ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑯ 焦燥

 その日の夜は、眠れなかった。

 深夜、月明かりに映える水面を眺めながら、ジェイはボヤと感慨に耽る。これからどうすべきかを考えなければならない。砂嵐(サンドストーム)にやられた通信機器の復旧を試してはいるが、進展はなかった。食料は携帯用のレーションのみで、水の残りも少ない――軍の捜索隊を待ち続けていたのでは、持たないだろう。

「軍に戻るの? まだ、戦えるの?」

 不意に掛けられた問いかけに、振り返る。

 毛布にくるまったエラがジッと、彼の背を見つめていた。光を灯さない灰色の片目も、真っ直ぐにジェイの貌を捉えている。数秒の間の後、「俺はヘリックの軍人だ。このまま逃げたりなんかしない。隊に復帰して、『クロイツ』を倒す。コンボイ小隊長の仇を取るんだ」と強がったジェイだったが、

「――嘘」

 と、エラは断じた。

 

「嘘よ。コンボイが死んだ時、貴方、泣いていたもの」

 

「――ッ」

 澄んだエラの瞳を前に、ジェイの息は詰まり、何も言えなくなった。

 

 

 同時、ふと旋風(つむじ)が吹き、二人の上空を黒い影が横切る。静寂を割いた巨大な影、微かに貌る金属油の臭いに、ジェイもエラも、ハタと面を上げた。バリバリと轟音を上げて吹いた旋風の正体は、小型の戦闘ヘリ型ゾイド《サイカーチス》。サーチライトを地上に向けて低空飛行するそれは、まるで何かを探しているかのように見えた。

「ッ、伏せろ!」

 咄嗟にエラへと駆け寄り、身を屈めたジェイは――次いで遠方で爆ぜた爆発に目を剥いた。

 グイと爆発の方へと機首を振った《サイカーチス》が、ゆっくりと移動していく。その浮力で並みだった湖畔の飛沫を浴びながら、「……『クロイツ』の捜索隊だ」と一人ごちたジェイは、《ブレードライガー》のコクピットへと振り返る。

「どうするつもり? ジェイ少尉」

 ジェイの判断を看取ったのだろう――起き上がったエラが、すかさず彼を呼び止める。

 

「決まってる……あの爆発は、多分共和国軍が『クロイツ』連中と戦っているんだ。もしかしたら先に逸れたグロックと、アノン少尉かもしれない。助けに行かなくちゃ」

 

 幸い、遠方の爆発に気を取られた《サイカーチス》のパイロットは、夜闇に紛れたジェイの《ブレードライガー》を発見できなかったらしい。戦闘ヘリ型ゾイドの低空飛行なら、超高速戦闘ゾイド《ブレードライガー》の速力で、十分に追跡できる。

「……逃げればいいのに。軍も、私のことも置いて行ってさ……貴方きっと、この仕事向いてないよ」

 ライガーのコクピットキャノピーを開けたジェイに、エラはどこか寂しげな瞳を向けた。問答に納得していない事は、すぐに分かる。「……子供が、知った風な口を利くな」と断じるや、立ち尽くした彼女に手を差し伸べるジェイ。

「エラ……っ、俺は泣いてなんかいない。もう眼の前で、誰も死なせるものか。アノン少尉も、グロックも――君だって守って見せるんだ。だからついて来い。皆で、『クロイツ』を倒すんだよ」

 

 問答の中で揺さぶられた自身の心にも言い聞かせるかのように、ジェイ・ベックは声を荒げた。エラは何も答えなかったが――やがて観念したかのように目を伏せると、差し出されたジェイの手を取って、コクピットに乗り込んだ。

 

 

 

 動力に火を入れて、ジェイ・ベックは《ブレードライガー》を駆けさせる。逸る気持ちは、『クロイツ』に襲撃されているであろう仲間を救いたい、という一心だけではない。エリサやグロックと合流する事が出来れば、この森で遭難したままのたれ死ぬかもしれない、という不安感も、払拭できる気がしたからだ。そのためには、エラに宣誓した通り、誰も殺させないという決意を完遂する必要がある。

 最高速まで加速して、《ブレードライガー》は空を往く《サイカーチス》を追いながら、狼煙の如く上がった爆発の根本を目指した。熱源センサーに引っかかったのだろう、道中慌てて反転した《サイカーチス》が、《ブレードライガー》へとサーチライトを当てたが、

「……遅いッ!」

 宙空で静止した《サイカーチス》は、ジェイ機の撃ち放った『パルスレーザーガン』を躱す事が出来なかった。連射された半身を光弾に撃ちぬかれて、グラと傾いた《サイカーチス》――そのまま頭から木々の中へと墜落し、砕け散った。

 

 

 ――疾走する事、数分。

 行き着いた先は、朽ち果てた古代遺跡であった。幾年も前に放棄されたのであろう、木々に覆われた巨大な石の城。ジェイが駆けつけた時には、『クロイツ』の砲撃の余波に巻き込まれ、あちこちが炎上・崩壊している。

 散乱する瓦礫の中には、比較的真新しい金属壊も混じっていた。帝国ゾイド《レブラプター》の残骸――その先には二体の共和国ゾイドが、まるで互いを庇いあうかのように背中合わせになって、包囲陣形を組んだ帝国ゾイド軍団に相対している。

 二機の姿を一目見て、ジェイは確信した。

「アノン少尉の《ディバイソン》に、グロック少尉の《シールドライガー》! 二人とも、無事だったか!」

 高揚を露わにして通信機越しに叫ぶと、(ジ――、ベック少尉……?)と、どこか戸惑った風の、エリサの声が返ってくる。「そうだよ」と頷いて、ジェイは二人の機体に目を凝らした。どちらも被弾してはいるが、戦えない程の状況ではない。が、遺跡の建造物を背にした両機は、辺りを『クロイツ』のゾイド達に囲まれて、脱出できないでいる。

 敵の数は、7、8機――うち2機が《レッドホーン》、そして1機が指揮官機と思われる《アイアンコング・マニューバ》、残りは小型機《レブラプター》だ。

 『エネルギーシールド』を持つグロックに比べて、エリサのディバイソンは消耗しているように見えた。グイと機体を前進させて、ジェイは彼女に呼びかける。

 

「待ってろ、今助ける。このくらいの数、《ブレードライガー》で――」

 

 言い終える前、ババ、と乾いた音が無り、衝撃が機体を揺さぶった。機銃の掃射、空からの一撃だ。煩わしそうに頭を振って、ジェイが上空を仰ぎ見ると――先に沈めたのと同型の小型戦闘ヘリタイプ・《サイカーチス》が、ライガーの頭上で揺れている。「クソ……もう一機いたのか」とごちたジェイは、次いでブンと剛腕を振るい、配下の機体達をまくし立てる《アイアンコング》の姿に気づいた。

 コングの号令に合わせて、《レッドホーン》と《レブラプター》の大半がエリサ達への包囲を解き、ジェイの《ブレードライガー》へと振り返る。あからさま、敵の注意がジェイへと集中していた。

 突っ込むつもりではいたが、こうもあからさまに大勢の相手をすることになるとは、さすがに思わなかった。想定しえぬ事態にゴクリと生唾を呑んだジェイだったが――「好都合だ、ベック!」と、昂ったグロックの声が弾けて、我に返る。

「しっかりと、雑魚共を引き付けてろ! こっちが包囲を突破できたら合流して、お前をフォローしてやる、それまで持たせろ!」

「……ッ、分かった」

 コンマ数秒の思案で、ジェイは頷いた。予期せぬ形ではあったものの、これでエリサとグロックを阻むのは、指揮官機の《アイアンコング・マニューバ》だけになった。《ゾイドゴジュラス》に匹敵する重装甲・高火力の強力な機体だが、二機がかりなら抑え込むことだって可能なはずだ。二人の命の危機は、大幅に解消されたと思った。ならば――残りの敵機は、《ブレードライガー》のパワーでしのぎ切る。

 

「よし……行くぞエラ、しっかり掴まっていろ!」

 

 ライガーを力強く始動させたジェイの胸中は、驚く程穏やかだった。コンボイ小隊長の時は、何もできないまま彼の敗北を見守ったが、今度は違う――自分が来ることでエリサとグロック、二人の仲間を救えたと、確信したから。

 

 

 

「ベック少尉……っ」

 モニターの端で激しく立ち込める粉塵を見つめながら、エリサ・アノン少尉はその名を呟いた。群がる《レブラプター》達に喰らい付いては放り投げ、《レッドホーン》より爆ぜた火線を浴びては煩わしそうに身を捩る、ジェイの《ブレードライガー》。『オーガノイドシステム』搭載の次世代機とはいえ、多勢に無勢だ。それなのに、ベック機は一歩も引かず、果敢にガイロスのゾイド軍団と立ち回っている。

 居ても立っても居られなくなり、「……ベック少尉、私――ッ」と、ジェイ機の方へと機首を向けた、エリサの《ディバイソン》だったが、

「馬鹿な女が……アノン、集中しろ!」

 と、煩わしそうに唸ったグロック、彼の《シールドライガー》が、エリサの進路を遮る。

「生き残るために、此処までやってきたんだろうが……今は俺と共に、《アイアンコング》と戦え。お前の気まぐれに付き合わされてくたばるのは御免だ、俺はコンボイ小隊長のように、死ぬ気はない!」

 《シールドライガー》が一声吼えると、立ちはだかった《アイアンコング》へと突貫を掛ける。「奴の重装甲を抜くには、お前の『十七門砲』が不可欠だ。俺が引き付ける、隙を見つけて、そこを撃て……いいなぁ!?」と、グロックが一息にまくし立てると――「……了解」と、エリサは歯切れ悪く応えた。

 

 エリサの戸惑いを、グロックはさして気に留めなかった。彼女が要求通りの行動をしたとしても、もしくはできなかったとしても――彼は自分の攻撃だけでコングを倒さんと言う意気込みの元、挑みかかっていた。

 クワと牙を剥いて、《シールドライガー》が《アイアンコング・マニューバ》の懐目掛けて飛び込んでいく。背に増設された大型の補助ユニット・『ハイマニューバスラスター』から高熱を吹きあげて、それを横滑りで躱した《アイアンコング》。すぐさま追撃を掛けようと身を翻した《シールドライガー》だったが、その顔面目がけて、大槌とも見紛うコングの前腕『アイアンハンマーナックル』が炸裂した。乱暴に薙がれた裏拳がライガーの下顎を千切り飛ばし、二本の『レーザーサーベル』を粉々に砕く。

「ゲアアア……っ」

 衝撃に呻いたグロック。怯んだ彼の乗機を乱暴に掴み取ると、今度は土手っ腹目がけてコングの『ハンマーナックル』が捻じ込まれた。メリメリと軋みを上げながら弾け飛んだ、《シールドライガー》の機体。宙空を舞い――やがて密林に佇む遺構の中に激突する。土煙を上げて崩落する瓦礫の中に捲かれて、グロック機は完全に沈黙した。

 

 グロックと《アイアンコング・マニューバ》の攻防は、ほんの二分にも満たないうちに決着したが――それはエリサ・アノンが再起を決意するには充分な時間であった。《シールドライガー》との白兵戦に思惟を割いた《アイアンコング》の注意は、その間完全に《ディバイソン》から外れていた。

「ッ、当たって……っ!」

 グロック機が吹っ飛ばされ、砲撃の余波に巻き込まれる事が無いのを確信すると、エリサは『十七連突撃砲』のトリガーを引く。《ディバイソン》の背から立ち並ぶ重砲の束が、ボッ、と轟音を上げて弾けると、閃光が《アイアンコング》を包み込んだ。爆発、そして閃光。コングの上半身が紅蓮の炎に呑まれ、よろよろと立ち眩む。

 朦々と炎上する《アイアンコング・マニューバ》の姿を見て、エリサは敵機の沈黙を確信した。「……っ、ジェイ少尉」と、もう一度一人ごちたエリサは、機体を《ブレードライガー》の方へと反転させる。

 

 

 ――あの日。

 

 

 敗走の中で狂乱したジェイは気づかなかったが――『クロイツ』の高速戦闘ゾイド部隊に襲われ、砂嵐(サンドストーム)によって一行が離散してから、既に五日の時が過ぎていた。それはエリサが、しんがりを務めたジェイ・ベックの生存を諦めるに、十分過ぎる時間だったのである。

 

 だから――彼が再び目の前に現れて、エリサは一瞬、動転した。

 

 エリサ・アノンは急いていた。抱えていた、とある憂いを和らげるために、一刻も早くジェイ・ベックと言葉を交わす必要が、彼女には在った。そしてその焦りが、混乱の戦場の中で命綱と成り得る『残心』を、エリサから欠かせることとなった。

 大型ゾイドらしい重厚な呻り声が響くと、猛煙を掻き分けて《アイアンコング》が飛び出した。『十七門砲』の直撃を受け、『マニューバスラスター』と肩に備えた主砲『六連ミサイルランチャー』は爆損し、右半身の装甲は打ち砕かれ、フレームが剥き出しになっている。

 しかしコングの闘争心は萎えるどころか、一層の昂りを見せていた。胸部装甲を激しく打ち鳴らし、背を向けた《ディバイソン》に向け、恐ろしいまでの俊敏性で飛び掛かる。

 完全に虚を突かれる格好になったエリサは、声にならない悲鳴を上げた。振り返った《ディバイソン》の二本角を掴み取ると、《アイアンコング》はそこを支点に力づくで引き倒す。横転した機体を足蹴にして動きを封じると、渾身の『アイアンハンマーナックル』をその頬目掛けて叩き込んだ。

 鉄拳は《ディバイソン》の頬に備えられた『八連ミサイルポッド』を粉砕し、誘爆させた。コクピットにほど近い部分の火器が暴発し、制御回路を伝ってコクピットまで損傷を拡げる。メリメリと鋭い音を上げ一瞬の内に爆ぜた業火。狭いコクピット内で、それを避ける手立てなど無く――立ち上る紅蓮が、エリサの右腕から肩口までを焼き払った。

 

「う――ッ、あああああっ!」

 

 まるで指先から肩までを一息に裂き広げられたかのような苦痛に、エリサは絶叫した。

 

 モニターが死んで行っているのか、それとも遠のいていく意識がそうさせるのか――暗転し霞む視界の中で、エリサは必死に焦れた姿を探した。倒れ伏し、傾いたコクピットが作る、傾いた地平――その先では、ジェイ・ベックの《ブレードライガー》が尚も、帝国の戦闘機械獣達とせめぎ合っていた。

 


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