ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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④ 実戦 ―ミューズ― (前編)

 《シールドライガー》のコクピットになだれ込んだジェイ・ベックは、操縦桿を取り、力強く機体を始動する。ジェネレーターに火が入ると同時、ゾイドの持つ『意識』が急速に表面化していくのが伝わって来た。ズイと首を持ち上げた《シールドライガー》が、己が本能に従って力強い咆哮を上げる。

 

「――ッ、……!」

 

 本国で警戒任務に当たっていた頃も、これほどの躍動感を与えてくれるゾイドに搭乗した経験はなかった。《シールドライガー》――共和国の主力戦闘ゾイドの思惟は、それまでのジェイを支配していた煩わしい感情を、一瞬で忘れさせるほどの支配力があった。無敵の力を得たのでは、とさえ錯覚させる。

「少尉さん同様――相棒も、エライ張り切りっぷりじゃないか」 

 回線越しに、傭兵ツヴァインの軽口が聞こえた。ふと見ると、キャノピー越しに《コマンドウルフ》の頭があり――コクピットには、ツヴァインの姿がある。彼のウルフは307小隊の中では数少ない『白』――つまり、共和国の正式採用カラーの《コマンドウルフ》で、ついさっき、ジェイの『ブルー・ブリッツ』を嗤った物とは思えない。

矛盾した言動のツヴァインにムッとしたジェイが、文句の一つでも言おうとした時、

「無駄口は止せ。スリーパー部隊がロストしたエリアは、そう遠くはない。ブリーフィング通り、三分隊に別れて敵機を包囲、かく乱する。ツヴァイン機、先行して、敵部隊を発見しろ」

 と、コンボイ大尉の冷静な指示が飛ぶ。

 

 あいよ、と気だるそうな返事をして、ツヴァインの《コマンドウルフ》が一足先にジャングルに消えていく。「残りの《コマンドウルフ》は、私とグロック――そして、ジェイ少尉の機体に随伴する」と、残りの機体に促したコンボイ大尉の《シールドライガー》は、緩やかな足取りでミューズの密林へと踏み込んだ。ジェイ、グロックの機体も、それに倣い、続いていく。

 

 

 

 全高十メートルにも迫る《シールドライガー》ですら、すっぽりと覆い隠されてしまう程の、高木の群れ――それが『ミューズ森林地帯』である。密集した幹達に視界は狭められ、また日中でもほとんど陽光が射さない。へリック共和国の最終防衛戦として、この森林地帯が機能しているのは、これらの要因にあった。数の不利を、地の利で覆す事ができる場所――そして、元よりへリック領として押さえていた共和国側は、地形への理解に一日の長がある。

 

 だが――西方大陸に派兵されたばかりの新米士官にとっては、その限りでは無い。未知の森林地帯で、いつ敵と遭遇するかもしれぬ、という状況。《シールドライガー》の持つ獰猛な思惟に影響され、恐怖こそ感じぬものの――言葉少なく、ジェイは五感を研ぎ澄まし、敵の気を探る。

「ジェイ少尉、我ら(チャーリー)分隊だけ、先行し過ぎています。コンボイ大尉達との連携のため、歩速を緩めましょう」

 通信回線が開かれ――自分に呼びかけていると気づき、ハッとするジェイ。ジェイの指揮下に入った《コマンドウルフ》のパイロットの一人・マーチン軍曹からの通信だった。すぐさま、もう一機のパイロットを務めるフリーマン軍曹からの通信が入り、「孤立すれば、敵機と遭遇した際に、真っ先に叩かれます」と警鐘が告げられる。

「分かってる――各機、歩速を緩めるぞ!」

 部下に言われるまで、周囲に気を配る余裕すら失っていた。これも実戦の緊張感に気圧されている故か、と自らを疑ってしまうジェイ。逸る気持ちに息を吐いた時、新たな通信が入る。先行した傭兵・ツヴァインからの通信だった。

 

「こちらツヴァイン。スリーパーたちの残骸を発見した。《ガイサック》が七機――いや、八機か? ともかく、小隊単位で全滅してる。圧殺だ……大物が来てるぞ」

 

 《ガイサック》は、共和国軍の奇襲攻撃隊に配備される、サソリ型の小型ゾイドである。個々の性能は小型機の中では凡な物だが、この『ミューズの森』のような視認性の低い場所では視認され難く、また集団での先制攻撃は、十分に大型ゾイドを撃破し得るポテンシャルを持っている。スリーパー――自動操縦機だったとはいえ、それが為す術も無く敗れたとなれば、敵は奇襲を物ともしない堅牢な装甲を持つ大型ゾイド――しかも、手練れのパイロットが引っ張っている機体だ。

 

 そこまで推察した途端、ツヴァイン機から新たな報告が飛んだ。

 

 

「敵部隊を歩速した。センサーに反応がある……一番近いのは、(チャーリー)分隊!」

 

 

 ゾクリと、全身が総毛立つ。ジェイの指示よりも早く、《コマンドウルフ》のパイロットは索敵を始めていたらしい。マーチン軍曹が叫んだ。

 

(レーダーに反応あり! すごい数です、十、二十……いや、三――)

 

 

 彼が言い切る前の事だった。

 

 

 ――火線。火花の爆ぜる轟音が連なって、ジェイの眼前を横切った。撃ち込まれた三発の砲撃は、彼の後方に待機していたマーチン軍曹の《コマンドウルフ》の両の前足――そしてその頭部に直撃し、炎上させた。

「マーチィン……ッ!」

 もう一機の《コマンドウルフ》パイロット、フリーマンが、戦友の名を叫ぶ。頭と両足を失ったマーチン機は、バチバチと燃え上がりながら崩れ落ち、動かなくなった。

 射線の先に振り返り、目を凝らしたジェイ少尉は、密林の先で微かに揺れた影に気づく。四足で歩く大型の機体だが、《シールドライガー》のような獣型ではない。帝国軍が開戦時より運用するスティラコサウルス型のゾイド――堅牢な装甲と多彩な火器を併せ持った帝国機甲師団の中核・『動く要塞』、《レッドホーン》。その背に備えられた主砲、三連装リニアキャノンが火を吹いたのだ。

 森林を往くには目立ちすぎる濃紅の装甲。それが、目視できるだけで六つ。さらに随伴機として、同じく帝国軍強襲戦闘隊の中核を為す二足歩行の恐竜型ゾイド《イグアン》が二十以上。総数はジェイ達の三倍、中隊規模の襲撃だった。

「大型ゾイドを、こんなに――」

 壮観な光景に、さしものジェイも息を呑んだ。五十年前の天災・『惑星Zi大異変』以来、国家予算の七割を軍事費に費やしたガイロス帝国軍。その西方大陸派遣軍は、へリック共和国全軍の、優に三倍の規模を持つ。へリック軍のゲリラ戦によって停滞した戦線を、圧倒的な物量で押しつぶしにかかってきた、という事だ。

 現れた帝国機甲軍は、既にジェイ《シールドライガー》と配下の《コマンドウルフ》を、目視でも捕捉しているらしい。指揮官機と思われる《レッドホーン》が一吠え雄叫びを上げると、随伴する《イグアン》達の銃口が、こちらへと照準を定める。

 

 ――やられる、と、ジェイの思考が塗りつぶされた時だった。

 

「ぼさっとするな――下がれ少尉!」

 

 雄叫びと同時に二本の光線が伸びると――眼前に居たイグアンの機体に絡まり、その装甲を焼き切る。一機がダメージを負ってよろめいたかと思うと、次はその後方の《イグアン》、そして《レッドホーン》に砲撃が掠め、かく乱していく。

 ようやっと自我を取り戻したジェイが背後を仰ぎ見ると……密林に紛れていた(ブラボー)分隊――グロック少尉の《シールドライガー》が、帝国軍を攻撃していた。

 

「――聞こえるか、ジェイ少尉」

 

 コンボイ大尉からの通信が入る。

 

「数の不利を覆すための、ゲリラ戦だ。《シールドライガー》の能力を生かせ。機動力を持ってかく乱し、敵機を分断・確固撃破していく。分かるな」

「……っ!」

 小隊長の指示を聞きながら、グロック少尉率いる(ブラボー)分隊の戦いに目を遣る。《レッドホーン》や《イグアン》の放つ砲撃の雨の中を駆け抜けるグロックの《シールドライガー》は、時に躱し、時に木々を盾にして攻撃をいなし、衝撃砲とレーザーによって反撃を見舞う。小刻みに撃ち込まれるジャブのような攻撃。だが、それによって既に多くの《イグアン》が、大なり小なり損傷していた。

「ジェイ少尉――っ」

 残った《コマンドウルフ》のパイロット・フリーマンが、震えた声でジェイを呼ぶ。チラと砕け散った《コマンドウルフ》の残骸を一瞥したジェイは、意を決して応えた。

 

「分かってる――俺達も行こう。マーチン軍曹の仇を取るんだ」

 

 愛機・《シールドライガー》の操縦桿を握り直して、アクセルを踏み込む。獰猛な本能をむき出しに咆哮したライガー。そのまま大地を蹴りあげて、一目散に敵部隊を目指すと、フリーマンの《コマンドウルフ》もそれに続く。

「行くぞ、《シールドライガー》……ッ」 

 初めての実戦――それも、膨大な数の敵を前にした、圧倒的に不利な戦況。それでもジェイは、《シールドライガー》の闘争本能に心を託すことで、必死に自らを奮い立たせた。

 

 


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