ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑰ 慟哭

「ぬぅんうぉおおお!」

 

 渾身の気迫が、叫ばれる。

 獲物に群がるハイエナの如き執拗さで喰らい付いてくる《レブラプター》達を、ジェイの《ブレードライガー》は強引に引き剥がし、逆に追い立てた。ある機体を膂力の籠もった爪の殴打で踏み砕き、またある機体には体躯の差を生かした体当たりを見舞って、叩き潰す。

 敵は地上だけではない。直後、真上から急降下した《サイカーチス》が機銃を掃射し、背部バーニアを撃ち抜いたが――激震に見舞われても、それでジェイの闘争心が折れる事は無かった。機体を翻して『パルスレーザー』を展開、コンマ数秒のうちに照準を定めると、すぐさま反撃の一撃を撃ち放つ。恐ろしい程正確に、銃撃は《サイカーチス》の頭部ユニットを撃ち抜いた。機首を失って蚊トンボの如くふらついた《サイカーチス》は、そのまま頭から地表に激突し、爆散する。

 

 ジェイ・ベックの戦いぶりは、まさに『獅子奮迅』と形容するに相応しかった。

 

(死なせるものか――守るんだ、エリサもグロックも、これ以上仲間を見送るのは……もう、たくさんだ!)

 ジェイの脳裏を占めるのは、クーバとモラレス、ツヴァイン、そしてコンボイ小隊長――共にニクシー基地を出た同胞達、目の前で死んでいった仲間達の姿だった。傍らで共に戦っていながら、彼等を守れなかったという後悔。それがジェイに、一層の力を与える。

 《ブレードライガー》もまた、そんなジェイの全霊に応えるかの如く、猛々しく吠える。百獣の王の如き轟咆に怖じけた二機の《レッドホーン》。動きの鈍ったそれらの懐へと一足飛びで飛び込んだライガーは、『レーザーブレード』を展開し、すれ違い様、二機の体をまとめて両断した。

 一機は二本の脚を断ち切られ、苦悶の声を上げながら倒れ込む。そしてもう一機は、光刃が胴体までめり込み、文字通り両断された。断末魔の悲鳴すら上げる間も無く、破断されたゾイドコアが暴走し、爆炎へと腫れ上がる。

 『クロイツ』の展開したジェイ・ベックへの包囲陣は、崩壊寸前だった。既に半分以上の機体が半壊、または撃墜され、残存機もまた鬼神の如き《ブレードライガー》に怖気づいて、動けないでいる。ライガーの損傷もかなり蓄積されていたが、ジェイは確かに、この戦いの中で希望を見出しかけていた。

 

 ――その時だった。

 

 

「……そこまでだ」

 

 スピーカーより、ノイズ交じりの声が聞こえた。

 暗く深い、壮年男性の声。次いでザリと鉄塊を引き摺る音が聞こえて、ジェイは機体を反転させる。怖気づいた《レブラプター》の群れを掻き分けて現れたのは、焼け焦げた一機の《アイアンコング》。背負った主砲も、『ハイマニューバスラスター』も失い、また全身の装甲を砕かれ、焼け焦げたフレームを露出させたその姿は、まるでゾンビのようにも見えた。

 

 そして、満身創痍の《アイアンコング》が牽き回した鉄の塊――それに気づいて、ジェイの顔面は蒼白となる。 

 

「そんな……アノン少尉っ!」

 

 コングが掴み取って持ち上げてみせたのは、まるでボロ雑巾の如く全身を引きちぎられた、エリサ・アノン少尉の《ディバイソン》の姿だった。完全に破壊され微動だにしないそれを目にしたジェイは、酷く取り乱す。《ディバイソン》の頭部――コクピットにほど近い部分が、大きく損傷していたからだ。

「……我はガイロス帝国軍、ガース・クロイツ少佐だ」

 再び通信が入り、あの()の声が弾ける。発信元は確認するまでもなく、眼前に立ちはだかった《アイアンコング》。ガース・クロイツ――男が名乗ったのは、先に遭遇した『クロイツ』の騎士から聞いた、賊軍の首魁の名前だった。

「《ブレードライガー》のパイロットよ。矛を納め、『超越者(イモータル)』の鍵を渡せ――《ディバイソン》のパイロットは、まだ生きているぞ!」

 ジェイの眼前に見せびらかすように、《アイアンコング》は《ディバイソン》の亡骸を揺すって見せる。糸の切れた傀儡のように力無く揺れたそれから、バチバチと火花が爆ぜると、堪えきれなくなって、「ああ、やめろォ!」と喚いたジェイ。

 直後、「ウウ……ウヴッ!」と、苦しそうに呻くエラの声が聞こえた。

「っ、エラ……?」

 戸惑い振り返ったジェイは、ガチガチと歯を鳴らして痙攣する、青ざめた少女の顔を見た。まるで精気を失ったかのような、たが(、、)の外れた表情を剥いたエラは、「気持ち悪い……あのゾイドには、()()乗っている(、、、、、)!」と、荒い息で叫ぶ。

 

(どういうんだ……何が起きている!?)

 

 戸惑ったジェイは次いでライガーを襲った衝撃に嗚咽を上げた。《アイアンコング》の出現に戸惑って動きを止めた《ブレードライガー》に、残った《レブラプター》達が一斉に群がったのだ。押さえつけられて、地べたを這ったジェイの機体。それを前に、「『クロイツ』の技術の粋が生み出した、超越者(イモータル)の分身・エラよ。貴様を見つけ出すため、私はその命さえ捨てる意気を持って、ここへきた」と、ガースは語る。

「エラをよこせ……へリックを滅ぼすための『クロイツの剣』、なんとしてでもここで取り戻す――わが命に代えても」

「へリックを滅ぼすためか。まだ殺したりないか……戦争を、し足りないのか」

 ギリと奥歯を噛んだジェイに、クロイツの首魁は淡々と応じた。

 

「ガイロスがへリック共和国に敗れる事など有り得ぬ……あってはならぬ。エウロペでの敗北は、貴様らの不遜が見せた、仮初めの光景。その幻を吹き消すためなら、我ら『クロイツ』の兵達は、喜んでその命を捧げようぞ」

 

「くっ――意味が、分からねぇよ!」

 分からない事が多すぎる――葛藤して、ジェイは声を荒げる。

「自分の命を捨てても良いというか? そうまでして戦争を続けて……それで母国を勝たせて、お前はどうなる! 帝国が勝っても、そこにお前はいない……自分の世界を守るために戦った挙句、そこに自分が残らなければ、本末転倒じゃないか」

 ジェイの激発に、『クロイツ』の首魁は返答しない。その反応に苛立って、ジェイはさらに吼えた。無理やりに《ブレードライガー》を起き上がらせると、自身を拘束する《レブラプター》の一機を引き剥がして打ちのめし、その頭部を踏み潰す。

「ようやっと、エウロペでの戦いは終わったのに! これ以上、皆が傷つかなくても良い時が来たと思ったのに……お前達が足掻いたせいで、何人死んだ? モラレス、コンボイ小隊長、それだけじゃない、お前に従って戦ったガイロスの兵士だって、こうやって死んでいるんだ――見ろ!」

 粉々に砕けた《レブラプター》の頭蓋から、どす黒い機械油が血潮の如く散る。痙攣する残骸を足蹴にして、ジェイは真っ直ぐ《アイアンコング》の機体を見据え返した。真正面から叩き込んだ思惟、それが『クロイツ』の首魁を挫くと、ジェイは信じていた。

 

 

 ――だが。

 

 

「……貴様は、何を言っている?」

 

 冷淡な風を醸したガース・クロイツの声色に、ジェイはビクと怖じけた。同時、静止していた《アイアンコング》が不意に起動して、エリサの《ディバイソン》を持ち上げると、それを力任せに地べたへと叩きつける。地響きとともに砕け散る機体に目を剥いたジェイは、「ああ、エリサ!」と絶叫した。

 ガースは、続ける。

 

「――逆に、貴官に問おう。軍人が『国のため』という大義を除いて、一体何のために戦うというのだ?」

 

「……っ」

 

 ジェイの時は、その言葉を前にして止まった。

 

 まだ軍に入隊して間もない頃。国を守るため――そんな義憤を胸に、ジェイは軍服の袖に己が腕を通した。そしてそれは、エウロペで経験した初陣の際に、いとも簡単に打ち砕かれてしまった信念でもある。ミューズの森で、初めて受け持った隊の部下を目の前で殺された時――我武者羅に戦って自分を、隊の仲間を危機に曝した時にジェイの義憤は脆くも崩れ去った。

 

 代わり、今日までジェイを戦争の重圧から支えてきたモノが在った。

 

 

(――少尉が守りたいって思ったモノを守るために、戦っていいんです。みんなを死なせたくないって思って少尉がした行動なら、どんな結果になっても――それはきっと、間違いじゃないから)

 

 

 守りたいモノのために戦う。

 失われた義憤の代わりにジェイを支えた『全て』であり、それに気づかせてくれたのは確か、エリサ・アノン少尉だったと思う。

 以来、ジェイは必死に戦った。フリーマン軍曹や小隊の仲間達、力及ばず失った戦友も多くいたが、それでもジェイは、全てを守るつもりで戦場に立った。今回も同じだ、コンボイやツヴァイン、長年連れ添った友と死に別れても、まだ――ようやっと再会できた、エリサとグロックを守るためなら戦える。そう信じて、ここまで来たのだ。

 

 ――貴方、泣いてるわ。

 

 ――泣いてなんかいない、泣くものか。戦うんだ。守りたい仲間が、一人でも生き残っている限り戦って、守るんだ。

 

 自らに言い聞かせるかの如く、ジェイは必死に己が胸中で唱えた。まるで彼の意思に反するかのように、その頬を熱い涙が伝った。

 

 

「……愚か者が。同胞の命が惜しいか、己が世界のために戦うか――否、そのような雑念、戦いに赴くと決めた時、とうの昔に諦めて然るべきであろうが。我らはただ一つ、実態等無い『国の名誉』を背負って戦う。貴官に軍人を名乗る権利など無い、我ら『クロイツ』の前に、立ちはだかる資格などない!」

 ガース・クロイツは静かに憤慨すると、めちゃくちゃに拉げた《ディバイソン》の機体を再度持ち上げるや、力無くうなだれた頭部に手を掛ける。唯一原型を留めた二本角の内の一本を掴み取ったコングは、渾身の力を込めて、その首を引き千切ろうとした。まるで血飛沫の如く火花を散らした《ディバイソン》の残骸に、「ああ……ああ!」と狼狽したジェイ。

「――待て、投降する! エラも、お前達に引き渡すっ! だから……」

「笑止! まだ分からんのか? 遊んでいるのではない、情や感慨が介在する余地など、戦いの場にはどこにもないと知れ!」

 《アイアンコング》の剛腕に、《ディバイソン》の頭部はメリメリと軋みを上げて――千切れた。ねじ切れた首の付け根から、砕け散た装甲片が、紅蓮の飛沫が、脳髄の如く尾を引いたコード類が散らばると、コングは用済みになった《ディバイソン》の胴体を捨てる。残されたコクピットを地面に打ち付けると、それを足蹴にして、全体重を掛けようとした。

 

「ああ、やめろ……やめろやめろやめろォオオオ……ッ」

 

 ジェイの絶叫が、空しく響く。ガース・クロイツの思惟に、圧倒されていた。平静を失ってコクピットの中、狂ったように頭を打ち付ける事しかできない。苦悶が心を挫き、絶叫が喉を焼いた。濁った血吐を吐き、緋色の涙を零しながら、ジェイは慟哭した。

 

 

 

 ――ガース・クロイツの信念が、ジェイ達の全てを制圧しかけたその時だった。夜闇を裂いて、一陣の光弾が横切ると、《アイアンコング》の首筋に突き刺さる。ボッと爆ぜた爆炎、激震に揺られたコングはバランスを崩して《ディバイソン》の頭蓋を――ジェイの心を、潰し損なう。

「……なんだ?」

 煩わしそうに頭を振ったガースは、センサーに反応する無数の敵影に気づき、顔を顰める。直後、もう一度火線が走り――今度は《ブレードライガー》を拘束する《レブラプター》の群れを撃ち抜いた。次々と倒れていく自軍のゾイド達に奥歯を噛み締めると、ガースは火線の先に見えた、新手の敵機へと目を凝らす。

 

「《コマンドウルフAC(アタックカスタム)》……青の軍、忌々しい(テムジン)共か」

 

 ブルーカラーで塗装されたカスタムタイプ・《コマンドウルフ》は、西方大陸戦争の大勢が決した時より帝国残存部隊の掃討した特殊部隊の機体であった。主戦場であった北エウロペより距離を置いていた『クロイツ』は、これまでその追撃を上手くいなす事ができていたが、おそらくはロストしたこの《ブレードライガー》達を捜索するために、その行動範囲を広げていたのであろう。

 此度の大規模反抗作戦に、敵も本格的な掃討任務に乗り出したと見える。敵影は優に二十を超えている、既にガースの部隊は、完全に包囲されていた。退く場所など既に無い。疲弊した隊共々、ここが己が死に場所となる――覚悟を決めたガースだったが、

 

 

「うぉおおお……ウワァアああああアッ!」

 

 

「――ッ、ンン!?」 

 劈くような発狂が、スピーカー越しに弾けた。先に問答をした際に接続した、《ブレードライガー》との回線からだ。クワと目を剥いて機体を反転させたガースは、圧し掛かる《レブラプター》達を破砕しながら立ち上がった《ブレードライガー》を見た。満身創痍のそれは、まるで搭乗者の思惟に呑まれたかのように、苦悶の咆哮を上げると、一足飛びでガースの機体へと飛び掛かった。

 展開されたライガーの『レーザーブレード』が、眼前に迫る。志半ばにて途切れる己が命の果てを悟ったガースは、ギリと奥歯を噛み締めると、渾身の気迫を叫んだ。

 

「帝国の雄達に栄光あれ、我らクロイツの騎士達に――その全ての胸元に、誇り高き飛竜十字の勲章を! ガイロス帝国、万歳ィイイイイイ……ッ」

 

 次の瞬間、剣閃が《アイアンコング》の胸元を横断し――ガース・クロイツは果てた。

 

 


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