ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

52 / 85
⑱ 暗黒の軍勢

 ――ZAC2101年 1月 ニクシー基地近郊 早朝

 

 

 眼下の光景に目を顰めて、レンツ・メルダース中尉はほくそ笑んだ。

 夜を徹してニザム高地を駆け抜け、ようやく目の前に現れた古巣――今はへリック共和国軍の駐屯地となっている『ニクシー基地』を視界にとらえた彼は、高揚を抑えられなかったのだ。夜明け前の空は、黄昏時にも似た紫色。それを、立ち昇る噴煙が分断している。主君ガース・クロイツとガイロスの高官が躱していた密約通り、帝国本隊によるニクシー攻撃が敢行された証だ。

 へリック共和国による停戦勧告の返答期限でもあったこの日に(もっとも、ゲリラとなり帝国本隊と隔絶されていたレンツ・メルダースは、そんな両国の背景など知るはずもなかったが)、ガイロス帝国がよこした答えは、高度三万メートルより迫る大艦隊の派遣であった。改造ホエールキング《モビーディック》によって、超高高度よりニクシーに接近した帝国艦隊は、そのまま大量の爆撃機を投下。通常の航空機型戦闘ゾイドではどうあっても到達できぬ天空だ、へリックは何の手立てもないまま空爆に晒され――ものの一時間で、基地の主要設備を半壊させられたのである。

 

 

 薄明り色の空の中を、まばらな数の黒い影が闊歩していた。

 蝙蝠型ゾイド・《ザバット》。レンツの見た事が無いその機影は、おそらくはエウロペでの敗退後に帝国が完成させた新型の航空爆撃機であろう。《レドラー》はおろか、へリックの《プテラス》よりもさらに小さな体の『超小型飛行ゾイド』であり、惑星Ziのゾイド戦史において類を見ない無人戦闘ゾイドである。

 パイロットの安全を考慮しない、極限まで簡略化された構造・虚弱な装甲は、この《ザバット》に優れた量産性を与えた。無人制御によって可能となった死を恐れぬ特攻が、空を覆い尽くすほどの無数で降り注ぐ。応戦に出たへリック空軍の《ストームソーダ―》、そして新たに配備された翼竜型航空機《レイノス》は、いずれも優秀な戦闘ゾイドだが――圧倒的な数を誇る《ザバット》の群れを追い切れないでいるのは明らかであった。

 

「――素晴らしい」

 

 モニター越しの紅蓮を見下ろして、レンツは呟いた。

「これこそが、反乱軍(へリック)を焼く贖罪の火だ。我ら『クロイツ』を迎え、二クスへの帰路を照らす焔だ! 我に続け、『クロイツの騎士』達よ。血塗られた道を駆け、この勝利と共に二クスへと凱旋するのだ!」

 レンツの演説に応えるかのように、彼の手勢たる『クロイツ』のゾイド達が咆哮を上げる。《レブラプター》に《レッドホーン》、シルヴィア小隊から預かった《セイバータイガー》達……総勢は一個中隊にも満たない微弱な戦力だが、それでも士気は高かった。ニクシー基地は混乱し、また空には無尽蔵の友軍爆撃機が舞っている。

 

 敗北は無い――否、勝利だけがそこにあると確信して、『クロイツ』の騎士達は突貫を掛けた。

 

 

 爆撃で混乱したへリックの迎撃部隊は、冗談に思えるほどの貧弱さであった。格納庫も相当の被害が出ているのであろう、ニクシーの正面ゲートへと群がるレンツ達の前に現れたのは、既に幾何か損傷を抱えた《ゴルドス》や《ゴドス》、《ガンスナイパー》だ。数もまばらで、瞬く間に残骸へと変わる。

 逆に、へリック軍のゾイドを葬るレンツの愛機の挙動は、彼の想像を上回る迅速さである。

 《ジェノブレイカー零式》と名付けられた彼の改造《ジェノザウラー》は、その名の通りかの『魔装竜』の形骸と、それに迫る性能を与えられていた。急造の機体ゆえ、お世辞にも操作性が高いとは言えない。それでも、与えられた帝国の最新装備達は、死に態のへリック守備隊を嬲るには十分すぎる威力を秘めていた。

 邪魔立てをする敵影は、すぐに無くなった。

 高揚の笑みを漏らしたレンツは、黒ずんだニクシーの正面ゲートの前に立つとトリガーを引き、ニクシーへの道をこじ開ける。噴煙を上げて崩れ落ちる外壁、その衝撃が収まるのすら待たずに、友軍の《レッドホーン》達が基地内へと飛び込んでいく。

 崩壊するへリック基地を目にしてもう一度、すばらしい、と、レンツは一人ごちた。

 

 レンツ・メルダースは、勝利に飢えていた。

 

 彼が西方大陸エウロペへと渡って来たのは、一年前の8月。

 丁度両国の第二次全面会戦を経て、帝国の優勢が傾きつつある時期だった。高官ガース・クロイツに招かれ、当時最新鋭の《量産型ジェノザウラー》を与えられたレンツは、本来ならばへリック共和国の息の根を止める栄誉を与えられるはずだった。それが今、彼はガイロス敗北の混乱に際してゲリラまで落ちぶれている――レンツは、その事が腹立たしくて仕方が無かった。

(もはや、主君(マイスター)への忠義さえどうでも良い。へリックに死を与え、わが手に栄光を取り戻せれば、それでいい)

 猛る『クロイツ』はニクシーの深奥まで到達し、気が付くとへリック共和国のゾイド工廠にまでたどり着いていた。

 炎上し、崩れ落ちた鉄骨の向こうに、巨大な銀色の首長竜型のゾイドが項垂れている。《ウルトラザウルス》。ガイロスの西方大陸戦争敗戦を決定づけた、へリックの旗艦にして決戦兵器だ。おそらくは暗黒大陸上陸作戦を視野に入れていたのであろう、機体は大型の発着用飛行甲板を備えた航空戦艦へと改造されていた。

 《ザバット》の空爆によって損壊しているものの、その破壊は完全ではない。レンツの胸が、カッと熱くなる。ガイロスをニクシー基地より追い立てた、『へリックの象徴』――それを破壊することが出来れば、この戦いの勝利は決定的なモノになる。

 

「勝った! 我々の勝利だ、『クロイツ』の一撃が、へリックの精神の具現たる巨大ゾイドを撃ち滅ぼす――グアッ!?」

 

 ウルトラに気を取られたレンツの機体を、衝撃が襲う。次の瞬間爆炎が弾けて、横に付けていた友軍の《レッドホーン》が爆散し――火線の先より、ズイと巨大な機獣が顔を出す。

「――ヌッ」

 せり出した巨躯へと目を向けたレンツは、その威容を見上げてギリと奥歯を噛んだ。格納庫にて動けずにいる《ウルトラザウルス》を守ろうと出て来たのは、同じくへリックの象徴たる巨大ゾイド《ゾイドゴジュラス》であった。二本の『ロングレンジバスターキャノン』を背負ったMk‐Ⅱタイプであり、全身をライトグレーの装甲で彩ったそれは、おそらくは旧大戦時代より稼働を続ける、名実共にへリックの守護神であろう。パイロットも、それに類する剛の者に違いあるまい。

 最新鋭の《ジェノブレイカー零式》であるが、瓦礫が散乱し、敵味方入り乱れる混乱の基地攻略戦に置いては、その高機動・高火力を存分に振るう事は叶わない。体躯に勝る《ゾイドゴジュラス》の頑丈さに追い詰められ、白兵戦に持ち込まれれば、撃墜されることも十分に考えられ得る。

 

 『クロイツ』の快進撃を止め得る楔が眼前に現れたというのに、レンツは尚も不適に笑っていた。「面白い……へリックのもう一つの象徴たるゾイドだ、丁重に相手をしてくれねばな」とその機首をゴジュラスに向ける。漆黒の《ジェノブレイカー零式》、その両眼がギラと紅く輝くや――ゆっくりと、《ゾイドゴジュラス》に挑みかかった。

 

 

 ――同時刻 北エウロペ大陸ニザム高地・モンスル駐屯地

 

 

 あの密林での死闘から、三日を経ていた。

 

 三日三晩を遭難して過ごしたジェイ達は、『クロイツ』の追撃部隊との交戦中に駆けつけた、へリック共和国の遊撃部隊『青の軍』に救われた。今は彼らが拠点として使っているの駐屯地一つである、この『モンスル駐屯地』で療養している。

 元々はガイロス帝国が赤の砂漠(レッドラスト)越えのためにゾイド部隊を中継するために作った拠点であり、へリック共和国が占領してからは、ニクシー攻略のための前線基地となった。大戦が終結してからは戦略的用途が薄れ、現在は帝国残党軍討伐のため、『青の軍』が補給基地に使うのみであった。

 人の気の無い廊下に据えられたベンチで、ジェイ・ベックがボヤと天井を仰ぎ見ていると、「――よう」と、しゃがれた男の声が投げかけられた。視線だけを返して見つめた先には、よく見知った傭兵の男がいた。

「……ツヴァイン、か?」

 恐る恐る問い返したジェイの隣に、傭兵ツヴァインが座り込む。

 躰のあちこちを包帯で撒かれた彼からは、消毒液の匂いが立ち込めていた。ニザム高地でジェイ達と逸れた彼は、おそらくは『クロイツ』の襲撃に遭い、負傷したのだろうが――それでも、以来消息不明だった彼が生きていた事に、ジェイは安堵した。

「『クロイツ』の《ライトニングサイクス・カスタム》に愛機を潰されたが……どうにか生き残って、『青の軍』の連中に拾われた。一緒に出たクーバには悪いが……俺の方にはツキが残っていたらしいな」

 両の手に持った缶コーヒーのうち、一つを投げ渡したツヴァインは、「オマエさんも、ちったぁ誇れ。コンボイの旦那の事は聞いてるが、生き残るのもパイロットの器量の一つさ」と肩を叩く。

 ジェイは応えなかった。

 ずっと一緒に戦ってきた戦友たちの多くを失った今、自らの生還を喜ぶ気にはなれそうにない。そんな彼の心情は理解してるつもりだったのだろう、予想どおり、と言う風に溜息を吐いたツヴァインは、「エウロペのガイロス軍残党は、ほぼ完全に制圧された」と、切り出した。

「各地に展開されていた『治安維持軍』と、青い《コマンドウルフ》部隊が提携して、大方のヤツは取り締まったが……今朝がた知らせがあって、ニクシー基地にガイロス帝国の空襲部隊が来ているって話だ。狩り損なった最後の『クロイツ』連中も、それに合わせて特攻を仕掛けているらしい。それを片づければ、エウロペは正真正銘、へリックの支配下に置かれる」

「……だが、それで戦いが終わる事は、ない」

 

 ボソと零したジェイに、ツヴァインが眉を顰める。

 

 数秒の間の後に、手にした缶コーヒーを一口に飲み干すと、「ああ――確かにな」と、ツヴァインは椅子を立つと、

「だが、嘆いても始まらない。俺は行くぜ。怪我はしたが、幸いゾイド乗りを廃業する程の傷でもないんでね。『青の軍』の隊長さんから、ウルフ乗りとして一緒にやってかないかって、声を掛けられてる。そこでやり直すさ」

 ジェイは、そんなツヴァインに一抹の寂しさを覚える。

 座り込んだまま彼の横顔を見上げると、「コンボイ小隊を、離れるのか?」と問いかける。肩を窄めて、「旦那が逝っちまったなら、小隊はもう解散だ。お前もこれからの身の振り方くらいは考えて置け」と頭を振ったツヴァインの目は、微かに寂しげだった。

 

「エウロペの同胞、コンボイの旦那……死んじまった連中のために俺がしてやれる事は、ガイロスを倒して手向け代わりにするぐらいしかないからな。暗黒大陸に渡って、戦い続けるよ」

 

 

 そのまま振り返ることなく――ツヴァインはジェイの元を去って行く。

 ボヤとその背を見送ったジェイは、自らの右手ががくがくと震えているのを、必死に押さえつけていた。

(同胞の命が惜しいか、己が世界のために戦うか――否、そのような雑念、戦いに赴くと決めた時、とうの昔に諦めて然るべきであろうが)

 ジェイの脳裏に、先にまみえた《アイアンコング》のパイロットの糾弾が焼き付いている。グロックを、ツヴァインを、エリサを。仲間を守るためにジェイは戦って来た。その心意気が正しいと信じていたが、ガイロスの将は否定し――今、ジェイの元には誰も残っていない。それが怖かった。折れそうな自分を支えてくれる者が居なくなって、戦場に立っていられる自信が無かった。

 

 ツヴァインが立って数分後、ジェイ・ベックも椅子を立ちあがり、医務室に向けて踵を返す。受け取った缶コーヒーはベンチの小脇に置いたまま、一口もつけていなかった。

 

 




 コロコロコミックにて、ゾイド復活の兆しと思われる記事が掲載されていますね。

 一人のゾイドファンとして、良い知らせを待ちたく思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。