジュラス》にも匹敵する巨大ゾイドだ。地を這い進むその異様は、まるで巨大な影が足元から迫りくるようで――ジェイは思わず呆気に取られる。それだけではない、八本もの多脚をせわしなく動かして襲い掛かって来たそれは、大型ゾイドとは思えない俊敏さを持ってジェイ機を狙った。

 《デススティンガー》の巨体が跳躍して、頭上から《ブレードライガー》を急襲する。

 咄嗟にライガーを下がらせたジェイ。難を逃れたが、先ほどまで居た地面が、《デススティンガー》の振り抜いた鉾腕『ストライクレーザーバイトシザース』によって抉り取られた。降り注ぐ瓦礫を避けながらも敵機を注視し、(なんだ、コイツ……!)と固唾を呑む。

 《デススティンガー》はガイロス帝国の技術の粋を結集して開発されたという決戦兵器、与えられた火器の類も最高峰の物だろうに――目の前の機獣はそう言った利点の全てを放棄して、巨体に依る突貫攻撃を仕掛けてきたのだ。野生をむき出しにした挙動は、パイロットの――エラの操縦が機能しているとは、とても思えない動きだった。

 

 制御不能の怪物、という言葉が脳裏をよぎり、恐怖がジェイの戦意を削いでいく。

 

 グンと身を起こした《デススティンガー》が真っ赤な眼光を煌めかせて、再度《ブレードライガー》へと駆け出す。「ウワァア……ッ!」と慄いたジェイは、それにエラが乗っている事さえ忘れて、思わず銃器のトリガーを引いてしまった。

 モンスル駐屯地で整備を受けた際に増設されたオプション・『アタックブースター・ユニット』が前方へと展開し、高密度ビームキャノン『AZハイデンシティビームキャノン』が撃ち放たれる。ボ、と爆ぜた眩い光弾は、《デススティンガー》の翳した両爪に突き刺さったが――射撃をモノともせずに突進してきた狂戦士の一撃が、もろに《ブレードライガー》の機体を捉えて、弾き飛ばした。凄まじい衝撃。宙空を跳ねたライガーの機体は、格納庫の壁に激突し、その崩落に巻き込まれてしまう。

 

 もう一度、《デススティンガー》の甲高い咆哮が啼いた。まるでジェイの《ブレードライガー》という獲物を仕留めて、歓喜したかのような嘶き。人の意思等微塵も感じない狂戦士を獣と確信し、ジェイが確かな敵意を覚え始めたその時だった。

 

(……ジェ、イ……少尉……)

 

 スピーカー越しに聞こえた、ノイズ交じりの少女の声。《デススティンガー》からの通信だった。

 

 

「エラ……? エラなのかッ!?」

 咄嗟に叫び返したジェイだが、反応は無かった。《デススティンガー》と繋がったライガーの通信回線からは、ザワと耳朶を擽るノイズだけが垂れ流されている。幻聴か、と疑った自分も居たが――それでもジェイの折れかけていた意思は、微かに力を取り戻していた。

 エラは生きている。あの狂戦士の中に捕らわれて、その命を蝕まれているのだ。

 偽善かもしれない。それでも、彼女を助けなければいけないという確固たる思いが湧いて、ライガーの操縦桿を握りこむ。

 降り積もった礫塊を押しのけて再起動した《ブレードライガー》を、ジェイは『超越者(イモータル)』目がけて嗾けた。今度は《ブレードライガー》が、真正面から《デススティンガー》の機体へと飛び掛かる。

 真っ向から相対した《デススティンガー》、その両腕を前足で抑え付けて封じると、ライガーが威嚇の轟咆を上げて、狂戦士の貌を睥睨した。

「聞こえるか、エラ。すぐにそれから……《デススティンガー》から降りるんだ!」

 キャノピー越し、《デススティンガー》の頭部を眼前に見据えたジェイは、激震に堪えながら叫んだ。ミシミシと軋むライガーの機体、長くは持ちそうにない。だが《デススティンガー》からエラを剥がす事が出来れば、狂戦士は再び眠りに付くはずだ――ジェイは、その可能性に全てを駆けた。

 数秒の間の後、再びスピーカーが鳴る。今度ははっきりと、エラの声を聞きとった。

 

(逃げて……私、貴方を殺してしまう……っ!)

 

「……ッ!」

 ゾクリと粟立つ背筋。同時、《デススティンガー》の抵抗が一層強まって、《ブレードライガー》の機体を押し返し始める。増設バーニアを全開にしてその膂力を抑え込もうとようとするが、抵抗も虚しく、ライガーの機体はどんどん傾いていき――ついには脚部のキャップが火花を上げて、焼け切れた。

「なんてパワーだ……ッ!」

 オーバーヒートで出力の低下した《ブレードライガー》を、《デススティンガー》が強引に引き倒す。地べたに打ち付けたライガーを抑え込んだ狂戦士は、その腹部へと口腔の牙を寄せ、心臓部・ゾイドコアを喰らおうと迫った。咄嗟に危機を感じ取ったジェイは、バーニアを全開にして機体を引き摺り、どうにか拘束から逃れる。

 

「クソ……ッ、抵抗するって言うなら――黙らせるッ!」

 

 《デススティンガー》から距離を取り態勢を立て直すと、ジェイはクワと激発した。もう一度獰猛な咆哮を上げた《ブレードライガー》が《デススティンガー》へと向き直ると、最高速度まで加速し、突貫を掛ける。

 

 暴走狂戦士《デススティンガー》は人智を超えた魔獣だが、この数分間に渡る立ち会いで、ジェイは勝算を見出していた。

 覚醒して間もない超越者(イモータル)は、その機能の全てを引き出せていない。動きは怠慢、火器を使用してくる様子もなく――ライガーの生命力に魅かれ、ただ我武者羅にコアを貪ろうと突っ込んで来るだけだ。それならば、ある程度の先読みが出来る。

 もう一つ、ジェイは初撃で『ハイデンシティビームガン』を撃ち込んだ、《デススティンガー》の片腕に着目する。超重装甲で全身を固めた《デススティンガー》に、通常兵器は一切通用しない。先に狂戦士と交戦したというへリック軍のエースパイロット・故アーサー・ボーグマン少佐の戦闘記録を閲覧したことがあるが――現にこの『ハイデンシティンビームガン』も、その装甲に傷一つ付ける事さえ叶わなかったとされている。《デススティンガー》に弱点があるとすれば、駆動節の自由度を確保するために設けられた、微かな装甲の隙間だけだ。

 にも関わらす、ジェイの撃ち込んだ一撃は、《デススティンガー》に軽微ながらも損傷を与えている。暴走状態の最中にゾイド本来の野生を取り戻した狂戦士は、自己進化によってその形骸を変化させていた。延長された躰は帝国が本来の姿に合わせて与えた『超重装甲の鎧』では覆いきれず、通常兵器の有効な非装甲部分が大幅に増えていたのだ。

 

 今の《デススティンガー》は、最強のゾイドと目されていた暴走狂戦士とは程遠い、パワーだけが突出した野良ゾイドと変わらない。これならば、十分に勝機がある。

 

 時間との闘いであった。《デススティンガー》は、かつてレオマスターの駆る《ブレードライガー》と、ガイロス側の最強ゾイド・《ジェノブレイカー》が二機掛かりで挑み、ようやっと撃墜した程の化け物である。超越者(イモータル)が完全に覚醒し、その機能を十全に使いこなせるようになれば、《ブレードライガー》単機で挑むジェイの結末は目に見えていた。

「うおおお!」

 全速の疾走を駆けながら、もう一度牽制に『ハイデンシティビーム』と、腹部の『二連装ショックカノン』を連射する。碌に狙いもつけずに撃ち込んだ砲撃では、重装甲で身を覆う《デススティンガー》を壊すことなどできない。だが――生物としての本能か、着弾し大地を穿った閃光に、狂戦士は一瞬怖じけた。両腕で頭部を庇い、数秒硬直した巨獣。その隙で、ジェイは渾身の一撃を見舞う。

 背部の『ロケットブースター』、そして増加兵装『アタックブースター』を全開にして、《ブレードライガー》が跳んだ。格納庫の外壁を利用し、三角跳びの要領で軌道を変えると、二刀の『レーザーブレード』を展開、一気に《デススティンガー》へと斬り込む。

 

「喰らえ……レーザーブレード・ストライクアタックッ!」

 

 

 ジェイの渾身の気迫と共に――斬撃が超越者(イモータル)と交錯した。

 

 

 光の弾丸の如く飛び込んだライガーの突貫は、ジェイの目論見通り《デススティンガー》の機体を砕いた。咄嗟に翳された超越者(イモータル)の右腕と、それにほど近い位置に在った節足の内二本が千切れ飛び、爆散する。

 苦悶に呻いた《デススティンガー》が、ガクと地面に倒れ込んだのを見越して「――エラ、戻るんだ!」と、ジェイはもう一度叫んだ。

 

 が――、

 

 《デススティンガー》のキャノピーから、一層獰猛な燭光が零れると、その尾部が《ブレードライガー》へと向けられる。

 

「何――ッ!?」

 

 爆ぜる閃光に、ジェイは固唾を呑んだ。『AZ120mmハイパーレーザーガン』と、『同ハイパービームガン』、狂戦士の尾先端部に装備されていた無数の火器が、ジェイ目がけて一斉に撃ち放たれたのだ。既に《デススティンガー》の思惟は、自身に与えられた重火器の管制系を支配するに至っていた――想定外の事態に対応できず、ライガーは火線をもろに浴びて、弾け飛ぶ。

 狂戦士の攻撃はまだ続く。残された左腕の大爪を振るい足元を抉った《デススティンガー》は、その巨体を地面の中へと埋めると、地中を潜行しながら《ブレードライガー》を目指す。その挙動は、先までの怠慢さとは打って変わって鋭く、被弾の衝撃で態勢を立て直すのにもたついていた《ブレードライガー》は為す術も無かった。

 突如足元を穿って飛び出した《デススティンガー》が、己が大爪をハンマーの如く撃ち振るった。棒立ちのライガーは衝撃打ちのめされ、地べたを転がりまわる。

「ゴハ……ッ――、止めろ……止めるんだ、エラ!」

 激震の中、息も絶え絶えのジェイが、うわ言のように呟いた。

 通信はまだ繋がっているが、返事は無い。ただ《ブレードライガー》を嬲ろうと迫りくる《デススティンガー》の威容だけが、ジェイの視界に圧し掛かるように広がる。

「エラッ! ……ダメなのか……ッ」

 既に《デススティンガー》は、十全の力を取り戻しかけている。絶望に目を伏せたジェイは、通信機越しに囁く、消え入るようなエラの声を聞いた。

 

 

(私、喰われてる……《デススティンガー》のゾイドコアが……私の躰を取り込んでいく……)

 

 

 ノイズの中で、グジュと疼く鈍い音がした。

 まるで獣が死肉を裂き、咀嚼するような粘ついた音が、か細い少女の声をかき消していく。「ああ……ああ……ッ!」と、絶望に喘いだジェイは、目の前で展開された《デススティンガー》の尾先でスパークする閃光に気づき、慄いた。

 十字型に広がった狂戦士の尾の先端、その中心には、一際巨大な銃砲が備わっている。バチバチと粒子状の火花を吸い込んでいく大砲は、暗がりの格納庫内を昼のように染め上げた。人の理解を越えた超越者(イモータル)――神にも等しい存在が振るう『光の鞭』の存在を、ジェイは知っていた。

 

 閃光が全て砲身に吸い込まれ、刹那、ブラックアウト。

 

 次の瞬間――撃ち放たれた《デススティンガー》の『荷電粒子砲』が、《ホエールカイザー》の格納庫内を粉々に吹き飛ばした。

 

 


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