ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

54 / 85
⑳ 深淵

 

 

――ZAC2101年 1月某日 深夜 西エウロペ大陸・マンスター高地

 

 

 

 

 深夜の荒野――闇の中を、蒼き疾風が駆け抜けていく。

 

 夜闇に紛れてモンスル駐屯地を脱走したジェイは今、エラに導かれるままにエウロペの荒野を南西に進んでいた。既に『ニザム回廊』と呼ばれる丘陵地帯を抜けて半日、北エウロペから出て、西エウロペ大陸・マンスター高地へと差し掛かっている――そこに、少女エラを苛む『何か』が居るはずだった。

 

「――君の言うとおり、僕には戦士としての素質が無かったみたいだ」

 

 ジェイ・ベック少尉――否、既に軍を離れる事を決めた彼は、ただの『ゾイド乗り』ジェイ・ベックでしかない――の駆る、《ブレードライガー》の疾走。そのコクピット、揺籃の如き心地よい揺れを蓄えたシートに躰を預けたジェイは、一人ごとのように宛てなく語る。

 

 思えば、エウロペに来た時からそうであった。

 ミューズの森、コンボイ小隊長の指揮する307小隊に加えられて初陣を経験したジェイは、死の気配が飛び交う戦場、己が采配一つで自分が、何より仲間達が消えてしまう可能性への畏怖に、押しつぶされそうだった。帝国の侵略から母国を救う――軍に志願した時には確かに在ったはずの信念。戦いのもたらすプレッシャーの前では、それが一瞬でチャチな物に変わった気がした。

 

「でも……エリサが言ったんだ。誰かを守るために戦場に立つことは、間違いじゃないって。俺はそれに救われた……仲間が死ぬのが怖いなら、俺の力で彼らを守れればいい。そう思って戦って来た。けれど――」

 

 ――今日まで、ジェイには見えていなかった。

 

 仲間を守ろうと、誰も取りこぼさないようにと力めば力むほどに――失った時の積年が大きくなる。マーチン、フリーマン、モラレスとクーバ、そしてコンボイ小隊長……死に別れた者達だけではない、グロック、ツヴァイン――そしてエリサ。仲間達が負った傷跡は、それを見届けて来たジェイの背に圧し掛かって、いつの間にか背負いきれないほどに大きくなっている。

 

 裏に焼き付いた戦火、コンボイの断末魔に、エリサの涙――もう思い出すまいと決めていたそれらがフラッシュバックして、歯がゆさが滲む。

 

「今の俺は脱走兵ってことになるから、国には戻らない。エウロペでどこか人気の無い土地を見つけて、ひっそり暮らそうと思ってる。田畑を耕して、魚を釣って……気ままに生きていきたいんだ。戦いの中で、大事な人が傷ついていくのは、もう嫌だから」

 

 元々急ぐ理由も、行く宛てすらも無い。ただ、これ以上戦い続ける信念を持てないと悲観し、軍を抜けようとだけ決めていた。だから、エラの憂いを取り除くのに付き合うだけの時間は、十分に在る。へリック共和国の影響が強い北エウロペから離れているというのも、ジェイにとっては都合が良かった。

 全ての後悔に背を向けて逃げ出す自分を自嘲気味に笑いながら、ジェイは「君はどうする? エラ。君を蝕む何者かが消えたら、君だってまた、一から歩み出す資格があるはずだ」と、チラと後部座席を振り変えり、問う。が、エラは何も答えない。膝を抱えて蹲った黒髪の少女は、唯息苦しそうにその顔を歪めて、両の目で虚空を見ていた。

 

 沈黙を、ジェイはさして気に留めなかった。彼女がジェイの言葉に耳を傾けていようが、そうでなかろうが――彼ははただ漠然と、胸中を吐露し続けるだけだった。

 

 

 

 

 月光によって照らされた、マンスターの岩場。藍闇の中で青白く輝く剥き出しの岩盤は、荒々しくも幻想的であった。草木一つ無い荒涼とした地に差し掛かったジェイは、視界の先にエラが目指していたであろう建造物を見つける。

「……あれか」

 見通しの良い荒野帯、その中心で、一際巨大な礫塊が屹立していた。

 一見周囲の岩盤となんら変わらぬそれは、よくよく見れば風化した装甲と鉄骨によって編まれた、人の手によって築かれた被造物の残骸と分かる。《ホエールカイザー》、かなり旧式の、輸送貨物船型ゾイドの残骸だ。ガイロスの帝国の運用するクジラ型の巨大輸送艦《ホエールキング》の前身的な機体で、おそらくは旧大戦時代に建造された物であろう。

 幾年も前に墜落し、真っ二つに裂けた船体。しかしその姿には、どこかかつて誇っていた威容の面影が在った。長きに渡り放置され、風雨に晒されている割には、外装が小奇麗すぎる――まるでつい最近までこの船に人の往来が在り、手入れをしていたしていたかのような、そんな違和感がある。それが、この地がジェイとエラの目指す目的の場所であると、証明していた。

 

「『クロイツ』の連中は、此処を根城にしていたのか。へリック共和国軍の影響が強い北エウロペの地を離れ、この西エウロペ大陸に潜伏していた……へリックの掃討部隊が手こずっていたのは、こいつが遠因か」

 

 キャノピー越しに鎮座した巨大な鉄塊を見上げて、ジェイは一人呟いた。ガイロス帝国残党、つまりは武装組織の本拠だ。だが妙でもある。へリック共和国軍用機、しかも単独で接近したジェイに対して、迎撃のゾイド部隊が出てこない。明かり一つ灯さないで、クロイツの要塞は不気味な沈黙を貫いていた。

「……降ろして」

 警戒し気を張っていたジェイは、不意に背後からなった声に驚いて振り返る。

 先ほどまで息苦しそうに呻くだけだったエラが、スクと立ち上がり、面を上げていた。一つは夜の川の如く黒い、そしてもう一つは、光を灯さない灰色の瞳――両の目を見開いて、《ホエールカイザー》の中腹に広がった亀裂、その奥に蠢く深淵を凝視すると、少女は再び呟いた。

「降ろして……アイツはまだ此処に居る、もうすぐ目覚めて、私を連れて行ってしまうの」

「……っ」

 まるで何かに憑かれたかのように、浮遊感のある声色でうわ言を言うエラ。共に『モンスル駐屯地』を発った時とは、明らかに違う彼女の様子に、ジェイは気味の悪さを覚えて眉を顰めた。

 

 が――、

 

「……ああ、分かってる」

 

 暫し考えた後、ジェイは彼女の意図を汲んだ。

「君の野暮用に付き合うと決めたんだ、約束を違える気はない。でも、ゾイドからは降りないで。此処から先には、何か――とてつもない何かが居るって事だけは分かる。安全が確認できるまで、一緒に居るんだ。いいね?」

 条件を出したジェイだが、エラはもはやその言葉の意味さえ解していないらしい。虚ろな瞳で、ただボヤと深淵を見つめるのみだった。

 

 

 断ち切られた《ホエールカイザー》の残骸。その亀裂から内部の格納庫へと足を踏み入れたジェイの《ブレードライガー》は、その船首を目指してゆっくりと歩みを進める。元々は、一個大隊分もの戦闘ゾイドを収容できる輸送船。しかし、廃墟と化したそれには碌な設備も残されておらず、ただ明かりの灯らぬ広大な空間だけが在った。漆黒だけが立ち込めた視界は、まるで自分だけ『暗黒』という名の異界に投げ込まれたかのような、奇妙な錯覚を与える。

 いつ敵の奇襲があるとも知れない、と警戒し、メインモニターのレーダー画面をチラと一瞥するが――やはり、センサーにはなんの反応もない。罠を疑ってみたが、内部に侵入されてからも何の音沙汰がないのは、不自然すぎる。

 数秒考え込んだ後、「もぬけの殻だ……エラ、やっぱり此処には何もないよ」と、ジェイは少女に己が見当を伝えた。が――少女はクワと目を見開いたまま頭を振って、

 

 

「居る……ここに居る。私の半身(、、、、)が、ここに――降ろして、降ろしてったら!」

 

 

「――おいっ!」

 不意に席を立ったエラが手を伸ばして、《ブレードライガー》のキャノピー・ハッチを開ける。戸惑うジェイの制止を聞かずにコクピットを飛び下りた少女は、そのまま夜霧の中へと走って消えた。「待て、危険だ!」と声を上げると、ジェイも慌ててライガーの前照灯を灯し、機体を降りる。そのまま備え付けていたハンドライトを手に取ると、エラの駆けた方向へと身を翻して、叫んだ。

 

「エラ、戻って来い! エ――」

 

 ジェイの動揺を裏切るかの如く、少女の後ろ姿は直ぐに見つかった。

 数十メートル程進んだ先、ボヤと立ち尽くした彼女は、深奥の虚空へと視線を注いでいる。何事もなかったと、安堵の溜息を吐いたジェイだったが――、

「……なんだ、コイツは……っ?」

 エラの向こう、懐中電灯に照らしだされた巨大な鉄塊に気づいて、ジェイは慄いた。

 

 ――地べたに伏したまま動かない大仰な『何か』が、そこにいた。

 

 ゾイドだ。複雑なシルエットを形成する機影は、へリック軍の《ガイサック》や《サイカーチス》のような、節足動物型戦闘機械獣のそれに良く似ている。が――いずれも小型ゾイドに分類されるそれらと違い、目の前の機体は地を這う扁平な態勢ながら、全容は大型機・《ゾイドゴジュラス》や《アイアンコング》にも匹敵し得るものだった。そして、全身をくまなく装甲化された外観は、紛れも無くガイロス帝国軍の配備する機動兵器に共通する特徴でもある。

 見たことのないゾイドだった。だが――起動する気配の無いそれから、異様なまでのプレッシャーを感じ取り、ジェイは思わずたじろぎ、後ずさった。

 

 

「――それが『超越者(イモータル)』」

 

 

 未知の畏怖に呑まれていたジェイの耳朶を、湿り気を帯びた女の声が掠める。

 

「ヌッ――!?」

 直後、格納庫中の電源が起動して、まばゆい光が辺りを照らす。暗がりに慣れていたジェイは、閃光から顔を庇いながらも声の主を必死に探した。ジェイとエラ、二人以外、辺りに人の気は無い。

「ガース・クロイツ少佐が、残された全ての財をつぎ込んで復元しようとした最強のゾイドにして――『パイロット・デザイン』によってエラと繋がれた、彼女(、、)()半身(、、)。アナタ達には、《デススティンガー》と呼んだ方が分かりやすいかしら」

 次いで、グルと視界を煽ぐと――壁伝いに据えられたキャットウォークの一角で、ようやっとジェイは声の主を見つける。

「お前は……ッ!」

 と、自らを見下したその女の姿に、固唾を呑む。

 ガイロス帝国の上級将校が身に着ける菖蒲色の軍服を纏いながら、その気品をかき消す、異様な風貌――人形のような華奢な顔の半分を覆い隠す、無骨なヘッドギアと、スコープ越しに注がれるポインターの燭光――気味の悪いなりの女性士官だった。

 

 

 見紛うはずが無かった。スターク・コンボイ少佐の仇であり、ジェイ達を離散に追いやった『クロイツ』のゾイド乗り――シルヴィア・ラケーテ少尉が、そこに居た。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。