ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑮ 離散(後)

――ZAC2100年

 

 どれくらいの時間が流れたのだろうか。

 

 数時間程度の逃走か、それとも数日か――無我夢中で駆け抜けたジェイに、時間の感覚は無かった。突如現れた砂嵐(サンドストーム)に巻き込まれかけながら、必死で走り続けたのだ。悪天の生み出す磁気の乱れに、無線も計器の類も役には立たず――いつの間にかエリサとも、グロック少尉ともはぐれてしまった。二人の事は気がかりだったが、それよりも大きな感情――『恐怖』がジェイを突き動かし、終わりの無い逃走へと駆り立てた。

 

 気が付くと、ジェイの《ブレードライガー》は、鬱蒼とした森の中を、ただ一機で彷徨っていた。

 ミューズの森を彷彿とさせる一面が高木で覆われた光景は、ニザム高地の荒涼とした風景とは似ても似つかない。どれだけの道のりを越えて逃げおおせて来たのか、それだけでも察する事が出来た。

 草木を掻き分ける《ブレードライガー》の駆動音だけが響く。木々の合間より微かに零れた陽の光は朱色で、今が夕暮れ時である事を教えてくれる。荒い息のまま疾走を続けたコクピットの中は湿気が篭もり、蒸し暑い。ライガーのコクピットの中に幽閉されたかのような錯覚さえ覚える息苦しさ――発狂しそうな鬱屈に堪えていたジェイだったが、

 

 

 ――不意に、視界が開ける。

 

 

 密林の切れ間に広がる、青い湖。斜陽の光を浴びてキラキラと反射するそれが、ジェイの忍耐を揺さぶった。逃走劇を続けて随分経つが、『クロイツ』の追手が来ている様子も無い。張りつめた緊張の糸が、プツリと切れた気がした。

「ああ――、ああ!」

 ジェイが息苦しさに喘ぐと同時、ガクンと《ブレードライガー》の機体が傾く。砂塵の影響で防塵フィルターが詰まり、機能不全を起こしたのだろうが――まるでジェイにシンクロして、ライガーもまた力尽きたかのように思えた。

 夢中でキャノピーを開けたジェイ。青臭い、新鮮な空気が肺を満たすと、一層の開放感を求めて機体を降りようとする。平静を失ったジェイは、足を滑らせてコクピットから転げ落ちた。

「――ア!」

 グラと揺れた躰が装甲を滑り落ちようとした時、ジェイの腕を冷えた体温が掴み取る。ガッと支えられた衝撃で肩を痛めながら、ジェイはゆっくりと面を上げた。見るとライガーの後部座席より、咄嗟に手を伸ばしたエラが、ジェイの腕を支えてくれている。彼女を同乗させていたのをすっかりと忘れていたジェイは、数秒呆けた。

 

 

 

 怠慢な夜が、ゆっくりと訪れる。

 月光にキラと輝く湖畔、そこから吹く涼しげな風を浴びながら、ジェイとエラはここで一晩を超す事に決めた。『クロイツ』の襲撃で補給物資を積んだ《グスタフ》を潰されたのだ、《ブレードライガー》に残る燃料は少ない。計器はイカれて今どこにいるかも分からない状況だ、単機で共和国の勢力圏まで帰還できる保障がない以上、下手に動き回る気にはなれなかった。

「コンボイ、は――死んでしまったのね」

 沈黙の中、ふと――携帯コンロの乏しい焔に照らされた黒髪の少女が、ポツリと呟く。

 無言を貫いていたジェイは、その言葉に面を上げた。砂塵の中で《ライトニングサイクス・カスタム》に撃ちぬかれる、小隊長の機体。その姿が脳裏に蘇り、ギリと奥歯を噛むと、「そんな、突き放した言い方をするなよ。小隊長は、俺達を――いや、君を守るために散って行ったのに」と、俯いてごちる

 

 小隊長は死んだ。

 

 クーバ軍曹もモラレス曹長も――そして『クロイツ』の襲撃前に音信普通となった傭兵ツヴァインも、おそらくは殺されてしまったのだろう。この場に居ないエリサとグロックは、無事だろうか。やるせない思いが、ふつふつと沸いた。

 落ち着かないジェイだったが、不意にエラが面を上げて、こちらを見つめている事に気づき、目を丸める。少しの間、迷った風に瞳を伏せたエラだったが――やがてジェイを見つめ直すと、

「ガイロスに捕まる前は、爺様と兄様と、三人で住んでいたの。兄様とは随分と年が離れていて、大事にされていたわ――コンボイ、が、そうしてくれたように」

 と、静かに語り出した。

「……君の、素性か?」

 驚いたジェイ。コクリと頷くと、エラは続ける。

「でも、ガイロスがエウロペに来てから、変わってしまった。爺様は殺されて、私も兄様も、ニクシーの研究所に幽閉された。たくさんのエウロペ人が集められて、帝国の作るゾイド技術の実験に使われて、死んだ……もうずいぶんと会っていないけれど、きっと兄様も、もう生きてはいないでしょうね」

 エラの言葉には感慨は有れど、それを憂う気持ちは感じられなかった。半ば諦めきったような物言いで、静かに頭を振る少女。「分からないじゃないか。君がここまで生き残れたように、お兄さんだって、どこかで生きているかもしれない」と、ジェイが慰めを言うと、

 

「分かるわ。死んだのよ、コンボイや、フジョウ博士のように。私の傍に居る人は、皆死んでいく」

「じゃあ次は、俺が死ぬのか」

「……かもしれない」

 

 ジェイはエラの言葉を否定しなかった。彼女と関わったから、などと言う事は関係なく、今のジェイは十分に、『死の瀬戸際』に立っていると言えたから。

 

 

 ――※※※――

 

 

「シルヴィア・ラケーテは、まだ戻らんのか? 来たる『エックス・デイ』を前に、ヤツは今、何をしている!?」

 怒りを抑えきれず、レンツ・メルダース中尉は声を荒げた。格納庫に並び立った『クロイツ』の残存機体達。いずれもメイン動力炉に火が入り、出撃の準備が整っていた。

 

 無論、メルダース中尉の《ジェノザウラー》――『魔装』を施し終えて完成した、漆黒の《ジェノブレイカー・零式》も。

 

 六機の『ハイマニューバスラスター』と、巨大な楕円形の大盾『フリーラウンドシールド』、そして盾に内蔵された鋏状の武器『エクスブレイカー』からなる大型バックパックを備えた機体は、最早恐竜型金属生命体のシルエットから大きく外れた、異形の怪物に見える。ガイロス帝国が先に完成させた、最強ゾイドの一角《ジェノブレイカー》――『クロイツ』はそれを、各基地より回収した予備部品と、代替品となり得る既存量産機のパーツを用いて再現したのだ。

 

 

 既に、『クロイツ』の決起を表明出来るだけの戦力は整っている――ただ一つ、ガース・クロイツ少佐が切り札と信じる巨大ゾイド・『超越者(イモータル)』を除いて。

 

 メルダース中尉の任を引き継いで、『超越者(イモータル)』起動の鍵たる資産を捜索しに出たシルヴィア・ラケーテ少尉の部隊だが、未だ音信が無い。道中砂嵐(サンドストーム)が観測されたとは言うが――それを加味しても、不在期間が長すぎる。いらいらと地団太を踏むレンツだったが、

「――ラケーテ少尉を待つ必要はない。メルダース中尉よ、そなたは『クロイツ』を率いてニクシーへ迎え」

 と、背後より掛けられた声に平静を取り戻し、振り返る。

 暗闇の中、未だ起動する気配の無い大型の節足動物型機動兵器・『超越者(イモータル)』。その足元で、ガース・クロイツ少佐が血の気の引いた顔で佇んでいた。

主君(マイスター)……軍を率いるのは、貴方でなければならない。私はその僕として、傍に寄り添うのみ」

 淡々と答えて膝間づき、頭を垂れたレンツに、「ならぬ」と頭を振ったガース。

「私はこれより手勢を率い、超越者(イモータル)の『鍵』を取り戻してから、ニクシーに赴く。だが、我らの再起を意味する狼煙は、ガイロス本国軍のニクシー攻撃と同時に掲げなければ意味が無い。遅れて参じる事となろうこのガース・クロイツに代わり、そなたが証明するのだ……エウロペのガイロス軍・『騎士団(クロイツ)』此処にあり、とな」

「――馬鹿な! 『鍵』の行方は未だ知れない、我武者羅に探し回った所で、とても間に合うまい。未だ微睡む超越者(イモータル)……《デススティンガー》の事は諦めて、潔く我らと、ニクシーを目指すべきではないか、主君(マイスター)よ!」

 苛立ったレンツは、つい礼節を忘れて、主君たるガースに叫んでいた。

 

「……我武者羅に、ではない。レンツよ」

 

 そう応えて、ガース・クロイツは自らの右腕を差し出すや、袖をまくって自らに施された『処置』を見せる。彼の腕には幾つかの注射痕と、そしてその僅か上に、キラと輝く藍色の金属編が埋め込まれていた。何を意味するか、レンツには直ぐに分かった。

「……『パイロット・デザイン』を? フジョウ博士抜きの技術団の処置で、超越者(イモータル)のゾイド因子を自らに移植したと?」

 驚愕するレンツに無言で頷くや、「成功したとは言い難いな。既に我が精神は、狂戦士の思惟に侵され始めておる」と、荒い息を吐くガース。

 

「だが――今の私には分かる、見つけられる。超越者(イモータル)の片割れたる『鍵』の息遣いが聞こえるのだ。ニクシーの勝利だけではない、人の手による制御を為し、『帝国の剣』として完成した真オーガノイドを手土産に、我らは帝国へ帰還する――それが『クロイツ』の得る完全勝利、完全勝利以外、我らの目指す者は無い」

 

 ガース・クロイツは、それ以上の問答を望まなかった。

 

 クルと踵を返した彼の先には、愛機たる《アイアンコング・マニューバカスタム》と、その指揮下に入る《レブラプター》《レッドホーン》、そして《サイカーチス》の混成部隊。合計十機、戦闘ゾイド一個小隊分の戦力が、出撃準備を済ませて待機している。

「手勢はこれだけあればよい。残りの機体は全て、レンツ・メルダース中尉の指揮の元、ニクシーへと向かうのだ」

 言葉少なに命令を下すと、ガースは《アイアンコング》へと乗り込んで、出撃を駆ける。

 

 モニター越し、口元を真一文字に結んだメルダース中尉が敬礼しているのを見つけて、ガースもまたそれを返した。その表情は未だガースの決断に納得している風ではなかったが――彼はやってくれる、という確信がある。レンツ・メルダースは決して『クロイツ』の期待を裏切ったりはしない。西方大陸着任から今日に至るまで、ガースが彼を副官として重用したのは、その愚直なまでの忠誠心を買っていたからでもある。

「いよいよだ。いよいよ……」

 無意識にそうごちたガースは、格納庫の奥底で眠る、超越者(イモータル)へと目を凝らした。深淵に溶けたかの者の機体(からだ)、その頭部に備えられた複眼がキラと、怪しく輝いて見えた。

 


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