ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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㉑ シルヴィア(後)

煌々と照る格納庫の照明が、異形のゾイドの全容を明らかにする。糸の切れた傀儡のように全身を投げ出した、巨大な節足動物型戦闘機械獣。生命感を感じぬ無機の機獣だというのに、ジェイ・ベックは本能的な恐怖を感じ、射すくめられていた。

 

 

 ――《デススティンガー》。

 

 

 その名を耳にした事はあった。先の戦争の終局に向けて、ガイロスが投入した決戦兵器。此度の戦いの鍵となったテクノロジー・『オーガノイドシステム』、その真髄たる特別なゾイド生命体を古代遺跡より発掘した帝国が、技術の粋を注いで生み出した『最強ゾイド』である。凄惨な暴走事故を引き起こした末に、へリック・ガイロス両国のゾイド部隊によって掃討されたとされていたが、二号機が存在したとは考えにくい。

 となると――今目の前にあるこの鉄塊は、『制御不能の狂戦士』と恐れられたオリジナルのそれだ。

 

 

 ジェイの気を捉えているのは、未知の巨大ゾイドから放たれるオーラだけではない。

カッ、と鉄橋を踏み鳴らす軍靴の音、クロイツの女性士官シルヴィア・ラケーテが、頭上より彼とエラを見下していた。既に包囲されているのかもしれない、ジェイは抵抗の意思が無い事を照明しようと、両の手を上げたが、

 

「フフ……安心なさいな。此処には私以外、『クロイツ』と縁のある者はいないわ」

 

 シルヴィアの言の通り、やはり辺りに人の気は無い。

 

 不適な笑みを浮かべたまま、彼女は足元の巨大ゾイドを見下して、退屈そうに語る。

「最強のゾイド『超越者(イモータル)』を復活させて『クロイツ』の旗艦とする、というのが、ガース・クロイツ少佐の目論見だったみたいだけれど……彼の同士達は、内心夢物語と笑っていたのでしょうね。少佐が死んだらすっかりと見限って、自分達だけで突貫を掛けに行ったんだもの。今頃はニクシ―基地に辿り着いて、玉砕――全員討ち死に、と言った所かしら」

 同士であるはずの『クロイツ』、その決断をあざ笑うかのようなシルヴィアの物言いは不快で、ジェイは思わず眉を顰めた。

「……貴様は、何故此処に残っている? 臆病風に吹かれるようなタマでもあるまい」

 異形の女性士官へと問いかけると、シルヴィアは不思議そうに小首を傾げる。

「言っていなかったかしら? 私は、帝国の行く末になどなんの興味も無いと。私が戦う理由はただ一つ――『最高のゾイド乗り』、それだけです」

「最高の、ゾイド乗り……?」

 彼女の意図が読めず、思わず呆けるジェイ。

 

「――そう、最高のゾイド乗り。アナタも戦闘ゾイドに乗り込むパイロットであるというのなら、分かるでしょう? 彼らの野生が体に流れ込んでくる高揚と快感を。私は、その全てを味わい、絶頂したいのです」 

 

 全く分からない、というわけではなかった。

 

 初めてゾイドに乗った時、一発で魅せられた――だからこそジェイは軍人の道を選んだ。鋼の躰と、力強いまでの闘争の思惟を孕んだゾイドは、パイロットの心身を支え、守ってくれる。彼等と一緒なら、凄惨たる戦場に赴いてもいい、と――そう思えたからこそ、ジェイは軍人を志した。

 かつてのジェイならば、もう少しだけシルヴィアの主張を聞き入れる事が出来ただろう。だが、実際の戦いでは、ゾイドとの絆、仲間との絆だけでは生きていけない――再三の戦いでそれを理解していたからこそ、今ジェイ・ベックは、シルヴィア・ラケーテの言に共感出来なかったのである。

「子供染みた事を……そんな理由で、お前は戦場に立つのか。何人もの兵士を、人の命を奪っているのか」

「おかしいと思うのは、貴方が『最高のゾイド乗り』に必要な素質を得ていないからです。殺し合いなどと言う、人間の定義した下品な理屈で戦うのではない。私はゾイドと一つとなり、彼らの持つ野生の摂理に従って、私より弱いものを喰らっている(、、、、、、)――それだけの事」

 恍惚に浸りながらごちたシルヴィア・ラケーテは、おもむろに己が腰に結わえつけておいた装飾品を手に取り、掲げる。

 銀色の毬のようなそれは、良く見ると小さな金属プレートの集まりであり――ジェイには直ぐに分かった。彼女が集めているそれは、戦利品だ。おそらくは彼女自らの手で葬った、共和国軍のゾイド乗りの存在証明。一纏めにされた大量のドックタグ、その中にはジェイの上官――シルヴィアに殺されたスターク・コンボイの物さえ混じっているかもしれない。

 

「――私は、誰よりもゾイドを知る者になりたかった。ヘルマン・シュミット技術大尉の『パイロット・デザイン』計画に身を任せその野生と繋がり、片時も戦場から離れず、たくさんの、本当にたくさんのゾイド乗りを『食べて来た』……そうする事で、私はどんどん強くなる。最強のゾイド乗りに近づいていく。此度の戦乱は私の望みを叶える、恰好の舞台でした」

 

「貴様……ッ!」

 俗世を捨て去ろうとしていたジェイだったが、シルヴィアの演説を前に、忘れかけていた激情を呼び起こさせられる。彼女の享楽でかき回された戦場で、どれほど多くの命が失われてきたか――コンボイや仲間達、ジェイの瞳に映っていた掛け替えの同胞達も、彼女の手に掛かり葬られた。

 赦せない、と、そう思ったジェイは、敵意をむき出しに、彼女へと決闘を申し込もうとする。しかしシルヴィアは彼を無視し、

 

「――エラ」

 

 と、ジェイの前で苦しそうに膝を着いた少女へと、湿っぽい声で投げかけた。

 

「私は此処で、貴方を待っていたの。貴方が、私の求める『人とゾイドの至るべき境地』を指し示してくれる存在かも知れなかったから。さぁいらっしゃい、そして見せて頂戴……怪物たる狂戦士を従える、ゾイド乗りの可能性の到達点を」

「……どういう意味だ!?」

 シルヴィアの言葉を遮るように、ジェイ・ベックが食い下がる。ヘッドギア・ゴーグルより零れる燭光を再びジェイへと向けたシルヴィアは、

 

「その少女――エラは《デススティンガー》制御のため、そのゾイド因子とエウロペの人間を掛け合わせて生み出された……ガース・クロイツが『パイロット・デザイン』技術を応用して作らせた強化人間です」

 

 と、事の真相を木霊させた。

 

「なん……だと……」

 ゾクリと、背筋を駆けあがる悪寒。ジェイだけではない、ハタと顔を上げたエラは、青ざめた唇を震わせて、シルヴィア・ラケーテ少尉を見上げる。

「エラ……最強ゾイド・《デススティンガー》を従える資格を与えられた貴方は、いわば生まれながらにして『最高のゾイド乗り』たる素質を与えられた者と等しい。私はその可能性を見たいのです」

「――違うっ!」

 悠々と語るラケーテを、少女の慟哭が遮る。

「私は、ただの人間だった。爺様と兄様と、ただ静かに暮らしていれば、それで良かったのに。お前達が滅茶苦茶にしたんだ。私の頭を弄り回して、私をおかしくしたんだ!」

 声を荒げて立ち上がった少女。ギリと噛み締めた口元から血を滴らせた彼女の貌は、まるで鬼子のようで――忌忌しげに《デススティンガー》の機体を睨みつけながら、叫んだ。

コイツ(、、、)の声が、どんどん大きくなって、私を苛む……もううんざりなの。戻して! 私を、ただの人間に戻せ!」

 エラの悲痛な叫びを、シルヴィア少尉は間髪入れずに跳ね除けた。ニヤと口元を歪めると、「分かっているでしょう? 貴方のその力は、エウロペの同胞達――貴方の大切な家族達の犠牲になり経っている事」と、エラを挑発する。

 

 

「多くの被検体が、超越者(イモータル)に食べられていった……ただ一人、貴方を残して。皆を取り込んだのは、超越者(イモータル)。そしてあなたもまた――超越者(イモータル)

 

 

「……ッ」

 

 ――ソウダ、エラ……オレヲウケイレロ。

 

 シルヴィアの言葉にビクと肩を震わせたエラが、後ずさる。彼女の脳裏には、聞こえるはずの無い幻聴が鳴っていた。それは祖父の声にも、今は亡き兄の声にも似ていたが――深奥に眠る邪悪な思惟は、人が持つにはあまりにも膨大だった。

《デススティンガー》の意識が、呼んでいる。そんな余感に、エラは呻いた。彼女の動揺が目に見えたジェイ少尉は、「どうしたんだ、エラ!?」と、少女の意を手繰るが――返事は無い。

 シルヴィアが、勝ち誇るかのように、ジェイへと告げる。

 

「――同じ『パイロット・デザイン』を施された私には、分かるのですよ。機体と己が思惟を同調する事を赦された私達は、いわばゾイドとは一心同体。超越者(イモータル)が貴方を求めていたのではない。貴方だって、彼を求めていたのです」

 

 既に、エラは正常な思考を失っていた。フラフラとおぼつかない足取りで、鎮座した《デススティンガー》のコクピットを目指す。「止せ――止めろエラ!」と、引き止めようとしたジェイだったが――その叫びは空しく木霊するのみだった。「――そうよ、エラ。超越者(イモータル)の元に。貴方の家族も皆、彼の中に居るわ」と、シルヴィアは尚も唆す。そして――、

 

 

 ――少女は、『超越者』の前に立った。

 

 

 沈黙していた狂戦士の機体、その頭部に、ズンと赤い光が灯る。コクピットハッチを兼ねる頭部装甲がガバと開いたかと思うと――次の瞬間、大量のコードが蛇のように伸びて、エラの躰を絡め取った。

 

「グ―――ギャアアッ!」

 

 それは超越者(イモータル)が己が半身に与えた、熱烈な抱擁だった。ミシミシと締め上げるコードに全身を砕かれたエラが、悲痛な叫びを上げる。ボタボタと滴り落ちる彼女の血に、「ああ……ああ……」と青ざめたジェイは、見るも悍ましい光景を、ただ茫然と眺める事しかできない。  

 まるで生き物のようにエラの躰を這い、貫き、そして一体化していく鋼鉄の触手は、戦闘機械獣等と言う無機な存在ではなかった。明確な自我を持つ生命体――それも人智を超えた、超常の力を秘めた『悪魔』のゾイドである。

 ピクリとも動かなくなったエラを、『超越者(イモータル)』の触手がズイと引き摺って、その頭部の中に格納する。ハッチが閉まり、だらと投げ出された尾部が、勢いよく屹立し――次いで八つの脚部が、ゆっくりとその蹄を地面に突き立てて、身を起こす。巨大な鋏状の両腕を擡げるや、まるで周囲の生命を威嚇するかの如く、その爪を二度ほど打ち鳴らした。

 

 シルヴィア・ラケーテが、高揚を露わに叫ぶ。

 

「さぁ、超越者(イモータル)の……《デススティンガー》復活の時だ!」

 

 巨体の脈動に合わせて、格納庫内がギシと軋みを上げる中ジェイ・ベックは目の前に顕現した巨大なサソリ型ゾイドを見上げ、絶句する。警告色の如き毒々しさの、藍と赤の装甲で全身を覆ったそれに、貌など無い。無貌の悪魔は、目の前に立ち尽くしたジェイの無力さをあざ笑うかのように、ゆっくりとその頭を傾げると――やがて覚醒の咆哮とでも言うべき、甲高い金切り声を上げた。

 


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